第33話 知りたくなかった
イルルクはそれから、フェルに手を引かれてカロラルンの街を進んだ。
自分の足を自分で前に進める事など、出来そうになかった。
フェルがイルルクへ決して見えないように隠した左手の掌が、どういう状態になっているのか。イルルクは知りたくなかった。
イルルクの魔力はもう落ち着いていたが、しかし心は到底落ち着きそうになかった。
あんな大人がいる事。あんな子供がいる事。記憶の中ではなく、目の前で人が死んだ事。炎を制御出来なかった事。フェルを傷付けた事。
何もかもがイルルクの足取りを重くした。
安全性がそれなりに高い宿と云う事で繁盛していた宿は大部屋が既に埋まっていて、イルルクたちはそれぞれ一人用の部屋へと案内された。
イルルクは少し、安心した。
皆と顔を合わせ続けなくて良いと云うのも理由の一つだったが、何より個室ならば、キリと話せる。
部屋の中はベッドとテーブル、椅子があるだけの簡素な物だった。
まだ日が落ちるには少し早い時間だったが、ベッドの足下側にある大きな窓の外には雨が降り始めていて部屋の中は薄暗かった。
イルルクは灯りを点ける事もせずに、ベッドに倒れ込んだ。
身体が重たかった。
「あんな大人もいるんだね」
「俺も基本的には魔術院から出ていなかったから……この街がここまでとは知らなかったよ」
「中央特区は、あんな事ないんでしょう?」
「うーん……どうだろう。俺が知らないだけで、実際はあったかもしれないよ」
「……ボクたちの地区にも、ああいう大人はいたのかもしれない」
「一人の人間が目に出来る世界は、思うほど多くない。イルルクが大人になる前にああいう事を目の当たりに出来たのは、もしかしたら良い事なのかもしれないね」
キリのその言葉の意味が、イルルクには 良く分からなかった。
あんな光景、見たくなんてなかった。
死体の記憶を覗く事で、人の死と云う物に慣れていたつもりでいて、しかしイルルクは実際に目の前で一人の人間が死ぬ所を見た事は無かったのだった。
イルルクは、フェルの手を焼く程の炎を無意識に生み出していた事に動揺していた。
リュエリオールがイルルクを認めたと云う、イルルク自身は覚えていないその出来事の時にも、同じような事をしたのだろうか。
イルルクは初めて、自分の力が恐ろしい物に思えた。
あの時、フェルの声と表情に気付いて炎を止められていなかったら、フェルすらも焼き尽くしていたかもしれなかったのだ。
イルルクは震える腕を抱き締めるようにベッドの上で丸まった。
「勝手に、炎が、出ちゃったんだ」
「イルルク。髪の先は今、どれだけ紫になった」
キリにそう言われて被っていた帽子を取ると、イルルクの髪は毛先の半分程が紫に染まっていた。黒かった部分も、もう殆どが青に染まっている。
「魔力の濃度が濃くなっているんだ、多分。ちょっとした事で高温の炎が出てしまうような状態なんだろう」
「…………」
「使い魔を作ってみようか、イルルク」
「使い魔?」
イルルクは首を傾げた。
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