第39話 トマト戦争


 私は静奈さんのお手製の筒易陣地を踏み越えてた。

 陣地の中は何も無い。

 内部から見てみると壁はべニヤとハリボテ出来てる安物産。

 いた――おもいっきりの良すぎ。

 敵方の予算は思った以上に無いらしい。

 あとはトマトが箱ごと置かれているだけだ。

 見ると中には半分くらい残っていた。

 その先には土嚢で出来た細い通路があるだけだ。

 まるで第一次世界大戦に出てきた塹壕と塹壕を結ぶ連絡通路のような感じがしな

わけでもない。

 それが50メートル程も丁寧に作られている。

「はあ~~~。本当に何を考えているんだか。バカに付き合ってると頭が痛くなってくる」

 でも、私はズンズン進んでいく。

 こんなの虚仮威しだ。

 怖がるわけもない。

 ――当たり前だ。

 私は無敵なんだから!!

 む、その先を見ると事務所の階段の前に静奈と玲奈の姉妹が待ち樹えていた。

「こら、玲奈! 静奈! いい加減になさい――きやッ――」

 私は耳を押さえて座り込んだ。

 急に爆発音がしたからだ。

 後方を窺うと土嚢通路が音を立てて押し潰れると退路が無くなってしまった。

 ふう。これが奴らの切り札だったのか。

 だけどこの石のお陰で助かったみたい。

 ふん。退路を無くしたって関係ないんだから。

 間合いを詰めてトマトを死ぬまで食わせてやるから――もう吐いたって許さないよ!

 そう思って足を進ませようとした瞬間!!!

「あ、あれれ。あ、足が動かない」

 キッ。私は静奈を睨み付けた。

 でも奴らは何も言わずニヤニヤしているだけだった。

 私はやっとの事で進ませようとした足を後ろに戻すことが出来た。

「お、お前ら何をしたのよ!!」

「別に。何も」

「ああ、何もしてないぞ」

 奴らの軽薄で抑揚のない声が重なる。

「嘘おっしやい。なら、どうやって身体の自由を奪ったの! この卑怯者!」

「ふん。玲奈。お前が相手をしてやれ」

「え~。あたしがやるのかよ……」

 めんどくさそうな顔をして玲奈が怠そうに歩を進める。

 その動作が緩慢すぎて苛立つくらいだ。

「な、何をする気なの!!」

 いつの間にか私は威嚇していた。

 幾ら自分が無敵だと理解していても身動きひとつ取れない。

 ここ最近、縛られたことのない精神が私を軟弱にした。

 たった、これだけの事で、ひどくストレスを感じてしまう。

 この状態では次第に不安になってくる。

 そして背中に嫌な汗が流れ始めた。

 玲奈は自分の近くにあるトマト箱からトマトを三つばかり取り出すと投げ始めた。

「ふ、ふん。そんなモノ当たるわけないわ。馬鹿じゃないの!」

 トマトたちは私を掠めることも無しに飛んでいく。ふう――驚かせやがって。

 だが、私の運が無くなったわけではないみたいだ。

 だが不安は消えなかった。

 相変わらず嫌な汗が背中を流れ落ちている。

「おい。やっぱ当たんないぞ――静奈!」

「ふうん。この状態でも、やっぱ物量が足りないか。ふむ。これ位は想定の範囲内だって事だな。よし、玲奈。此処からは完熟弾の使用を許可する。どうら私もそろそろ童心にかえって参戦するとしようか!!」

 そういいながら静奈さんは満面の笑みを湛えながら自分の近くの箱からトマトを

取り出して投げまくった。

 それは真っ赤な血に染まったような深紅の完熟トマトだった。

 今まで以上に血のような液が縦横無尽に飛び散りまくる!!

「何を訳のわからないことを言ってるのよ。そ、そんなの当たらないって言ってるでしょうが!!!」

 ペチャ。

 !?――後ろの上嚢で破裂したトマトの残骸が私の頬に僅かに触れた気がした。

 な、なにこれ! ど、どうなってんの?

 静奈と玲奈は段ボール箱を引きずってニヤニヤ嫌らしい笑いを浮かべながら近づいてくる。

 それは10メートル程の距離で止まった。

「オラオラオラオラオラー」

「オリャオリャオリャオリャー」

 連射連射連射!!

 そして連射連射連射!

 ふたりは二方向から角度を付けて十字砲火をし始める。

「オラオラオラオラオラー」

「オリャオリャオリャオリャー」

「オラオラオラオラオラー」

「オリャオリャオリャオリャー」

「オラオラオラオラオラー」

「オリャオリャオリャオリャー」

「ウオオオオオオオオオオオオリャー」

「ウオオオオオオオオオオオオリャー」

 ふたりの掛け声は今や怒号と成り果て悲鳴をあげながら狂ったように投げまくる。 

 バチャー バチャー バチャー バチャー バチャー バチャー バチャー

 近くに飛び散るトマト砲弾!

 まるで奴らはトマト砲弾に特化した速射砲だった。

 徐々に精度が上がってゆくトマト砲弾の群れ!

 まさにトマト弾幕!!

 私は狼狽えながらも目を背けなかった。

 あ、当たるはずがないんだ今の私は無敵。否――神なんだから!!!

 だが、その刹那、玲奈の投げたトマトが猛スピードで真っ正面の軌道に入った。

 ひっ! ――私は思わず眼を手で覆う。

 だが、そのトマトの衝撃は私には届かなかった。見えない壁に作裂したのが見えた

だけだ。だらしなくトマトの汁が滴り落ちる。

「静奈! 命中したぞ!」

「ああ、思った通りだ。これで彩加の耐久性能は把握できた。同時に12だ――玲奈!」

 静奈が訳のわからないことを言い立てると、玲奈がトマトを投げながら突っ込んできた。

 その前に静奈が投げたトマトが目の前で見えない壁に当たって破裂する。

 その刹那に右手に苦無い《くない》を樹えた玲奈が鬼の形相で躍り掛かってくる!

 次の瞬間!!

 玲奈は左手から何かを投げつけた。

 それは大きなゴム玉だった!

 だが、それは私の顔の遥か上を飛んでいくのが見えた。

 はん! この期に及んでノーコンなの――玲奈のばぁーか!!

 そう思う瞬間、私の頭上を閃光が駆け抜け、何かが弾けた。 

 すると何かが私の顔に降ってきた――粉塵。

 そう思う頃には一瞬前に見た白い爆発が、この瞳から伝達された。

 そんなのにダメージなんか無い!

 あるわけない!!!

 だが、私に当たったという事実は精神的なダメージとして私の中に爆風のように広がった。

 それは甚大なモノだった。

 もう立ち上がれないほどに。

 そして玲奈の白刃は私の右耳を軌道の先に見ていた。

 その間合いが私を捉えた瞬間! 私の身体が飛ばされた。

 正確に言えば私は遠くに投げら捨てられた。

 玲奈に投げられた訳じやない。

 私の身体は巨人な力に動かされるように宙を舞った。

 端から見れば自分から飛んだように見えたかも知れない。

 助走もなくこの距離を飛ぶなんて人間業じやない。

 後から思い起こせば20メートルはゆうに超えていた。

 後から考えたら、身体には飛ぶ前に玲奈の体当たりを喰らって

返るように飛ばされた気がした。

 だがその時の私は右腕から地面に叩き付けられて肘から嫌な音が頭の中に響き渡

っていた。

「大丈夫か彩加!!」

 私は静奈さんの近くに落ちたのだろうか。

 いつの間にか抱きかかえられていた。

「玲奈。やったか?」

「いいや。まだだ。そいつあの瞬間に石を投げ捨てやがった」

「なんだと! どっちに飛んでいったんだ!」

「彩加と反対方向だ」

「それはどういう……」

「ああ、やっぱりそうなるのか! ちくしょう!」

 土嚢の上に飛び上がった玲奈はそう呟いた。

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