第34話 使い魔
魔術師は、自分の魔力を消費する事でそれぞれの属性の使い魔を生み出す事が出来るのだとキリは言った。
魔力の消費が激しい為に、自分の得意な属性の使い魔を必要な時だけ生み出すのが普通だが、炎を、魔力を持て余し始めているイルルクにとっては、常に魔力を消費し続けてくれる使い魔は都合がいいのではないかと。
イルルクは荷物の中から紙とインクを取り出し、言われるままに魔方陣を描いた。そしてその魔方陣へ魔力を流し込むと、イルルクの目の前に小さな炎の揺らめきが現れたのだった。
紫色のその揺らめきは形が定まらないといった風にもやもやと動き続けていて、イルルクにはそれが何だか少し可笑しかった。
「笑うな! キミがちゃんと形をくれないからこんな事になってるんだよ!」
紫色のもやもやから聞こえてきた声に、イルルクは思わず小さな悲鳴を上げた。
少年のような声だなと思った瞬間、イルルクの前には掌に乗りそうなくらいの少年が浮かんでいた。
髪も、目も紫。手足の先が常に炎に包まれているような少年の姿に、イルルクは目を瞬かせた。
「はぁ、落ち着いた。最初っからやってよね、これくらい」
「ご、ごめんなさい」
「イルルク、魔力が減っている感覚はあるかい?」
そう言われ意識すると、心なしか身体が軽く感じられた。呼吸もしやすくなったように感じられる。自分の中のどろどろとしたモノが少しの滑らかさでもって少年に流れ込んでいっているような感覚を覚えた。
イルルクが少年に恐る恐る手を差し伸べると、少年はその手にふわりと腰掛けた。
少年は炎を纏った姿をしていたが、実際は熱くないのかイルルクだけが平気なのか、兎に角、イルルクの手に熱さは感じなかった。
少年は一度イルルクの手に口付けると、部屋の窓ガラスに映る自分の姿をまじまじと見て嬉しそうにくるりと一回転した。
「炎神様にそっくり。キミ、センスいいね」
「え、そうなんだ。炎神様、見た事ないけど……」
「偶然これ? それはそれですごいや」
イルルクは少年の姿を見つめる。
炎神。
イルルクは炎神の姿など見た事がなかった。けれど光の精霊王は、炎神の戯れでイルルクが生まれたと言っていた。
イルルクのどこかに、炎神の姿も刻まれていたのだろうか。
少年はイルルクの視線にどこか落ち着かない様子で部屋中を飛び回っていた。
「ねぇ、ボクは何の為に作られたの?」
イルルクは少年に自分の魔力の事を話した。
イルルクが無闇に炎を生み出さないよう、暴走しないように使い魔を作ったのだと。
初めは自分に主たる仕事がない事に不満げだった少年は、イルルクが基本的にずっと少年を形作ったままである事を聞いてその表情を一変させた。
「消えなくていいなら名前付けてよ!」
「名前かあ」
「使い魔じゃあ味気ないでしょ」
イルルクはベッドに転がった。
名前を考えるイルルクの顔を、期待に満ちた目で少年が覗き込んでくる。
その瞳の中には炎が揺らめいていて、ずっと見つめていると奥へ奥へと飲み込まれてしまいそうな感覚に陥る。
イルルクはその瞳を真っ直ぐに見つめながら、ぽつりと呟いた。
「レギィ」
それはヤクニジューの街に群生していた花の俗称だった。
薄紫色の花を鈴なりに咲かせ、風にそよぐレギューラム。
少年は少しぽかんとした後に、満面の笑みを浮かべた。
何かに名前を付けた事などなかったし、気に入ってもらえるか自信がなかったイルルクは安堵の溜息を一つ吐いた。
少年はレギィ、レギィと何度も呟いてはクスクスと笑った。
その喜びように、イルルクまで嬉しくなる。
「よろしくね、レギィ」
「よろしく、イルルク」
それからイルルクは、レギィに出来る事の確認をした。
使い魔は基本的に、使役者の出来る事ならば大抵の事は出来るらしかった。
ただ、魔法を使わせようとすれば、使い魔を留めておく為の魔力とは別に、使わせたい魔法に見合うだけの魔力を供給しなくてはならないと。
使い魔に魔力を注ぎ込めば注ぎ込む程、使い魔の存在を知覚出来る者は少なくなる。
使い魔の持つ魔力量を超える魔力を有する者にしか知覚出来なくなる為らしかった。
イルルクは、自分の魔力の半分程をレギィに分け与えた。
その魔力を使えば等身大の青年の姿にもなれるとレギィは言ったが、落ち着かないから今のままでいてほしいとイルルクは答えた。
レギィは少し残念そうにはぁいと呟くと、イルルクの肩に腰掛けた。
コンコンと部屋の扉を叩いたルドリスがイルルクに夕ご飯だと告げる頃には、渦巻く気持ちはあるものの、それらを押し込めて皆と過ごせる程には落ち着いていた。
イルルクはレギィを連れたまま、夕食へと向かうのだった。
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