第26話 木陰のベンチ

 


 日射しを全身に浴びる。

 これは普通なら気持ちの良いとだが今日は最悪だ。

 なんせ暑すぎる。

 夏が少しばかり早く来たらしい。

 それに一弥から何の音沙汰もない。

 あたしは扉を開けた直後に眼に入ろうとする光りを手で遮りながら日傘でも用意すればよかったと毒気づいた。

 まだ梅雨時前なのに無遠慮な日射しは炎暑を思わせる。

 日が昇りきった後、それでも来ることのない一弥に嫌気をさした、あたしは街に繰り出した。

 もっとも今の状態なら何も面白いモノなんて、あたしには無いんだろうけども……。

 それにしても今日は妙に身体が重い。

 風邪というのでもないんだろうが(あたしは風邪なんて滅多に引かない)何だか眼の奥が痛い。

 疲れているんだろうか。

 こんな事なら、あのまま事務所に引きこもっているんだった。

 だが身体の異変は街に繰り出した頃から更に酷くなった気がする。

 戻ろうかとも思ったけれど、今更戻るのも億劫だった。

 それなら自分の部屋に帰ろう。

 そう思った時だった。

 果てなく見えるその真っ直ぐな直線上に一弥の後ろ姿を見たような気がした。

 あたしは走り出したが、その道が果てる場所まで行っても一弥の姿はなかった。

 これは良くない症状だ。

 まったく集中力がない。

 これでは冷静に物事を考えることが出来ない。

 あたしは近くの公園に吸い込まれるように入り込み、そのベンチに倒れるように座り込んだ。

 此所には何度か来たことのある。

 一弥とあたしの部屋との中開距離にある公園だった。

 此所で良く待ち合わせをしていたものだ。

 あるとき、あたしが一弥部屋に行こうとしたら此所で待っててくれていた。

 ――何で大人しく部屋で待ってないんだって問いただしたら……。

 此所の場所ならどちらの部屋からも近いし、それに中心街にも隣接しているから、都合が良いとか言っていた事を思い出す。

 一弥も解りやすい嘘をつくものだと思った。

 あたしは少しだけその嘘が好きだった。

 ゆっくりと眼を閉じて空想していると、なんだか痛みが引眼を閉じたまま空を仰ぎ見る。

 大きな雲が龍のように見えた。

 木々の影が小さな日陰をつくり僅かに風があたしの頬を撫でるように舞って気持ちが良かった。

 少しだけ微睡みに落ちた。

 そういえば昨日なかなか寝付けなかったからな……そう無意識に呟いていた。




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