第8話  決着という名の敗北

 ふたりの息は面白いほどに合っていた。

 まるで恋人同士だ。

 そして運命の六回目!

 私は白分がチョキを出すのを躊躇った。

 少し遅れて出した目はパーだった。

 うッ。

 眼からダイレクトに脳に入ってきた信号はチョキ!

 そしてそれは同時に私の敗北を如実に表わしていた……。

 あのまま出していたら……。

 時よ、もどりたまえ!!

 そう呪文を唱えても何も起きるわけがなかった。

 ちくしょう!

 どんなに悔しがっても後の祭り。

 くっそ~~ッー

 そうスカートを力一杯握りしめる私。

 玲奈は冷静な仮面を装って澄ましていたが口元が片方だけ歪に持ち上がってやがった!

 一層、スカートを握りしめる乎に力が入る。しばらくすると先ほどの給仕が勝負の結果を察してかオズオズと玲奈の方ヘブルベリーパイを差し出す。

 それを当然の結果の如く受け取る玲奈!

 私の目の前には熱い珈琲が白い湯気をあげているだけだった。

「ふふッ。彩加も何か頼めばいいのに。なんなら、あたしの分を少し別けてやろうか。ほら、ほら、ほ~ら」

 そう余裕たっぷりにパイの切れ端をフォークにさして私の顔に近づけて来る。

 それも鬼の首を取ったようにィ!!

 ムカッー。

 グガアアアッー。

 ギッキイイイッー。

 そう獣性を帯びた歎きの咆暉が私の内部で作裂し身体に痺れが来るほどに粟立った。

 そして僅かに漏れ出す呻きを奥歯が砕けるほど噛み締めた。

 ああ、苛つく!

 冷静になれ彩加。

 安い挑発なんかに乗っちや駄目!

 それに物欲しそうな顔しちや駄目!

 毅然とした態度を取れ! 抑えるんだ!

 そう下唇を噛み締める。

「結構です! そういえば私、お腹空いてないんです。さっき食べてきたのを忘れていました」

 絶対、敵から施しなど受けるもんか!

 そうキッパリと誘いをはね除ける!

 ――よく頑張ったぞ彩加。

「ふぅん。まあ、何でも良いけどさ。我慢は身体に良くなに美味しいのにさ、モグモグ」

 そう饒舌に呟きながらパイを美味しそうに頬張る。

 喋りながら食べるなんて行儀の悪い。

 悔し紛れに目で抗議する。

 だが気づかない玲奈は上機嫌だった。

 くそッー。

 くそッー。

 くっそおお~~ッ。

 今日は不覚をとったがツ。

 この屈辱は忘れんからな!

 覚えてやがれ、このSサイコ野郎め!

 いぞ……モグモグ。こんな――私は意地でも他の物も注文せず、武士は食わねど高楊枝を決め込んだ。

 そりやさ。

 お腹は空いてるわよ。

 朝から何も食べてないわよ。

 もうグーグー鳴いてるわよ。


 ――でもね。

 私にも意地があるのよ。

 このタイミングで追加注文だったら完全敗北にしかならな。

 ううぅ――どうせ敗北の味しかしないんだよ!

 まさに精神は打ち砕かれ選択肢はもはや我慢を強要されて度の兵糧攻めを喰らい空腹に喘ぐしかなかった。

 あとは、この忌々しい泥棒猫の優雅に見せつけるような食事をこの瞳に焼き付けるしかなかった。

 きっと同じ目に逢わせてやるから……。

 ――覚えてなさい雨宮玲奈。

「うん。よかった。ほんと良いモノを食べると、うんうん♪ としか感慨がわかないよな」

 そう珈琲を堪能しながら満面の笑みを浮かべる玲奈。

 憎たらしい。

 今回は私の完全な敗北だった。

 しかし勝負とは非情なもの。

 悔しいといったらありやしない。

 今のが木物の戦場であったなら確かに私の頬はなかった――筈なのだ。

 そう冷静に気を静める努力をする。

 だが実際には悔しすぎて頭の血管切れそうだった。

 けれどブルベリーパイの皿が給什によって運び去られる頃になれば私の怒りも少しは収まっていった。

 だが私の気分が晴れる兆しは今のところまったくない!

 押し黙っていると、気分が良くなった玲奈が何だか気にいらねぇ、ことを好き勝手に口走ってきた。

「なあなあ。彩加。それで次はどうするんだ。葉子の奴と、どっか行く予定があったんだろ。お前、さっさとそこへ案内しろよ!」

 ――ぶち殺したくも成る内容だった。

 だが、その声は朗らかで愛らしさが含まれている。

 私は睨付けたが、なぜか笑顔を崩さない玲奈。

 今日の玲奈は子猫のように無邪気な顔をして始末が悪かった。

 別にワザと嫌味で言っているわけではないようだ。

 もしそうなら私は今のタイミングで奴の頭は、私の腫でかち割っている。

 だが、今まで一度も命中した事はない。

 アイツ猫のようにすばしっこいから。

 そう私はジト目になる。

 ふむ。確かに邪気のない笑みだ。

 たぶん本気で構って欲しいんだろうな。

 その瞳も何だか純な感じで怖くもないし。

 う~ん。やりにくい奴め!

 でもさ、私もさすがにさ。

 そこまでお人好しでないって言うか。

 幾ら無邪気でも無理! 無理! 無理!

 もう我慢限界!

 私の臨界点は既に突破してた。

 可愛さ余って憎さ百倍だよ実際!

 なんだって貴重な休日をこんな莫迦猫と過ごさなきゃならんのさ!

「――もう帰ります」

「ヘツ。それって、まだ早くないか? もう少しぐらいさ」

「なら、重要な用事を思い出しました」

「ほんとうかよ。少しぐらいつき合ってくれてもさ」

「はい。重要も重要でしてね。これは残念ながらとても重要なことでして部外者にはお教え出来ませんー-あしからず」

「彩加。お前って意外とケチだよな」

「守秘義務といってもらいたですね」

「――まあ、良いか。少しは気晴らしも出来たし。ならもう帰って寝る。じゃあな彩加」

「では、雨宮玲奈――ご機嫌よう」

 私はパピヨンの店先から玲奈の奴を見送った。絶対にこの借りは三倍にして返してあげますから――覚えててくださいね!!

 べー×3

 そう連続で舌をだした。

 最期まで勝手なことを目走る馬鹿猫に、私は微笑みながら手を振った。

 奥歯をギリギリと噛み締めながら。




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