第42話 ユートピア



「いいから。何でもいいから、その石を渡せ。そいつは危険なんだ」

「そうなのかな……」

「ああ、そうだ。そんなの無くなった方が良いんだよ!」

「――でも玲奈。これを持っていれば何でも出来そうな気がする。あらゆる可能性が秘められているんだ。まるで、それは、エデンのように……」

「そんな感想は要らない。一弥――さっさと渡せ」

「この石の本当の力を使えば世界が本当に平等で平和になるかも知れないんだよ。それは本当に凄いことだと思わないか」

「そんなの幻想だ。あり得ない話だ」

「そうかも知れない。だけど少しでも希望があればやってみたいんだ。希望してみた

いんだ。僕には希望が無くて何も欲しいモノはなかった。だから、この石が教えてく

れた。希望がなければ、思い描くことさえ出来なければ、その力の有効性を考え出せ

ばいいってね。例えば原子力が良い例だよ。あれは使い方次第で夢のエネルギーとしても大量破壊兵器としてもどちら成立する。その力――自体に罪はないんだ。存在するだけなんだから。意味を持たせる人間の方向性だけなんだ」

「一般論なんかいいよ! それを使うって事は、望むって事はあたしと別れるということだ。あたしたちの存在する世界と、金輪際別れるということだ。確かに、それは崇高で理想的な世界かも知れない。だが、そこに、あたしは存在しないぞ。仮にあたしに似た奴がいてもそれは別物だ。完成したあたしは、あたしであって、あたしじやない。それでも良いって言うなら。一弥――お前は勝手にすればいい!」

 あたしは後ろを向いて歩き出した。

 一弥を信じて。

 あたしは抱き締められた。

 本当は足音も聞こえていた。

 一弥の真剣な眼差しも背中から感じていた。

 そして今は一弥の体温を感じている。

「それは無理だ――玲奈。僕は君が存在しない世界なんか堪えられない。確かにそうだね。確かにそうだ。完全な世界なんて存在しない。完全な人間が存在しないように。僕は君が好きだよ。もし君がいなかったら僕は生きててもしかたがない……」

「うん。わかってた。本当はこうなるって知ってた。それでも、あたしはそういう一弥の言葉が聞きたかった」

 あたしは涙を拭うと側を蒼い涙が流れ落ち、それは地表に落ちる前に露と消えた。


 

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