第6章 カロラルン

第29話 墓地

 リィフィに手を引かれ目映まばゆい道から暗い場所に降り立つ。

 目が慣れずに暫く瞬きをしていると、イルルクは今立っている場所が自分に馴染み深い場所である事に気付いた。


 そこは、墓地だった。カラロルンの住人たちの為の墓地だろう。カラロルンでも火葬と土葬が入り混じっているらしく、ヤクニジューの墓地と同じ匂いがした。

 リィフィは、ルドリスに自分の爪の先──勿論彼が獣の時の物だ──を削って作ったネックレスを渡した。困った時に握りしめてくれたら、一度だけ借りを返すと言って。

 そうしてイルルクたちに別れを告げると、また光の道を通って帰って行った。


 暗闇に包まれた墓地で、フェルがイルルクの腕をぐいと引っ張った。どうしたのかとフェルを見ると、フェルは眉間に皺を寄せて、ある方向を指差した。


「死体がある、しかも何体か。それに多分……結構、新しい……」


 イルルクたちはフェルの指差した方向へと向かった。あまりにも視界が悪く、イルルクは足元が見えるように小さな炎を出す。

 少し歩くと、イルルクにも分かった。確かにそれは、死体の臭いだった。


 ぶんぶんと羽音を立てながら、無数の死喰虫しくいむしが飛んでいる。死喰虫たちは餌を奪うなと抗議しているかのように、イルルクたちの周囲を旋回した。

 死喰虫にたかられた死体は全部で四体だった。どの死体も顔の半分程が喰われていて元の顔が判別出来ない状態になっていた。

 しかしイルルクは、死体の身に付けている黒いローブに見覚えがあった。死者の記憶で何度も見た。博士と少女を、ドルビルを殺した男が着ていた物と同じローブだった。


「魔術院の隠密部隊だ」


 死体を見て、キリが呟いた。魔術院に不利な動きをする者たちを秘密裏に処理する為の、魔術院の汚れ役。

 顔の照合を不可能にする為に死ぬと自動的に発動する魔術を己にかけており、その効果によって死喰虫を呼び寄せて自分の顔を喰わせるらしかった。

 そこまでして魔術院の為に働かなければならないなんて、とイルルクが呟くと、キリが仕方ないんだと言った。

 彼らは大なり小なり魔術による罪を犯した者たちで、隠密部隊の総指揮を執る魔術師によって絶対服従の魔法陣を身体の一部に刻まれているらしかった。

 魔法陣を刻む際に定めた制約を破れば死ぬ、そんな魔法陣を。


 イルルクは唇を噛み締めた。中央特区は貴族たちが楽しく過ごす場所なのだと思っていたのに。

 ヤクニジューにいた頃、イルルクが視た記憶の持ち主たちは皆とても幸せな人たちだったのだ。イルルクが知らなかっただけで、中央特区の中だって居住区と変わらないくらい恐ろしい場所だったのだ。


 しかし、そんな彼らがどうしてここに死体となって山積みにされているのか。

 イルルクは山積みになった死体に触れていった。彼らを殺した者を視る為に。



 イルルクが記憶を視ると、彼らを襲った者たちも彼らと似たような格好をしていた。揃いの黒いローブ。しかし魔術院の者たちとは異なり、ローブの首元に何やら印のような物が刺繍されていた。

 イルルクは後で皆に説明できるよう、その印をしっかりと覚えた。

 彼らは魔術院の者たちを縛り上げると、自殺を防ぐかのように布を口に咥えさせた。

 そうして魔術院の者たちに向き直り、直立不動のまま真っ直ぐに前を向いて朗々と語り始めた。


「貴様らは我らの望む未来への障害である」

「炎の子は我らの要」

「貴様らのその汚れきった手には渡すまい」

「貴様らは我らの望む未来への障害である」

「障害は排除すべし」

「炎の神の名の下に」

「これは救済である」

「これは浄化である」


 イルルクは記憶を視るのを止めた。イルルクが今まで出会った何者よりも恐ろしかった。人間にあんなにも底の見えない瞳が出来る物なのかと、背筋に冷たい物が走るのを感じながら、イルルクは今視た事を説明した。

 落ちていた木の枝を使って、彼らの首元に刻まれていた印を地面に描く。


「炎神の紋章を、少し変形させてるみたいだ」

「炎神の信者ってのはそんなに狂気じみた連中なのか?」

「いや、多分表立って活動してる宗教団体じゃない。基本的に魔術院からの認可を得ている宗教団体はどこも殺人を禁忌としている筈だから」

「非認可の団体の可能性が高いって事か」

「そうなるね」


 イルルクは魔術院の者たちをまとめて火葬した。

 彼らは、魔術院の手として動く事と死ぬ事、どちらを望んだだろうか。

 考えても仕方のない事だと知りながら、考えずにはいられなかった。


 ルドリスも埋葬の手伝いがしたいと言ったので、イルルクは彼らの骨を残して焼いた。

 四人分の骨をフェルが寄せ集め、そしてそれをルドリスが土に還した。


 イルルクはルドリスが骨を土に還す間、祈りの言葉を捧げていた。

 死喰虫はもう、どこにもいなかった。

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