第43話 エピローグ
目を開けると白い天井が見えた。
横を向くと一弥が椅子の上で眠っていた。
部屋は個室だった。
窓から斜めの赤い光が床下まで伸びていた。
見渡すと玲奈の後ろ姿が見えた。
花瓶に花を挿していたようだった。
玲奈は私に気づくと露骨に嫌な顔をして
「お前、やり過ぎだ――馬鹿」
と呟いて、さっさと病室から出て行った。
――言葉は出なかった。
私は一弥の横顔をずっと見つめていた。
それから一弥が目覚めるのをゆっくりと待った。
病院は静まりかえって一弥の息づかいしか聞こえなかった。
先ほどまでの緋色の空はもう暗く落ち込んで夜の帳が静かに降りてきていた。
部屋の電気が静かに点灯した。
一弥を見つめると心が少しだけ安らいだ。
「彩加。よかった」
「ごめんなさい」
「ああ、そうだね。彩加は確かに軽率なことをした。幾ら凄い力を手に入れたって、その力に頼んで突き進んじやいけない。今回の件だって魔術実験の暴走だったなんて、母さん達にどう言い訳すればいいと思ってるんだ。それに静奈さんと玲奈に喧嘩を売るなんて――正直自殺行為だ。彩加は普通の女の子なんだから……心配するだろ」
そう一弥は真剣な顔をして最期には微笑んだ。
「えッ――それだけ?」
「それだけって? 他に何かあったの?」
「何も覚えてないの?」
私は顎を引いて上目遣いに一弥の瞳を盗み見る。
「あっと。そのとき僕は何をしていたかな。いや正直、たぶん仕事の疲れだったんだ
ろうけどさ。僕も此所一週間ぐらいの記憶が無くなってて――静奈さんに聞いても笑
ってるだけで教えてくれないんだ。玲奈に聞こうとすると怒るだけだしね。僕は何か飛んでもない事でもしでかしたのかな。まあ、知らない方が良いこともあるしね。あと、確か玲奈の家の前で彩加にあったような気がしたんだけど、それも夢だったみたいだ――っていうか僕も随分、自分の部屋で眠っていたみたいなんだ。だって記憶がないもの。あるのは夢の記憶だけかな」
「夢?」
「ああ、なんか彩加が凄く運が良くなって、ほとんど王様みたいに君臨していた。僕
は、ただただ側で見てるだけだったよ。それは余りにもリアルな夢で現実と混同するぐらいだった。本来夢って曖昧だけど、偶に鮮明に見える奴ってあるだろう。あんな感じだった。それに宝くじも買っていたし。そんなに運が良いなら宝くじでも買えばいいのにって、僕が提案したら玲奈が喜んで買ってたよ。確か駅前の宝くじ売り場だったような気がしたんだけどな。あれが現実だったら六億円も夢じやなかったね。まあ、これは夢の中の話だけどね」
そう一弥は屈託なく微笑んだ。
そういえばそんな記憶もあった気がする。
私は茫然と白い天井を見ていた。
「――でも本当はそれだけじやなかったんだ。彩加は夢の中でなんというか、説明は
難しいんだけど世界と戦っていた。そんな感じがしたよ。そういうと何だか抽象的だ
と思うだろうけど。きっと、それも大切な事だと思う。自分が正しいと思ったことを進んでいくのは大変だ。でもそれが真に正しいと思える事なら僕は喜んで彩加を応援するよ」
「本当に私なんか信じても良いの。私の本性って悪魔かも知れないでしょ」
そう自虐的に笑う。
「ううん。それはないよ。僕は彩加を信じてるから。彩加は悪い心を持てないよ。だ
から僕は安心して彩加のことを応援できるんだ」
「信じているから?」
「そう。信じているから」
私たちは互いの顔を見て笑った。
「本当に世界なんか敵に回しても良いの?」
「ああ、限度はあるけど、確かに世界を相手に渡り合うっていうのも良い経験になる
と思うよ――だってそれは凄いことだろう」
「その言葉――私も聞いたことがある」
「ありふれた言葉だったかな」
「ううん。そんな事ないわ。私が世界を敵に回しても味方になってくれるって言って
くれて、私もの凄く嬉しかったから」
「あたりまえだよ彩加。僕たちは世界にたった二人しかいない。兄妹じゃないか。助け合うのが自然なんだよ」
そう呟いて一弥は微笑んだ。
そうして私の何度目かの恋は殼後に砕け散ったのだ・・・・・・。
私は一弥と玲奈が抱き合うのを見て昏倒したらしい。覚えてないけど熱を出して本当に入院をしていたみたいだ。手続きは静奈さんと一弥がやってくれた。
まる三日、眠っていたらしい。
意識を取り戻すと静奈さんが直ぐさまやって来て、もの凄い析檻を受けた。
そして披女は必要にあの人の事を聞きたがり、怒りの矛先は暫くの間だ彼女に集中していた。
静奈さんの話では、一弥と玲奈が三日三晩寝ずの看病をしてくれたらしい。
なんとなく玲奈には悪いことをしたと思った。
――あくまでも、なんとなくだけど。
身体が思ったよりも早く回復したから、都合が良いと静奈さんの知り合いの病院か
ら昼間を寝て過ごし夜になると、工房に強制的に通わせられて通い修行となった。
そんな風だから学園に帰るどころか工房に二週間も通い詰める猛特訓になってしまった。
まあ、そんなのはどうでもいい話だ。
あの不思議な蒼い石のことだった。
静奈さんの話では多元世界との媒体だったというのが有力みたいだ――何でも正確
には私が自分の納得のゆく選択を見つけるまで多元世界を呼び出し続けていたのだとか。それも私の願望にあわせて恐ろしく早く自動的に。
私はイカサマのサイコロでリアル人生ゲームをしていたという状態だったらしい。 それ以上に最悪だったのは私の都合が悪くなるとそのゲームごと交換する極悪なシステムを採用していたことだった。
――まるで永遠に続ける後出しじゃんけんのようだ。
もっと正確に言えば都合の良い結果が起きた世界に私が自分の世界を移動していたと言うことだった。端から見ると良いことづくめだけど、そのまま進んでいったら本来の自分の世界から消えてしまっていたそうだ。それで最終的には私自身がの都合の良い結果が続く自分だけの世界に入り込んで消えてしまうのだという。
――それは、ある意味では自分の手で宇宙をつくり出すのと同義語だ。
そう静奈さんは窓から遠くを見つめながら呟いた。
「今回、一弥に記憶が無かったけど、あれは木当に危なかった」
静奈さんは私の方を振り向くと真剣な表情で呟いた。
「お前なんかの願望はあの程度だけど、一弥の考え方は少し理想的で真剣すぎる。あ
の時、玲奈が説得しなければ一弥なんて確実に、この世界から消えていた。あっちの世界に行ってしまったら私たちに彼が存在した記憶も消え去られてしまう。そうするのが、いちばん世界的に矛盾がないからだ。まあ、一弥の願望が崇高すぎて石は砕けてしまったけれども……。それにエデンなど呟いていたが、つまりは理想郷の事だろう。だけど、ユートピアの本来の意味は『何所にもない場所』だ。それを存在すると思う方が間違っている。あれの存在意義は理想という写し鏡としての役割だけだ。現実と対比させることに意義がある。鏡の世界を現実にすり替えても一歩通行で鏡に閉じ込められるのがオチだよ――クソ真面目すぎるのも問題だな。まあ、今回はそれで助かったが」
披女は少しだけ寂しそうに微笑した。
だが、私はそうは思わなかった。
たぶん、一弥の望みをその石が聞いたのだ。
それで一弥を救うために自ら消えることを選んだのだ――。
あの石は一弥と一弥の最も大切な人――雨宮玲奈とを離ればなれに出来なかったんだ。だからあの石は自ら砕けたんだ。
私にはそう思えた。
なぜなら、その答えが、とてもロマンチックに思えるから。
――結局、私の結論は他力本願では駄目だと言うこと。
そうして私は新たな恋に身を焦がすのだ。
とりあえず玲奈を出し抜いて一弥を街に連れだそう。
私自身の魅力で一弥を惚れさせるために!!!
そう心の中で意気込んだ。
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