第2話 ヒーローと怪人のルール

「この俺様が、たかが一度の敗戦で諦めるものか! 今日もババアの大根畑を自然に戻す作業が始まるぜ!」


「まただか! 猪たちもおるし!」


「俺様は猪の怪人! その辺の野山にいる猪たちを従えるなど造作もないことだ! 幸い現在日本の山林では猪が増えているからな。お前らが自然の調和を乱すから、そういうことになるのだ! 自然に逆襲されて滅ぶがいいわ!」


「誰かぁーーー! ヒロちゃーーーん!」





 翌日、今日も大根農家富山イネ(七十八歳、未亡人)の畑を、怪人猪マックス・新太郎と配下の猪たちが襲った。

 北見村の特産品である大根の収穫は始まっていたが、イネ一人ではすべてを収穫するのにまだ時間がかかる。

 その隙をついた、意地の悪い連日の襲撃に、イネは心が折れそうになってしまう。

 だが、すぐに昨日のことを思い出し、豊穣戦隊ファーマーマンのトマレッドこと弘樹を大声で呼び始めた。


「再び参上! とぉーーー!」


「出たな! トマレッドめ!」


「ヒロちゃん!」


 昨日よりも早く、弘樹はトマレッドの格好をしてその場に現れた。

 本当はイネに『ヒロちゃんはやめてくれ!』と言いたかったのだが、もう言っても無駄なような気がしたので、それはやめておいた。

 イネからすれば、いくら成長しても弘樹は死ぬまで子供扱いなのだと。


「またお前か、猪め! まあいい、今日も最低アルバイト代にはなるからな。連日の出撃は、瞳子さんがいい顔をしないが……」


「そうなのか?」


「予算不足らしい」


「まあ、昔からの慣習で、ヒーローと怪人の戦いは週に一回くらいが主流だからな……」


 常にベストな戦いをするため、ヒーローと怪人双方に準備が必要だからという理論であった。

 失った戦闘員たちの補充という仕事もあるし、場合によっては怪人の補充もしなければならない。

 最近では兼業ヒーロー・怪人が大半で、副業とのスケジュール調整も必要なケースが多く、そう頻繁に戦えないのが実情であった。


「俺様の場合、戦闘員たちは周辺の山谷から呼び寄せられる。経済的なのだ。それに、専業というのも大きいな」


 その代わり、あまり無様に負けて逃げ帰るとクビにされるかもというデメリットもあった。

 専業怪人には多くの成果が求められ、あまりに失敗が多いと所属している組織から解雇されるケースもあったからだ。

 ただ、猪マックス・新太郎は正社員待遇なので、そう簡単にクビは切られないという裏の事情も存在していたが。


「とはいえ、怪人が現れたら戦うのがヒーローの役目だ! いくぞ!」


 今日も容赦しないぞと、弘樹は臨戦態勢に入った。


「待て!」


「なんだよ? 猪」


 だが、ここで再び猪マックス・新太郎が戦いを中断してしまった。


「お前、ちゃんと名乗れよ」


「名乗り?」


「そうだよ。ヒーローが登場したら、颯爽と自己紹介をするのが常識じゃないか」


 ヒーローは、登場したら必ず名乗りを挙げる。

 それが常識であり、名乗りを挙げないヒーローなんてヒーローじゃないと、猪マックス・新太郎は半ば説教的に弘樹に注意をした。


「名乗りかぁ……」


「まさか、ないのか?」


 ヒーローなのに、名乗りがないなんて! 

 『そんな奴はあり得ない!』と猪マックス・新太郎の顔に絶望の表情が浮かぶ。


「まさか、名乗りをあげないヒーローと戦うんなんて……」


「そんなにおかしいことか?」


「お前なぁ……怪人の俺様だって、いつも高笑いをしながら悪事を働いているだろうが! そりゃあ、こっそりとやればもっと効率はいいが、それではただの犯罪者だ。怪人は派手に登場して悪事を働く必要があるし、ヒーローもちゃんと名乗りをあげてから戦うのがルールなんだよ」


「ルールなのか?」


「常識なんだが、もはや慣習法のレベルだな。やらなければ反発も大きい」


「そうなのか」


 ヒーローにも色々と決まりがあるのと同じく、怪人にも決まりがある。

 怪人がそれを守っている以上、ヒーロー側もちゃんと決まりを守らなければ意味がないだろうと、猪マックス・新太郎は弘樹に対し強く注意した。


「ヒーローと怪人は戦うが、それにはちゃんと常識、決まり、ルールが適用されるんだ。そこを守らなければ、その辺の兄ちゃん同士の喧嘩となんら変わらないじゃないか」


 敵対していても、お互いに守らなければいけないものがある。

 猪マックス・新太郎は弘樹に対し、さらに強く、まるで諭すように説教をした。


「わかったよ……いや、なくはないんだよ。ちゃんとデビュー前に練習もしたし……」


 司令である瞳子に言われてちゃんと練習はしたのだと、弘樹は猪マックス・新太郎に事情を説明した。


「ちなみに、練習時間分の時給はなかったけどな」


「そうか……」


 いくら予算不足の零細戦隊ヒーローでも、さすがに労働基準法を守らないのはどうよ。

 しかも上は公務員じゃないかと、猪マックス・新太郎はまだ見ぬファーマーマンの司令に対し批判的な感情を持ってしまった。


「あるとわかったからには、ちゃんとやってくれ」


「わかった……名乗りをあげている時に攻撃するなよ?」


「するか! そこで攻撃したら、ルール違反じゃないか!」


 それは一番してはいけないことだと、猪マックス・新太郎は弘樹に対し強く言った。


「それで、最初からやるか?」


「当然だ」


 いきなり自己紹介されたら、話の流れがおかしくなるばかりか、わけがわからないので、そこは最初からやり直すのがベターだと、猪マックス・新太郎は判断していた。


「手抜きはよくないからな」


「わかった、じゃあ頼むぜ」


「任せろ」


 弘樹はその場から離れ、猪マックス・新太郎は再び猪戦闘員たちに対し、イネの大根畑を襲うように命令した。


「猪戦闘員たちよ! この畑の大根をみんな齧ってしまえ!」


「「「「「ブヒッーーー!」」」」」


「なんて酷い連中だべ!」


「あーーーはっはっ! まずはこの大根畑を皮切りに、この村を自然に戻してしまうのだ!」


「待てぃ!」


 猪マックス・新太郎が猪戦闘員たちに対し、二度目の大根畑を襲撃する命令を出した瞬間、それを阻止するかのように声が響いた。


「何奴だ!」


「トマレッド! ……………… ……………… ……………… ……………… 五人揃って! 豊穣戦隊ファーマーマン! 富山のばっちゃんの畑を荒らす悪党め! 許さないぞ! ……あれ? 反応が薄くねえか?」


 せっかく事前に練習していた自己紹介をしたのに、反応が薄い猪マックス・新太郎たちに対し、弘樹は少し不安になってしまった。

 もしかしたら、なにか失敗したのではないかと。


「間違ったかな?」


「いや、間違ったとは違うんだが……最初、お前がトマレッドって言ったあと、随分と間が開いたが、あれはなんなんだ?」


「ああ、あれか。あれは、瞳子さんがなぁ……」


 今は予算不足であり、これからもそれが解消する予定はなかったが、ファーマーマンは戦隊ヒーローである。

 上に出した計画書では、最終的に三~五人のメンバーを揃える予定であった。

 予定は未定で決定ではないので、いつメンバーの増員があるのかは司令である瞳子からもわからないと言われてしまった弘樹ではあったが、それでもメンバーが増えた時に備える必要があるというわけだ。


「だからさ、次の……実は、瞳子さんから他のメンバーの色とか、俺はトマトだから他の野菜や果物だと思うんだけど、どんな仲間が加わるかわからないから、彼らが自己紹介するであろう時間分、今は空いているってことで。うち、三人になるか五人になるか……四人のヒーローってないよな?」


「ああ、縁起が悪いからな。まったくのゼロではないけどな」


「怪人の四天王はどうなんだ?」


「怪人ってのは負のイメージが強いからな。四天王はよくあるんだ」


「なるほどな」


 『四』は『死』に繋がるので縁起が悪いのと、偶数人数だと二つに割れてしまって縁起が悪いという理由から……弘樹は、結婚式の祝儀の金額じゃないだぞとも思ったが……ヒーローの数は一、三、五人が定番。

 ただ、怪人側の四天王はこれもよくある定番だと、猪・マックス・新太郎は説明した。

 そしてヒーローの場合、七人だと数が多すぎて、一人一人にスポットが当たりにくいという理由で五人までが決まりなのだと、猪マックス・新太郎はまだ新人怪人だった頃、先輩の怪人から聞いたことがあったのだ。

 同時に、七人もいると怪人側も相手をするのが大変なので、悪の組織側も七名のヒーローを流行させないよう努力もしていると。


「ファーマーマンは三人かもしれないけど、五人かもしれないから、一応四人分の空き時間を作ってはいる」


 その間を悪の組織に覚えてもらい、自己紹介時の誤認攻撃を防ぐ努力もヒーローには必要。

 弘樹は、司令である瞳子からそのように教わっていた。


「そういうことなのか」


 猪マックス・新太郎は、弘樹の説明を聞いて合点がいった。

 だが、それをそのまま赦すつもりもなかった。


「その『間』はいらんだろう。現実問題として、お前は一人なんだから。そこは、全体の時間配分がおかしくなるから省略しろよ。うちにも都合があって、そうそう予定外の時間はかけられないんだよ。うちは残業は極力避ける方針だからな」


 いくら怪人でも、残業の多い職場は生産性と士気が落ちてしまうからなと、猪・マックス・新太郎は説明した。


「でもよ、俺が一人だけトマレッドって自己紹介して、それからすぐに豊穣戦隊ファーマーマンを名乗ったらおかしくねえ? 戦隊なのに、今の時点で俺は一人だし。他にもメンバーを入れるつもりはあるんですよ、的な意味でさ。他の隊員分、時間を空けておくっていうことで」


「俺様はわかったし、うちの組織の仲間には連絡しておくから、後日俺様以外の怪人が来ても不自然とは言われないから」


「他の悪の組織が来た時、別の奴がそこを指摘するかもしれないじゃないか」


「いやあ、他の悪の組織はこの村に来ないだろう」


 そんな奇特な悪の組織、うちくらいだよなと猪マックス・新太郎は思った。

 彼は初めて北見村に来た時、『この村に悪の組織は必要か?』と本気で思ったくらいなのだから。

 怪人としては中堅のポジションにあり、複数の悪の組織で活動してきた猪マックス・新太郎からすれば、こんな田舎で活動するのは初めてであったから、余計にそう思ったのを覚えている。

 単発仕事で、都心部で活動するヒーローが地方に出かけた時を狙って戦闘を仕掛ける仕事は数回経験していたのだが、こんな田舎の村を本拠地に活動するのは初めてであったからだ。


「それを言ったらおしまいな気もするけど……村の年寄りたち、どうすればこの北見村に若い人たちが住んでくれるのか真剣に悩んでいたし……他の悪の組織が、この村に絶対に来る可能性はなくもないだろう」


「それはそうなんだが……地方の農村部の過疎化は深刻だな」


「そうだな」


 話が脱線して全然関係ない議論を続ける二人であったが、一向に結論は出ず、とりあえず今回はそのままでいいということになった。

 次に戦う前に、それぞれ可能な限り解決策を持ち寄るという結論に至ったわけだ。

 それよりも、今は戦闘が最優先だと。


「まあいい。昨日は思わぬ不覚を取ったが、この猪マックス・新太郎! 怪人デビューよりこれまで、多くのヒーローたちを倒してきた身だ。俺様の突進をまともに食らえば、例えヒーローでも体中の骨が砕けてしまう。逆に、俺様の体はとても頑丈で、十トントラックがぶつかっても無傷だ。見るがいい!」


 猪マックス・新太郎が畑の脇に植えてある木に軽くタックルをすると、その木は粉々に砕けてしまった。


「ふう……今の俺様は最強の存在! 俺様の死のタックルを食らって、体中の骨がバラバラに砕けるがいい!」


 次に猪マックス・新太郎は、弘樹を目指して全力で突進を開始した。

 巨木ですら易々と砕いてしまう猪マックス・新太郎に対し、弘樹はどう対応するのか……その答えを彼はすぐに弾き出した。


「『トマレッドカカト落とし』!」


 至近まで迫った猪マックス・新太郎の脳天に、弘樹は無造作に振りあげた右足をそのまま振り下ろした。

 とてもヒーローの必殺技とは思えないが、高速で振り下ろされた弘樹による踵からの一撃を食らった猪マックス・新太郎は、なにかを考える暇もなくその意識を刈り取られてしまった。

 昨日に続き、今日も猪マックス・新太郎は、トマレッドに敗れた。

 それも、まったく彼にに歯が立たないという内容でだ。


「「「「「ブヒっーーー!」」」」」


「気絶しただけだろう? こいつ、本当に弱いな。頑丈なのは確かだけどな」


 その巨体と、極限まで盛り上がった筋肉がまったく戦闘の役に立っていない。

 むしろ、過剰な筋肉のせいでスピードが落ちてしまい、戦闘の邪魔なのではないかと思ってしまう弘樹であった。

 ただ、弘樹の攻撃で気絶はしても、怪我をしたようには見えない。 

 彼の言うとおり、体が頑強なのは事実であった。


「「「「「ブヒっ!」」」」」


 猪戦闘員たちは、一斉に意識を失って倒れた猪マックス・新太郎の下へと駆け寄った。


「案外慕われているんだな。猪」


 傍から見ると、意識を失った猪マックス・新太郎が猪たちに囲まれて食べられているようにも見えなくはないと弘樹は思ったが。


「連日の戦闘で疲れたし、お前ら、とっととその猪を連れて戻れよ」


「「「「「ブヒ?」」」」」


「いや、ここでトドメを刺すほど俺も鬼畜じゃねえし、うちってそういう戦隊じゃないような気がするんだよなぁ」


 別に、この猪怪人を倒したところで、時給が上がるわけでも、ボーナスが出るわけでもない。

 弘樹はアルバイトヒーローのため、そこまでやる気に満ち溢れているわけでもない。

 非正規職の士気の低下は、どの業界でも共通した悩みであった。


「「「「「ブヒっ!」」」」」


「なにを言ってんのかわからないが、次があったらちゃんと戦うって」


「「「「「ブヒっ!」」」」」


 弘樹の言い分を聞いて安心したのか。

 猪戦闘員たちは、気絶したままの猪マックス・新太郎を背中に乗せると、山の奥にあると思われる悪の組織のアジトまで走り去っていった。


「さあて、もう戻るかな」


「ヒロちゃん、今日も大根いるだか?」


「ありがとう、富山のばっちゃん」


「今日は被害がなかったから、お礼だべ」


「昨日の大根、猪の肉と煮てもらったら美味しかったな」


「それはよかったべな。彩実ちゃん、いい嫁さんになるべ。よかったな、ヒロちゃん」


「えっ? 俺と彩実はそんな関係じゃないって」


「そんなのわかんねえべ。オラと亡くなった爺さんも、昔はヒロちゃんと彩実ちゃんみたいな感じだったんだから」


「そういうのはよくわからないな」


「そのうちわかるって。はよ彩実ちゃんのところに帰り」


 突如、平和な北見村に連続して出現した悪の組織『宇宙自然保護同盟』の怪人猪マックス・新太郎であったが、無事豊穣戦隊ファーマーマンのリーダートマレッドによって撃退された。

 だが、彼らの悪事がこれで途切れることなどあり得ない。

 これからも、手を変え品を変え、北見村に害を成そうとするであろう。


 戦え、ファーマーマン!

 頑張れ、トマレッド!

 いつの日か、『宇宙自然保護同盟』を殲滅するその日まで。




「……いや、せっかくこの北見村に出現した悪の組織だ。下手に全滅させて存在意義のなくなったファーマーマンは解散、とかなったら目も当てられない。生かさず殺さず、上手くやってくれ」


「えーーーっ、それを俺に言うんですか?」


「やりすぎなければいいのだ」


 ところが本日のアルバイト終了後、事後報告をした弘樹に対し、司令の瞳子はいきなりやる気を削ぐ命令を弘樹に対し出したのであった。


 ちなみに世間では、こういうのを出来レースと呼ぶ。

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