第23話 リハーサルと本番



 私は驚いていた。

 運転手に示した場所は間違っていなかったのに前に車が横付けされていたからだ。

 いつのまにかあの泥棒猫の部屋の前だった。

 しかし、私の瞳に入ってきたのは一弥の顔だった。

 何がどうなってらないけれど、この時――私の目的は、ほぼ達せられたと思われた。

 私は運転手を待たせて、地面に降り立つと一弥を見据えた。

 ふふふッ……。

 さあ、これからどうする?

 どうしましょうか!

 まあ、都合が良いようにあの泥棒猫もいないようだし。

 ――とりあえず、このまま一弥を拉致る!

「乗って! そこにいても玲奈には逢えないわ!」 

 私は静かに呟くと、それは独り言のように小さな声だった。

 しかしその声は妙に夜の中に透き通り、一弥の耳に吸い込まれていった。

 言葉の意味を理解できずに、茫然と見つめ返す一弥を強引に車の中に押し込めると、そのまま車は走り出した。

 それは見事な出来映えだった。

 まるで何度もリハーサルを行なった映画本番のような会心の出来が鮮やかな手並みに映ったに違いない。

 私たちの息は驚くほどピッタリ合っていた。

 もともと兄妹なのだから、そんなの当然だけども。

 だけど何も現状が把握できない一弥は漠然と自問自答を繰り返している様子が私の目に入った。

 私は一弥に気の利いた説明などはしなかった。

 する必要もなかった。



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