第7章 望まぬ帰還、そして
第37話 最悪の再会
ヤクニジューへは、呆気ない程に簡単に辿り着きそうであった。
カロラルンは商業都市と云う名を冠するだけあり、各都市と直接街道で繋がっていた。イルルクたちは追手を気にしながらもカロラルンから真っ直ぐに伸びる街道に馬車を走らせていた。
しかし暫く走っても、イルルクへ差し向けられていた筈の追手の姿は一度も見えなかったのだった。
記憶で視た、あの宗教団体が何か関係しているのだろうか。もはや自分を追う必要がなくなったと判断されたのだろうかとイルルクは考える。
彼らの狙いはほぼ確実に自分であるのに、どうも彼らのいいように状況が進んでいるように思えて、イルルクの心は一向に落ち着く事はなかった。
ルドリスとフェルはいつ何が出てきてもいいように馬車の前と後ろを見張っている。二人もヤクニジュー、そしてリュエリオールの事が心配なのだろう。ピリピリとした二人の殺気が、焦燥感が、不安がイルルクにまで伝わってくるようで、イルルクは更に身を縮こめるのだった。
陽が昇り、更にある程度の距離を走った後で一度、休憩を取る。
結局誰の襲撃も受ける事なく、およそ半分の距離を走る事が出来ていた。
ルドリスがまず周囲の安全を確認し、それからイルルクが焚き火に火を点した。
ノーシュが鞄から
ノーシュが慣れた手付きで肉を半分ほど切り分け、ナイフに肉を突き刺すと焚き火に
焚き火で焼くよりも、きっと美味しく焼けただろう。
肉汁の滴る美味しそうな塊を、四人で分けて食べた。
レギィは少し興味ありげに肉の周りを飛び回っていたが、聞けば食べ物や飲み物は摂取出来ないらしかった。いい匂いだとは思うらしく、残念がっていたのが少し可愛らしくて、イルルクのささくれだった心がほのかに癒された心持ちになった。
ノーシュは慣れない御者仕事に疲れているようだったが、しかし自分の為に出発を遅らせる事を良しとしなかった。
休憩が終わる前に、イルルクはノーシュにキリを紹介した。自分はただ炎が扱えるだけで魔術師と呼べる程の力は無く、何もかもをキリに教わっているのだと。
ノーシュは喋りだした石に面食らっていたけれど、すぐにむしろ目を輝かせ、師匠と呼ばせて下さい!などと言っていた。その光景も、イルルクの心を少し落ち着けてくれた。
それからは休む事なくヤクニジューへと向かった。
ヤクニジューを視認出来る距離まで来て、イルルクたちはすぐに気が付いた。
ヤクニジューの至る所から黒煙が上がっていた。風に乗ってイルルク達の元まで何かが燃える臭いが届く。
肉の焼ける匂いが鼻腔を吐き、イルルクは気分が悪くなった。
何度も嗅いだ匂いの筈なのに、それがヤクニジューに暮らす皆の身体が戦いによって燃やされた匂いなのだと思うと、激しくなる動悸を抑える事が出来なかった。
「一体何が……」
ルドリスの口調は固かった。
ノーシュは馬に鞭を打ち、ヤクニジューへと向かう速度を更に速めた。
ヤクニジューを出た時はすぐに森に入ったが、今は森へ入るよりも街道をそのまま馬車で走る方が早い。
平らに均された道を馬車が走る。
本来であれば、リュエリオールが事態を収拾し、第五居住区の門の前にはイルルクの帰還を迎えるファミリーの姿がある筈だったのだ。
しかし、門の前には今や誰の姿も見当たらなかった。
門の前で馬車から降り、周囲を警戒しながら居住区の中を窺う。
居住区の中は、荒れ果てていた。
原型を留めぬ程に破壊された建物の数々、至る所に動かぬ人々が横たわっている。
転がる死体の中に見知った顔がある事に動揺しながら、イルルクはルドリスに従って地下への入り口へ向かった。
地下への入り口は第五居住区の数カ所に点在しているらしかったが、そのどれもが塞がれているようだった。
「イルルク……!」
最後の入り口が塞がっている事を確認した時、最早懐かしささえ憶える声がイルルクの鼓膜を揺らした。
振り返るとそこには、血塗れのリュエリオールが立っていた。
「リュエリオールっ!」
「ボス!」
イルルク達に近付こうとして膝から崩れ落ちそうになるリュエリオールを、ルドリスが支える。
こんなにもリュエリオールが痛め付けられている様を、イルルクは見た事がなかった。
それは恐らくルドリスも同じなのだろう。
驚きと怒りに満ちた瞳が、獰猛に周囲を探っている。
「すまないイルルク……お前を助けるつもりで……全ては仕組まれていた……」
「喋らないで、怪我が……」
「ルドリス! 治癒!」
「あ、そ、そうか……」
フェルの言葉に、慌ててルドリスが治癒魔法を掛けようとする。
しかしそれは、風上から飛んできた炎によって妨げられた。
そちらを向けば、イルルクが視た宗教団体と同じ格好をした男女が数人立ち、イルルク達に向けて攻撃の態勢を取っていた。
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