第40話 魔術院
魔術院も
周囲を見ると、左右の壁には幾つもの大きな穴が開いていて、もはやどこからでも侵入出来るような状態であった。
イルルクはまず、レギィに光の精霊王に関する何かがないか探しに行ってもらう事にした。気配を消していられるのは一時間限り。精霊王の加護を集め、可能な限り長い時間隠れていたかったのだ。
レギィが魔術院の中に飛んでいったのを見届けてから、イルルクは自分も魔術院の中へ足を踏み入れた。
もはや関係ないとは知りつつも、正面玄関であった筈の場所から。
パキパキと割れた窓の残骸を踏みしめながら、なるべく足音の立たないような地面を選んで中へと進んで行く。
すぐに大きく開けた場所に出て、そこが魔術院の玄関ホールであった場所だとキリが言った。玄関ホールの壁には様々な人の肖像画が掛っていた。
壁から落ちている物、焼けてしまっている物も沢山あったが、どれも額縁にその絵が描かれた年代と、モデルの名前が書かれている。
どうやらその年の、最優秀魔術師を讃えている絵のようだった。
一番新しい時期に書かれたらしい一枚の絵の前でイルルクは立ち止まった。
凜々しい顔立ちの男性は、しかし優しそうな瞳をしていた。
その瞳の色は、イルルクの持っている魔石の色と同じだった。
「キリルスモーヴ……」
やはりと言うべきか、その絵の額縁にはキリの名が書かれていた。
イルルクはその名前を指でなぞった。
ここに描かれたキリと会う事は、きっとなかったのだろう。
あのままずっと火葬場で暮らしていたなら、偉大なる魔術師であるキリルスモーヴとイルルクに接点など生まれる筈も無かったのだから。
しかし、キリは魔石としてイルルクと出会った。
不思議な出会いではあったけれど、魔術に関する様々な知識を与えてくれたキリに、イルルクは言葉に出来ないくらいに感謝していた。
結局キリと最後に言葉を交わした商人を見付ける事は叶わぬまま、ヤクニジューは崩壊してしまったけれど。
「これ、本当に恥ずかしいんだよ」
「師匠はすごいんだね。だってこれ、すごい魔術師たちばかりなんじゃないの?」
「少し人より魔力量が多かったくらいさ」
「ふぅん」
そこへ、レギィが戻ってきた。ぐいぐいとイルルクの袖を強引に引っ張るレギィは気が急いている様子で、どうしたのかと尋ねれば、恐らく博士だろう死体を見付けたと言った。
イルルクは出来る限りの早さで走った。
少女の記憶の中でイルルクに自分の記憶も視ろと言った、あの博士。
研究室と札の掛った部屋に入れば、そこには博士が円筒形の中、保存液らしき液体に沈んでいた。
イルルクは部屋の扉を閉め、念の為に施錠した。
部屋の中は見た事もないような物で一杯だった。機械と云うのはここにある物のような物を指すのだろうとイルルクは思った。キリに尋ねれば、まさしくこの部屋は機械に溢れていた。
博士を包む円筒形の物も機械であり、死人を死んだ時の状態のまま長期に渡って保管出来るらしかった。
レギィは部屋中を飛び回りながら、そこかしこで嬉しそうにくるくると回転した。
その度に紫色の炎の欠片がぽわぽわと飛び散り、薄暗い室内を照らすのだった。
「この部屋、炎神様の魔力で溢れてる」
「そうなの?」
「博士は炎神様からの祝福を得られた方だと有名だったよ」
イルルクはキリに操作を教わりながら、博士の遺体を取り出した。
イルルクにとっては重たい遺体を床に寝かせ、一度大きく息を吐いてから博士に手のひらで触れた。
部屋に充満する炎神の魔力のせいだろうか、イルルクは自分の中に、一時間どころではない期間の博士の記憶が流れ込んでくるのを感じた。手を離さなければ、博士の前世の記憶にまで辿り着いてしまいそうで、イルルクは慌てて手を離した。
それからイルルクは再び博士の遺体を機械の中に戻した。誰かがこの部屋にやって来た時の事を考えると、可能な限り痕跡は残しておくべきではないだろうと。
事態が収束したとして、もしまたここへ戻る事が出来たなら、博士の弔いをしようとイルルクは思った。
研究室の中は様々な機械や資料の山、魔道具に薬品の数々、種々雑多な物で溢れていた。イラランケに幾つか賭け事に使われる機械があったのを見たが、こんなにも沢山の機械を見たのは初めてだった。
入り口から入って直ぐには見えない死角にしゃがみ込み、レギィに見張りを頼んでからイルルクは博士の記憶を視る為に耳を塞ぎ、目を閉じた。
先程の感覚はやはり気のせいではなかったようで、イルルクは博士の全ての記憶を視る事が出来るようだった。目の前に広がる博士の記憶の量は膨大で、一瞬途方に暮れたものの、その中に紫の光を見付けてイルルクはその場面へ意識を集中させた。
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