第42話 繋がる記憶
イルルクは既に彼らの事を知っていた為に、何でもない風景の中にも数人の信者たちが混ざっている事に気付けた。けれど大抵の人間は、勿論博士ですら、これといって彼らを特別視したりはしなかった。それが彼らのやり方なのだと気付いた頃には、彼らは魔術院の深い場所にまで辿り着いているようだった。
その事を博士に教えたいとイルルクがいくら願っても、博士の記憶の中には一切干渉出来なかった。
今見ているこれは、もう終わってしまった事。過去の事。決して変える事の出来ない、ただの記憶の
博士はイルルクが火葬人になった事を知っていた。定期的にイルルクの動向については私的な伝手を使って調べさせていたようだった。
だから博士は少女の記憶に自分への呼び掛けを託したのだとイルルクは気付いた。イルルクの元へ少女の埋葬依頼が来る可能性はそれほど高くはなかったが、しかし自分の死体は絶対にイルルクの元へは届かない。
博士は少女の記憶をイルルクが視る事に賭け、そして博士はその賭けに勝ったのだった。
「炎神様の力を受け取った時期が時期だったからな……」
イルルクが火葬場で職を得た事について博士はそう言って納得していたようだったが、イルルクには何の事だか分からなかった。
イルルクは、自分で自分の事を決めているようで、もしかしたら全て何か大きな流れに沿っているのではないかという感覚に陥った。けれど結局の所、イルルクにはどうしようもない事も沢山あって、
変化する事を望まずに幸せに一生を終える人もいる。変化を望んで満足の行く成果を得られずに一生を終える人もいる。当然、逆も。
何が正しいかなど分からずに、それでも自分の選択を信じて生きねばならないのが人間なのだと、イルルクは思った。
博士は、あの時イルルクを預けた墓守が結局イルルクを売った事に憤慨しながらも、居住区で力のあるリュエリオールに囲われた事には安心していたようだった。
リュエリオールとも直接手紙のやりとりをしていたようで、リュエリオールはもしかしたら魔術師殺しの件に関して博士を頼るつもりだったのではないかと思った。
その時には既に博士は死んでいたのだが、その情報が居住区に流れてくるまでは時間が掛かっただろう。
イルルクはリュエリオールを思い出してまた悲しみに押し潰されそうになった。
けれど今、こんな所で立ち止まる訳にはいかない。イルルクは再び博士の記憶の流れに集中するのだった。
博士が彼らの存在に気付いた時にはもう、遅かった。
彼らは博士が
博士が何と言おうと、博士の罪状は確定していた。博士が口を開けば開くほど、魔術院の総帥たちは博士に対する疑念を益々深めていくのだった。
博士は表立った抵抗を諦めた。
そしてイルルクに関する資料を全て消した。イルルクの痕跡を全て消した。機械の中に残されていた大量の情報は跡形もなく消え去った。
まるで自分がもうこの部屋へ二度と戻らない事を知っているように。魔術院の者達に遺していく物など何もないとでも言うように。
最後のメモを燃やした時、研究室の扉が乱暴に開け放たれた。イルルクが少女の記憶の中で見た男たちだった。博士は風を起こして一瞬の隙を作り出し、何とか彼らの手をすり抜けて研究室から逃げ出した。
「よもや隠密部隊が出張るとはな……」
博士はそのまま脇目も振らずに魔術院を飛び出し、中央特区の中を走った。目の前に見覚えのある公園が見えて、イルルクは止められないと知りつつもそっちへ行ってはダメだと叫んだ。イルルクの喉からは、吐息すらも吐き出されなかった。
「私が何をした」
「思い当たる事があるから逃げたのだろう」
「追われれば反射的に逃げるのが人間だ、私は何もしておらん」
「対象に任務内容を説明する義理はない、我らはただ、死を
「上からの任務に何の疑問も抱かんのか」
「我らに意思はない、命令に従う事が我らの意義」
博士は公園内に視線を巡らせた。少女の姿を認めると、博士は少しの逡巡の後で少女に駆け寄った。
イルルクの視た記憶の通りに物事が進んで行く。止める事は出来ない。これは博士の、記憶なのだから。
そして、恐らく攻撃を受けたのだろう、博士の視界がぐらりとよろめき、霞む視界の中で少女に告げた。
「私の記憶を視なくてはならない、イルルク」
博士。オルークス博士。
イルルクの産みの親、イルルクの成長を信じ、イルルクの身を最後まで案じていてくれた人。
貴方の事は、決して忘れません。
イルルクの視界は、暗転した。
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