第38話 伝説の元魔法少女

「覚悟なさい! マジカルランスアタァーーーック!」


「反則だよなぁ……この技は……」


「私と鴨さんのような飛行型怪人には、相性が悪い必殺技ね」


「見た目からして、ヒーローと怪人の対決に見えないってのも問題だけど……」


「ここは一時撤退した方がいいわね」





 なかなかメンバーが揃わないファーマーマンに四人目が加わった……のはいいが、戦隊ヒーローらしからぬ魔法少女姿の桃代に対し、鴨フライ・翼丸とレディーバタフライの不満は大きかった。

 これで弱ければまだ許せたのかもしれないが、圧倒的な魔力を槍から放出する必殺技マジカルランスアタックに対し、宇宙自然保護同盟の怪人たちは現状で有効な対策を打てなかったのだ。


 特に飛行型怪人である二人からすれば、遠距離からも放てるマジカルランスアタックは一方的に攻撃されてしまうジョーカーのような存在であった。

 このまま一方的に叩き落とされる前にと、二人は早々に見切りをつけて撤退してしまった。


「愛の魔法騎士マジカルナイトベータの勝利よ!」


「桃木、お前は一応豊穣戦隊ファーマーマンの所属なんだけどな」


 それだけは忘れるなよと、弘樹が一応釘を刺しておく。

 一緒にヒーロー活動を始めた途端にわかった彼女の性格では、言っても無駄だと理解していたが。


「赤井君たちも楽でいいでしょう?」


「楽は楽だな」


 登場して名乗りをあげ、あとは桃代がマジカルランスアタックを放って終わり。

 時間もそれほどかからないし、瞳子も勝負が長引いて余計な時給が発生しないので、文句を言うところか逆に喜んでいるくらいなのだから。


『生産性の向上は、日本の急務だからな』


 そう言い放つ瞳子に対し、弘樹たちは『東大出は難しいことを言うな』と思っていた。


「次の勝負はいつかしら?」


「三日後だって、瞳子さんは言っていた」


「ペース早くない? 大抵は一週間に一度くらいが常識だと思うわよ。魔法少女とヒーローって違うのかしら?」


「いや、そんなことはないんだけどなぁ……」


 ファーマーマンの宇宙自然保護同盟との対決は、このところ週に二回程度のペースで行われていた。

 普通は週に一度くらいなのだが、北見村ではヒーローも怪人も一つしか存在せず、ローカルな対決が多いのでコストもかからない。

 ファーマーマン側は人数不足のうえ、病弱で欠席が多いダイホワイト健司と、タイでも有名な財閥の次期当主のため、定期的にそちらの仕事で村外に出かけるジョーもいて、怪人の出番が少なくなる傾向にあった。


「瞳子さんが言うのは、村から言われているんだと。『ちゃんと、宇宙自然保護同盟の怪人さんたちに戦う機会を与えなさい』って」


「前代未聞の陳情ね……ていうか、本当の陳情って、役所の方がされるんだけど……」


 通常の陳情とは逆じゃないかと、桃代は弘樹に言った。


「あと、害獣駆除の問題もある」


 せっかく宇宙自然保護同盟が戦闘員として害獣を纏めてくれているので、村の農作物に被害を出さないようにするために、週二回くらいの対決が望ましいというわけだ。

 必ずしも戦闘員たちを連れた対決ばかりというわけでもないので、そうなると週に二回は対決が必要という結論に至るらしい。


「なによそれ。瞳子さんはなにも言わないの? あの人、残業とかにうるさいじゃない。残業代が予算を圧迫するからって」


 とにかく金がないファーマーマンなので、瞳子は弘樹たちが長時間戦うといい顔をしなかった。

 そんな彼女が、対決を増やしてほしいという村からの陳情を受け入れた。

 桃代からすれば、そんなことはあり得ないと思っていたのだ。


「村から予算に補助がついたみたいだぞ。助っ人ヒーローも怪人も大歓迎で、そっちにも補助がつくことになったって」


「それで瞳子さんも首を縦に振ったのね」


 村から金が出るのであれば、金にうるさい瞳子もなにも言わないわけだ。

 桃代は、対決が多いことに納得した。


「私としてはいいお小遣いになるからいいけど」


「この村の場合、金があっても店は少ないけどな」


 特に、若い女性が好むような店は北見村には存在しない。

 週末にバスで隣町に行って買い物をするしかないのだ。

 

「しかも、バスは一時間に一本しかないし、ここは本当に田舎よね。お父さんは、喘息にとてもいいって喜んでいるけど」


「桃木のお父さんって、どんな仕事しているんだ?」


「翻訳家よ。家でできる仕事だから、この村に引っ越しても問題ないのよね」


「翻訳家とか、桃木のお父さん、洒落た仕事してんな」


 これまで北見村に翻訳家など一人もいなかったので、弘樹は素直に桃代の父親が凄いと思えてしまうのだ。


「珍しい仕事だけど、私たちには負けるから」


「そりゃあそうだ。じゃあ、帰るかな」


「三日後ね」


「忘れるなよ」


「まだそこまでボケていないわよ」


 対決を終えた二人はそのまま家路へとついた。

 次の対決は三日後。

 果たして、宇宙自然保護同盟は新戦力桃代への対策を立ててくるのか? 

 弘樹はそんなことを考えながら、帰宅の途につくのであった。






「えっ? 風邪? 桃木が?」


「そうだ。急に高熱が出たらしい」


「桃木はいい性格しているから、風邪なんて引かないと思ってた」


「確かに、彼女は頑丈そうではあるな。メンタルも強い」


「桃代ちゃんのデビュー戦の時は健司君がいなかったから、ようやくファーマーマンが全員揃うと思ったのに」




 

 そして、またも対決の日がやってきた。

 ところが桃代が急に熱を出してしまい、今日は戦えないと瞳子に連絡が入ったのだという。

 

「僕、ようやく体調が戻ったのに」


「ザンネンネ」


「桃木なら、熱出してても勝てそうだけどな」


 遠距離から、回転させた槍を銃身に見立てて魔力を放つだけなので、確かに体調不良でも勝てそうな気がすると、健司も思っていた。


「ニホンジン、ビョウキノトキクライチャントヤスンダホウガイイデスヨ」


「例えばの話で、別に俺も、熱があっても出て来いとは思わないけどな。俺も熱が出たら休むだろうし」


「ヒロ君って、これまで風邪一つ引いたことないよね?」


 弘樹はヒーロー体質なので、普通の人間よりは圧倒的に体が強かった。

 健司に関しては……ヒーロー体質だから、この程度の体の弱さというわけだ。

 ジョーもウィラチョンも体は頑丈で、怪人たちも同様であった。


 ゆえに、普通の人たちの間でヒーロー・怪人バカ説が一定の支持率を持つわけだが。


「桃代ちゃん、このところ張り切りすぎだったのかもね」


「かもしれないな。あいつもこれに懲りたら、次からは少し自重するだろう」


 実は魔法少女は、魔力を使いすぎると体の抵抗力が落ちやすくなってしまう。

 デビュー戦以来の頑張り過ぎが、今回の体調不良の原因でもあったのだ。

 さすがに今回のことで、これからは自重するはずだと弘樹は語った。


 さすがに桃代だけが怪人を倒していると、主に村役場側から意見されるかもしれないからだ。

 『怪人たちも、もっと活躍させるように』と。

 補助金を出してもらっている以上、ファーマーマン側もそれを受け入れなければならなかった。


「弘樹君、今日はウィラチョンも入れて四人ってことでいいかな?」


「そういうことになるのかな? 瞳子さん」


「いや、実は病欠した桃木の代理が参加することになった」


「代理人ですか? 助っ人ってこと?」


 都市部のヒーローや悪の組織なら、突然の病欠でも代理の手配は容易いかもしれないが、なにしろここは北見村である。

 そんな急に桃代の代理など見つかるはずがないと、弘樹は思ったのだ。

 なにしろ桃代は、やっと入ったファーマーマンの紅一点なのだから。


「いや、助っ人ヒーローという扱いではなく、『桃ピンク』として参戦してくれることになった。紹介しよう。桃木春香さんだ」


「よろしくお願いします」


 瞳子の紹介で入ってきた若い女性は、とても桃代に似ていた。

 年齢は二十代前半に見える。

 『桃代があと数年したらこうなるのでは?』と思わせるような美女であり、同時に桃代にはない包容力、そして見る者を引き付ける魅力、オーラのようなものを兼ね備えているように弘樹たちは感じた。


「桃木春香さんは、桃代さんのお母さんだ」


「「「「ええっーーー(ぱぉーーーん)!」」」」


 とてもそうは見えないと、弘樹たちは驚きの声をあげた。


「あの、非常に失礼な質問ですけど、桃木さんは桃代さんの継母……」


「実母ですよ。年相応のおばさんではないですか」


「いえ、お姉さんにしか見えないです」


「白木君だったかな? こんなおばさんにお世辞を言ってもいいことなんて一つもないですよ」


「本当にお姉さんにしか見えませんけど……」


「私、もうすぐ四十なのに。今でいうところのアラフォーですか。ねっ? 年相応でしょう?」


 春香は謙遜していたが、確かに誰が見ても彼女が高校生の娘を持つアラファー女性には見えなかった。

 どう見ても二十代前半にしか見えず、スタイルも娘に劣っていない。


「桃木さんは、結婚する前は魔法少女をしていたそうだ」


「栗原さん、恥ずかしいじゃないですか。もう二十年も前の話ですよ」


「だから、桃代さんも魔法少女なんですね」


「あの子、ちょっと自分に正直すぎる部分があるから、都内で活動していた時には上手くいかなかったのよ。仲間の子たちと揉めちゃって……」


 自分に正直すぎる。

 母親とは娘をよく見ているものだなと、弘樹たちは思った。


「桃木さんは現役時代、魔法少女『ラブプリエンジェル』として活動されてこられた。魔法少女界において、ラブプリエンジェルを知らない者はモグリと言われるほどだったんだ」


「へえ、春香さんって凄いんですね」


「瞳子さん、恥ずかしいですよ。もう二十年以上も前の話で、彩実ちゃんのような若い子たちは知らないはずですよ」


「ワタシ、シッテルヨ。ウチノパパ、ラブプリエンジェルノダイファンデスカラ。タイデイチバンユウメイナマホウショウジョヨ」


「そうか。タイには少し遅れて情報が入るのか」


「ラブプリエンジェル、アイドルヤモデルミタイナコトシナカッタケド、ツヨク、ウツクシク、アジアケンデハ、イマデモネッキョウテキナファンオオイデス。オアイデキテコウエイデス」


「ありがとうね。ジョー君」


 生まれのせいか、女性馴れしているはずのジョーですら、春香からお礼を言われると珍しく顔を赤らめていた。

 それを見た弘樹は、彼女が現役時代圧倒的な人気を誇った理由を理解してしまう。

 

 同時に、娘の方は強いけど、色々と問題ありだなと思ってしまった。


「というわけで、春香さんが桃ピンクとして今日のみ参加してくれることになったというわけだ」


「ヒーローとしてですか? ラブプリエンジェルじゃなくて?」


「あくまでも、ファーマーマンに加入している桃木の代理なのでな。助っ人ヒーローとは違う扱いだ」


 健司の問いに、瞳子はあくまでもファーマーマンの一員としての参加だと断言した。


「それでいいんですか? 春香さんは、ラブプリエンジェルだったわけで」


「彩実ちゃん、確かに私はその昔魔法少女ラブプリエンジェルだったけど、今日はあくまでもファーマーマンのメンバー桃ピンクとしての参戦なの。そういうことはしないわ。ヒーローも怪人も、個々で目立つのも大切だけど、そこには最低限のルールがあって、ヒーローに魔法少女が参戦したらおかしいもの」


「「「「おおっ(ぱぉーーーん)!」」」」


 春香の考えに、弘樹たちは一斉に感嘆の声をあげた。

 そして同時に思った。

 母親は、娘と違って常識人だと。

 

「さすがは、元超一流の魔法少女だな」


「だよね。応用力というか、臨機応変さが別次元だよ」


「カコノセイコウタイケンニトラワレズ、オノレノヤルベキコトヲリカイシテイル。パパガダイファンナノガリカイデキマス」


「ぱぉーーーん!」


「ウィラチョンモ、『サスガ』トイッテマス」


 弘樹たちは春香の考えを絶賛したが、同時に娘の桃代への評価を落としている。

 春香ほどの超一流の魔法少女ともなれば、たとえ一回限りの戦隊ヒーローへの臨時参戦でも、過去に大きく評価されていた魔法少女としてではなく、ちゃんと戦隊ヒーロー側に合わせることができるのだから。


「意地でも魔法少女に拘る桃木は、まだ二流なんだな」


「譲れないものがあるって言っているけど、逆に言うと融通が利かないだけだものね」


「イノシシサンノコトイエマセン」


「ぱぉーーーん!」


「『タダカテバイイ、ッテオモッテイル。ヤセウマノサキッパシリ』ッテ、ウィラチョンモイッテイマス」


「あははっ、桃代ちゃんもそのうち理解してくれるから」


 自分の娘の戦い方に疑問を呈しながらも、つい庇ってしまう。

 ラブプリエンジェルも人の子なのだなと、瞳子は思うのであった。





「トマレッド!」


「ダイホワイト!」


「ナスパープル!」


「桃ピンク!」


「「「「四人揃って! 豊穣戦隊ファーマーマン!」」」」


「「「「「「……」」」」」」


「どうした? 猪たち」


「俺は! 俺は、とても感動している!」


「そうなのか?」




 桃代の病欠に伴い、彼女の母親で元魔法少女ラブプリエンジェルだった春香が急遽桃ピンクとして参戦した対決が始まった。

 弘樹たちが自己紹介とポージングを終えると、なんと宇宙自然保護同盟の怪人たちは全員が感動のあまり、その場に立ち尽くしていた。

 

 猪マックス・新太郎など、感動のあまり涙を流しているくらいなのだから。


「泣くほどのことか?」


「トマレッドよ。確かに、戦隊ヒーローが普通に自己紹介したくらいで泣くのはおかしいと思う。だが、お前らは今までが酷かったからな」


「そこは否定できないな……」


 今までが今までだからなと、弘樹は猪マックス・新太郎の言い分に納得してしまう。


「五人揃っていないのが唯一の不満だが、今ファーマーマンの一番の課題であった調和の取れないピンクが、ようやく俺の言い分を理解してくれたのが嬉しい。今日はこの感動を噛みしめながら戦おうと思う」


 これまで『私は、魔法少女であることをやめたくない!』などと屁理屈を抜かし、平気な顔で戦隊ヒーローの法則を乱す酷い紅一点であったが、ようやく自分の考えを理解してくれたようだと。

 若者が自分の説得を受け入れ、改善してくれた。

 その嬉しさと相まって、猪マックス・新太郎は余計に感動してしまったというわけだ。


「猪さん、ちょっと誤解があります」


「誤解だと?」


「今日の桃ピンクさんは、桃木さんじゃないんです。彼女は急病で、そのお母さんである春香さんが代理を務めています」


 健司は、今日の桃ピンクの中の人は、意地でも魔法少女の格好をやめない桃代ではなく、別の人物なのだと説明した。


「母親? 人の家庭の事情に首を突っ込むようで嫌だが、継母なのか?」


 桃ピンクはヘルメットで顔を隠していたが、スーツの上からでもわかる抜群なスタイルを見れば、中の人が高校生の子を持つ母親とはとても思えない。

 桃代の実母ではなく継母なのかと、ついデリケートなことを聞いてしまう猪マックス・新太郎であった。


「猪さんったら。こんなおばさんにお世辞なんて言うと、奥さんに叱られますよ」


「声も若い」


「桃代ちゃんは今日お休みなので、母親である私が代わりに参戦しているのです」


「代理かぁ……。しかし、大丈夫なのか?」


 事情を知った猪マックス・新太郎は、少し心配になってきた。

 桃ピンクは装備をスーツに統一し、登場時の自己紹介とポーズは完璧であったが、そこまでなら普通の人間にもできる。

 いざ戦闘になったらちゃんと戦えるのか。

 それが一番の心配だったのだ。


「大丈夫ですよ。春香さんは、魔法少女ラブプリエンジェルという有名な魔法少女だったそうですから」


「元魔法少女ラブプリエンジェルなのか? この人が」


「猪、知っているのか?」


「当たり前だ」


 元魔法少女ラブプリエンジェルは、弘樹の問いに答えるかのように説明を始めた。


「ジャンル違いというのもあって、俺様もそこまで魔法少女に詳しいというわけでもないが、魔法少女ラブプリエンジェルは魔法少女の中でも伝説扱いだ。『これまでに一番活躍した魔法少女は?』と聞かれたら、俺様だけでなく多くの者が魔法少女ラブプリエンジェルと答えるはずだ。怪人でも知らない奴はいないんじゃないかな」


「有名なんだな」


「お前らが生まれる前の話だからな。なるほど、ラブプリエンジェルの娘だったから、あいつは戦闘力が高かったのか」


 同時に娘の方は、戦闘力以外で問題がありすぎだがなと、猪マックス・新太郎のみならず多くの者がそう思っていたが。


「しかし、最近は多いな。魔法少女の娘が魔法少女ってパターンが」


「そうなのか?」


「よく話を聞くようになったな。ヒーローと怪人は元々そうだけどな」


 魔法少女の世界では、最近母娘で魔法少女という者の比率が上がってきていると、猪マックス・新太郎も業界筋からの噂で聞いたことがあった。


「怪人・ヒーロー体質は遺伝要素が強いですよね。なら、別に魔法少女の娘が魔法少女でもおかしくないのでは?」


「魔法少女の場合、本来遺伝は関係ないはずなんだ」


 普通の少女たちが、異世界からやってきた妖精や女神から『この世界に危機が迫っています!』と伝えられ、協力を了承すると力が与えられるのが、この世で活動する魔法少女たちの大半のパターンだ。

 つまり、元々魔力などを持っているわけではなく、あとから与えられるわけで、さらに子供に遺伝するわけがない。


 それなのに、魔法少女の娘が魔法少女というパターンが増えているのが不思議だと、猪マックス・新太郎は思うわけだ。


 なお、極稀に魔法使いの家系というものも存在するのだが、これは魔女裁判などの影響でそれを明かさない家が多い。

 極めて少数派だし、わざわざ魔法少女になんてならないという事情もあった。


 猪マックス・新太郎の説明を、弘樹たちは『なるほど』といった感じで聞いていた。


「それって、魔法少女に選ばれる体質が遺伝しているのでは?」


「多分そうなのだろう。あとは、選ぶ方も楽って考え方もできるな」


 別の世界からやってきて、地球上にいる多くの少女の中から適性がある者を探す。

 大変な手間なので、妖精や女神からすれば過去に活躍した魔法少女の娘は当たりを引きやすいと考えて当然だと、猪マックス・新太郎などは考えてしまうのだ。


「力自体ではなく、力を与えるに相応しい資格や適性の遺伝ですか?」


「そんなところだろうな」


 健司の問いに、猪マックス・新太郎は短くそう答えた。


「そうやって選ばれた魔法少女たちだが、最近は完全に余り気味だ。そうなると、魔法少女の娘の方が有利。ゆえに生き残りやすいとも言える」


「母親の資質・才能を受け継いでいるからですか?」


「もっと現実的な問題だ。魔法少女が有名になるための一番の難題は、いかにして多くの人たちにその名と顔を覚えてもらうかだ」


 そうなると、パっと出の新人魔法少女よりも、親が有名な魔法少女だった人の方が有利になりやすい。

 『この魔法少女は、かつて有名だったあの魔法使いの娘です』と名乗ってしまえば、母親のファンがつく可能性が高いからだ。

 魔法少女と対立する悪側もとしても、手強い敵だと注目し、倒そうと狙ってやすくなる。

 つまり、出番が増えるという寸法であった。


「モモヨハ、レイガイデスネ」


「あいつ、不人気だったみたいだしな」


 人気がある魔法少女なら、アイドル活動も行うかどうかで他のメンバーと揉めて辞めるわけがない。

 加えて、戦隊ヒーローに参加しようなどとは思わないであろうからだ。

 ジョーと弘樹は、桃代に対しそう思っていた。


「桃代ちゃん、私の娘だってバレないように活動していたから。七光りは嫌なんだって」


 春香によると、桃代は彼女の娘だとバレないように父親の旧姓を名乗って活動していたそうだ。

 彼女の父親が婿養子だからこそ、できたことと言える。


「変にプライドが高いんだな」


「それは、これまでの経緯を見れば一目瞭然じゃないか」


「それもそうか」


 戦隊ヒーローに参加したのに、決してスーツも着ないし、魔法少女の頃の名前を名乗り続けているのだから。


「そういう融通が利かないところが駄目なんだろうね。お母さんである春香さんは、もの凄い実績を持つ魔法少女なのに、そこまで拘っていないもの」


「ダイホワイト、そういうのは比較的よくある話だぞ。超一流の人は、案外春香さんのように柔軟に対応できるものだ。今から魔法少女ラブプリエンジェルになってくれと言われたら、きっとちゃんと対応できると思う」


「なるほど。それも一流の証拠なんですね」


「実は、娘の方は戦隊ヒーローに対応できないからこそ、魔法少女に拘り続けている風に見せているのかもしれないな」


「桃代ちゃんがすみません」


「いえ、こちらこそ勝負を中断して色々と聞いてしまって申し訳ない。もう一度最初からやりましょう」


 お互いの自己紹介のあと、長話で間が伸びてしまったので、対決の冒頭部分からやり直すことになった。

 これもちゃんとした対決のためである。


「じゃあ、始めるぞ」


「こちらも大丈夫だ」


 こうして、再び勝負は仕切り直しとなった。






「ふっふっふっ、今日は我ら四人衆が揃い踏みだ。我らが一斉に暴れれば、例えファーマーマンとて一巻の終わりだ」


「今から楽しみですね」


「私のパワーアップしたスピードで翻弄してくれよう」


「今日は全力でいくよ。ねえ、くーみん」


「クマクマ」


「毒粉攻撃で自滅するがいいわ」




 宇宙自然保護同盟の四天王、猪マックス・新太郎、鴨フライ・翼丸、ニホン鹿ダッシュ・走太、熊野真美とくーみん、レディーバタフライは、極秘裏に『北見村壊滅作戦』を行うべく山中を移動していた。


 ファーマーマンが自分たちの作戦に勘づく前に、北見村の農地に大ダメージを与える。

 さすれば、北見村を自然に戻すという宇宙自然保護同盟の目標は達成されたも同然。

 畑が自然に戻されたあと、おっとり刀でファーマーマンたちが駆けつけたら、これを迎え撃って返り討ちにするのもいい。

 四天王の実力があれば、それも十分に可能だと猪マックス・新太郎は思っていた。


 ところが、そんな彼らの企みはすでにファーマーマンたちに気がつかれていた。


「北見村の平和は、俺たちが守る!」


「クソッ! 気がつかれたか! まあいい! 先にお前たちを始末すれば同じことだ! 今日は一人ばかり多いようだが……」


「新たに、桃ピンク見参!」


「新入りか! デビューした今日が命日になるとはな。レディーバタフライ! 相手をしてやれ!」


 ニホン鹿ダッシュ・走太が、レディーバタフライに先陣を命じた。 

 蝶の怪人である彼女は、素早くファーマーマンたちの上空に飛翔し、羽からキラキラ輝く毒粉を落とし始める。

 これを吸い込んだ者は幻覚などに襲われ、味方でも攻撃してしまう恐ろしいものであった。


「自滅するがいいわ! ファーマーマン!」


「させないわ!」


 ここで、新しく入った桃ピンクが動いた。

 彼女は自分の武器であるンク色のリボンを取り出し、それを大きく外側に向かって回し始めた。

 新体操でいう『らせん』と呼ばれる技であり、桃ピンクこと桃木春香はらせんから旋風を作り出し、自分たちを襲う毒粉をすべて吹き飛ばしてしまった。


「ふっ、やるではないか! 新入り!」


「レッド! このまま乱戦に入った方がいいわ」


「そうだな」


 敵味方入り乱れて戦えば、レディーバタフライの毒粉攻撃も使えなくなる。

 春香の助言を受けた弘樹たちは、四天王との乱戦に突入した。


「トマレッド、猪さんに集中しすぎのようだね……なにぃ!」


 上空からファーマーマンたちの隙を狙う鴨フライ・翼丸は、弘樹が猪マックス・新太郎に集中しすぎている事実に気がついた。

 すぐさま、上空から攻撃を仕掛けようと高速で落下し始めた瞬間、彼の足にリボンが絡みつきバランスを崩してしまった。


 鴨フライ・翼丸は、どうにか地面に叩きつけられる前にリボンを振りほどくことに成功する。


「的確に味方をフォローする。やるね」


「さすが、戦い慣れているな」


「魔法少女もヒーローも、戦いの基本は同じことなのか」


 春香の戦い全体を見渡す力に、弘樹と健司は感心してしまう。


「感心している場合ではないと思いますよ」


 ここでさらに、ニホン鹿ダッシュ・走太が健司の死角から突進を開始。

 その角で彼の体を貫こうとした。


「念入りに砥いだ私の角に貫かれて死ね! またか!」


 再び、戦況全体を見渡していた春香のリボンがニホン鹿ダッシュ・走太の角に絡みつき、それを振りほどけなかった彼は自らのスピードのせいもあって、地面に叩きつけられてしまった。


「クソッ! 真美!」


「わかってるって! こういう人は力で封じるに限るから!」


「クマクマ!」


 真美は、真正面から春香に挑んだ。

 余計なフェイントなどかけず、一気に彼女に迫り、そのパワーで彼女を攻撃しようとしたのだ。

 ところが、真美の一撃が春香に当たる寸前で、彼女の姿は煙のように消えてしまった。


「消えた!」


「クマクマ!」


「上?」

 

 春香は、まるで羽のように上空へと飛び上がり、そのまま真美の背中の上に着地。 

 そのまま彼女を踏み台にして一気にジャンプしてから、やはり猪マックス・新太郎との戦いで忙しい弘樹を狙っていたレディーバタフライに対し、華麗な飛び蹴りを披露する。


 しかしながら、レディーバタフライも実力派の怪人だ。

 彼女も素早く反応し、春香の蹴りを両腕で防いだ。


「やりますね」


「あなたこそ」


 レディーバタフライは、実力派である強敵の出現に、恐れを抱くところか嬉しそうな笑みを浮かべた。


「これまでの戦いはどうも味気なかったが、これで大いに盛り上がるな」


「言ってろ、猪。今日も俺たちの勝ちだ」


「いいや、今日こそは我ら宇宙自然保護同盟の勝利だ」


 ファーマーマン、宇宙自然保護同盟。

 共に勝利を目指し死力を尽くした戦いは、序盤のかつてない盛り上がりからクライマックスへと向かう。

 双方が互いに勝利を譲らず、戦いはますます苛烈さを増していくのであった。







「ふう、終わったな」


「これまでのない大激戦だったね」


「ワタシ、モットタタカッテイタカッタ」


「みんな、お疲れ様」





「俺はこの日の戦いを忘れないだろうな」


「そうですね。結局負けてしまいましたけど、戦ったあとここまでの充足感に満たされるなんて……僕が怪人になって初めてですよ」


「そうだな。さすがは、元魔法少女ラブプリエンジェルなだけはある。こうも素晴らしい勝負になるとは。ジャンルは違えど、一流の人は違うのだと実感させられた」


「もう一度、このメンバーで戦いたいよね」


「クマクマ」


「くーみんもそう言ってるよ」


「今日のみというのが残念です」




 結局、今日の勝負もファーマーマンの勝利で終わったが、勝利した弘樹たちも、負けたはずの宇宙自然保護同盟側も、勝敗など関係なく、大きな高揚感に包まれていた。

 お互いに全力を、死力を尽くしたのがよくわかったのもあるが、やはり一番の要因は、桃ピンクこと春香の華麗で技巧の極致を尽くした戦い方であろう。


 破れたはずの猪マックス・新太郎たちをして、春香の常に仲間をフォローし、自身もまるで蝶が舞うかのような美しい戦い方は大いに参考になると、感動していたほどなのだから。


「リボンの使い方もいいですよね」


「そうだな、味方のピンチに的確に対応しつつ、次の攻撃に移るスピードが素晴らしいのだ」


 鴨フライ・翼丸も、猪マックス・新太郎も。

 春香の戦い方に賞賛の言葉しか出なかった。


「ニホン鹿、大丈夫か?」


「ああ、ちゃんと録画してあるからな。これを参考に、我らもチームワークについて研究しなければ」


 ニホン鹿ダッシュ・走太は、今日の戦いを録画していた。

 これを参考に、四天王はもっとチームワークを重視しなければと、おおいに実感させられたのだ。

 これを成せれば、実はファーマーマン側のチームワークにも甘い部分があるので、勝利も可能であろうと。

 今日のファーマーマンたちの勝利、そのチームワークの要は本日初参戦である春香であった。

 確かに彼女は元々偉大な魔法少女であるが、完璧に個性が強すぎるファーマーマンたちを纏めきっていたとは思えない。


 それに、明日からは春香は参戦しない。

 チームワークを極めれば、次の対決で勝利も可能であろう。

 ニホン鹿ダッシュ・走太は、そう思ったというわけだ。

 ただ、同時にこうも思っていた。


「二度と戦えないのは残念だな」


「どうせファーマーマンは四人だから、加入してもいいんじゃないの?」


「クマクマ」


「女性二人の戦隊ヒーローなんて珍しくないって、くーみんも言ってるよ」


 真美とくーみんも、ニホン鹿ダッシュ・走太の考えに賛成した。


「ごめんなさいね。私はもう引退した身で、今日は桃代ちゃんの代理だから引き受けたの。明日からは、桃代ちゃんをよろしくね」


 春香は、母親らしく娘の桃代をよろしくと言うのだが、弘樹たちも、猪マックス・新太郎もその心境は複雑だ。

 今日、春香のおかげで最高の戦いをしたというのに、明日からはまたあの空気を読まない、強いが強いだけで粗雑な桃代と戦わなければならないからだ。


「そういうことだから、今日は久しぶりに楽しかったわ。夕飯の支度があるからこれでごめんなさいね」


 今は専業主婦である春香は、家族の夕食の支度があると帰宅の途についた。

 そんな彼女の後姿を見ながら、弘樹たちも、猪マックス・新太郎たちも改めて今日の戦いの余韻に浸るのであった。



「みんな、先日はごめんなさいね。もう風邪も治ったから。愛の魔法騎士マジカルナイトベータ! マジカルピンク見参! あれ? みんなどうしたの?」


 

 数日後、風邪が治った桃代は復活したが、相変わらず愛の魔法騎士マジカルナイトベータのマジカルピンクと名乗って、敵味方全員を呆れさせていた。

 また桃代と戦うのかと思うと、弘樹たちも、猪マックス・新太郎たちも、気力が萎えてしまうのだ。


 双方がその力と技を駆使して戦う前に、槍を回転させ、そこから魔力の奔流を撃ち出して勝負が終わってしまうので、先日の戦いを経験してしまうと、余計に白けてしまうというわけだ。


「はあ……お前は、春香さんからなにか言われなかったのか?」


 桃代になにを言っても無駄なので、誰も言葉を発しなかった。

 そこで、仕方なしに猪マックス・新太郎が桃代に質問をした。

 その答えは、もうわかりきっていたのだが。


「なにかって……もっと一緒に戦う人たちのことも考えた方がいいって、お母さんは言っていたわ」


「なら、なぜそれを実行しない?」


 『魔法少女の格好で出てくるな!』という表情を浮かべながら、猪マックス・新太郎はみんなを代表して桃代に苦情を述べた。


「私は魔法少女だから、魔法少女の枠の中でこれから頑張るからね」


「駄目だ、こいつ。人の話を聞きゃしない」


 猪マックス・新太郎のボヤキを聞き、桃代以外の全員が首を縦に振った。


「さあ、始めるわよ! マジカルランスアタックを……「全然、わかっていないじゃないか!」


 さすがに我慢の限界だったのか。

 猪マックス・新太郎はキレてしまった。

 同時に、すでに彼以外の全員は背を向けて戦いの場から去ろうとしていた。


「赤井君! 対決は?」


「お前がいれば勝てるじゃん。はあ……春香さんがいればなぁ……」


「そうだよね。なんか、桃木さんは単調すぎるって言うか」


「ワタシ、キョウハベツノヨウジ。ウィラチョン、カエルヨ」


「ぱぉーーーん!」


 これで、桃代は一人きりになってしまった。


「はあ……ただ強ければいいってものでないですね」


「本当にな。勝てばいいとだけ思っているから、都落ちしたんだろう」


「くーみん、帰ろう」


「クマクマ」


「マックス、あとはよろしくね」


 宇宙自然保護同盟側も、猪マックス・新太郎を除き戦いの場から去ってしまう。

 ちなみに、彼が居残りなのはクジで罰ゲームを引いてしまったからだ。


「はあ……しゃあねえな。早くマジカルランスアタックを放ちな。俺様が受けて負けてやるから。はあ……春香さんがファーマーマンのメンバーならいいのに」


「こんちくしょう! みんなお母さんばかり褒めてぇーーー!」


 激高した桃代のマジカルランスアタックを受け、猪マックス・新太郎が敗北して対決は終了する。

 なお、あまりの勝負の盛り上がらなさに、薫子と村役場から瞳子に苦情がいき、桃代のマジカルランスアタックは禁止技となってしまったのであった。

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農林水産省佐城支部北見村出張所所属、豊穣戦隊ファーマーマン~揃えろ戦隊ヒーロー 村の平和は俺が守る!~ Y.A @waiei

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