第8話 魔力と相性

 キリはイルルクに、寝転ぶように言った。

 少し生温い風が木々を揺らす。キリとイルルク以外には誰もいない荒ら屋で、焚き火の薪が爆ぜる音が良く響いた。

 イルルクはキリの入ったぬいぐるみを自分の顔の横に置くと、寝袋の上に仰向けになって寝転んだ。


「目を瞑って、深呼吸をして、自分の中にある魔力を水みたいに思ってごらん」


 イルルクは目を瞑り、言われた通りに自分の魔力を想像した。

 自分の中の魔力、という物を意識してみたのはこれが初めてだった。ゆらりゆらりと揺蕩うそれは、水と呼ぶにはいささか強い粘り気を持っていた。

 イルルクは目を開けてキリの方を見た。


「なんか、水じゃないみたい」

「どういう感じか説明できるかい」


 イルルクは感じたままをキリに伝えた。

 少し悩むような無音の時間があり、それからキリが言った。

 イルルクは、自分の魔力に何か問題があるのかと緊張しながらキリの言葉を聞いた。キリのいう事には、全体的な魔力量が多いせいでイルルクの体内で魔力の密度が濃くなり、それがイルルクの言う粘り気に繋がっているのではないかと。

 魔術を使う分には特に問題ないと思うと言われ、イルルクは安堵した。

 それからキリに言われるがまま、魔力を全身に流して頭の先から爪の先までを魔力で満たす練習をした。

 どろどろとした魔力を全身に満たすのは中々骨の折れる作業だった。

 一晩の訓練で出来るようになってしまったら俺の立場がないとキリに励まされ、イルルクは毎日の訓練を心に決めた。


 イルルクが魔力を流す訓練に没頭している間、キリは聞き流していても大丈夫だからと前置きしてから色々な事を話してくれた。

 魔術には属性による向き不向きがあるのだという事。

 大抵の魔術師が、火、水、土、風のどれか一つと相性が良く、相性の良い属性の魔術を行使する際は、それ以外の属性の魔術を行使する為の魔力の半量程度で済む。相性の悪い属性は倍量必要なのだと。

 相性の悪い属性でも、魔力を吸収しやすい紙に自分の魔力を練り込んだインクで魔法陣を描き、それを補助的に使う事である程度の魔術は放てるらしかった。

 ただ、魔法陣に込められる魔力にも限界があるし、魔術師自身の魔力量にも限界がある。だから各属性の高位の魔術は、扱える魔術師が限られているのだと。


 イルルクは自分にも炎以外の魔術が使える日が来るのかと心を躍らせた。

 ヤクニジューでは中央特区にしかそういった魔道具の類は売られていないらしかったが、もしかしたら何かの機会に中央特区に行く事があるかもしれない。

 リュエリオールに頼んでみてもいいのかもしれないとイルルクは密かに思った。


 光属性と闇属性の魔術を行使するには、それぞれの精霊王に謁見し、祝福を授からなくてはならないらしかった。しかし、ここ数十年に渡って両精霊王共に人間との謁見を許可しておらず、光と闇の魔術師の高齢化が問題になっているのだとか。


 イルルクは、確認するまでもなく火との相性が良かった。


「その歳でそれだけの炎が生み出せるなら、君は将来きっと偉大な魔術師になるよ」

「そう、かな」

「ああ」

「師匠は、どの属性と相性が良かったの?」

「……風。だから俺も魔術が使えていれば、イルルクの炎をもっと大きく出来たのにね」

「もう魔術は使えないの?」

「さっき試してみたけど、駄目だった」


 イルルクは、自分の炎がキリの風によって舞い上げられ、天高く輝く様を想像した。

 それはとても魅力的に思えたけれど、キリが今のような姿になり、魔術さえ使えなくなってしまった原因が自分にあるのだと思うと口には出せなかった。


「さ、そろそろ寝ようか」

「もう?」

「今まで意識していなかった事をやると、意外と疲れるものだよ」


 横になって集中していただけなのに、確かに酷く身体が重かった。

 汗ばんだ頰を撫でる心地よい風が、キリの生み出したものであったなら。

 イルルクはそんな事を考えながら、仰向けのまま起き上がる事もせず、緩やかに眠りに落ちていった。

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