第28話 精霊王の影響

 イルルクは帽子を被り直し、階段を下った。


 リィフィはイルルクが階段を上り始めた時と変わらず広間でイルルクを待っていて、イルルクが下りてくるのを見ると少し安心したように肩の力を抜いた。

 イルルクにとっての光の精霊王と、リィフィたちにとっての光の精霊王では見え方が違うのだろう。イルルクは今はもう光の精霊王を恐れはしなかったが、この里に住む者たちにとってきっと彼は、尊敬と同時に畏怖の対象でもあるのだろうと思った。


 イルルクは再びリィフィと並んで、来た道を戻った。

 いつの間にか庭園の空に星が瞬いていて、精霊王と話している時に外に見えていた空は青空だったのにと驚いた。リィフィはそんなイルルクに、この空間は時間の流れが通常とは異なっており、朝の次に昼が来るとは限らないのだと教えてくれた。


 イルルクが城門の側まで戻ってくると、フェルがキリを持って駆け寄ってきた。何か光の精霊王の加護を受けたのだろうか、フェルの体から精霊王の魔力と同じ性質の物を感じ取り、イルルクはフェルにそれを告げた。

 フェルには思い当たる節が無かったらしく首を傾げていたが、それを聞いていた妖精の内の一人が教えてくれた。


「きっとそれは、ここで採れた物を食べたり飲んだりしたからですよ」


 この空間で栽培された物は、すべからく精霊王の魔力の影響下にある。それを如何に加工しようとも、精霊王の魔力は残ったままになるらしかった。それが人間の体内に入った後も、完全に消化されるまで魔力が残るのだろうと。

 フェルは、一瞬自分に光の魔力が目覚めたのかと期待したらしい。下唇を尖らせて、さっきまで飲んでいたのだろう葡萄の果汁を恨めしげに見つめていた。


「もう魔術は諦めなって」

「うう〜、イルルクに使えて俺に使えないの、なんか悔しいんだよな〜」

「なにそれ」


 イルルクは思わず吹き出した。まさかそんな子供じみた理由でフェルが魔術を使いたがっているとは思わなかったからだ。

 フェルに出来てイルルクに出来ない事の方が多いように思ったが、そういう問題でもないのだろうなと思った。

 いつもイルルクの前を歩いていたフェルにそう思われていた事がどこか嬉しくて、イルルクは自分の顔が勝手に笑ってしまうのを暫く止める事が出来なかった。

 フェルはそんなイルルクをバツが悪そうに見つめながら、ルドリスに「もう行こうぜ」と出発を促した。


「ここと外界とは時の流れが異なる。然程大きなズレではないと思うが、まあ十日程は経っているかもしれんな」


 リィフィのその言葉に、イルルクはまたしても驚くことになるのだった。

 ほんの数時間しか経っていないと思っていたのに、まさか十日も経っている可能性があるとは。本当に神々や精霊は世界と切り離された空間で生きているのだと、そう実感する。

 リィフィはその代わり、道を通った先がカラロルンの裏側に繋がるようにすると言った。


 見送りに来てくれた精霊たちに手を振って別れを告げ、イルルクたちはまた城の外へと戻って来た。

 再度全員の準備が整っている事を確認してから、リィフィは再び道を作った。


 イルルクは帽子をしっかりとかぶり直し、光の道へと足を踏み入れた。

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