第1章 火葬人

第1話 仕事と住まい

 イルルクは火葬人である。


 未だ幼さの残るイルルクのさほど大きくない両の手は、純度の高い高温の炎を生み出した。それはイルルクが恐らく生まれつき使えた魔術で──恐らくというのはイルルクは親がなく、物心付いた時には既に使えたからだ──、全力を出せば成人男性を瞬きの間に骨にする事が出来たが、イルルク自身の手もそれなりに熱く、痛みを伴う為に控えていた。


 イルルクは大抵の場合、教会の鐘が一回鳴るまでの時間を使って死体を焼いた。死体は土をドーム状に積み上げ、その中央に穴を開けた簡易的な火葬炉に横たえられた。イルルクはその入り口に立ち、死体に両手を差し伸べて焼くのだった。

 その間イルルクの後ろでは神官が祈りの言葉を捧げている。イルルクは神を信じていなかったが、祈りの言葉は歌に似ていて耳馴染みが良かった為に好きだった。


 イルルクには学がなく、祈りの言葉の意味は何一つ分からなかったが、耳は良かった為にそれを真似する事は出来た。一度神官に合わせて祈りの言葉を言ってみた事があったが、神官が今にもイルルクを殴りそうな目で見てきたから、イルルクはそれからは神官に聞こえるように祈りを口にする事はやめた。

 誰にも聞こえないように密やかに、イルルクは祈りの言葉を唱えるのだった。


 イルルクの火葬場の周りは他の敷地に比べて澄んだ空気をしていた。イルルクの炎が不純物も全て燃やし尽くしてしまうのがその理由だったが、しかし火葬場と云う事で、死体が運ばれてくる以外は誰も足を踏み入れなかった。

 普段は鳥たちや小動物の溜まり場になっていたが、その事はイルルクすらも知らなかった。


 ヤクニジューは元々土葬の習慣のあった土地であったが、近年墓荒らしが急激に増加した事から死後は火葬にという貴族が増えたのだった。

 火葬にはそれなりの料金が発生した。死体を骨だけ残して綺麗に焼く為には特殊な機械が必要だったからだ。その機械の数は少なく、機械を動かす為の燃料も大量に用意する事が難しい物だった。それが更に火葬の料金を跳ね上げたのだ。


 イルルクのような炎の魔術を使える者は多くなかった。それに死体を焼くなどと云う行為は勿論蔑まれていたし、好き好んで火葬人になりたい者は皆無だった。火葬人にならねばならぬ程に生活が困窮している者の中には、当然のようにそんな魔術を使える者はいなかった。イルルクだけが、特別だった。


 イルルクの行う火葬にも、機械で行われる火葬と同じだけの金額が支払われている筈であった。しかしイルルクはそれを知らない。知ったとしてもイルルクの理解の及ばぬ桁であるから、よく分からない、で終わるだろう。

 イルルクの元に入ってくるのは、赤い月の昇る晩に鈍色のコインが十枚。それだけだった。だけれどイルルクは金の使い道も殆ど知らなかったから、金に困るとかそういった事は全くなかった。


 イルルクは教会からの仕事を請けているが、教会に属している訳ではない。イルルクが属しているのはこの街にいくつか存在している犯罪組織の内、最大勢力を誇るリュエリオール・ファミリーだった。

 貴族がイルルクの行う火葬に対して教会に支払った火葬料は、二割が教会に、残りの八割が組織に流れた。イルルクは間違いなく、組織の大切な資金源だった。


 イルルクは墓地の奥まった所にある荒ら屋あばらやに住んでいた。雨は兎も角、風を防ぐ事すら出来ない簡素な荒ら屋だったが、イルルクにとっては自慢の我が家だった。雨の日は時折家無したちがやってきては寝床にしていたが、それすらもイルルクにとっては自慢の一つだった。

 組織はイルルクに居住区での生活を保障したが、イルルクは進んで墓地に住みたがった。イルルクにとっては生きた人間よりも、死んだ人間の方が好ましかった。死人はイルルクを怒らないし、イルルクを馬鹿にしなかった。


 荒ら屋の中央には大抵の場合焚き火が焚かれており、皆好き勝手に使っていた。イルルクは荒ら屋の一角に自分のスペースを確保しており、寝るのに使っている厚手の布で作られた寝袋と、いくつかの調理器具を置いていた。

 何度かイルルクの物が盗まれた事があったが、その度に組織の人間が暗躍したらしく、いつの間にか盗まれる事はなくなった。

 イルルクは文字が書けなかったから、代わりに炎の印を所持品に刻んでいた。その印はイルルクにしか理解出来ないような造形だったが、イルルクは満足していた。

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