第5話 裏の仕事と燃やせない物

 その日の夜、イルルクはファミリーの死体処理に呼び出された。

 荒ら屋へ呼びに来た男に付いていくと、いつもより手前の路地裏に無造作に横たえられた死体があった。イルルクを呼んだ男の顔は暗くて良く見えなかったが、イルルクには覚えのない顔に思えた。

 男の指差した死体の顔には布が被せられていたが、体格から言って成人した男性に見えた。

 元々、詮索を禁じられている仕事だ。

 イルルク自身、この行為が褒められた物ではない事を知っている。

 教会を通さず、直接イルルクにだけ伝えられる死体処理。

 リュエリオールが望んだものか、部下たちに請われて許可したものか、イルルクには分からない。後者である事を願いつつ、それでもリュエリオールの役に立てればとイルルクは何も言わずに死体を燃やしていた。


「骨も残らず焼いてくれ」


 イルルクは頷き、そっと男の手に触れたが記憶は流れ込んでこなかった。また記憶の視えない死体だ。イルルクは少しがっかりしながら、しかし表情には出さずに自分の態勢を整えた。

 この遺体も、火葬場で燃やす遺体も、変わらぬ一人の人間だ。記憶が見えないからといって気を落とすのは、この遺体に失礼だろう。

 イルルクは神父のいないこの秘密の死体処理の時だけ、我慢せずに祈りの言葉を口に出来た。

 イルルクは一度深く息を吸い込み、そして死体にかざしている両の手に集中する。イルルクが念じれば、ぼうと音を立てて両手から放たれた炎は見る間に死体を包み込んだ。

 顔は見ないほうがいいのだろうと、イルルクは小さな声で祈りの言葉を呟きながら、その死体を足の方から焼いていった。

 火葬場で敢えて焼却をゆっくりと行う心配こころくばりは、路地裏では不必要だった。

 死体はあっという間に骨も残らず焼けていった。


 まだ死体の一部分は燃えている最中だったが、一刻も早くこの場を立ち去りたいのだろう。男は特にイルルクに何か言うでもなく、報酬の話をするでもなく、更に顔を隠すようにフードを目深に被り、そそくさとその場を去った。

 その後ろ姿を見送りながら、もしかしたらファミリーに入ったばかりなのかもしれないなとイルルクは思った。

 普段ファミリーがイルルクに死体を焼かせるのはもっと奥まった路地裏だったし、絶対に顔が見えないように死体は基本的にうつ伏せにされていた。

 時折首から上がない死体というのもあった。そういう時はただ、遺体全体に布が掛けてあるだけだった。頭の膨らみが見当たらない布の塊を初めて見た時は吐いてしまいそうになったイルルクだったが、もう、慣れてしまった。

 その慣れが、あまり良くない物なのだろうとも、イルルクは自覚していた。

 けれど、慣れる以外に選択肢はなかった。イルルクの存在意義は、リュエリオールを中心として形成されていたから。


 イルルクが望めば、リュエリオールはイルルクに死体処理などさせない事も勿論出来だろう。しかし、イルルクはそれを望まなかった。

 イルルクの望む通りにしてやろうと構えていたらしいリュエリオールは、死体処理も出来ますと豪語したイルルクを止めることはしなかった。


 イルルクはリュエリオールの願った通り真っ直ぐに育っていたが、イルルクを取り巻く環境までもがイルルクを守っているかと問われれば、間違いなくイルルクを害していたのであった。


 全て燃え尽きた筈の場所に、キラリと光る物を見付けたのはイルルクが荒ら屋に帰ろうとした時だった。

 何かを蹴った気がして地面を見ると、街灯に照らされた何かが光を反射しているのだった。地面に転がるそれを手に取ってみれば、太陽のような色をした石だった。

 イルルクが今まで見てきた何よりも透き通って、何よりも綺麗な石だった。

 最初からここにあったのだろうか。

 こんな宝石みたいに綺麗な石が、こんな所に転がっていたとは考え難い。もしかしたら先程の男が落としていったのかと考えたが、特に何かが落ちるような音は聞こえなかったと考え直した。

 イルルクは試しにその石を燃やしてみようとしたが、石はただ熱くなるだけで燃えなかった。

 イルルクが自分の燃やせない物に出会ったのはこれが初めてで、何だか嬉しいような悲しいような気持ちになりながら、イルルクは石を持ち帰る事にした。


 明日フェルに見せてあげよう。


 お金を入れている腰袋に石をしまって、イルルクは荒ら屋へと帰った。

 この美しい石を見たら、フェルは何と言うのだろう。綺麗、だろうか。それとも高く売れる、だろうか。恐らく後者だろうなと思いながら、イルルクは毛布に潜り込み、心地の良い鳥たちの鳴き声に導かれながら眠りに就いた。

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