第6話 喋る魔石

 イルルクは目覚めてすぐに、フェルの家へと向かった。

 フェルの家は第七居住区にあり、お世辞にもあまり治安が良いとは言えない場所に立っている集合住宅の中にあった。主に石で作られた家が多く、居住区全体が鼠色をしている。

 リュエリオールに気に入れらている事もあり、イルルクはそれなりに有名だった。

 第七居住区にはフェルと同様、ファミリーの構成員が多数暮らしているという事もあり、イルルクが足を踏み入れると否が応にも好奇の視線に晒される事になる。

 襲われるといった事はないので安全ではあるのだが、しかし好奇の視線にはいつまで経っても慣れる事が出来なかった。

 イルルクは帽子を深く被りなおし、フェルの家へと急いだ。


「おう、イルルク、お前がこっち来んの珍しいな」

「見せたい物があって」

「なになに」


 フェルは朝ご飯だろう丸いパンを齧りながらイルルクに近寄った。

 フェルの家は扉を開けるとそれなりの広さの部屋があり、しかしそれだけだった。

 風呂も便所も共用で、料理台が備え付けてあるだけの家。

 フェルは一人で生きていたし、必要最低限の物しか持っていなかったから、家の中にはテーブルと椅子が一つずつあるだけで、あとはそこらじゅうに服が脱ぎ散らかっている他には何もなかった。イルルクはそのそこらじゅうに散らかった服を拾い集めながらフェルの方へと歩みを進めた。

 椅子の背に集めた服を掛け、イルルクは腰の袋から昨日拾った石を取り出した。


 それをフェルに見せると、フェルは目玉を見開いて石とイルルクを交互に見た。フェルのそんな顔を見たのは初めてだった。フェルはイルルクの手から乱暴に石をもぎ取ると、テーブルの角にごんごんとぶつけ始めた。イルルクは慌ててフェルの腕を押さえたが、フェルの力には敵わなかった。


「フェル! 何すんの!」

「イルルクお前これどうした」

「昨日拾った」

「はあ?! こんなもんがそこら辺の道端に落ちてる訳ねーだろ!」

「それ、何なの?」

「魔石だよ!」


 コツッと音がしたと思うと、フェルがテーブルに叩き付けていた魔石の一部が欠けて床に落ちた。

 フェル曰く、魔石は出来上がった時、脆く純度の低い部分を削ぎ取り、売るのだと。

 無心で魔石をテーブルに叩き付けていたフェルは、暫くして満足したようにイルルクに魔石を返した。魔石は殆ど丸に近い形にまで整形されていた。

 フェルはそそくさと床に散らばった魔石の欠片を集めて、自分の腰袋にしまった。


「へへへ、欠片貰ってもいいよな」

「うん、いいよ」

「その魔石、どうすんだ? 売る?」

「売れるの?」

「めちゃくちゃ高く売れる」


 フェルは、魔石の作り方はかなり特殊な上に、一部の魔術師しかその製造方法を知らず、滅多な事では市場に出回らないのだという事をイルルクに話した。フェルも一度だけ、知識として知っておくようにとリュエリオールの持っている魔石を見せてもらったきりなのだと。

 そんなに希少な物が何故あんな所に、とイルルクが首を傾げた時、どこからか男の声がした。


「……まさか俺、魔石になってる?」


 イルルクとフェルは目を見合わせ、それからイルルクの手の中を見た。

 そこには透き通った黄金色の石が握られていて、そしてそこから、間違いなくそこから声が聞こえたのだった。


「ねぇ君たち。俺は今、もしかして石なのかい?」


 イルルクは躊躇いがちに頷いた。石の中にいる人なのか石なのか分からないが、兎に角その人に周囲が見えているのか不安になったので、声にも出した。


「どうして……だってまさか、そんな高温で……」

「あ、の」

「ん?」


 高温で、と言われ、イルルクは彼が魔石になったのは自分のせいなのかと思った。だから思わず声を掛けてしまったのだった。

 イルルクは彼に昨日の出来事を話そうとして、口を噤んだ。

 どこで誰が聞いているか分からない。

 イルルクは一言断って魔石を腰袋に戻し、フェルを連れて火葬場へと向かった。

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