第5章 光の精霊王
第24話 イルルクの想い
ヤクニジューにいた頃、イルルクとフェルが行動を共にする時は基本的に二人きりだった。イルルクにとって、フェルが自分以外の他者の前でどのように振る舞うのかを目にするようになったのは、ここ最近の事なのである。
それにヤクニジューにいた頃は、イルルクはそもそもフェルの事を男だと思っていたのだ。フェルの性別を認識したとほぼ同時にフェルと他者とのやりとりを目の当たりにして、混乱したのも無理のない事だった。
イルルクの説明出来ない感情をルドリスかキリが聞いていたのなら、揃って“恋”だと言っただろう。
だがイルルクはそれを言葉にしようとは思わなかった。言葉にしていいものだと思わなかった。だからイルルクはそれが“恋”と呼ばれる感情なのだと知る事はなかったし、自分でその感情に名前を付ける事もしなかった。
イルルクが名前の無い感情に苛まれる中、リィフィはルドリスにこれからどこへ行くつもりなのかと尋ねた。
カラロルンだとルドリスが答えると、リィフィは自分がそこまで連れて行ってやろうと言った。人間三人を乗せた所で大した負荷では無いと。傷を癒やしてくれた礼だと言った。
イルルクたちは有り難くその申し出を受け取った。リィフィと共に行けば、森に住む大抵の獣たちは近付けもしないからだ。
イルルクたちは荷物を纏めた。
その間、リィフィは少し離れた所に見付けたという川へ行っていた。人型の時に身を清める方が、全身が毛に覆われた狼の姿の時に身を清めるより格段に楽なのだと笑っていた。
暫くして戻ってきたリィフィが狼の姿に戻り、伏せて全員が乗るのを待っている。イルルクはルドリスに抱えられるようにしてリィフィの背中に乗った。
リィフィの体毛は、ふわふわになっていた。美しく輝くその毛を握るのは憚られたが、しかしどこにも掴まらないでいたらすぐに振り落とされてしまう。イルルクはぎゅ、とリィフィの背中の毛を握った。
ルドリスはイルルクを支えるようにイルルクの後ろに座った。
フェルは少し助走を付けて跳躍すると、リィフィの首元にしがみついた。やはりふわふわの毛が気持ちいいのか、顔を埋めるようにして笑っていた。
イルルクは、フェルが笑っていられるのが一番だと思った。それは別に、自分が隣にいる時だけの特権では無い。誰と一緒に笑ってもいい。泣いたり、怒ったりしないでいてくれれば、それで。
三人がしっかりと掴まった事を確認したのか、リィフィが立ち上がる。
立ち並ぶ木々など物ともせず、リィフィは走り出した。
リィフィは三人が木の枝等に頭をぶつけないよう、なるべく高い木の間を選んで走っているようだった。ひゅんひゅんと音を立てて周りの風景が後ろへ流れていく。
イルルクは歩くよりも走るよりも遥かに早いスピードで森を抜けながら、時々何かの気配を感じる気がした。自分を見つめているように感じるその気配は、リィフィから感じる魔力とどこか似ていた。
不意にリィフィが、立ち止まる。
「アォォーーーーーン…………」
その遠吠えに応えるように、イルルクが感じていた気配がより一層濃くなった。気のせいではない、何かに見られている。
リィフィは、身体を揺すると、イルルクたちに降りるよう示した。
イルルクたちが地面に降りると、リィフィは人型になり、言った。
「すまないイルルク。精霊王が其方をお呼びだ」
「え?」
「謁見出来ねぇんじゃねぇのかよ」
「イルルクだけだ。其方らは里で待っていてもらう」
「……里までは一緒に行っていいのか」
「仕方なかろう。それくらいは赦してもらわんとな」
ルドリスは安心したように溜息を吐いた。キリは、信じられない、とかそのような事をぶつぶつと呟いている。
イルルクは自分に何が起きているのか、理解が追い付かずにただ呆然としていた。炎の魔術以外使う事の出来ない自分が、精霊王と謁見?
そんな事が有り得ていいのだろうか。
「イルルク、案ずるな。其方の悪いようにはならぬだろう」
「…………」
「そうだよイルルク、光や闇の魔術なら可能性は」
「いや、それは無理だろう」
キリの慰めのようなその言葉は、リィフィによって遮られた。
リィフィは、詳しい話は精霊王がするだろうと言った。イルルクはただ、頷く事しか出来なかった。
リィフィが両の手を前に突き出し、掌へ魔力を集中させる。
聞き慣れない言葉がリィフィの口から紡がれ、リィフィの手が円を描くと、ちかちかと瞬く光の粒が別の空間へと繋がる入り口を生み出した。
精霊王の里へ繋がる道だとリィフィは言った。三人は手を繋ぎ、イルルクがリィフィの手を握った。リィフィから離れれば、二度と
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