第39話 中央特区
重い気持ちのまま、しかしイルルクは中央特区へ向かう事にした。
イルルク自身は光の精霊王から授かった力があったが、その力ではフェルたちまで隠すことは出来なかった為に、中央特区の入り口までは四人で向かい、そこからはイルルクが単独で中へ入り込むことになった。
フェルはノーシュと、そしてリィフィと共に隠れて様子を伺い、もし中央特区に入り込めそうな隙があるのならば追い掛けると云う事になった。リィフィに戻らなくていいのかと尋ねたが、リィフィは頷くだけだった。
イルルクの描いた魔法陣は、全てノーシュに預ける事にした。
魔法陣を描いた紙を丸め、イルルクの魔力で固定する。そうする事により丸めた紙を広げる際に魔法陣とイルルクの魔力が反応して、イルルクでなくともその魔法陣を起動させる事が可能になるのだとキリは言った。
ノーシュは他の三人と違い何の攻撃手段もなかった為、イルルクから受け取った魔法陣を大事に鞄にしまいこんだ。そして鞄に手を突っ込めばすぐに魔法陣が取り出せる事を、何度も確認していた。
中央特区までの道すがら、イルルクはもはやヤクニジューは完全に破壊されてしまったのだと思い知った。記憶に残る景色はどこにも存在していない。
居住区と居住区の間を仕切る壁もいまや基礎の部分を剥き出しにして崩れ果てている。
一体どれだけの人間が生きているのだろう。そんな事をふと考えてしまい、イルルクは唇を噛みしめた。
中央特区と居住区の間にも勿論壁があったが、今は至る所が崩れ落ちていた。
それは決して喜ばしい事ではなかったが、しかしそのお陰で中央特区の中へ侵入しやすくなった事は確かだった。
イルルク達は周囲を警戒しつつ、壁の内側の様子を窺った。
イルルクが死者の記憶の中で視た煌びやかな中央特区はどこにもなかった。やはり建物の殆どは破壊され、見る影もない。
そこでイルルクは、リュエリオールの記憶を視なかった事に気が付いた。ルドリスはずっと共に居た為に見える物はイルルクも知っている事ばかりだっただろうが、リュエリオールの記憶を覗いていればリュエリオールの仇が誰なのか分かった筈だった。
イルルクは悔やんだが、しかしその一方で、リュエリオールの仇はイルルクの前にいずれ姿を現わすだろうと云う予感めいた物もあった。
イルルクは頭を振り、今は敵に見付からずにあの博士の遺体を見付ける事に集中しようと決意した。
中央特区の中にはイルルクたちの居る場所から見えるだけでも五人の信者の姿が確認出来た。その中には使い魔を使役している魔術師もいて、イルルクはそれを三人に伝えた。
幸いな事にリィフィにも使い魔の姿は見えていて、リィフィが見えないほどの魔力量で使い魔を作る魔術師はそうそう居ないと云う事だった。
リィフィはレギィの事も見えていた。イルルクはそれを聞いて安心した。
イルルクは三人の顔を見回し、全員と視線を交わし合った。
それから「いってきます」と呟いて、精霊王から授かった一本の銀色の髪の毛を引き抜いた。
イルルクは、自分の周囲に薄い銀色の膜が張ったような感覚を覚えた。フェルの方を伺えば、フェルはもうイルルクを見失ったようだった。
イルルクは走った。中央特区の更に中央、
どこに博士の死体があるのか分からなかったが、兎に角魔術院へ入れば何か手掛かりがある気がしたのだった。
レギィも可能な限り飛び回って博士を探してくれていたが、教団の人間が思ったよりも多く、姿を隠しつつ飛び回るのに難儀しているようだった。何も気にせずに飛び回れたら良いのだろうが、レギィを視認出来る人間がいないとも限らない。慎重に成らざるを得なかった。
◆
リィフィはイルルクを見送った後、懐から小さな緑の石を取り出して確認した。
仄かに土の魔力を感じるその石は、小さいながら紛れもない魔石であった。
フェルはそれを見て、少し懐かしくそして悲しい気持ちになった。
ルドリスの瞳の色と同じ輝きの、魔石。
フェルは悲しみを押し殺し、努めて明るい声でリィフィに尋ねた。
「それ魔石じゃん。リィフィも持ってたんだな」
「これは
「え?」
「
リィフィから魔石の精製方法を聞いたフェルは、少しの思案の後に顔を青ざめさせた。イルルクは知らない。知らない方がいいとキリに言われたからだ。キリが何故教えてくれなかったのか、フェルはそれを苦しいくらいに理解した。
イルルクには知られない方がいい。フェルは二人に口止めをした。イルルクの前ではその話をしないでくれと。
イルルクがキリを見付けた時の話をすると、二人は直ぐに理解してくれたようだった。もしもこの事実をイルルクが知るとしても、それは今ではない方がいい。ボスの死もルドリスの死も飲み混んで落ち着くまでは知らない方がいい。
早くイルルクに追い付かないと。
フェルはリィフィと共に周囲の警戒をしながら、瓦礫の陰に隠れて魔術院を目指すのだった。
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