第20話 4107



 ふあ~。

 あたしは大きな欠伸を噛み殺した。

 何も変わったことがないので、少し遠出をして見たのだが、別段面白いモノなど無かった。何処に行っても実につまらない事ばかりだ。

 しかし、このところ一弥の奴が静奈の仕事を真面目に手伝っていたから面白くなかった。

 まあ、常識的に云って普通の社員というものは会社の為に働くのが普通だとは思うけど。

 あの変な会社で働いても働くだけ損だと云うモノの代表格のように思えてくる。通常、社員が真面目に働きさえすれば会社と云うモノは利益を例え僅かでも生み出す。その為に存在している。

 だが、それも長(最高責任者)が長期的なビジョンを持ってこそ報われるものだろう。

 だけど一弥の上司は静柰でしかも最高責任者であるなら、増えるのは資産ではなくてガラクタばっかりだ。

 そんなことを考えて歩いていると静奈の事務所に来しまった。

 だが、灯りは見えず。

 帰ろうとした瞬問に電話のベルが鳴り響いた。

 あたしは鍵を持ってはいないので、どうすることも出来ないと扉の方を見ると扉は真っ黒な口を開けていた。

 ――まったく不用心にも程がある。

 まあ、此所に泥棒が入ったからって盗るモノなど無いだろうが、それでも余りのい加減さに腹が立ってくる。

 それに鍵がなければ閉めることも出来ないっていうのに……。

 辺りを探したが合い鍵は見あたらなかった。

 そうなればオレは誰かがやって来るまで、この部屋から虜にされたと同じだった。

 そう思うと急激に気分も悪くなってくる。

「どうせ、放っておいても盗まれるモノなんてあるわけ無いんだよ。こんな所!」

 そう怒鳴ったが誰の反応もない。

 オレは仕方なく誰かが来るのを待つしかなかった。

 意外に律儀な自分の性格が恨めしい。

 もしかしたら、それを口実にして一弥を待っていたかったのかも知れなかった……。

 先ほどの電話も手に取った時にはあっさり嗚き止んで、それからは黙りを決め込んでいた。静柰が今流行りの番号通知サービスでも付けていれば折り返しも出来るのだが……。

 もっとも事務所の黒電話にはそのような能力は備わっていないのは明白だ。

 苛立って一弥の部屋に電話をしても繋がらない。

 留守番電話の録音された一弥の間の抜けた声が聞こえてくるだけだ。

 それでもオレは七回ぐらいは電話をかけたと思う。

 あたしは基本的に電話が嫌いだが、そのあたしが七回も電話をかけてくるこの最悪な状況だけでも一弥に伝えたかったからかも知れない。

 だが一弥が息を切らせて、此所までやって来たとしても、どうせ

「玲奈、いつの間に電話嫌いがなおったの?」

 なんていうトンチンカンな言葉を呟くに決まっている。

 そうするとオレは電話で話すこと自体が嫌いなのだと一弥に伝えなければならないが、それは億劫だと思う。

 ――などとソフアーに寛ぎながらおかしな問答を思案しているとベルが鳴った。

 一弥かと思ったが出てみると静奈だった。

「なんだ静奈かよ」

「なんだとは、ご挨拶だな玲奈」

「それにしても静奈、不用心がすぎる」

「玲奈、何かあったか?」

「何かじやないよ」

 あたしは今の状況と、それに到る経緯を掻い摘んで話した。

「ふうん。しかしそれは少し妙だな。今日は一弥の給料日だ。それに昼頃には彩加がいた筈なんだけどな」

「ふん。どっちもすっぽかして、お前は何処にいるんだ?」

「ああ、私か。今カイロにいてね」

「なるほど。お前最悪だな……」

 あたしは少しだけ彩加が可哀相になった。

「まあ、そういうな。こっちにも事情があったんだ」

「大方、何か変な物を買い求めたんだろう」

「これはこれで結構な代物なんだぞ」

「あてになるもんか」

「ああ、それにしても玲奈、他に変わったことはないか? どうも私の結界が破られたみたいなんだ。それも凄く巧妙にね。そいつは的確に弱点を突いてくるんだ」

「ふうん。あたしの鬼目きがんみたいにか?」

「ふん。そんなに洗練されたモノじやないよ。お前の眼が熟練の鍵師とするなら、あれはシャベルカーを持ち込んだ力尽くの犯行だ。むろん同じように壁を通り抜けるだけだから潜入できる結果だけは同じに見える。だが意味合いがまるで違う。お前のは一部のシステムを寸断するだけだが、あれはシステムそのものを破壊するものだ。お陰で私が帰ったら一番始めにやらねばならない仕事はそれになってしまった」

「静奈、少し疑問に思えたんだが」

「うん ?なんだ玲奈?」

「お前、初めは巧妙な犯行だったと云って無かったか?」

「ああ。その事か。それはつまり私のシステムの弱点を見切った感性の事を云って言っていたんだ。その鋭い着目眼には感服するよ。そのせいで私の発見が丸一日、遅れたほどだ。普通、システムの異常を効率よくチェックするなら、入り口付近を探索するだろ。それが破られたら検知して異常を知らせる筈だろう。それが一般の防衛システムだ。だが今度の犯人はシステムそのものの一番重要な部分を破壊した。しかもチェック機能も同時にだ」

「よくわからないけど。静奈それならシステムがダウンした時点でお前の所に異常が伝達されるんじやないのか?」

「まあ、そうなるのが普通なんだが、私のシステムは二重構築がしてあってね。分り易く云えば城塞の守りと同じでね。要するに本丸を中心に四方に曲輪があってその曲輪ごとに前線を樹築しているんだが、その曲輪を飛び越えて直接木丸のシステムを落とされたと云うわけさ。古来の戦術で云えば穴攻と同じ原理だよ。物見が見えない地の果てから掘ってくるのさ。それとも誰かが利用されたかもしれないな。私のチェック機能は従業員とその親類には適用されないからな」

「ふうん。良くわからないが静奈が負けたんだけだろ……」

「まあな。それは認めよるよ。だが今度は今まで以上にシステムの隙を無くして、反対に不届き者を閉じ込めてやろう」

「そうなればいいけど……。ああ、そういえば静奈、一弥には賃金をきっちり支払ってやれよ」

「ああ、そうだ。忘れていた。一弥の給料は私の机の引き出しに用意していたんだ。そう伝えて置いてくれ」

「ああ。わかった」

 オレはその引き出しを見ると四ケタの南京錠が眼に入った。

「ちょっと待て静奈。お前いつ帰ってくるんだ」

「う~む。少しばかり時間が掛かりそうだな。もうすぐまとまりかけているが、相手側も商売が巧くてね」

「それで、この南京錠の解除番号を一弥は知っているのか?」

「いや、知らないよ」

 そう静奈は無責任な事も無げに言う。

「それはあまりにも一弥が可哀相じやないのか」

「なるほど、それもそうだ。いいや、お前は金に不自由していないだろうから、特別に教えてやるよ。4107だ。それで開く簡単だろ」

「ふうん。なるほど4107《しずな》それで静柰か。相変わらずのセンスだな」

「まあな。しかし誕生日だとか、生まれ年だとか、電話番号だとか、そんなモノよりはずっと信頼が置ける。それに馬鹿馬鹿しいモノの方が意外に解りにくいモノなんだよ」

「ふうん。まあ、そうかも知れないな。これでやっと一弥も今月は助かるわけか。だがガラクタ集めも良いが、弟子も少しは労ってやれよ」

「あッ。お前――また私のコレクションをガラクタと呼んだな!」

 オレは受話器を下ろして長くなりそうな話を打ち切った。時計を見るともう夜中の一時をまわっていたところだった。







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