第51話 フェルの奇策

 時間を稼ぐ為だけのさほど意味のない会話を教祖と続けながら、フェルは必死に考えていた。何をすれば、イルルクを目覚めさせる事が出来るのかと。


 イルルクがあの状態になったきっかけは、イルルクが自身の手でキリを壊した事だった。自分の手でキリを二度も亡き者にした負い目からイルルクが暴走しかけ、そしてあの状態になったのだ。それならば、キリを復活させる事が出来たならイルルクはもしかしたら戻って来るのではないかと、ふとそう思った。

 キリを復活させる。

 言葉にしてみればたった数個の単語にしかすぎないそれが、どれほどに現実味のない事であるかは痛い程に理解しているつもりだった。

 それに、キリは、キリから出来た魔石はイルルクの炎によって燃え尽きてしまったのだ。欠片も存在しないモノを、どうやって復活させるというのか。


(欠片?)


 そうしてフェルは思い出したのだ。フェルの腰にぶら下がった、イルルクと揃いのぬいぐるみ。その中にこっそり隠してあったキリの欠片の事を。

 最初は金になると思って拾い集めた欠片だった。まさか自分が実物を手にする事になるとは夢にも思わなかった魔石の原石。

 イルルクから貰ったあの欠片。結局売ったりはせずにイルルクと揃いのぬいぐるみに隠し持ったままだったあの欠片を、どうにかしてキリとして復活させる事が出来たなら?

 しかし、元々魔力が殆ど通っていない部分だから削ぎ落とすのである。そんな物が、正しい魔石の姿に戻る事など有り得るのか?

 魔術の事など、魔石の事などフェルには何も分からなかった。

 結局のところ今に至るまで、フェルには魔力なんて一時たりとも感じる事が出来なかったのだから。


(そうだ、ピアス)


 フェルの脳裏に、あの調子の良さそうな店主の顔が蘇る。

 イラランケの魔道具屋で手に入れたピアスは、「どんなに微量であっても魔力さえあればそれを何倍にもしてくれて魔術が使えるようになるよ」とナキニに言われて購入を決めた物だった。

 ほんの少しの魔力を感知して、それを魔術が使えるようになるくらいにまで膨れ上がらせてくれるのなら、たとえ魔石の欠片の魔力量が微々たる物であったとしても、それを元の魔石と同じ状態にまで復活させられるのではないか。

 フェルはこの考えが、今の自分に出来る唯一の事だと確信した。


 上手くいくのかなんて、分からない。

 けれど、イルルクが目覚めるのなら。

 目覚める可能性があるのなら、どんな事だってやろう。


 フェルは紫の卵に向かって駆け出した。

 走りながら、腰からぬいぐるみを引き千切る。一緒に下げていた財布が地面に転がり落ちるが、今はそんな物に気を取られている場合ではない。

 イルルクと一生懸命作ったそのぬいぐるみの首の縫い目に指を突っ込んで無理矢理引き割くと、綿の合間に散らばっていた魔石の欠片を取り出して左手に握りしめた。

 それから右手で耳朶みみたぶにぶら下がるピアスをむしり取る。ブチリという音と共に痛みが走り、生暖かな物が滴る感覚に耳朶から出血している事を知るが、そんな事はほんの些細な事だった。


(頼む、イルルク、キリ……!)

「待て! 何をするつもりだ」


 教祖が目を見開いてフェルに手を伸ばそうとする。フェルは咄嗟に身体を捻り、伸ばされた手を躱した。リィフィが大きな声で吠え、フェルと教祖の間に立ちはだかり、フェルはまた卵に向かって駆け出した。


 四方から信者が迫る気配がする。ノーシュも二人を追い掛けるように駆け出し、鞄から取り出した魔法陣を広げてどんどんと発動させていく。イルルクの描いた魔法陣から、三人を守るように燃え盛る炎が飛び出し、信者たちを焼いた。

 けれど信者たちは死ぬ事はなかった。ただ、喉が焼けて呪文の詠唱が出来なくなり、足に火傷を負って上手く立てなくなった。恐らくそれはイルルクの躊躇いの結果だったが、しかしノーシュは自分が人を殺さずに済んだ事に安堵したように震えた。


 フェルはそんなノーシュを視界の片隅に入れながら、ほんの少しだけ微笑んだ。

 人を殺すのは、俺たちだけで充分だ。

 そうだろ、イルルク。


 二人が懸命に足止めをする中、紫の卵の前に辿り着いたフェルは、前へ前へと進む脚の勢いを弱める事なく飛び込み、そのまま全力で魔石の欠片とピアスの石を触れ合わせ、卵に突っ込んでいった。


「起きろォォォォォォォォ!!!!!!!!」


 瞬間、辺りに突風が吹き荒れた。


 風に舞う砂埃に思わず目を閉じ、風が収まってから目を開けたフェルは、自分が地面にしっかりと直立している事に気付いた。

 そして、両手にはもう魔石の欠片もピアスもなくなっている。


 目の前には紫の青年が二人、フェルを見つめて立っていた。

 フェルが帰りを待ち望んだ、紫の子の姿だった。


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