第10話 ファミリーのアジト
夜も忙しかった。やはり居住区でもそれなりの抗争が起きていたらしく、イルルクが呼び出されて向かった路地裏の空き地には、幾つもの死体が並んでいた。
もはや顔を隠す手間も惜しいらしく、イルルクは大量の穏やかとは言い難い死に顔に顔を顰めた。
「悪いな。お前に目隠ししてもいいんだが」
「大丈夫です。今はもう、ただの死体ですから」
「ただのってお前なあ……。ボスが重宝してんのは分かるけど、お前みてぇなガキが死体処理って、どうかと思うんだよ俺は」
「はあ」
「あ、骨まで頼む」
「はい」
今日の人はやけにお喋りだなと思った。普段はただ死体を燃やし、それだけだった。
そういえばと、イルルクは前回の死体処理の時、死体を燃やしきる前に帰ってしまった人は元気ですかと尋ねた。
男は怪訝そうな顔をして、それはいつの事だと逆に尋ねてきた。
イルルクが前の前の晩だと答えると、男は少し離れた所で待機していた部下らしき人に何かを伝えた。その人は足早にどこかへ去っていった。
「イルルク、そいつの顔、覚えてるか」
「うーん……あんまり……」
「そいつはうちの者じゃねぇ。クソッ、舐めた真似しやがって……」
イルルクは驚いた。まさか、リュエリオールではない誰かの為に死体を燃やしていたなんて。
あの夜の男はどんな顔をしていたっけ。イルルクは死体を燃やしながら懸命に記憶を辿った。
イルルクが男の顔をある程度詳細に思い出す頃には、空き地の死体は跡形もなく燃え尽きていた。
「悪いがボスの所に一緒に来てもらうぞ」
「はい、ボクも、謝りたいです」
「いや、お前のせいじゃない。お前に余計な情報を与えないように担当者を決めず、名乗りもしなかったのが悪かったんだ。俺はルドリス、覚えといてくれ」
「はい、ルドリス」
「いい返事だ」
ルドリスはイルルクを抱え、拠点へと歩き出した。
ルドリスはそう言ってくれたが、やはりイルルクにも問題はあると思えた。生きた人間とのやり取りを厭う余り、リュエリオールに要らぬ迷惑を掛けてしまったと。
イルルクはぬいぐるみを握りしめた。
魔石は仄かに、暖かかった。
◆
リュエリオール・ファミリーの拠点は、第五居住区の地下にある。
第五居住区は見た目こそ他の居住区と変わらないが、地上に見えている建造物以上に、地下施設が存在していた。地下の正確な地図を把握しているのはファミリーの幹部以上に限られ、数ヶ月に一度は地下通路の改築が行われる念の入れようだった。
イルルクはルドリスと共に目隠しをされ、ボスの待つ面会室へと運ばれた。
面会室は天井に煌びやかな装飾の灯りがぶら下がっていた。イルルクがそれを初めて見た時に聞いた話では、灯りを反射してキラキラと輝いているのは全て、透明な石を削って作った物らしかった。石の名前は長く、聞いた数日後には忘れてしまっていた。
部屋の中央に良く磨かれた木のテーブルが置いてあり、その両脇に革張りの大きな椅子。その向こうには天井まで届きそうな棚があって、上段には透明なグラスが、下段にはお酒の瓶が隙間なく並べられていた。
「イルルク」
「ボス、ごめんなさい」
イルルクは開口一番リュエリオールへと謝罪した。リュエリオールは困ったように笑って首を振った。
きっちりと撫で付けた黒髪と顔に刻まれた皺。仕立てのいい礼服に身を包み、ともすれば人の良い老紳士に見えそうな佇まいだったが、鋭い眼光が犯罪組織の頂点に君臨する男だと知らしめていた。
「いいんだ。悪いのはお前じゃない。お前を利用した奴の方さ」
リュエリオールはイルルクの頭を撫でると、革張りの椅子に座らせた。
面会室の中にはリュエリオール以外に三人の男が立っていて、その内の一人がイルルクと向き合うように腰掛けた。
「イルルク、こいつは絵が得意なんだ。お前を利用した男の特徴を教えてくれるかい?」
イルルクは先程懸命に思い出した男の顔を説明した。暗がりであったし、今思えば向こうも出来る限りイルルクに顔を見せないように立ち回っていたようだった。それでも何度かの描き直しの後、イルルクが納得する似顔絵が完成した。
イルルクはそれから、イルルクを利用した男の所在が分かるまで拠点で生活するようにと言われた。もし教会からの依頼があれば火葬場まで送り届けると。
イルルクは神妙な顔をして頷いた。
リュエリオールにこれ以上迷惑を掛けたくない。イルルクの頭の中はその事だけでいっぱいになっていた。
イルルクはまた目隠しをされ、拠点内の客室へと運ばれた。
客室にはベッドとテーブル、椅子が二脚とそれだけだった。部屋にはルドリスも一緒に来ていて、一番小さな客室でごめんなとイルルクに謝ったが、イルルクは自分が客室を使ってもいいのかと、そればかりだった。
初めてのベッドのあまりの寝心地の良さに驚き、フェルもここで寝ればいいのにと思った。
それは無意識にイルルクの口から漏れ出ていたらしく、ルドリスは苦笑いを零した。
「フェルは随分とイルルクに気に入られたんだな」
「ルドリスはフェルを知ってるの?」
「ああ、あいつに戦い方を教えたのは俺だからな」
「じゃあルドリスがフェルの師匠なんだ!」
「師匠ってほどのもんでもないけどな」
そういえば、とイルルクは思う。キリはずっと黙ったままだった。ただ、魔石がとても貴重で高価な物だと知ってしまったイルルクは、自分が魔石を所持している事を無闇に口にするべきではないと思っていた。
キリの考えもあるだろうから、リュエリオールに話すにしてもまずはキリの判断を仰いでからだと。せっかく魔術の師匠が出来たのに、引き離される事になってしまうのはイルルクの本意ではなかった。
ルドリスたちが部屋を去り、自分一人になった事を確認してから、イルルクはキリに話しかけた。やはりキリは自分の存在は出来る限り隠匿しておきたいと思っているようだった。イルルクは頷いて、けれどその後に、リュエリオールにだけは紹介したいと言った。
キリは少し悩んだように黙り込み、必ずリュエリオールに存在を知らせるが、それは時が来たら自分が声を上げるから任せてくれないかと言った。
イルルクはまた頷いた。
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