第41話 オルークス博士

 ここはどこなのだろう。先程まで居た研究室に似ているようだが内装が異なっている。研究施設と前にキリが言っていた事を思い出し、ここは別の研究室なのかもしれないとイルルクは思った。

 目の前にはレギィに似た、紫の髪、紫の瞳、全身を揺らめく紫の炎で覆われた青年が立っていた。

 正確には、浮かんでいた。


、オレだろう?」

「え、炎神様……ッ」

「そう構えずともよい。いい出来だ」

「…………!」

其方そなた人間にしてはなかなか面白い事をするなあ。母の胎内にいる内に胎児に魔力を付与する。魔力の素質を持った素体と受精卵を掛け合わせて子を作り上げる。そうまでして魔力持ちを欲しがる気持ちは理解出来んがな」

「…………」

「何よりだ。其方の生み出したその人造人間ホムンクルス。そのデザインはオレだろう。其方はあろうことか神を生み出そうとした! 愉快だ、愉快なのだよオレは。人間が人間を超えようと足掻く様のなんと愉快な事か。だから其方に褒美を与えよう。オレの祝福と、そしてオレの半身」


 青年の指差した先、机の上にある容器の中で蠢く青い物体。

 青年が容器に手をかざすと、柔らかな粘土のようにウネウネと蠢くソレが見る間に紫に染まった。


「これでオレの半分はのものだ。これからはどんどんと育つだろうよ。をどうするかは其方の好きにするがいい。育ててもよい、捨てても勝手に育って勝手に死ぬだろう」

「何故……このような事を……?」

「オレにそれを尋ねるか! 気まぐれ、遊び、なんでもよいぞ。オレの成す事に理由などない。オレの目に止まった事を喜ぶか嘆くかは其方次第よ」


 次に瞬きした時、青年の姿はもうなかった。

 あれが、炎神様。

 そして、机の上で蠢く物体。あれが、自分なのかとイルルクは思った。

 容器の中の物体は紫から再び青色へと変化している最中だった。右へ左へと蠢きながら、それはどんどんと質量を増しているように思える。

 博士が別の容器を探し当てる前に、物体は炎を吹き出して容器を割り、部屋の隅へと隠れてしまった。



 意識が飛び、次の瞬間には部屋の隅にイルルクが座っていた。

 今のイルルクよりもだいぶ小さく幼いものの、見ればすぐにイルルクだと分かる。髪の毛は肩の辺りまで伸びていて、しかし髪は全て黒かった。


「イルルク」

「何でしょう」

「私はお前の記憶を消そうと思う」

「何故ですか? 私は全ての知識を有しています。博士は私が不要になったのですか?」

「違う、そうじゃない。私はお前に、人間として生きてもらいたいんだ」

「ですが私は人間ではありません」

「分かっている……それでもお前は私にとっては可愛い息子なんだ」

「…………私の記憶を消して、博士が私の父になるのですか?」

「いや、魔術院の中にいてはお前は人間としては生きられない。居住区に墓守の知り合いがいるんだ。そこに預ける事にする」

「博士は、私がいなくなっても平気なのですか」

「お前は私をなんだと思っているんだ。大丈夫だよ」

「私が邪魔になった訳ではないのですよね」

「当たり前だ」

「分かりました。博士の提案を受け入れます」

「すまない。記憶が消えても能力が消える訳じゃない。炎も使えれば過去視も出来るだろう」


 博士の手が幼いイルルクに伸び、そして薬品が投与され、イルルクの知らない魔術が施された。目の前に居て、会話をしていたイルルクは今のイルルクよりも幼い筈であるのに大人びていて、ぼんやりしていて思い出せないと思っていた幼少期の記憶がまさかこのような物であったとは、と驚いた。

 もしこの時に博士によって消された記憶が戻る事があれば、イルルクは今見たイルルクのようになってしまうのだろうかと。



 次の瞬間目の前には一組の男女が居て、眠っているイルルクを差し出されていた。これが博士の言っていた墓守か、とイルルクは思った。この二人の記憶もあまりない。もし彼らに育てられていたのだとしたら、何故記憶が殆どないのだろう。しかし博士の記憶の中のイルルクは、ここまででおしまいだった。

 博士は二人にイルルクを託し、そして幾ばくかの金の入った袋を渡すと中央特区へと戻った。博士はイルルクが普通の人間として幸せに暮らしている事を祈りながら、その後も研究に打ち込んでいた。


 博士は魔術院からの要請により、妊娠した女性に対しての処置を行っていた。

 先程視た記憶の中で語られた、胎児への魔力付与の事だろう。母体への影響も胎児への影響も殆どない代わりに、もともと魔力がなかった子供に魔力が付与されて産まれてくる確率はそれほど高くないのだと博士は報告書に記入していた。

 魔術院はもっと確率を上げろと博士に迫ったが、博士は頑としてそれを跳ね除けた。大抵の貴族や母親は博士に対して好印象を抱いているようだったが、魔力を持たずに産まれた子の家族や魔術院の人々からは反感を買っているように見えた。


 博士の視界の中にあの教団の人間がちらほら混じるようになったのは、この頃からだった。

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