第50話 教祖の正体

「あやつはお主に大切な物を作らせ、それをお主自身の手によって壊させる事で暴走させようとしておったようじゃ」

「…………その為に、ボクに旅を?」

「旅どころではないがな。お主が記憶を失い、ただの子供として居住区へ移住したあの日から、あやつの計画は始まっておった」

「あの人は……何なの?」


 イルルクの炎を受けても何事もなく立っていられた人間。イルルクがキリを殺し、魔術院から追われる理由を作り、ヤクニジューから外の世界へイルルクを出した張本人。


「あれはオルークスと魔術院、そして中央特区が産み出した魔物じゃ。オルークスが胎児に対して魔術を付与しておった事は知っておるな?」


 イルルクは頷いた。それは博士の記憶の中で見た事だ。


「オルークスのその処置を受けてもなお、魔力を持たずに産まれてくる赤子は存在した。そして中央特区に住む貴族たちにとって、魔力のない子供はそれだけで無価値じゃった。しかしどうしても魔力を持つ子供が欲しいと願った貴族と魔術師たちが結託し、魔力を持たずに産まれた赤子を生贄に新たな子供を作り出したのじゃ」

「そんな……」

「魔力を持たない子を幾ら掛け合わせたとて、魔力は付与されなかった。それどころか、周囲の魔力を食い荒らすようになった」

「じゃあ……あの時はボクの炎を」

「ああ、食ってたな」


 途中で話に入ってきた炎神をリリミアがしっしっと追い払う。この二人はずっとこういう感じなのだろうか。キトリを伺えば、もはやキトリは全てを諦めたようにイルルクに微笑みかけた。

 イルルクはキトリに同情した。

 二人のやりとりを永遠に見ている場合ではない。イルルクはリリミアに話の続きを促した。


「どうしたらいいの?」

「なに、食うと言っても無制限に食う訳ではない。お主の魔力の全ては食い切らんからいずれは破裂するじゃろ」

「破裂!?」

「そこの役立たずが手伝えばすぐにドカンじゃ」

「役立たずだと?」


 また喧嘩の始まりそうな気配に、イルルクは思わず顔を顰めた。キトリが慌てて仲裁に入る。リリミアはふんと炎神から顔を背け、代わりにイルルクへと笑顔を向けた。


「赤子の寄せ集め、破裂した後は元々の赤子としてこちらで受け入れよう」


 イルルクはリリミアに礼を言い、頭を下げた。そしてふと、この場に博士とキリがいないことを不思議に思った。それをリリミアに告げると、リリミアは申し訳なさそうに、博士はもう新たな生を受けたのだと答えた。

 イルルクは博士に会ってみたかったとは思ったものの、しかし新しく別の人間として生きているのなら、その人生が良い物であるようにと願った。

 イルルクは、博士もリュエリオ−ルたちのように噂話の好きな管理者に当たり、イルルクが少女の記憶の中に博士を見た事を教えてもらっていたらいいなと思った。


「キリルスモーヴはな、間も無く分かる。お主の想い人か? あの少女はなかなか面白い事を考える」

「おも……っ」


 イルルクは自分の顔が熱くなるのを感じた。リュエリオールとルドリスがにこにことイルルクを見ていて、イルルクは更に顔が熱くなった。

 想い人。

 前に言葉に出来なかったフェルへの思いは、もう言葉に出来るのだろうか。言葉にしてもいいのだろうか。イルルクは、自分が人造人間ホムンクルスである事、そして神の力を持っているのだという事を思い、悩んだ。


「フェルは、みんなは無事なの?」


 リリミアはイルルクの前に手のひらで円を描いた。その円の中の空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、そこに鏡のようにフェルたちと教祖の姿が映し出された。

 イルルクはフェルたちの視線の先に卵のような物を見付け、炎神を見た。


「それがオレの護りだ」


 フェルはその卵のような物に向かって、何かをするように駆け出した。

 時の流れが違うと分かる酷くゆっくりとしたその光景を見つめながら、イルルクは自分の中に湧き上がる目覚めの気配を感じてリュエリオールたちを見た。


「お前がここの王になるとしても、俺たちとはもう会わない方がいい。死者は生者の思い出の中に生きるのが一番だ」

「お前らの結婚式が見れないのが心残りだけどな!」

「け、けっ……!」


 二人は最後まで、笑顔だった。

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