第49話 冥界の長
キトリに案内されるままに冥府を歩いていたイルルクだったが、周囲にはイルルクたち以外には何の気配もしなかった。てっきり死者で溢れているのだと思っていたイルルクは、不思議に思い周囲を見回しながらキトリの後を歩いた。
キトリはそんなイルルクの疑問に気付いたように、今いる層は冥界の中でも一番高い層で、ここには死者は居らず、冥界の管理者たちしかいないのだと説明した。
冥界は幾つもの層に分かれていて、生前の行いによって死後に行く事になる層が異なっているらしかった。地上に近い層にいればいるほど、新たな命を授かり易くなるのだという。そしてそれぞれの階層にそれぞれの管理者がおり、全ての管理者の頂天に立つのが炎神、もといイルルク、もといリリミアなのだと。
少し歩くと、目の前に神殿のようなものが見えてきた。
何本もの石柱に支えられた荘厳な門構えに、そういった物にあまり触れてこなかったイルルクにも分かるくらい意匠の凝った彫刻が施された壁、天井、屋根。
その中に入ると床には赤い絨毯が敷かれており、その先に据えられた玉座に腰掛ける女性の姿があった。長く艶やかな黒髪が玉座の周りにまで広がっている。黒いドレスを身に付けた白い肌に、キトリと同じ深紅の瞳が輝いていた。
「姫様、炎神とイルルクを連れてまいりました」
「キトリ、ご苦労でした。イルルク、ようこそ冥界へ。私は“元”女王リリミアです」
「初めまして」
元、という単語にやけに力が篭っている、とイルルクは思った。これは、まるでフェルが機嫌を損ねた時のよう……イルルクがそう思っていると、リリミアはイルルクにそう挨拶をするなり、玉座から立ち上がったかと思うと炎神に向かって大きな黒い光を放った。
「貴様ァァァ! よくも
「まあ、落ち着けリリミア、もうイルルクも成長したぞ、オレが出張る必要もあるまい、な!」
「そうなのじゃが、そうなのじゃが! お主は百度くらい殺さねば気が済まぬのじゃ……!」
イルルクはそっとキトリの後ろに下がった。
それからイルルクは少しの間二人のやりとりが続くのを眺めた。
全く終わりそうにない二人の攻防に呆れ果てたキトリが声を発するまで、どれぐらいの時間が流れたのだろう。イルルクはここが冥界である事を忘れ、少し笑った。
「姫様、時の流れは有限です」
「あっ、イルルク、いや……すまぬ。じゃが安心するがよい、冥界の時の流れは現世よりゆっくりじゃからな!」
「はあ……」
「イルルクはあれじゃろう? こやつらに会いに来たのじゃろ?」
そう言って人差し指をくるりと回したリリミアの後ろに現れた姿を見て、イルルクは反射的に駆け出していた。
リュエリオールも、ルドリスも、二人とも服装は死んだ時のままだったが、しかしどこも怪我していなければ汚れの一つすら付いていなかった。
「イルルク……」
「リュエリオール! ルドリス!」
イルルクはリュエリオールの広げられた腕の中へと飛び込んだ。重力は殆ど感じなかったが、勢いよく飛び込んだ衝撃にリュエリオールの足が数歩後ろに下がった。
「いつの間に大きくなって」
「完全に紫になっちゃったなぁ」
二人はイルルクをまじまじと見つめながら驚き、嬉しそうに笑った。イルルクはリュエリオールから離れると、二人の前に少し恥ずかしそうに立った。
「ボク……二人のことを……」
イルルクがそう言うと、二人は口々にイルルクに礼を言った。あのまま奴らの炎に焼かれて死んでいたら、死んでも死にきれなかったと笑って。
イルルクは、二人の口から礼を言われた事で肩の荷が降りたような気分になった。
死の間際に二人から燃やせと請われていたとはいえ、二人の命を自分の炎によって奪ったという事実が、思っていた以上にイルルクに重くのし掛かっていたのだと気付く。
「すまなかったな、イルルク。まさか生きた人間をお前に処理させているとは知らなかった。いや、死んだ人間でも良くはないだろうと考えてはいたんだがな」
そう言われ、その事をイルルクが知った時にはリュエリオールはもう死んでいた筈ではと思いイルルクが首を傾げると、リュエリオールたちは苦笑いを零した。それから、ちらとリリミアの方を確認し、こっそりとイルルクへ言った。
「俺たちが送られた層の管理者が、噂好きなんだ」
「本当にすまなかったイルルク……こんな事になるのならお前を
「ううん! ボク、外の世界が見られて良かったと思うよ。た、たとえそれも罠だったんだとしても」
リュエリオールはイルルクの頭を撫でた。イルルクにとって、ヤクニジューの居住区と、死者の記憶の中の中央特区だけではない、他の都市や様々な人々に触れられた事は決して悪い事ではなかった。
いい人もいれば、悪い人もいる。いい人にも悪い面はあるし、悪い人にもいい面がある。火葬人のままでいれば知らなかった事を、イルルクは経験した。
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