第21話 四兄弟の悲劇(見ている側が)

「よう、お前が北見村のヒーロートマレッドか」


「あれ? 太郎太さん? は、後ろにいるな……」


「四つ子だから似ていて当然だが、俺は太郎太と二郎太の弟で三郎太だ!」


「お前! ここを嗅ぎつけたな!」


「当たり前だ! 兄貴、こんなにいい場所を実の弟に隠すなんてズルいぞ。俺にも活躍させろ!」




 全裸マンとゼンラーの、死力は尽くしたが無意味な戦いが行われた翌日、今日も戦いはないが弘樹が念のため司令本部に顔を出すと、そこには太郎太の他にもう一人、彼と同じ顔をした青年が待ち構えていた。

 太郎太によると、彼は自分の弟の三郎太だという。

 彼は、彩実に淹れてもらったお茶の飲んで寛いでいた。


「昨日のゼンラーといい、本当にそっくり、まったく同じだな」


「四つ子だからね」


 弘樹の独り言に答えるかのように、さわやかな口調で太郎太が言う。

 弘樹は内心、ちょっとイラッとした。


「それで、彼がここにいるということは……」


「俺もヒーローなのさ」


 これも、カネヤマ粒子吸収の関係で全裸が基本のヒーローなのか……。

 あんなのが三人に増えるのかと思うと、弘樹は本格的に頭が痛くなってきた。

 悩みを共にするはずの健司がいまだ登校してきておらず、というか、精神的に多大なダメージを受けたはずの薫子の方がもう普通に登校しているのだから、健司の体の弱さは折り紙付きといえよう。


 同時に、そのおかげで全裸マン関連のトラブルを避けられているのだと思うと、少しくらい体が弱くてもいいかな? と思ってしまう弘樹であった。


「しかし、お前は仕事に呼ばれていないだろうが」


 呼ばれたのは自分なので、お前はお呼びでないと、太郎太は三郎太にきつく当たった。

 彼はその戦闘スタイルのせいで仕事に制限がある身、例えギャラが安くても、誰に憚ることなく全裸で戦えるこの村は素晴らしいという結論に至っている。


 そして、その縄張りを奪おうとする者は弟でも許せないという、過剰なまでの防衛本能を丸出しにしていた。

 ヒーローでも怪人でも、既得権益を侵す者は嫌われるのがこの世の真理である。


「(別にこの村でも全裸でいいってわけじゃぁ……通報する人はいないだろうけど……)三郎太さん、報酬が発生しないにも関わらず、この村まで来たんですか?」


「実は、俺も新たに呼ばれてな」


「「なにぃ!」」


 これまでの経緯があったにも関わらず、またもトラブルの種になりそうな三郎太を呼んでしまう瞳子に対し、弘樹と彩実は怒りと驚きが混ざった声で叫んでしまった。


「あのさぁ、瞳子さん」


「『俺は、全裸マンよりも安全なヒーローだ!』と言うのでな。最初はお試しで交通費だけでいいと言われたのもある」


 安い経費で助っ人ヒーローが二人になる。

 その誘惑に、万年予算不足戦隊ヒーローの司令は耐えられなかったというわけだ。

 弘樹と彩実からすれば、ちゃんとデメリットも計算してくれという感想しか出なかったが。


「人数が多い方が盛り上がるのでな」


「多ければいいってものでもないだろうに……」


 弘樹は、思わず反論してしまった。

 さすがに、これだけは言っておかねばと思ったのだ。


「それに、とある筋から情報が入ってな。宇宙自然保護同盟も新しい助っ人怪人を呼び寄せたそうだ。元々こちらは数で不利な状況にある。助っ人ヒーローを呼ぶのが正しい戦術ではあるが、なにしろうちは金がない」


「向こうもかよ!」


 弘樹は思った。

 ここに全裸マンの弟、四つ子の三人目がいる以上、宇宙自然保護同盟には四人目の弟が助っ人怪人として参加することはほぼ確実。

 瞳子としては、対抗処置を取るのは当たり前なのだということを。


 全裸で変態だが強くはある全裸マンの弟なので、戦わせれば戦力的にあてにはなる。

 しかも経費が安く済む。

 万年金欠戦隊ヒーローの司令として、瞳子は間違った判断はしていない。


 それは理解できるのだが……やはり、感情面ではどうにかしてくれと思わずにいられない弘樹であった。


「とにかくだ。次も宇宙自然保護同盟はゼンラーの他に、新しい助っ人怪人を出してくることは確実。前回の教訓を生かしてなにか仕掛けてくるだろうから、備えあれば憂いなしだな」


 その備えの質に色々と問題があるんだが……という、弘樹の心の声は瞳子には届かなかった。

 もう一つ、こういう事態になった最大の原因が、最初に全裸マンを呼び寄せた瞳子にあるわけだが、彼女がそれに責任を感じるようなメンタルをしていないことは、弘樹とてとっくに気がついている。


「さらに激しい戦いは避けられないというわけだ」


「はあ……」


 自分はそれに直接参加できるかどうかはわからないけど……。

 弘樹は、せめてもう少しまともな助っ人ヒーローを呼んでほしいと心から願うのであった





「ビューティー総統閣下?」


「ニホン鹿さん、お任せいたしますわ」


「私も無理!」


「クマ!」




 ようやく全裸マンが原因であるトラウマから回復した薫子であったが、ニホン鹿ダッシュ・走太から新たな助っ人怪人の詳細を聞くと、そのままアジトにある総統閣下専用ルームから出てこなくなってしまった。

 自分が寝込んでいる間に戦ったゼンラーの詳細を聞いて絶句し、もう一人、この北見村で戦いたいと願い出た怪人の詳細も聞くと、自分はもう関わり合いたくないと判断してしまったのだ。

 あとは任せると、ニホン鹿ダッシュ・走太に言い残して彼女は総統専用ルームに籠ってしまった。

 真美とくーみんも同じだ。

 心の底から、関わりたくないという態度を崩さなかった。


「視察をお願いするのは酷だからな。前回の反省を生かして助っ人怪人を増やした。それでいいのだ」


 今回も自分は参戦しないのでな、と。

 卑怯だとは思うが、精神衛生上の理由もあって、ニホン鹿ダッシュ・走太は次の戦いも猪マックス・新太郎に押しつけてしまうのであった。




「なんだ? テンションが低いな。トマレッド」


「人のことが言えるのか? 猪」


「お前、また一人なのか?」


「健司、今日は学校には来たんだけどな。午後から具合が悪いって言って早退した」


「それって、実は助っ人怪人との対戦を避けているとか?」


「そんな疑惑も出てきたなぁ……」




 助っ人ヒーローが参戦する戦いも、これで三回目。

 なのだが、弘樹はまったくやる気が出なかった。

 最初の助っ人ヒーローが全裸マンで、もう一人も全裸マンの四つ子の弟だというのだから、まったく期待できないどころか、今回も碌な戦いにならないことが確定していたからだ。

 第一、彼らが戦い始めると、自分は蚊帳の外に置かれてしまう。

 出動はしているので時給は出るが、それはどうなのかと思ってしまう弘樹なのだ。


 彼は、やはり同じくやる気がなさそうな、『ただの引率役です』と、顔に書いてある猪マックス・新太郎と世間話をしていた。

 ヒーローと怪人の関係としてはどうかと思うのだが、とにかく今は、共に蚊帳の外感が強いのでこうなってしまうのだ。

 お互い雇われの身で、助っ人ヒーロー・怪人の選定に深く関われない以上、愚痴も零したくなるというわけだ。


「ビューティー総統閣下も、『任せる』で終わりだからな。真美も来ないので盛り上がらん」


「そりゃあ、来ないだろうな」


 ここに来れば、確実に恋人でもない男性の全裸を見る羽目になるのだから。

 そういえば、彩実も全裸マンが来てから戦いの場に顔を出さなくなったなと、弘樹は今さらのように思い出していた。


「じゃあ、始めるか?」


「そうだな」


 弘樹と猪マックス・新太郎の合図により、今日も一般人が目撃すれば通報確実な、危ない男たちによる戦いが始まる。


「こうも仕事はあるとはありがたい! 『この世の悪をさらけだす! すべてを如実にさらけ出す! 覆い隠すはみなの敵! いかなる覆いも許さない!』全裸マン登場!」


 まず一人目、これで三回目の登場となる全裸マンがいつもの言上とポージングで姿を見せた。

 さすがに見慣れてきたが、これに見慣れてしまった自分たちが汚れてしまったような気がしてならない弘樹であった。

 しかも彼は、今日もゼンラーが登場すると確信しており、すでにショートブーツを脱いで完全な全裸となっている。

 もはや、ヒーローというよりはただの露出狂にしか見えなかった。


「そういえばもう一人……」


 そして、お試しという理由で瞳子に押し付けられた、全裸マンの弟も登場した。


「『建前ばかりの世の中で! それでもこれはというものを! 隠すことなく晒します! これを隠すは許さない!』丸出しマン参上!」


「おい! トマレッド!」


「文句なら、瞳子さんに言えよ!」


 丸出しマンを見た猪マックス・新太郎が弘樹に強く抗議するが、責任者は瞳子だと彼はそれを聞き入れなかった。

 実際のところ、弘樹はヒーローだが、トマレッドで一番偉いのは司令である瞳子なのだから。


 丸出しマンは、パッと見ると鎧兜風の装備を着けた、とても格好いい単独ヒーローにしか見えなかった。

 だが、よく見ると股間は丸出しで、考えようによっては全裸マンよりも通報案件かもしれないと、弘樹も猪マックス・新太郎も思ってしまったのだ。


「相変わらず、兄貴は下品だな。そんなに肌を晒して品性の欠片もない」


「「お前が言うなよ!」」 


 兄である全裸マンを下品だと批判する丸出しマンに対し、弘樹と猪マックス・新太郎はお前も同類だとすかさずツッコミを入れた。


「なぜだ? 俺はさらけ出している部分が兄貴よりも圧倒的に少ないぞ」


「その少ない部分がアウトなんだよ! そりゃあ、そんな格好で町中で戦っていたら通報されるわ!」


 またもとんでもない奴を助っ人にして……と、弘樹は瞳瞳子を心の中で恨んだ。


「一応聞いておくけど、なぜ股間だけ丸出しなんだ?」


 弘樹は、全裸マンに問い質した。

 現状、それを聞くくらいしか彼の仕事がないという理由もあったのだが。


「カネヤマ粒子だが、実は六十パーセントが〇ンコと〇ンタマで吸収されるのでな。つまり、股間だけ出していれば、全裸になる必要がないのだ」


 丸出しマンは、『いいアイデアだろう?』とドヤ顔で語っていた。

 確かに、一瞬なら丸出しマンは普通に見える……すぐに丸出しの股間に気がつくが……。


「ふんっ! 語るに落ちるとはこのことを言うのだ! 我が弟ながらバカな奴だ!」


「兄貴! なにが駄目なんだ!」


 自分を駄目出しし兄に対し、丸出しマンは強く聞き返した。


「確かにカネヤマ粒子の吸収率は、〇ンコと〇ンタマが六割を占める! だが、他の部分を服や装備で覆ってしまえば、つまりお前は私の六割の戦闘力しないという計算になる。その程度の実力で、私に代わって助っ人ヒーローになれると思っているのか?」


 弱いお前など、助っ人ヒーローたる資格もない。

 全裸マンは、丸出しマンに強く言い放った。

 その時、彼の股間の○ンコと〇ンタマがブラブラ揺れるのだが、みんな見ていないことにしているのはすでにお約束であった。


「語るに落ちたとは、兄貴のことを言うのだ。俺はそれを解決する策を考えついている!」


「策だと? それを使えば、いきなりフルパワーの私に勝てるというのか?」


 今日の全裸マンは、いきなり自称『全裸マンファイナルバーンスタイル』というフルパワー状態の全裸であった。

 これでは余計に、股間のみ丸出しである丸出しマンに勝ち目はないというわけだ。


「兄貴! 人もヒーローも工夫する生き物なんだよ! ならばこうやってカネヤマ粒子の吸収効率を上げればいいのだ! 『丸出しマン! フルイグニッションスタイル!』」


 と、全裸マンが言うや否や、彼は腰を素早く回し始めた。

 すると、彼の〇ンコと〇ンタマがまるで風車のように回転し始める。


「どうだ! こうやって細かく素早く腰を回して〇ンコと〇ンタマを回転させて股間に真空状態を作ることにより、周囲のカネヤマ粒子を空気ごと引き寄せ、同時に〇ンコと〇ンタマの方から積極的に動いてカネヤマ粒子を吸収しに行くのが、『丸出しマン! フルイグニッションスタイル!』なのだ! これにより、カネヤマ粒子ジェネレーターを満タンにして、俺は通常の倍の戦闘力を得ることが可能になる!」


 見てくれは細かく腰を振って〇ンコと〇ンタマをまるで風車のように回すただの変態だが、確かに丸出しマンの〇ンコと〇ンタマは徐々に光り始めていた。

 カネヤマ粒子なるものが、一カ所に大量に集まっている……のだと、弘樹たちは思うことにした。

 別にそれが事実でも嘘でもどっちでもいいので、そう思うのが賢い生き方というやつだ。


「どうだ! 徐々に大量のカネヤマ粒子が俺の体に蓄えられていくのを見たか?」


「なるほど……そういう手があったのか」


「どうだ! お前にはできまい?」


「舐めるな! この程度の腰の動きなど、この全裸マンにかかれば余裕だ!」


 全裸マンも、丸出しマンの真似をして腰を回し、〇ンコと〇ンタマを風車のように回し回し始めた。

 すると、全裸マンの方は全身がこれまでにないほど激しく光り始める。


「残念だったな! この私がお前のフルイグニッションスタイルとやらをやれば、ファイナルバーンスタイルと合わせてもっとパワーアップ可能だ!」


 確かに、全裸マンが丸出しマンの真似をしてしまえば、その戦闘力は丸出しマンの倍近くとなってしまう。

 簡単に真似できたようだし、『実は丸出しマンは間抜け?』と弘樹は思ってしまった。


「ちくしょうーーー! いや、待てよ! ならば!」


 簡単に戦闘力で逆転されてしまった丸出しマンであったが、すぐに対抗策を思いついた。


「つまり! この俺も全裸になれば問題ないというわけだ!」


 丸出しマンは、格好いい鎧兜風の装備をすべて脱いで全裸になった。

 これなら、全裸マンと戦闘力に差はないというわけだ。


 どっちがどっちかは、わかりにくくはなってしまったが。

 別にどっちがどっちでも同じだと思う弘樹たちであった。


「どうだ! 兄貴!」


「うぬぬ……」


「というか、丸出しマンが全裸でいいのか?」


「猪のおっさん! 今も丸出しのままだから関係ないぜ!」


 と、ドヤ顔で猪マックス・新太郎の疑問に答える丸出しマンであった。

 全裸だろうが、丸出しだろうが、確かに○ンコと〇ンタマがフルオープンなのは同じ。

 どちらも同じくらい酷いのに変わりはなかった。


「お前らヒーロー側だけで争っていて、全然が話が進まないじゃないか」


「猪マックスさん! もう僕たちは我慢できないぞ!」


 助っ人ヒーロー同士によるくだらない争いで待たされ続け、腹が立ったのであろう。

 ここでようやく、助っ人怪人も登場した。


「ゼンラー登場!」


 二度目の登場であるゼンラーは、前回の全裸マンとの戦いの教訓を生かし、最初からファイナルファイティングスタイルという名の、ショートブーツを脱いだ姿となっていた。

 つまりただの全裸なのだが、これで全裸が三人。

 立ち位置以外にこの三人を区別する方法は、少なくとも弘樹たちにはなかった。


 さらに続けて……。


「このままでは、三人に力負けしてしまうでござる! こうなれば拙者も! 金山四兄弟の末弟登場! 最終体系とフルチャージタイムを併用するしかないでござる!」


 四人目が、四つ子の末弟だというのは弘樹たちも容易に想像がついた。

 容姿が全裸マンたちとまったく同じだからだ。

 精々、一人称と喋り方に少し差があるくらいか。


「拙者も兄上たちとは意見の相違があるため、『怪人マルダシー』として活動しているのでござる! 怪人マルダシー参上!」


 怪人とはいえ、マルダシーは西洋甲冑風の装備を身に纏った一見単独ヒーローに見えなくもない怪人であった。

 だが、丸出しマンと同じで股間は丸出しとなっている。

 やはり警察通報案件で、人がいる場所では活動できないという制限があった。


 こうしてついに、金山四兄弟が全員揃った。

 別に揃ったところでいいことなど一つもなく、むしろデメリットしかないわけだが。


「太郎太兄者と二郎太兄者を真似て全裸となり、三郎太兄者を参考に〇ンコと〇ンタマを回せば、拙者もこれで互角でござる!」


「「「やはりすぐに真似されてしまったか!」」」


 これで四人となった全裸たちは、全身をカネヤマ粒子で光り輝かせながら、腰を細かく回して〇ンコと〇ンタマを風車のように回していた。


「理屈は理解できるが、この光景を見ていると頭が痛くなってきた」


「これでは、ビューティー総統閣下も真美も顔を出さないだろうな」


「猪! お前のところの二人目もうちと同じくらい酷いだろうが!」


「俺に言うなよ! 俺はマルダシーの方は呼んでいないんだ! ニホン鹿が呼んで、ビューティー総統閣下が許可を出された以上、連れて行くしかないだろうが!」


 いくら宇宙自然保護同盟四天王次席とはいえ、人に使われる立場でしかない猪マックス・新太郎は、弘樹と同じく自分にはその権限がないと答えることしかできなかった。


 その間も、四人はまるで競い合うかのように腰を細かく回して〇ンコ風車を続けていた。

 まるで手回し充電器を全力で回したかのように、段々と彼らは光り輝いて行く。


「どうだ! この全裸マンの輝きを!」


「僕の方が輝いているね! 僕はカネヤマ粒子との相性がいいんだ」


「抜かせ! 俺たちは四つ子だろうが!」


「猪のおっさん! 拙者が一番輝いているでござろう?」


 戦いもせず、〇ンコを回転させている全裸の四人で誰が一番輝いているか競い合う四つ子。

 一番光り輝いている奴がカネヤマ粒子を体内に取り込んだ量が多いという設定らしいが、弘樹たちはそんなものを確認する気力もなかった。


「第一、誰が誰だかわからねえよ」


「それはそうだ」


 元々四つ子なのに、全員がすべての装備を外して全裸となり、さらに同じように〇ンコを回転させている状態なのだ。

 つき合いの短い弘樹たちには見分けがつくはずもなく、それに気がついた全裸マンは次の行動に出た。


「ならば、こうやってわかりやすくしよう!」


 全裸なのにどこから取り出したのか?

 全裸マンはマジックを持ち、胸に『全裸マン』と大きく書いた。


「マジックはいいのかよ」


「少しなら問題ない! ボディーペイントできれば問題ないんだがな。そうすると服を着ているのと同じ状態になってしまうのだ」


 全身ボディーペイントのヒーローや怪人に問題がないわけないのだが、面倒なので、弘樹はそこはスルーしておいた。

 もう精神的な疲労感が強くて、あまりツッコミを入れたくない状態なのだ。


「兄さん、マジック貸して」


「兄貴、マジック貸してくれ」


「拙者にもお願いするでござる」


 三人の弟たちも、全裸マンからマジックを借りて胸に大きく『ゼンラー』、『丸出しマン』、『マルダシー』と書いた。

 こういうところはさすがは四つ子、仲がいいんだなと弘樹は思ってしまった。


「これで見分けがつくね」


「よかった、よかった」


「本当によかったでござる」


 全裸で胸にマジックでヒーロー、怪人名が書いてあることの是非はともかく、これで見分けがついたのは確かであった。

 ついてどうなるという疑問は、永遠に残り続けるわけだが。


「しかし、兄貴。これ油性だよな? 落ちにくいんじゃあ?」


「三郎太、水性だと汗で落ちるだろう」


「それはいただけないな」


「動きに制限が出るでござる」


 マジックが落ちるかもしれないという理由で動きを抑えるなど、ヒーローや怪人としては本末転倒。

 兄弟たちは、そういう結論に至った。


「どうせ僕たちって、これから全裸で登場して戦うしかないからね。落ちにくくても問題ないんじゃないかな?」


 これからも兄弟対決が発生した時に備え、四人は最初からフルパワーを出せる全裸を貫いた方が合理的であろう。

 それなら別に、胸に書かれた文字が落ちなくても問題ない。

 二郎太の意見に、他の三人は納得した。


「では、誰が一番かだな」


「それはこのゼンラーに決まっている」


「すべてを脱ぎ捨てた新しい丸出しマンに決まっているだろうが」


「真打は最後の登場するのでござる。このマルダシーこそが一番でござる」


 その後、四人の全裸は夕方までほぼ互角で戦い続けた。

 正視に堪えない死闘が繰り広げられている間、弘樹と猪マックス・新太郎は離れた場所で愚痴を零し合っていた。


「宇宙自然保護同盟の予算なら、ちゃんとした助っ人怪人を呼べるのに……。こんなことにつき合わせるお前のところの司令が悪い」


「そうだよなぁ……滅多に現場に出ないから、こんなトンチンカンなことになるんだろうな」


「というか、ここ数日、俺様たちは戦えてないじゃないか!」


「でもよ、猪。あそこに加わる勇気あるか? 色々と失うものが多いと思うんだが……」


「それもあるが、ちゃんと連れて帰られないとな」


「夜になって、駐在さんに見つかったら大変だぜ」


 結局、四人による勝負はつかないまま夕方になってしまった。

 なお、本来二対二であるはずの対決が四つ巴対戦になってしまった件に対しては、弘樹たちはまたも見なかったことにし、日が暮れる前に彼らを強引に連れ帰ったのであった。


 戦え、ファーマーマン!

 頑張れ、ファーマーマン!

 たとえ、助っ人怪人が変態だとしても!

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