第33話 独立宣言

 私が帰国したのはつい先ほどだ。

 それにしても帰りつくなり周囲を窺った

 思った通り魔術を使った形跡あとが見えた。

「この城壁が破られるなんてな」

 静奈は溜息と共に思わず呟いた。

「この形跡あとには覚えがあるからな」

 そんな事は――まあいい。

 そんなのは些末なことだ。

 それにしても本当に奴が来ていたとが、私にとって驚きだった。

 はん――あの女が来てたなんてね。

 もう死んでいると思っていたのに……。

 だったら本当の年齢としを言ってやったものを惜しいことをした。

 まあ――そうなったら血みどろだな。

 そう静奈は歪な笑みを浮かべる。

 ああ、だったらお互い様と言うべきか。

 奴にとって大切なのは私の躰であって他にはないのだから。

 まあ、残念なのはお互い様だろうけどな。

 それにしても解せん。

 奴が何しに来たのか理由が解らん。

 理由も目的もなく敵の城に乗り込んで来るなんて自殺行為に等しいものだ。

 相手の結界の中に何が潜んでいるか解らんからな。

 私なら余程の勝算がないとやらないね。

 ならば奴には余程莫迦げた自信があるのか。

 それとも何か新しいオモチャでも手に入れたのか。

 まったく。

 気まぐれなら良い迷惑だ。

 ――ふぅっと溜息が自然と流れた。

 それにしても、奴め好き勝手にやりやがって結界の構築が面倒この上ない。

 完全に破壊され尽くされている。

「まったく力技にも程があるだろうに……」

 そう呟くと、しやがみ込んで巨大な風穴に手を入れてみる。

 先日の今頃、開かれた筈の風穴は、未だに披方が見えて外部へと移動できるほどの規模で残り空間を穿っていた。

 奴が、どれ程の魔力を使ったのか逆算すればわかる。

 相変わらず無駄が多いというか、資源の無駄遣いというか。

 いいや、あいつの場合は資質の無駄使いだと言った方が的確だ……。

「ふん。だが『超越者』って名は伊達じやないというわけか」

 次元の自然修復が追いつかないなんて見上げたものだ。

 ――その威力だけは。

だが、使い方が成ってない。

魔力は無尽蔵に使う事が正しい事じやない。

確かに魔力が桁違いに高ければまったく魔術を知らなくても、その力を利用すれば

空を飛べるかも知れない。

だがな、仮に空を飛ぶという魔術が存在しているなら、本来はその方法で飛ぶのが正しい。その方が効率的だからだ。

 全く同じに見えても労力が違うのだから。

 ふぅ。溜息が空間に吐き出される。

 本来、魔術とはありとあらゆる既存の力を寄せ集めて、それを然るべき方法で増幅し、力を出現させる。

 それを奴は……。

 だから所詮力業でしかない。

 だが力業でも極めれば確かに最強か。

 しかし、その最強なんて誰も真似できないという限定条件での話でしかない。

 いわば仮初めだ。

 なぜなら魔力が無尽蔵条という件付きだからだ。

 ――ならば自分よりも魔力の高い者が現れればたやすく順位が入れ替わるだろう。

 奴が本来の使用方法を会得すれば、もっと容易く奇跡すら起こせる筈だろうに。

「――まったく才能の無駄遣いだよ!」

 彼女は吐き捨てるように言った。

 まあ、それが私の付け入る隙でもあるんだがね。

 その慢心のお陰で私があいつの寝首を掻く可能性はゼロじゃない。

 そうほくそ笑む。

 どれ、彩加にでも連絡をとるか……。

 講義をすっぽかしたからな。

 私は眼鏡をかけ直すと臍を曲げているだろう彩加に電話をかけた。

「……はい」

「おお、すまん。彩加。この埋め合わせはいつでも大丈夫だ。お前の好きな場所と時間に私は合わせよう……っというか本当にすまなかったな」

「もういいんですよ」

「うん?」

「もう私は魔術など必要がなくなりましたから……」

「それは少し妙な話だな――彩加。確かにお前の入門の理由は不純なモノだったと

思うが――そんな事では一弥にも玲奈にも認められない半人前のままだ」

「ふふふツ。静奈さん。だ・か・ら、それはもう必要ありませんよ! だってもう玲奈なんて問題にならないですもの。むしろ今ならば貴方にだって対抗できるんですから」

「――彩加。お前なにか悪いモノ憑かれたな。それならお前の中に入り込んだモノに聞くとしよう」

「ふふふツ。私は私ですよ。『ふ・じ・く・ら・あ・や・か』です。ほかの誰でもありませんよ」

「キサマは何だ……」

 私は自分の眼鏡を乱暴に剥ぎ取る。

「何度も言わせる気ですか。本当に面倒臭いんですけど」

「ふん。まあ良い。最期に言っておくぞ。お前、私の弟子に手を出してただで済むと思うな――それだけは肝に銘じておけ!」

「それでどう済まぬというのですか? 私が私――藤倉彩加で済まぬと云うなら、どちらにしても力尽くという話でしょうか? それに静奈さんは勘違いをしていらっしやる見たいですけれど私は正常ですよ。だって隣に一弥もいるんですから」

「なんだと!」

「――ねえ。一弥」

「ええ、静奈さん。僕は今、彩加の隣にいますよ」

「……一弥。どうなっている?」

「どうもこうも無いですよ。僕はなにかとんでも無い勘違をしていたみたいですね。それで彩加を何年も悲しませてしまったみたいです。それは人として、いや男として間違っていると思っています……」

 台詞に生気が無い。

 一弥は操られているようだが。

 薬か、それとも暗示か。

 何れにしてろくなもんじやない!

「はん! 一弥お前も悪いモノに憑かれているようだな! おいお前ら今どこだ。ぶちのめして眼を醒させてやるよ!」

「ふふふッ。静奈さん。それは言えませんよ。けれど、もし私たちと戦うというのなら、明日の午前二時に星ヶ丘公園まで来てください。もちろん玲奈も連れてきて欲しいです。その力の差をしっかりと噛み締めさせてあげますから……」

「おい何が望だ?」

「世界からの――否、一切からの完全な独立。要は独立宣言ですよ」

「ふん。大きく出たな。わかった。約束は守ろう」

「はい。静奈さんも気をつけてくださいね」

「ああ、お前もな!」

 ガチャン……。

 私は受話器を乱暴に壁に投げつけた。

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