第20話 悲劇の兄弟対決(見ている方が)

うーーーん、この手に、じかに感触がぁーーー! 柔らかい玉と棒がぁーーー!」


「薫子ちゃん、うなされてるね。くーみん、搾れた?」


「クマ」


「これで少しは冷えるかな? 薫子ちゃん、大丈夫?」




 助っ人ヒーローを擁したファーマーマンと、宇宙自然保護同盟による初の特別対決は、全裸マンの大活躍により悲惨な結末を迎えた。

 なにを言っているのか意味がわからないかもしれないが、そうとしか表現できないので仕方がない。

 彼の〇ンコと〇ンタマをじかに頭上に載せられ、挙句に直接手で触ってしまった薫子は、ショックのあまり意識を失ったままで、いまだ目を醒ましていない。

 北見山の本部アジトに運び込まれた彼女は宿直室のベットに寝せられ、真美とくーみんから濡れタオルで額を冷やしてもらいながら看病を受けていた。

 時おりあの戦いのことを思い出すのか、現役女子高生が言わない方がいい類のワードを口にしながらうなされており、それが余計に悲惨さを助長していた。


「猪! お前が直接ついていながら、なぜビューティー総統閣下がこんな目に遭っているのだ! これでは四天王失格ではないか!」


 斬首戦術でボスを討たれてしまった猪マックス・新太郎に対し、ニホン鹿ダッシュ・走太が彼の責任を強く詰った。

 いつもなら彼に反抗する猪マックス・新太郎も、今回かばかりは自分の責任を認めざるを得ず、今回に限っては一切反論していない。

 ただ、ニホン鹿ダッシュ・走太からの批判に聞き入るのみであった。


「今回ばかりはなにも言えないな。四天王から降格するなり、好きにするがいい」


「それはビューティー総統閣下自身が決められることだ。とにかく今は、助っ人ヒーローに対する情報が知りたい」


 潔く四天王から降格されても文句は言えないと宣言した猪マックス・新太郎に対し、いつもなら嫌味満載で応えるニホン鹿ダッシュ・走太も、彼の予想外の態度に動転してしまい、なにも言い返せなかった。

 もし彼を処分するとなると、当然真美も同罪で、四天王から外さなければならない。

 四天王二人分の穴を埋める怪人となると、あとの候補は穴熊スコップ・大地しかおらず、だが彼では戦闘力に不安がある。


 四天王筆頭であるニホン鹿ダッシュ・走太としても、そう易々と彼らを処分できないのだ。

 少なくとも、彼らの代わりになる戦力が補充されるまでは。

 それよりも、宇宙自然保護同盟における戦闘力ナンバー1とナンバー2の妨害をすり抜け、ビューティー総統を戦闘不能にした助っ人ヒーローの方が気になる、ニホン鹿ダッシュ・走太であった。


 彼への対策を打たなければ、またも宇宙自然保護同盟は無残な敗北をしてしまうのだから。


「でも、彼は助っ人ヒーローだよ。一回で終わりじゃないかな?」


 薫子の額に載せる濡れフキンを搾りながら、真美が自分の考えを口にした。


「果たしてそうかな?」


「どうしてそう思うの? ニホン鹿さん」


「端的に言うと、ファーマーマンは貧乏で金がない。そんなところが呼べる低予算助っ人ヒーローが、初戦で悪の組織の首領を戦闘不能にしたわけだ。つまり、その助っ人ヒーローは極めてコストパフォーマンス優れていることになる。今後、多用される可能性が高い」


「そうだな。しかも、奴はこの北見村においては無敵だ」


 珍しく、ニホン鹿ダッシュ・走太の考えに猪マックス・新太郎も賛同した。

 全裸マンは戦績はいいが、非常に使い方が難しいヒーローだ。

 特に都市部では、一般市民からの警察への通報という危険性を孕んでおり、とても強いヒーローではあるのだが、出現率的にそこまでの驚異とは言えなかった。

 ところが、北見村は自他ともに認める田舎だ。

 両者の戦いを見学している住民はほとんど存在せず、もし彼らが全裸マンを見ても、田舎的な大らかさゆえに通報もされず、むしろ夜遅くまで外にいた方が駐在さんに注意されてしまうような村なので、ここは全裸マンにとって天国とも言える環境であった。


「弘樹君と彩実ちゃんがよく言っているものね。『瞳子さんは、暇さえあれば予算が足りないって言う』って。でも、その瞳子さんのせいで薫子ちゃんはこの様なんだから。こうなったら、『目には目を歯には歯を』だよ」


 親友をこんな目に遭わせたファーマーマンの司令瞳子に対し、真美は真剣に怒っていた。

 同時に、宇宙自然保護同盟は悪の組織である。

 ここはしっかり仕返ししておかないと、今後自分たちがファーマーマン側に舐められてしまう事態が発生するかもしれないと、強く意見した。


「そうだな。しかし、話を聞く限りでは全裸マンは強くて変態だ。これに匹敵する怪人を助っ人で呼べるかどうかがカギになるな」


「それなら心配ない」


「なにかアテがあるのか? 猪」


「ある! 実は全裸マンなんだが、奴には弟がいるのだ」


「ええっーーー! あんなのがまだいるの?」


 なんという悪夢だと、真美はその表情を一気に曇らせた。

 全裸ヒーロー二人による共演。

 これ以上の悪夢は存在しないであろうと。


「確かに奴には弟がいるのだが、あのとおりのフリーダムぶりだ。バラバラに活動しているのが救いだな」


「そうだな……」


 思わずその意見に賛同してしまったが、果たして全裸マンみたいなのが二人揃って自由にやるのと、一人ずつがそれぞれ別の場所で好き勝手やるのでは、どちらがマシなのか、ニホン鹿ダッシュ・走太には判別がつかなかった。

 どちらにしても、対戦相手にも味方にもいい迷惑なのはすぐにわかったが。


「でも、二人ともヒーローなんだよね? こちらの助っ人としては呼べないよ。ねえ、くーみん」


「クマ」


 瞳子に仕返しするのならば、全裸の変態は怪人でなければ意味がない。

 真美は、猪マックス・新太郎にその弟は使えないどころか、逆にこちらが不利になりかねないと意見した。


「それが、弟はヒーローはなく怪人でな。まあ、ヒーローの弟もいるんだが……」


「つまり三つ子なのか?」


「あっ、もう一人怪人の弟がいてな」


「四つ子なのか!」


 あんな変態が四人も……。

 ニホン鹿ダッシュ・走太は、ただ驚きを隠せないでいた。

 そして、ヒーロー・怪人の業界はすそ野が広いのだなとも。


「兄弟でヒーローと怪人なの?」


「そうだ。最近ではそう珍しくもないかな」


 昔は、代々怪人の家系の人は怪人に。

 代々ヒーローの家系では、ヒーローになることが半ば強要されていた。

 ところが今は、職業選択の自由や、適性の問題、本人の意志によって怪人の家系なのにヒーロー、ヒーローの家系なのに怪人というケースも増え続けていた。


「それっていいの?」


「真美は知らないのか。怪人特性もヒーローも特性も、実質同じなんだよ」


 共に、普通の人間にはない身体能力や特殊能力を持つ者なので、実はヒーローと怪人にはそれほど差がなかった。

 ただ怪人の方には猪マックス・新太郎のような動物など人間以外の外見的特徴を持った者も多く、そういう怪人はヒーローに不向きとされている。

 逆に、真美のような完全人間型は、怪人とヒーローどちらでも自由に選べた。

 偉大な先祖や家訓に拘る親族により、最初から怪人になるかヒーローになるかを決められてしまったり、逆にそれに反発してしまう者もいたりと、時代の流れなのか、段々とヒーローと悪人の差が緩くなったいたのだ。


 これも、時代と言われればそれまでなのだが。


「つまり、全裸マンの兄弟が怪人でもおかしくはないんだね」


「そうさ。だから奴の弟と呼べばいいのだ。同時に、対戦の時にファーマーマンの司令を呼ぶ」


 こちらの助っ人怪人が、全裸マンと同じような技で瞳子を襲うように仕向ければいい。

 きっと、あのいつもは冷静なファーマーマン司令もこれには耐えられまいと、猪マックス・新太郎は自信あり気に語った。


「『目には目を、歯には歯を』だ!」


「その策はいいな。いい仕返しになるだろう。ビューティー総統閣下はこのあり様なので、私の権限で全裸マンの弟とやらを呼ぼう」


「それがいい」


「あっ、でも。私は戦いに参加しないからね」


「クマ」


「くーみんもね」


 だって、自分は清純派寄りのキャラだから、双方に全裸の人がいると目のやり場に困るから。

 真美は、しれっと次の参戦を断るのであった。




「なるほど、次は向こうも助っ人怪人を出すのか」


 昨日の対戦の翌日、瞳子は司令本部に届けられた『挑戦状』を読んでいた。

 差出人は、当然宇宙自然保護同盟である。

 その内容は、『明日の放課後、もう一度対戦したい。次はこちらも新しい助っ人怪人を出すので、あなたも偵察されるがよろしかろう』という内容であった。


「あららさまな罠なわけだが。私を現場に呼び出したがっているな」


 瞳子は挑戦状を読み終えると、それを丸めて数メートル離れたゴミ箱へと投げ入れようとした。

 ところが外れてしまったので、すぐ様彩実が拾ってゴミ箱に入れている。

 物臭な瞳子の場合、ゴミ箱に入らなくてもこのまま放置するのが普通であったが、綺麗好きな彩実はそういうのが許せない性質であったからだ。


「新しい助っ人怪人ねぇ……わざわざ新しいと言っている時点で土田先生ではないか」


「彼は医者として忙しいからな。それに、ギャラも高いと聞く」


 普段は医者として活動している時間の方が長く、しかも怪人としても非常に優秀な彼は、そのスケジュールを抑えるのが難しかった。

 先日の三日間なんて、滅多にない幸運なのだ。


「彼は、普段は日帰りの距離しか対応していないそうだ。となると、泊りに対応できる怪人か……」


 北見村で仕事をすると、どうしても一泊しなければいけない。

 悪条件のため、宇宙自然保護同盟もなんとか交通費は出すようになったと聞くが、移動時間が異常に長く、宿泊の必要があるのに、北見村には民宿すら存在しない。

 この条件では実績のある怪人は滅多に来ないはずなのに、向こうは妙に自信あり気で瞳子の参加まで要請してきた。

 なにかがあるなというのは、弘樹にも理解できた。


「わかったぞ!」


「びっくりした!」


 急に大声で発言したのは、まだこの村に居残っている太郎太であった。

 実は彼、実績の割にギャラが安く、往復の交通費と実際に戦わなければギャラはいらないという破格の条件を出したため、瞳子が一週間ほどこの村に滞在してほしいと要請してしまったのだ。


 彼は、この司令本部に泊まれば宿泊費もかからないと、古民家の一室で寝泊まりしている。

 彩実に言わせると『瞳子さんは、よくこんな変態と一緒に泊まれるわね』なのだが、金山太郎太の時の彼は紳士であり、瞳子は元々あまり細かいことは気にしない。


 よって、太郎太は今もこの村に滞在していた。

 弘樹からすれば、早く都内に帰ってほしいところであったが。


「どんな怪人かくるのかわかるのか?」


「わかる! この田舎にある過疎の村に来て、この私を相手にする怪人など。奴しかいないはずだ!」


「奴? 誰だ?」


 弘樹は、太郎太が思いついた助っ人怪人について質問した。

 確かに、全裸だが戦いには強い彼と、わざわざこんな田舎に来てまで戦おうとする怪人は少ないはずだ。

 例え勝てたとしても、こんな外部の人間が誰もいない北見村では賞賛すらされないのだから。

 運悪く、警察に通報されて無効試合になる危険性もあった。


「実は、私は四つ子なのだ」


「えっ! そうなのか?」


 こんな奴があと三人も……。

 それは難儀な話だと、弘樹のみならず彩実も思ってしまった。

 瞳子は特に表情も変えず、煎餅を齧り、お茶を飲んでいる。


「父がその存在を提唱したカネヤマ粒子。それを証明するため、私はヒーローになった」


 最初は疑っていたが、弘樹はカネヤマ粒子は実在するような気がしてきた。

 実際、全裸マンは不思議な発光のあと、その体を宙に浮かせたのだから。

 ただ飛行などは不可能なようで、腰を薫子の頭上まで浮かせ、彼女の頭の上に〇ンコと〇ンタマを載せるのが精一杯なようだが。

 あと、全裸マンは見た目は色々とアレだが、パワー、防御力、スピードとすべて超一流のヒーローであることに違いはない。


 ただ全裸なのが問題なのだ。


「長男である私は、カネヤマ粒子の存在を世に知らしめるべく全裸マンになった。ところが、弟の一人次郎太は逆に考えた。カネヤマ粒子の力を世間に知らしめるためには、綺麗事を言っている場合ではないと」


「つまり、ヒーローじゃなくて怪人になったのだな」


「そうです、栗山司令。弟は、カネヤマ粒子のために悪になってしまった」


 意見の相違でヒーローと怪人とに別れたが、太郎太は弟次郎太を嫌ってはいないようだ。

 ただし、戦いでは一切容赦しないという姿勢を崩さなかった。

 全裸マンは変態だが、その辺の割り切りは実力派ヒーローに準じているというわけだ。


「カネヤマ粒子の存在を実証するため、私と弟が戦う運命になるとは……」


「でも、弟さんじゃないかもしれませんよ」


「いいや、彩実さん。私にはわかるのだ。あの男が近づいて来るのが。ビンビンと反応が来ている!」


 と言いながら、太郎太は自分の股間を示した。

 勿論ズボンの上からだが、彩実はキャライメージを保つため見ないことにした。


「とにかく、明日になればそれはわかるけど……。ところで瞳子さんは、挑戦状に従って現場に顔を出すのか?」


「ああ、せっかくの招待だ。それに、定期的に現場は見ておいた方がいいと思ってな」


 とはいえ、これまで瞳子は一回しか現場に出たことがない。

 その一回も、薫子と談合して自分にわざと負けさせただけですよねと、弘樹は心の中で彼女を皮肉った。


「危険じゃないですか?」


「後ろにいるから大丈夫だろう」


「とは思うけどなぁ……」


 弘樹は、宇宙自然保護同盟が昨日の仇を討つため、わざわざ瞳子を呼び出したのだと考えた。

 だが、弘樹でも気がついたこの作戦の意図に、瞳子が気がつかないわけもなく、本人が現場に出るというのであれば、いちアルバイトとしては反論する余地がなかったのだ。


「(直接俺が被害を受けるわけでもないし、瀬戸内の件はあきらかにやりすぎで、その責任は全裸マンを雇った瞳子さんにある。まさか、彩実を犠牲にするわけにもいかないからな)」


 弘樹は一瞬で彩実をそんな目に遭わせるわけにいかないと判断したが、逆に瞳子ならいいやと、かなり酷いことを思っていた。

 彼は彩実が好きだし、彼女のお世話がなければ、日々の生活がガサツな一人暮らしの男のソレに転落してしまうことを、誰よりも理解していたからだ。

 同時に、とはいえただ頭の上に〇ンコと〇ンタマを載せられるだけで死ぬわけがないと、弘樹は密かに瞳子を見捨てる決断をするのであった。




「今日も元気に! 『この世の悪をさらけだす! すべてを如実にさらけ出す! 覆い隠すはみなの敵! いかなる覆いも許さない!』全裸マン! 見参!」


 翌日、今日も全裸マンは元気に自己紹介をしながらファイティングポーズをとった。

 ここなら通報もされず、ヒーローとして思いっきり戦えるのが嬉しくて仕方がないのだ。


 一方、弘樹はすでにやる気の欠片もなかった。

 今日も健司はお休みだし、宇宙自然保護同盟側も、猪マックス・新太郎、鴨フライ・翼丸と二名の男性怪人しかいなかったからだ。

 あと一人、全裸マンの予想どおりなら、彼の弟だという全裸の怪人が出てくるはずだが、弘樹はそれと戦うつもりは毛頭なかった。


 一応、少し後方で視察をしている瞳子を守るフリだけはしていたわけだ。

 どうにも彼女が今回の騒ぎの元凶だと思うと、そのまま全裸チョンマゲでも食らえばいいのに、と思ってしまう。

 弘樹とて人並みの常識と倫理観を持つ人間で、たまには瞳子に罰が当たればいいと思っていたのだから。


「うわぁ、現物を見ると酷いね。弘樹君」


「だろう?」


「これは町中では戦えないよ。昔ならいざ知らず、今日ではもっと無理」


 警察に通報されるのもそうだが、PTAとか、色々な市民団体、人権団体にも目をつけられてしまう。

 鴨フライ・翼丸は、全裸マンが今まで活動できていた件をただ驚いていた。


 もっとも時代の流れとは残酷で、彼は仕事がないからこの北見村に来たという現実もあったのだが。


「昔でも駄目だろうけど」


「さあ、今日の私の相手は誰かな?」


「待てい!」


 全裸マンの挑発行動を阻止するかのように、もう一人の声が村中に木霊する。

 そして、二人の怪人の後方から、まるで隼のような速度でもう一人の怪人が姿を見せた……怪人?


「兄さん、昨日はご活躍だったようだね。でも、今日は僕がいるからね。兄さんは僕に敗れるのさ。助っ人怪人『ゼンラー』登場!」


 姿を現した怪人は、全裸マンを『兄さん』と呼んだ。

 二人が本当の兄弟である証であり……どうせ彼も全裸なのでよく似ているというか、四つ子なので背格好から顔の作りまで、簡単に区別がつかないほどそっくりであった。


「似てるな」


「ああ」


「本当に四つ子だったんだね。区別がつかないよ」


 弘樹、猪マックス・新太郎、鴨フライ・翼丸三名は、両方を互い違いに見比べたが、入れ替わってもわからないほどそっくりだなと感心していた。


「顔や背格好は同じなのでな。それでも私はヒーロー」


「僕は怪人。他の部分で区別してほしいな」


「「「いや、無理だって!」」」


 弘樹たちは一斉に、それは不可能だとツッコミを入れた。

 なにしろゼンラーも、怪人のくせにショートブーツしか履いていなかったからだ。

 確かによく見るとそのブーツには『ゼンラー』と書かれていたが、もし激しく動かれたらもうお手上げであった。

 みんながみんな、そんなに動体視力がいいわけではないのだから。

 マジマジ見ると、○ンコと〇ンタマまで見えてしまうというのもあった。


「怪人なのか?」


「トマレッドだったかな。僕も兄も、他二人の弟たちも完全な人間型なんだ。ヒーローになっても、怪人になっても、区別がつかなくて当然」


「いや、それは装備をつければ問題ないだろう」


 ちゃんと装備品をつければ、外見だけでヒーローか怪人なんてすぐにわかるのだから。

 弘樹は、極当たり前の事実を指摘した。


「それは無理だ! なぜから、僕はカネヤマ粒子……「それは昨日兄貴の方から聞いたからもういいや」」


 二度も同じ話を聞けるかと、弘樹はゼンラーの話を打ち切った。

 どうせ全裸でないと強さを発揮できないのは、全裸マンと同じであろうと。

 

「そうか……。とにかく、久々のノビノビと戦える仕事だ。依頼者の命令も聞きつつ、僕は全力で戦おう。猪マックスさん!」


「おうっ! 先日のお返しだ! 『仕返しフォーメーション』!」


 猪マックス・新太郎の合図と共に、全速力モードになったゼンラーは姿を消した。 

 全裸マンと同じく超高速モードに入った彼は、後方でこの戦いを見学している瞳子を標的としたからだ。


「なるほど、仕返しか」


「というわけだ、トマレッドよ」


 真っ先に瞳子をカバーするであろう弘樹を抑えるべく、猪マックス・新太郎がその前に立ち塞がった。


「彼女の元には行かせない」


「……」


 どうも勘違いされているようだと、弘樹は思った。

 今日の彼はもうやる気がなく、瞳子の頭の上にゼンラーの〇ンコと〇ンタマが載ったくらい大した問題でもないと、あえて止めに入るつもりはなかったからだ。


「(つうか……ここで瞳子さんがなにかしら被害を受けてくれないと、明日から学校に行きづらいじゃないか)」


 今日、いまだ昨日のショックで寝込んでしまった薫子は登校せず、しかもその詳細が学校中に知れ渡っていて、弘樹はクラスメイトたちの……特に女子たちからの冷たい視線を盛大に浴びる羽目になってしまったのだから。

 いくら全裸マンの所業が彼を呼んだ瞳子のせいとはいえ、彼女の命令で戦っていた弘樹にも批判の矛先が向かったというわけだ。


 悪の組織の首領を倒したのだから……という意見は、それを成したヒーローが全裸マンだという事実により簡単に打ち消されてしまった。


「(俺の明日からの平穏な学校生活のため、頭の上に〇ンコ載せられてくれ。瞳子さん)」


 弘樹は心の中で、例え瞳子の頭上に〇ンコが載せられても、彼女の心の安寧が続くようにと適当に祈った。

 半ばアリバイ的に。


「やはりそう来たか! 兄の活躍を真似るというのだな!」


「僕も必殺技でファーマーマンの司令のクビを獲るのさ。そうすれば、これからも定期的に呼んでもらえるからね」


 瞳子を目指すゼンラーと、それを阻止しようとする全裸マン。

 ところが、ここで猪マックス・新太郎の作戦が影響し始めた。

 全裸マンの前に、鴨フライ・翼丸が立ち塞がったのだ。


「パワーでは負けるけど、スピードではそう負けないからね。だから、僕が起用されたのさ」


 鴨フライ・翼丸から時間稼ぎの妨害をされ、全裸マンもその動きを封じられてしまった。

 これで、あとはゼンラーが瞳子の下に辿り着くのみ。


「ふふふっ、ゼンラーの必殺技『ゼンラー・ファイナルチョンマゲイリュージョン』を食らうといい!」


「大層な名前の必殺技だな」


「その威力に驚くがいいさ!」


 ゼンラーは、瞳子の言い草が最後の抵抗だと理解しながら、全裸マンと同じくカネヤマ粒子ジェネレーターをフル稼働させ、彼女の後ろから宙に浮かび上がった。


「さあ、来ます! 来ます! このゼンラーのゼンラー・ファイナルチョンマゲイリュージョンにより、また女性が一人、悲惨な結末を迎えるのだ!」


「完全な変態だな」


「ああ」


 弘樹の発言に、彼と対峙している猪マックス・新太郎も賛同した。

 同時に、全裸マンの必殺技と技名が少し違うくらいじゃないかとも。


「どうだ! か弱い女性ならもう気絶してもおかしくはないはずだ!」


 本当は、本来の全裸マンの必殺技と同じく、〇ンコと〇ンタマから放電して敵を気絶させるものなのだが、事前に、相手は普通の人間なので嫌悪感のみで戦闘不能にしてくれと言われていたため、こんな感じになってしまったのだ。


「どうだ? 頭の上に〇ンコと〇ンタマが載った感想は?」


「……」


「あまりのショックに声も出ないかな? ファーマンの司令栗原瞳子よ!」


「粗末な代物だな。それでこの攻撃がどうした?」


「なんともないのか?」


「あるわけなかろう。ただ頭の上に〇ンコと〇ンタマが載せられただけだ。それにしても、兄弟して……ふっ(数年前に見た、従弟並ではないか)」


 薫子はショックのあまり一発で気絶してしまった技だが、さすがは大人の女というべきか。

 瞳子は、交互にゼンラーと全裸マンのお宝を一瞥すると、軽く笑って、それで終わりとなってしまった。

 ゼンラーの作戦は、実は幼少の頃から天才だが変わり者で彼氏なんていたこともない瞳子のドライな態度によって失敗してしまった。


 弘樹たちは『さすがは大人の女だな!』と、勝手に勘違いしていたが。


「クソォーーー! 兄さん、僕たちがもの凄くバカにされているよぉーーー!」


「なんて冷酷な女なんだ! 私たちは標準だというのに!」


 自分のイチモツをバカにされたゼンラーは、なぜか兄である全裸マンに泣きついてしまう。

 そして、弟の〇ンコをバカにされたということは、自分もバカにされたに等しいと、全裸マンも瞳子に対し激高していた。

 相手は雇用主だというのに……。


「僕たちのは標準だよね? 兄さん」


「ああ、私たちは標準だ!」


「おい、お前ら敵同士なんだろう?」


 いくら兄弟とはいえ、戦いを中止して傷を舐め合っていていいのかと、弘樹は二人に変態に注意した。


「そうであった! 兄さん、こうなれば勝負だ!」


「憐れよのぉ、依頼主の目的を達せられなかったから私を討つというのか?」


「好きに言えばいいさ!」


 ゼンラーは、宇宙自然保護同盟の依頼である瞳子の撃破に失敗した。

 ならば次の仕事を貰うためにと、今度は兄である全裸マンに一対一の勝負を挑んだのだ。

 薫子を倒した全裸マンを倒せば、ゼンラーは瞳子よりも強いという謎理論である。

 そもそも、瞳子は普通の人間である。


「次郎太、お前は兄であるこの全裸マンに勝てるとでも?」


「僕たちは四つ子! 同じ体で、同じカネヤマ粒子を使う身なれば、戦闘力は同じはず!」


 お前ら、ショートブーツを履いている以外は全裸だかなと、二人以外の全員が思った。

 というかこの二人、完全に自分たちだけの世界に入ってしまったが、もう今さら弘樹も宇宙自然保護同盟側もそこに入り込む気力をなくし、ただ彼らの戦いを見守るのみとなってしまった。


 正直なところ、早く終わってくれないなかと思っている弘樹たちであったのだ。


「兄さん、僕にはとっておきの秘策があるのさ」


「秘策だと?」


「三日間かけて考えた、このゼンラーが百パーセントの力を出す最終体型! すべての拘束から逃れ、僕の体はカネヤマ粒子にその身のすべてを委ねる! ゼンラー、ファイナルファイティングスタイル!」


 と、ゼンラーが叫ぶのと同時に彼の全身が光り輝く。

 あまりの眩しさに弘樹たちは思わず目を反らしてしまうが、光が消えたあとのゼンラーを見て絶句した。

 なぜならそこには、やはり全裸の……別に今までと変わらない彼が立っていたからだ。


「別になにも変わらないじゃないか」


「トマレッドよ! よく見るがいい! ブーツを脱いでいるぞ」


「それだけかよ!」


「なにを言うか! カネヤマ粒子は素肌でしか吸収しないのに、これまでは世間体を考えてブーツで足先を覆っていたのだ! それすら脱いで、今の僕はフルパワーの状態なんだ」


「そんなに違うのか?」


 ゼンラーが履いていたのはショートブーツで、足先の肌が露出したくらいではそんなに変わらないのではないかと、弘樹は思ったのだ。

 もう一つ、ゼンラーが世間体なんてものを考えていたことの方が、彼にとって衝撃であった。

 『ショートブーツしか履いていない露出狂が、世間体って……』と。 


「違う! 大いに違う! 実際に見せてやろう! ゼンラーのフルパワーを!」


 というや否や、ゼンラーはそのままフルパワーで全裸マンに殴りかかった。


「ぐはっ!」


 するとゼンラーの予言どおり、全裸マンは一撃で殴り倒されてしまう。

 全裸マンとゼンラーは四つ子で、戦闘力はほぼ同じのはず。

 それが、全裸マンの方が一方的に殴り倒されてしまったのだから。


「マジでか!」


「ファイナルファイティングポーズ状態となった僕は無敵なのさ! 何者も僕を止められる奴はいない!」


「(無敵かどうかは知らんが、止めたくないのは事実だな。あと、娘の傍に近づいてほしくない)」


 もはやただの露出狂と化したゼンラーを止めるのは、精神衛生的にも嫌だと呟いたのは、味方であるはずの猪マックス・新太郎であった。

 それと、教育に悪いので娘に近づいてほしくないと。

 ただその心配は無用のものであった。

 なぜなら、全裸マンもゼンラーも、特にPTAからの抗議が多かったので、学校周辺やスクールゾーンでの活動を事実上禁止されていたからだ。


 強いが使いどころが難しい。

 それがこの業界における、彼らの評価であった。


「なるほど、考えたな」


「まだ立てるのか? 兄さん」


「この程度で私は倒れん! なぜなら、この私は全裸マンだからだ!」


 ゼンラーによる一撃で地面に倒れてた全裸マンであったが、彼はそのダメージをものとせず、すぐに立ち上がった。


「多少のダメージを受けても、私が全裸でいる以上、外気のカネヤマ粒子によって回復してしまう。お前もそうだというのに、忘れていたのか?」


「そうだった!」


「さらに! 私だって、フルパワー状態への移行が残っている! 全裸マンファイナルバーンスタイル!」


 今度は全裸マンの体が光り輝き、それが消えると、やはり想像どおりというべきか、彼もショートブーツを脱ぎ捨てていた。

 そしてすかさず、ゼンラーへと全力でパンチを食らわす。

 今度は、ゼンラーがモロに攻撃を食らってしまい、彼は地面に倒れ伏した。


「やるな……兄さん」


「共に最終体型へと移行したとなれば、あとはどちらかが倒れるまで戦いを続けるしかない。違うか? 弟よ」


「いいや、兄さんの言うとおりだね。今度こそ僕が勝つ!」


「そういえば、これまでの私たちの勝負は引き分けばかりだったな。私も今日は勝ちに行くぞ!」


「僕だって、兄さん!」


 全裸マンとゼンラーは、そのまま激しい死闘を開始した。

 全裸マンがゼンラーに一撃を加えると、お返しとばかりゼンラーも全裸マンに一撃を加える。

 双方の実力はまったく互角にしか見えず、苛烈な死闘が二人の間で繰り広げられた。


「うわぁ、二人とも素早いね」


「そうだな、俺は辛うじて見えるくらいだ」


 猪マックス・新太郎と鴨フライ・翼丸は、全速力で移動しながら戦いを続ける二人の変態を見ながら感想を述べていた。


「こいつら、普通にヒーローと怪人やれば強いのに」


「普通の人間である私には、早すぎて見えないな」


 二人以外は自然休戦となり、いつの間にか四人は集まって全裸マンとゼンラーの戦いを観戦していた。

 全裸のため何物にも拘束されず、素早さが尋常ではない二人は目にも止まらぬ速さで戦いを続けており、同じ素早さを売りとする鴨フライ・翼丸と、元から強い弘樹は『普通に戦えばいいのに……』と思わずにいられなかったが、彼らは全裸の時が一番強いという前提もあるので、それは不可能な相談だった。 


「はははっ! やるではないか! 弟よ!」


「兄さんこそ!」


 二人は楽しそうに戦い続けるが、弘樹たちからすれば一秒でも早く終わってほしかった。

 なぜなら、彼らが激しく動く度にユラユラと揺れるものが見えてしまうからだ。

 こうなると、普通の人間なので目で追えない瞳子の方が幸せかもしれない。


「なんて酷い連中なんだ……お前らに対抗してゼンラーを呼んだことは間違っていたな」


 猪マックス・新太郎は自分の間違いを認めつつ、だがその遠因となった瞳子には抗議の視線を向けた。

 元はお前のせいじゃないかと。


「うちは予算不足で、彼はギャラが安かったからな。これも零細ヒーローの現実というやつだ」


 瞳子の方は、猪マックス・新太郎の抗議の視線などまったく無視していたが。


「ところで、これはいつまで続くんだ?」


「「「……」」」


 弘樹の疑問に、他の三人は答えられなかった。

 結局、当事者たちを無視した全裸マンとゼンラーとの戦いは夕方まで終わらず、時間切れ引き分けとなってしまうのであった。

 

「強いて言うなれば、仕返し作戦に失敗したこちらの敗北かな」


「もうどうでもいいけどね」


 北見山にあるアジトへと戻る途中、猪マックス・新太郎と鴨フライ・翼丸は、今日の戦いについてそう論評を述べるに至った。

 だが、彼らは知らない。

 まだ全裸マンとゼンラーの契約期間が残っていることを。


 あと、寝込んでいた薫子であったが、翌日には普通に登校した。


 頑張れ、ファーマーマン!

 戦え、全裸マン!

 たとえ、世間の目が冷たくても!

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