第38話 別れ
「最早、貴様の役目は終わりである」
「炎の子よ、其方の手で焼くが良い」
「貴様らも糧である」
「聖なる炎に焼かれ、その命捧ぐべし」
「「「「"
イルルクが彼らに向かって炎を放つよりも、彼らの放った炎がリュエリオールと、そしてリュエリオールを庇ったルドリスを包む方が早かった。
ルドリスの腕が咄嗟に首元に伸び、ぶら下げたネックレスを握りしめるのが見える。ルドリスの握りしめた手からは幾つもの光の粒子が飛び出し、その光が見る間に狼の姿を形作っていった。
「リィフィ……」
リィフィは炎に包まれるルドリスを見ると喉の奥から低い唸り声を上げた。
それから天に向かって一度大きな咆哮を上げ、ルドリスを焼いた者たちへと飛び掛かっていった。牙を剥き出しにし、集団の中央に着地すると大きな身体を振り回して薙ぎ倒していく。
大型の狼が向かってきたというのに、彼らは表情を変えない。無表情のまま、リィフィに向かって攻撃を放つ姿は異様だった。
放たれる攻撃は基本的に炎の魔術であったが、彼らの半数は炎以外に適性を持つ魔術師であったらしく、満身創痍になりながら放つ魔術には水や風の物も混ざっていた。
リィフィは狼の姿をしながらも、呪文を唱えて魔術を発動しているようだった。時折リィフィの体毛が精霊王と同じ気配をもって輝き、リィフィの周りを囲む魔術師たちを攻撃している。
フェルとノーシュは水を探しに行き、イルルクはリュエリオールとルドリスの炎を消そうと自分の上着を脱ぎ、二人を叩いた。
しかし炎は弱まるどころか益々勢いを増していくように思えた。イルルクの魔力でその炎を操ろうとしても上手くいかなかった。イルルクは自分の無力さに呆然とした。
せめて魔法陣だけでも起動出来たなら。
イルルクは無駄だと理解していたが水の魔法陣を書いた。奇跡は起こらなかった。
ルドリスがリィフィにしていた事を思い出しながら回復の呪文を唱えても、二人の身体に刻まれた傷が癒される事はなかった。
「どうしてボクは炎しか出せないの……!」
「イル……ルク」
「しゃ、喋らないで、今フェルたちが水を……」
「いや、……どうせ焼かれる前から、もうダメだった。なあイルルク……あいつらに殺されるのは癪なんだ。お前の炎で死なせてくれないか」
「何言って……!」
「ああ、そりゃいい考えだ……俺も頼むぜイルルク」
リュエリオールを庇ったルドリスは最早生きている事が信じられないくらいの傷を負っていた。肉体の何割が燃え尽きてしまっているのだろう。
イルルクにも分かっていた。もう、二人を包む炎を消したところで、二人は助からないのだと。
それでも、諦められなかった。
折角ヤクニジューへと戻って来たというのに、折角リュエリオールに会えたというのに。
イルルクの中に、リュエリオールに話したかった事がどんどんと湧き出てくる。
けれどそれらは全て言葉にはならず、イルルクの口からは呻き声しか出なかった。
リュエリオールの手が伸びて、イルルクの帽子を取った。
はらりと広がるイルルクの髪は半分以上が紫に染まっていて、リュエリオールは目を細めてその髪を見た。
そうしてリュエリオールの震える手が、イルルクの頭を数回、撫でた。
「う……うう……」
いつの間にか人型になったリィフィがイルルクにそっと寄り添った。
全てを倒したのか、何人かに逃げられたのか、自分の物とも他者の物とも分からぬ血に塗れ、様々な魔術によって傷付けられた身体で。
息が上がり苦しそうではあるものの、二人に比べれば死の気配が遠い事は明らかだった。
イルルクは、涙が頬を伝っている事に気が付いた。
もう、することは決まっていた。
イルルクは長い髪を風に揺らしながら二人の前に立った。イルルクの髪が更に紫に染まっていく。
どうして。
どうして。
イルルクの手は美しい紫色の炎を生み出した。高温の、高純度の、紫の炎。
それは彼らの炎など簡単に飲み込んで、更に勢いを増した。イルルクの髪が、どんどんと紫に変化していく。紫の瞳から零れた涙は、紫の炎によって空気中に溶けていった。
リュエリオールが笑って、その口がありがとうと動くのがイルルクの瞳に映った。ルドリスはリィフィを見て、そしてその口も同じ動きをした。
「ああ、あああああ……!」
イルルクの炎は一片の骨を残して二人を焼き尽くした。
ルドリスの骨と共に小さな緑色の石が転がっていて、リィフィは人型になるとその石を拾い懐へとしまった。
イルルクはそれから暫く泣いていた。
その髪はもう、殆どが紫だった。
フェルとノーシュが水の入った
イルルクは混乱する二人に説明しようと口を開いたが、溢れる嗚咽に言葉は全て押し流されてしまった。
二人への説明は、リィフィが代わりにしてくれた。
フェルも、ノーシュも、共に泣いた。
誰も、襲ってはこなかった。
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