第19話 金髪のイゾルデ
時を忘れるほどその輝き見ていたのだろうか。
駅ビルの真夜中をさした大きな時計が私の瞳に映った。
「もう帰らなくちゃ……」
私は部屋にある鳩時計の音を幻のように耳に聞きいていた。
あたりは見覚えのない住宅街の路地。
常夜灯がひっそりと仄かな燈明を虚空から僅かに振りまいていた。
そらには大きな巨大な目玉が充血したような朱い月が私を見下ろしている。
自然と足が速くなる。
私はもう自分の幸運が逃げてしまったように思えた。
あてもなく彷徨う私の足先は小走りに、駆け出していた。
十字路をもう何度横切ったか知れない。
その果てに迷い込んだのは路地の尽きた場所だった。
もう戻るしかない。そう私が後ろを振り向くと、先ほどありもしなかった辻占いの席が急に現われた。
その席に不審がって近づいてみたが誰も居ない。
ものけの殻だった。
何か末恐ろしい何かにであってしまうような妙な雰囲気に包まれてしまう。
――不意に気配を感じた。
咄嵯に振り向くが誰も居ない。
「娘さん。どうしましたか?」
急に後ろで女の声がした。
先ほどの辻占いの席に、いつの間にかローブを纏った誰かが座っている。
「さっきまで居なかったのに……」
茫然と立ち尽くす私に、女が席に座るように促すと、私はどうしてもその席に座らなくてはならない気がした。
(これは何だか重要な出来事なのかも知れない……)
決して霊気的な何かではないけれども、良くわからない強制力が私を導いているのは間違いがなかった。
私は大人しく座ると、いつの間に置いてあったのか大きな水晶に彼女は両手で何かを念じるようにかざしていた。
その指先は小枝のように細く雪のように白い。
すると先ほどまで薄暗かった夜空に蒼白い月が顔を出した。
その輝きによって先ほどのように辺りは曖昧ではなくなってしまう。
そのシルエットは色彩を帯び始め益々奇っ怪なその姿をさらけ出した。
顔は目深く覆われた漆黒のローブの為にしかとはわからない。
けれどもローブの奥に見え隠れする鋭い視線が感じられた。
私はこの状況に当惑しながらも、何か言い出しそうに歪む口元から、その声が出るのを待った。
「娘さん。この私には良く見えますけれども、あなたの未来は、このままだと幸福など何一つ残っていないみたいですねぇ」
「ふん! そんなの占いの常会手段だわね――全然当たってないわよ!」
「まあまあ、お気を静めになってくださいませ。確かに今、貴方の運は鰻豊りでしょう。しかし、そのまま最期まで行くとは限らないと申しているだけのこと……」
身構えた私に彼女はそう呟く。
「ふぅん。何かは掴んでいるようね」
「はい。決して貴方には不利な状況にはならないと思いますよ。まあ、これも運命ですから」
「はあ」
「それに受け取って頂くモノも用意してますので……」
「それで貴方が誰の使いかは知らないけど、今の私に必要なモノって何なんなのよ」
「簡単に説明すれば惚れ薬ですね」
「ほ、惚れ薬!!!」
「さる御方から届けるように言いつかっております」
「さ、さる御方って?」
「たぶん貴方の味方ですよ。まあ、それはどうでも良い話でしょう。ところで貴方さまは金髪のイゾルデの話を知っていませんか?」
「イゾルデってあの愛の飲み物のイゾルデ!」
「はい。よくご存じで。貴方さまは見かけ通り知的な方ですわね」
「なに者なのあなた?」
私が身構えると
「警戒なさらなくても大丈夫です。私は通りすがった、ただの恋愛占い師ですから!」
そう彼女は白信たっぷりに胸を反らせた。
言葉を無くして下を向くと、彼女のきつね色の尻尾を発見した。
「あ、しっぽが!」
「ふッ。見られてしまっては仕方がありません! そうと知ればもう長居は無用!」
バサッとフードを捲ると月明りにピーンと尖った黄色のキツネ耳。
「では、ごきげんよう」
そうニッコリと笑うと、そのまま宙を駆け上り、その奥に見える月の中に消えてしまった。
「うそ……」
私は呆気にとられていつまでも彼女を見送ったが、我に戻るといつの間にか私は大きなスクランブル交差点の真ん中に取り残されていた。
四方を動き出しそうな車に囲まれて歩道者用の信号を見ればもう赤信号に切り替わっていた。
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