第31話 金と金



 私はあるところに電話をかけていた。

「失礼ですが合い言葉をお願いします。きん!」

 それは抑揚の無い事務的な言葉使いで同一人物かどうか妖しく思えるほどだ。

かね

「声が小さいですねぇ」

「この合い言葉どうにかならないんですか?」

「残念ながら、こればかりは御当主様の御趣味でして譲るわけには参りません。それに馬鹿にされているようですが、この合い言葉は1300年も前から伝わる天下分け目にも使われた由緒正しきものなのですよ。もっとも少し手は入れてありますけどね……」

 非難めいた言葉を使っても、あのおかしな合い言葉はどうあっても必要らしい。

 あの仙女ひとから貰った電話番号に掛けるとあのヘンテコな辻占い師が出た。

 驚いていると丁寧に合い言葉を要求された。

 紙に書いてあるとおりに言葉「かね」を紡ぎだすと事務的な言葉遣いから気さくな感じに彼女は変化した。今日も同じようだ。

 私は一弥と共に失踪した夜から、彼女の組織に援助を貰っていた。それが組織という種別に入れても良いかどうか判断は難しいが彼女を見る限り怪しさは大爆発だと言える。

 では何故、私がそんな妖しげな連中と連絡を取合っているのかという理由は先に述べたとおりだった。

 今から思えば一弥と恋の逃避行――ランデブーを決め込もうとしていた矢先に一弥の携帯に見知らぬ番号が着信した事が決め手になった。

 あの仙女ひとから渡されたメモ書きの番号と一致したからだ。

 ――あの時、行く当てもない私たちにその電話の主は囁いた。

 私どもに任せて頂ければ隠れ家の一軒や二軒どうにでも成るから任せてくださいと言ってのけたのだ。

 それなら乗らぬ乎は無かろうよ。

 もっとも私は、その対価として二、三――彼女の願い通りに宝くじを購人したに過ぎない。

 それは所謂トトカルチョでサッカーか野球のクラブチームの勝ち負けを予想するものだが詳しく私は知らない。

 でも、知らなくたって問題なんか無かった。

 結局、結果なんて同じなんだから。

 それが何を示しているのかわかっていた。

 だが無料より恐ろしいモノはないって言うのは世の常だと思う。

 それに始めから提案したのも私の方だったんだし。

 相手側も私の能力をいつの間にか知ってたしね。

 ――あの人も人が悪いわね。

 それに誰に対しても借りを作りたく無いのは木心だったし。

 だけど、あれ実はデタラメを渡したに過ぎないんだな。これが……ふふふッ。

 あれは販売所のおばさまに選んで貰った由緒正しきモノだ。

 私は満足そうに微笑むと懐からピンと張り詰めた一枚の紙を取り出した。

 これが、そのあと私が買い求めた物である。

 その差は歴然だろうね。

 それに本物がどれかなんて彼女にわかるわけもないんだし。

 私が買ってきたことには違いないがないんだから問題無いでしょ。

 フフッ。だけどさ、私が最終的に持っているこの『くじ』が当たるのは火を見るよりも明らかだとは思わない。

 ――即ち私の持っているこの『くじ』が本物の当り『くじ』に変るのだからね。

 もちろん同じ番号の重複がないかは既に確認済みだよー-あははッ。

 これで配当も目減り一切なし!

 クククッ――完璧な仕様だわ。

 私は宝くじを玩びながらほくそ笑んだ。

「まあ、そんなに気にしないでくださいまし」

 沈黙を破るように相手に言葉を投げつけられると、私は不純な思考から一気に現実に引き戻された。

 さて――適当に話相手になってやろうかね。

「まあ、それにしてもこれだけの隠れ家を用意していただけているのは有難いと思っ

てます」

「はい。あなたの目的が無事に進んでいるかと思いましてね」

「別に私は私の勝手に動くだけだわ」

「まあ、そういわずに。我々は貴方のこと応援してますから」

「あとは、あのお薬ですが――日に三回。食後に三日間使い続ければ完全に願いが叶いますよ」

「わかったわ」

 そう電話を切った。

 アンタを利用するだけ利用してやるわね。

 ――だって利用してるのはお互い様なんだからさ。

 なら恨みっこ無しでしょ!!

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