農林水産省佐城支部北見村出張所所属、豊穣戦隊ファーマーマン~揃えろ戦隊ヒーロー 村の平和は俺が守る!~

Y.A

第1話 一人ボッチの戦隊ヒーロー

 この世界は、ありとあらゆる次元に数多ある世界の中の一つである。

 そこは、我々が知る世界とそれほどの違いはないが、唯一大きな違いがあるとすれば、我々が子供の頃にテレビで見たヒーローと怪人・悪の組織が実際に活動する世界、という点であろうか。

 世界中に数多のヒーローと怪人が実在し、時を経るごとにその数が増し、現在ではまるでヒーロー・怪人戦国時代の様相をていしていた。


 そしてこの世界の人々は、それを日常の風景だと認識している。


 そんな世界において今、ヒーローになったばかりの少年が存在した。

 これから、そんな彼の活躍? を見ていこうと思う。



 ここは平成時代の日本。

 佐城県の山奥、過疎化が進む山奥の農村において、突如出現した怪人が罪もなき善良な人々に害を成そうとしていた。



「あーーーっ、はっはっ! これは随分と美味そうな大根じゃないか!」


「おめえら! オラが丹精込めて育てた大根になにするだ!」


「決まっているじゃないか! 全部食ってやるんだよ! ちょうど腹が減っていたから残らず貪り食ってやるぜ!」


「なんて酷い怪人だべ! この人でなしが!」


「俺様たちは人間じゃなくて怪人だからな! 怪人が悪さをして当たり前、それのなにがおかしい? ババアは大人しく大根を食われてな」


「「「「「ブヒッ! ブヒッ!」」」」」


 佐城県北見村で有名な特産品といえば大根であり、この村で六十年以上も大根を作り続けている大根農家富山イネ(七十八歳、未亡人)が、丹精込めて育てた大根を収穫しようと畑に向かうと、なんと彼女よりも先に、猪の怪人と戦闘員たちが大根畑を荒らしていた。


「俺様は、北見山を拠点とする悪の組織『宇宙自然保護同盟』の怪人『猪(いの)マックス・新太郎』だ。よく聞けババア。お前たち人間こそが、開発により我々の生活圏を脅かしたのだぞ。それを元の自然に戻してなにが悪いというのだ!」


「亡くなった爺ちゃんが残した畑を荒らすなんて、とんでもねえ悪党じゃ!」


 畑と農作物を荒らす奴は悪党。

 この北見村に生まれ、物心つく頃から大根栽培に関わってきたイネにとり、畑を荒らす者以上の悪党は存在しなかった。

 殺人や強盗の方がはるかに重罪に思えるが、この北見村においてその手の重犯罪は半世紀上も発生しておらず、つまり畑を荒らすことこそが、この村では一番の重罪というわけだ。


「我々が大根を貪り食い、荒らした畑は自然に戻るのみ。ビューティー総統閣下もさぞやお喜びであろう。さあ、戦闘員たちよ! 大根を貪り食ってしまえ」


「「「「「ブヒッ! ブヒッ!」」」」」


 怪人の命令を受けた戦闘員たちは、競うように畑に植わった大根を掘り出して食べ始めた。

 戦闘員といっても、怪人猪・マックス・新太郎が力で従わせた近隣の山々に住む野生の猪たちであったが、そこを気にしてはいけない。

 彼は猪の怪人であり、猪たちを従えるのは不自然なことではなかったからだ。


「やめてくんろーーー!」


「あーーーはっは! 愉快愉快っ! 最高の気分だぜ」


「こんの! 悪党めが!」


「怪人が悪党と呼ばれる。まさに本懐! 最高の気分だぜ!」


 イネから罵声を浴びせられても、猪マックス・新太郎は堪えるどころか、逆に怪人として本懐だと大喜びしていた。

 懸命に育てた大根を食べられてしまっても、怪人たちに対し無力なイネはただ悲鳴をあげることしかできなかった。


「誰かぁーーー! 駐在さぁーーーん!」


「あっーーーはっは! 警察ごときが怪人に勝てるはずがないだろうが! 我らに対抗できるのはヒーローのみだ! だが、我々は知っているぞ! この過疎の村にヒーローなんていないことをな!」


 怪人には強力無比な者が多く、警察では歯が立たなかった。

 ましてや、この村の駐在はもう定年が近く、体力的にも怪人に対抗するには難しい年齢である。

 怪人に対抗可能な自衛隊はそう簡単に出動できず、そのためこの世界には多くのヒーローが存在している。

 ところが現在人口千五百人ほどで過疎化が進むこの村に、怪人と戦えるヒーローは一人も存在しなかった。


「俺様たちが所属する『宇宙自然保護同盟』を率いるビューティー総統閣下、先見の明であるな! この北見村において我らは無敵! この地を自然に戻してやるのだ!」


「そんなぁ……この世に正義は存在しないだか……」


「そんなに世の中甘くないわ! 戦闘員ども! この畑の大根を全部食べてしまえ!」


 怪人猪マックス・新太郎は、率いている猪たちに畑の大根をすべて食べてしまえと命令した。


「ブヒーーーッ! ブヒッ!」


「なに? そんなに一杯食べられないだと?」


 現在、猪マックス・新太郎が率いてきた猪戦闘員は五匹のみ。

 自分たちだけで、この畑すべての大根をすべて食べるのは難しいと、猪戦闘員その3から指摘されてしまったのだ。

 さらに猪戦闘員その3は、実は雌で、密かにダイエット中でもある。


「無理に全部食べる必要などない! 全部掘り出してひと口だけ食え! 商品価値が落ちて売り物にならなくなるわ!」


「この人でなしが! 食べ物を粗末にすると罰が当たるだぞ!」


 古くから続く日本人が持つ価値観に従い、イネは食べ物を粗末にするようにと部下に命じる猪マックス・新太郎に強く抗議した。

 食べ物を粗末にすると、神様の罰が当たるぞと。


「罰? 当てられるものから当ててみやがれ。ヒーローがいないと憐れよなぁ……「待てい!」」


 猪マックス・新太郎が高笑いをしていると、それを遮るような呼び声が聞こえた。

 このタイミングでこの声、猪・マックス・新太郎は『まさか!』という思いに駆られる。

 この北見村に、まさかヒーローが存在したのかと。


「何奴だ? どこにいる?」


 いないはずのヒーローがいたというある種の驚きと、いたらいたでヒーローと戦えるという、怪人独特の期待感が織り混じった声で、猪マックス・新太郎は声の主を探し始めた。


「ここだぁ! 俺はここにいるぞ!」


 猪マックス・新太郎が声が聞こえた方を向くと、大根畑を見渡せる小高い丘の上に一人の男が立っていた。

 素顔を覆い隠す真っ赤なヘルメットと、全身に纏った真っ赤なスーツ。

 彼こそ、イネが待ち望んでいた怪人を倒せる者、ヒーローその人であった。


「この村にヒーローはいないはず……貴様、何者だ?」


「悪党に語る名はないが、今日はめでたいヒーローデビューの日なので特別に教えてやろう。俺こそは、農林水産省佐城支部北見村出張所所属、豊穣戦隊ファーマーマンのリーダートマレッドだ! 亡くなった富山のじっちゃんが残した畑を今も守り続けるのばっちゃんが、丹精込めて育てた大根を台無しにする悪党ども! このトマレッドが成敗してやる!」


 トマレッドを名乗るヒーローは言上を述べながら決めポーズを取ったが、肝心の猪マックス・新太郎たちの反応は薄かった。


「ふっ、所詮はヒーローがいない場所で悪事を試みる三流悪の組織、ヒーローである俺を見て恐れをなしたか」


 トマレッドは、猪マックス・新太郎たちを鼻で笑った。

 所詮は、ヒーローとの直接対決を怖れ、ヒーローがいない場所で悪事を働くしか能がない卑怯で惰弱な連中だと。


「いや、それはない」


「「「「「ブヒーーーツ!」」」」」


 だが、トマレッドの考えは、猪マックス・新太郎たちによって即座に否定されてしまう。


「怪人はヒーローと戦うのが宿命だ。戦いに恐れなど抱かない。だが、俺様はお前に対して大きな疑問があるのだ。それを解決しないことには、ついモヤモヤしてしまって全力で戦えないというわけだ」


 例え怪人でも、悩みがあれば全力で戦えない。

 猪マックス・新太郎は、トマレッドに己の考えを伝えた。


「疑問? よかろう。その疑問とやらのせいで動きが鈍ったため、俺に負けてしまったなんてあとで言われたら困るからな。答えられる質問には答えよう」


 今日がデビュー戦のため、トマレッドは勝利を、それもケチのつかない勝利に拘っていた。

 そのため彼は、戦いの前に質問タイムを設けた。

 問題があれば、それは的確に対処されるべきだと思ったからだ。


「その件に関しては礼を言おう」


 自分たちの希望どおり、質問時間を設けてくれたトマレッドに対し素直にお礼を言う猪マックス・新太郎。

 見た目からは想像つかないほど常識的な怪人なのだと、トマレッドは思った。

 彼はベテラン怪人であり、ヒーローとの戦っている時以外は極めて常識的な人物でもあった。

 要するに、プライベートと仕事をきっちりと分けるタイプなのだ。


「お前は、農林水産省のヒーローなのか?」


「そうだ! 豊穣戦隊ファーマーマンだ!」


「いや、それはいいから。もうわかったし」


「「「「「ブヒッ!」」」」」


 話が進まなくなるからと、猪マックス・新太郎たちはトマレッドの無意味な名乗りを止めた。


「警察とか、自衛隊とか、警備会社のじゃなくてか?」


「ああ、俺のスポンサーは農林水産省さ」


 この世界にヒーローが出現してから七十年ほど。

 初期のヒーローは個人単位での活動が多く、活動資金もヒーロー個人の持ち出しだったり、金持ちのパトロンが密かに支援したりしていた。

 ところがそれでは、高度成長期の影響で爆発的に増加した悪の組織に対応できず、警察、自衛隊に雇われたり、協力関係となって活動資金を支援されるヒーローが徐々に増えていく。

 他にも、警備会社が宣伝目的でヒーローとスポンサー契約を結んだり、地方自治体が治安維持を目的に活動費用を補てんしたりと。

 ピンキリではあるが、この世界には様々な資金源を持つヒーローが溢れていた。

 だが、農林水産省がヒーローを雇うなど、猪マックス・新太郎も初めて聞いたのだ。


「農林水産省に、ヒーローなんて必要か?」


 猪マックス・新太郎は、素朴な疑問をトマレッドにぶつけた。

 その疑問が解決しないことには、つい気になって、戦闘になっても集中できないような気がしたからだ。


「図らずも、今必要になった! 畑を荒らす怪人め!」


「そう言われるとそうだな……」


 自分たちみたいなのがいるからなのかと、猪マックス・新太郎は妙に納得してしまった。


「農林水産省のヒーロー計画は、実はバブル崩壊前からあると瞳子さんが言っていたがな。ちなみに、瞳子さんは俺の担当上司だ」


 トマレッドというか、豊穣戦隊ファーマーマンの司令は女性なのかと、猪マックス・新太郎は思った。

 それに文句などないが、これも時代の流れなのかと。

 これまでの戦隊ヒーローの司令は、ほぼ男性だったからだ。


「バブルの頃は金があったらしいから、農林水産省がそんな計画を立てていても不思議ではないな」


「実行に移す前に、バブルは崩壊したそうだが」


「その頃に誕生した多くのヒーローと悪の組織だが、今ではほとんど残っていないと聞くからな」


 バブル時代、本来ヒーローや悪の組織とあまり関係がない組織や会社も、その潤沢な資金源を背景に、まるで芸術活動やスポーツ選手に支援するがごとくヒーローと悪の組織に大金を出した。

 その支援の額も世相を反映してか、今では信じられない額であったと猪マックス・新太郎は聞いている。


「俺もそんな話を聞いたことがある。浮世離れしすぎた話で、いまいち実感はないけどな」


 猪マックス・新太郎はその頃を経験していない怪人だが、前に古い先輩怪人たちから聞いたことがあった。

 『バブル経済』。

 この時代のヒーローと怪人がいかに景気がよく、日本各地で激しい戦いを繰り広げてきたのかを。

 極端な人手不足のため、ヒーロー・怪人特性がある者はほぼ全員ヒーロー、怪人として活動していたと聞く。

 給料、ボーナスは天井知らず、経費はなんでも認められ、その先輩怪人も高級外車の他にセカンドカーとして国産高級車も所持し、私的に使った費用の領収書ですら簡単に落ち、タクシーチケットも無条件で使えたという。

 さらに、年末に行われた忘年会の特等景品は、限定高級ブランド品と世界一周旅行だったそうだ。

 そんな景気のいい時代だったので、大企業も積極的にヒーローのスポンサーとなり、地方自治体も競ってヒーローを好待遇で抱え込んだ。

 怪人もそれに比例して増加したが、数が増えたということは質も低下したということだ。

 バブル崩壊後、能力不足と判断された多くの怪人とヒーローがリストラされ、ヒーロー・怪人バブルは終焉を迎える。

 特性があるだけではヒーロー・怪人としては生活できず、一般社会で働く者たちも増えた。

 最近では、極端に悪い待遇で働くヒーロー・怪人が増加し、非正規化、ワープア化していると社会問題化したほどだ。

 年を取ったヒーロー・怪人が困窮して生活保護を受けている。

 それもかなり有名だったヒーローや怪人が、などというテレビ番組が放送されたりもして、世間から大きな反響を得ることもあった。


 そんな状態でも、やはりヒーローは若い人の憧れだ。

 光あれば影もあるで、同じく怪人を目指す者も多い。

 むしろ、人生の一発逆転を夢見て希望者はバブル崩壊直後よりも増えていたほどだ。

 そんなわけで、夢を見て新しいヒーローや怪人としてデビューする若者は多かったが、現代のヒーローは一部スターが稼ぎ、残りは漏れなくワープアというのが現実だ。

 兼業者も珍しくないというか、ヒーロー・怪人の八割以上が兼業というデータもある。

 専業でも、ギリギリの生活を強いられている者が多い。

 その代わりというか、一部トップレベルのヒーローと怪人は年収が億を超えるなんてことも珍しくなかったが。 

 猪マックス・新太郎は、まだ若いトマレッドを見て、怪人になったばかり頃の自分を思い出してしまった。


「バブル時にヒーロー計画を立てるも、バブル崩壊後の予算不足で凍結。今になって復活か。世知辛い話だ」


「なぜ復活したのかは、瞳子さんも教えてくれなかった。俺もまだ高校生だからな」


「えっ! 高校生なのか? お前!」


 トマレッドは赤いヘルメットで顔を隠していたため、猪マックス・新太郎はその声で若者だと判断していたが、まさか高校生とは思わなかった。

 普通、ヒーローは学校を卒業してからなるものだからだ。


「勤労学生なんだ」


「そうか、大変なんだな……お前の所属はわかった。それで、お前は戦隊ヒーローだよな?」


「豊穣戦隊ファーマーマンだ!」


「そんなに大きな声で言わなくてもわかるから」


「「「「「ブヒッ! ブヒッ!」」」」」


 念のため、トマレッドはもう一度ポーズ込みで自己紹介をしたが、必要ないと猪マックス・新太郎たちから指摘されてしまった。


「もっとも、命名では相当揉めたらしいが」


「そうなのか」


「農林水産省の戦隊ヒーローだからな。だが、豊漁戦隊の方がいいんじゃないかと、旧水産庁OBが口を出し、それに旧農林省の連中も対抗して、命名で散々揉めたと瞳子さんが言っていた。しょうもないプライドにこだわるジジイどもウザイって。いまだに出身母体同士で生産性皆無のくだらない主導権争いをしている。だから、役人は嫌われるんだとさ」


「そうなのか……」


 農林省と水産庁が統合して十五年ほど。

 いまだ両者の隔たりは大きく、派閥争いも激しい。

 それを聞くと、いかにもお役所だなと猪マックス・新太郎は思ってしまう。


「ただ、この北見村には海がないからな。散々揉めてようやく豊穣戦隊になったそうだ」


「なるほど」


 世の中には、無駄に口ばかり出す奴が多い。

 怪人の世界にもそういう者は一定数存在し、ヒーローの世界も同じように大変なんだなと、猪マックス・新太郎は思ってしまうのだ。 


「ファーマーって、農民戦隊って意味だよな?」


「これも、上にいる堅物なオッサンやジジイどもには、わかりやすい名前の方が書類も通りやすいと瞳子さんが。あいつらバカだからって」


「お前の上司、もの凄い毒舌だな!」


 怪人である猪マックス・新太郎は、いまだ会ったことはないが、トマレッドの上司瞳子の言動に驚きを隠せなかった。

 曲がりなりにも、国家公務員たちをバカ扱いするなんて。


「見ればわかるが、お前がリーダーで赤。トマレッドということはトマトから?」


「そうだ」


 猪マックス・新太郎は、野菜の戦隊ヒーローなんて初めてだと思うのと同時に、農林水産省だからアリなのかとも思ってしまった。


「俺も色々と思わないでもないが……野菜や果物から名前を取ることが決まり、トマレッド、パプリカレッド、アッポーレッドの中から選べと言われたら、比較的マシなトマレッドかなと思ったわけだ」


「確かに、アッポーレッドはないよな」


「だろう?」


 同時に、どれを選んでもそんなに変わらなそうな気がしてくる、猪マックス・新太郎であったが。


「アホレッドに似ているからな。それはないと即答した」


 もし自分なら、そんな名前のヒーローは絶対に嫌だと、猪マックス・新太郎も思った。


「悪意ある人はわざとそう呼ぶパターンがあるかもな」


「今のネット社会、警戒はしておくべきだ」


 敵ながら、ヒーローも大変だなと猪マックス・新太郎は再び思ってしまった。

 同時に、怪人もヒーローも出資者スポンサーの業からは逃れられないのだと。

 それでいて、世間からの批判にも備えないといけないのだから。


「お前がリーダーなのはわかった。それで、他のメンバーは?」


「いない!」


 トマレッドは、力強く仲間の存在を否定した。


「それはおかしくないか? お前、戦隊ヒーローだろう? 常識的に言えば、戦隊ヒーローは三人から五人で構成されるものだぞ。一人はおかしい」


「「「「「ブヒッ! ブヒッ!」」」」」


「ほら、猪戦闘員たちも『おかしい!』と言っているぞ」


 絶対そうと決まっているわけではないし、法律に書かれているわけでもない。

 それでもこれは常識だと、猪マックス・新太郎は思っていた。

 他のどのヒーローや怪人に尋ねても、みんなそれが常識だと答えるであろうとも。


「俺は所詮アルバイトの下っ端、詳しい事情がわからないが、瞳子さんが言うには予算不足だそうだ」


「前代未聞な戦隊ヒーローだな」


 戦隊を名乗っておきながら、予算不足でメンバーが一人しかいないとは。

 そんな酷い話は初めて聞いたと、猪マックス・新太郎は思った。


「単体でやるなら、〇〇〇〇マンとか、それっぽい名前を付ければよくないか?」


「これも瞳子さんから聞いたのだが、最初に戦隊ヒーローにすると言って書類を出してしまったため、計画が一旦凍結したとしても、直すのには膨大な手続きが必要で、とにかく面倒だそうだ」


 お役所は一旦決めたことを変えたがらないのだと、トマレッドは瞳子から聞いていた。

 とにかく、融通が利かないのがお役所なのだと。


「本当にお役所らしいな。いかにもお役所仕事というか……」


「それに、状況によっては人員の追加もあり得ると。もっとも瞳子さんに言わせると、役人の『計画がある』『善処します』はあてにならないそうだが」


「駄目じゃないか」


「だが、0パーセントではないらしい」


 つまり、暫くは一人なんだなと、猪マックス・新太郎もそれだけは理解できた。


「どうだ? 近いうちに仲間が加わる予定はあるのか?」


「さあ? 瞳子さんは『予算がない』の一点張りだからな」


 ヒーローでも怪人でも、先立つものがなければ動けない。

 それだけは確かなのかと、猪マックス・新太郎も理解はしていた。

 ただ、戦隊ヒーローのはずなのにメンバーは一人で、人員追加の予定は暫くなし。

 しかも、その一人は高校生でアルバイトだというのだから驚くしかない。

 非正規待遇のヒーローと怪人は増え続けており、猪マックス・新太郎も知り合いの同業者からの話で、パート・アルバイトのヒーロー・怪人が出始めたという話は聞いていた。

 だが、実際に会ったのは今日が初めてだったのだ。


「(可哀想とは思うが……)」


 自分と戦闘員たちで、一人しかいないヒーローを袋叩きにする。

 罪悪感を覚えなくもないが、相手は昔から散々戦ってきたヒーローだ。

 ここで情けは無用、早速彼を倒してビューティー総統閣下への手土産とさせてもらおうと決意する。

 怪人とて、組織に所属している以上、そこで出世するには功績も必要なのだと。


「色々と答えてもらって悪かったな。だが、例えお前が一人でも俺様たちは容赦しない! なぜなら、お前がヒーローだからだ! ヒーローと怪人は戦うもの、覚悟するのだな!」


「たとえ一人でも、ファーマーマンは負けない!」


「あーーーっ!」


 質問タイムと会話が終わり、いよいよ戦闘開始というその時、突然これまで静かにしていたイネが大きな声をあげた。


「あんた! ヒロちゃんでねえだか?」


「ヒロちゃん?」


 『ヒロちゃんて誰だよ!』と思うのと同時に、大切な勝負の邪魔をするなよと、猪マックス・新太郎はイネに対し心の中で悪態をついた。

 ヒーローと怪人にとって戦いほど神聖なものはないのだから、それを邪魔するなというわけだ。


「富山のばっちゃん、今は仕事だからさぁ」


「そらぁすまねえなぁ。昔はあんなに小さかったヒロちゃんも大きなって」


「富山のばっちゃん、俺ももう高校生だからさ」


「そうだか。終わったら、大根持って帰れよ」


「ありがとう、富山のばっちゃん。すまないな、猪マックス。こんな狭い村なので知り合いが多いんだ」


「そうなのか……」


 『確かに、ここは田舎だしなぁ……』と、猪マックス・新太郎は思った。

 同時に、高校生のアルバイトヒーローだから、当然地元の人間だよなと妙に納得もしてしまう。

 こんな田舎では、他所からアルバイトに来るにしても相当な手間だからだ。

 第一彼は高校生で、それでも原付で通勤すれば大丈夫かとも思ったが、予算不足と聞いたので交通費を出したがらないかもしれない。

 猪・マックス・新太郎は、つい余計な想像をしてしまった。


「では、始めるとしよう」


「望むところだ! 猪マックス!」


「ヒロくぅ~~~ん!」


「今度はなんだぁ?」


 ところが、再び勝負を中断されてしまった。

 今度はイネの声ではなく、若い女性の声だ。

 猪マックス・新太郎が声の主を確認すると、それはポニーテールがよく似合う制服姿の女子高生であった。

 しかもなかなかの美少女だと、猪マックス・新太郎は思った。

 胸はそんなにないと確認してしまうところは、彼も普通に男性とでも言うべきか。


「ヒロ君、今夜の夕食はなににしようか?」


「彩実、俺は今ヒーローデビュー戦の最中なんだぞ。富山のばっちゃんの畑を荒らす怪人と戦うんだ。あとにしてくれ」


「そうなんだ。ヒロ君もようやくヒーローデビューなんだね。でもさ、私も夕食の準備があるから。なにが食べたいのか教えてよ」


「なんでもいいよ」


「その『なんでもいい』は、毎日料理を作る身としては一番困るのよねぇ……ヒロ君なりの希望を言ってちょうだいよ」


 彩実という名の女子高生の苦情を聞き、猪マックス・新太郎は自分もたまに奥さんから同じようなことを言われているのを思い出してしまった。

 料理を作ってくれている奥さんのためにちゃんと答えようとは思うのだが、やはりいざ急に聞かれると、なにが食べたいのか具体的に答えにくいのも事実。

 この世の一緒に料理を食べる仲にある男女が抱える共通の悩みだなと、猪マックス・新太郎は思った。


「カレーは?」


「ヒロ君、なにかあるとすぐにカレーって言うんだから」


「カレー、美味しいじゃないか」


「カレーは、一昨日作ったじゃないの」


「そういえばそうだったな」


 そういえば、自分もメニューが思い浮かばないとすぐにカレーと言って、奥さんに呆れられているなと、ヒーローも怪人もそう変わらないんだなと、猪マックス・新太郎は妙に納得してしまう。

 ちなみに、猪マックス・新太郎の家でも一昨日はカレーだった。


「おい、トマレッド。お前は赤なんだからカレーはほどほどにしておけ」


「そんなの関係あるのか?」


「あるんだよ」


 昔に一世を風靡したとあるヒーローの影響からか、戦隊ヒーローの黄色担当にはカレー好きが多かった。

 古いヒーローや怪人にはそれを定番だと思っている者も多く、もしそういうヒーローや怪人が今の発言を聞いたら説教されるぞと、この業界では先輩である猪マックス・新太郎はトマレッドに注意した。


「ベテランのヒーローや怪人には、そういう決まりや定番にうるさいのが一定数いるんだよ。この業界でやっていくのであれば、それは覚えておけ」


 相手はヒーローでも新人だ。

 このくらいは教えておいてやるかと、猪マックス・新太郎は思った。


「わざわざご丁寧にありがとうございます」


「俺も若手の方だが、それなりに経験もあるからな」


 丁寧にお礼を言う彩実を見た猪マックス・新太郎は、少しだけ高校生時代を思い出した。

 そういえば、妻と知り合ったのはちょうどこのくらいの年齢の時かと。


「それでヒロ君、夕食は決まった?」


「じゃあ、こいつ倒したら富山のばっちゃんが大根くれるから、それを使った料理で」


「本当? 最近、お野菜も高いから助かったわ」


「彩実ちゃんも大きくなっただな。オラも年を取るわけだ。急ぐんなら、ちょっと待ってろ」


 イネは、大根畑から何本か大根を抜いて彩実という少女に渡した。


「ありがとう、富山のばっちゃん。おでんにしようかしら?」


「それはいいな。俺、おでんの大根好き」


「私も」


「じゃあ、今夜はおでんだな」


「そうするね」


「コラッ!」


 放置しておくといつまでも話をしていそうなので、猪マックス・新太郎はわざと怒って三人の会話を止めた。


「今気がついたんだが、お前ら高校生同士で同棲でもしているのか? 不純だぞ!」


「えっ? 怒るところはそれか?」


「そういうことは、せめて高校を卒業してからにしなさい」


 猪マックス・新太郎、怪人ではあるが男女関係においては意外と常識的であった。

 怪人として悪事は働くが、普段は極めて普通に暮らしているからだ。


「同棲って……また話すと長くなるけど……」


「聞こうではないか。気になって勝負に集中できない」


 気になることがあると、勝負に集中できない。

 比較的ベテランで実力も相応にある猪マックス・新太郎であったが、それだけが唯一の欠点ともいえた。


「だから、俺と彩実は幼馴染で……」


 トマレッドこと赤川弘樹の両親は、いわゆる転勤族であった。

 彼が小学校に上がる前までは転勤の度に各都市部を転々としていたのだが、両親の海外勤務を転機として、弘樹だけ母の故郷であるこの北見村に定住することとなったのだ。

 彼が住んでいる場所は母方の祖父母の家で、彼が物心ついた頃には祖母は他界しており、祖父も現在長期間家を出ており、彼は一人で生活していた。

 比較的高収入な両親からの仕送りはあったが、日々の食事の支度や掃除洗濯などをどうしようかという問題になった時、隣に住む姫野家が協力してくれることになった。


「彩実のお母さんと俺のお袋が幼馴染同士で仲がよくてな。食事を作ってもらったり、洗濯をしてもらったりしている」


「そうなのか」


 両親が滅多に家に帰らない。

 そんな経験がなかった猪マックス・新太郎は、少しトマレッドに同情してしまった。


「あれ? じゃあ、なぜその娘が夕食の支度を?」


「このところ、お母さんも忙しいから! 他意はないから!」


「ふーーーん、そうか」


 姫野家は、専業農家の祖父母、兼業農家でJA職員の父、主婦兼農業手伝いの母、彩実、中学一年生の弟雄二という家族構成になっている。

 農繁期には母親の仕事が増えるので、今では彩実が食事の支度をすることが多くなっていた。

 なんということもない理由だが、彩実の少しだけ紅潮した顔と上ずった声を聞いて、猪マックス・新太郎は理解した。

 彩実という少女はトマレッドが好きなので、彼の食事の支度はなるべく自分がしたいのだと。

 青春だなと思いつつも、彼はあえてそれを口にしなかった。


「なるほど。さて、これでもう邪魔者は現れないよな? 勝負を再開だ!」


「望むところだ!」


 三度、トマレッドと猪マックス・新太郎は対峙する。


「怪人の定番技だ! 行け! 我が戦闘員たちよ!」


「戦闘員? 猪が?」


「俺様は猪の怪人! 山野にいる野生の猪たちを支配下に置き、自在に操ることが可能なのだ! 猪は凶暴な獣、舐めてかかると痛い目を見るぞ。行け!」


 猪マックス・新太郎の命令で、五匹の猪たちが一斉にトマレッドを襲う。


「ヒロ君!」


「ヒロちゃん!」


 彩実とイネが心配のあまり大声を出してしまうが、それは杞憂のようだ。


「ふん! 前座にもならないな!」


 トマレッドは大振りの回し蹴りを駆使し、猪たちをまったく近寄らせないまま五匹同時にその意識を刈り取ってしまう。

 直接蹴りで打撃を与えるのではなく、回し蹴りで発生した衝撃波によって猪たちを瞬時に気絶させてしまったのだ。

 地面に倒れた猪たちは、ピクリとも動かなくなった。


「これぞ、トマレッドショックウェーブだ」


「やるな」


 猪戦闘員たちを一瞬で倒したトマレッドを見て、猪マックス・新太郎は新人ヒーローとしてはあり得ない強さだと、警戒感を露にした。

 単独で、アルバイトヒーローだからといって油断できる相手ではないと。


「本当はビビっているんじゃないのか?」


「バカなことを言う。俺様たち怪人はいつも戦闘員たちを前座として用いるが、彼らがヒーローを倒したことなど一度もない。本命はこの俺様さ」


「じゃあ、戦闘員いらないよね……」


 猪マックス・新太郎の説明を聞いた彩実が、思わずツッコミを入れてしまう。


「ヒーローの実力を探るのに使うんだよ! 素人は黙ってろ!」


「そんなことをして、猪が可哀想じゃないの!」


「お前らだって、害獣駆除とかいって猪を狩ってるじゃないか! お前らの方がよっぽど残酷だ!」


「でも、今はちゃんと全部解体して食肉にしているから」


 最近、猪、鹿、穴熊、ハクビシンなど害獣被害が多い北見村では、駆除した害獣を解体し、ジビエ肉として販売したり、ふるさと納税の返礼品として利用していた。

 無駄な殺生ではないと、彩実は強く主張する。


「食えばいいってもんじゃねえだろうが!」


「あーーー、はいはい。双方、言い争いはやめるように。じゃあ、一対一で始めるか」


 トマレッドは、猪マックス・新太郎と彩実の言い争いを止めた。

 この手の討論は永遠に答えが出ないものだと、彼も理解していたからだ。


「よかろう。宇宙自然保護同盟四天王の一人である、この俺様を倒せるかな?」


「倒せるさ!」


 トマレッドと猪マックス・新太郎。

 二人は対峙しながら、お互いの隙を探り始めた。


「しかしながら、お前には悪いことしたな」


「なんだ? 急に」


「せっかく色々と答えてもらったのに、今日お前は俺様に倒されてしまうのだからな! 俺様の突撃を食らって無事な奴なんていねえ。体の骨がバラバラになる……あがっ!」


 猪の怪人らしくトマレッドに向かって突進を開始した猪マックス・新太郎であったが、すぐになにも喋れなくなってしまった。

 なぜなら、無造作に彼の正面から接近したトマレッドのグーパンチにより、一瞬で意識を刈り取られ、気絶してしまったからだ。


「なんだ、すげえ弱いな。マジで四天王? 四天王、実は四十人くらいいるんじゃねえの?」


 なんだ、あっけない。

 手ごたえすらないと、トマレッドは思った。


「ヒロ君、こういう時って必殺技を使うんじゃないの?」


 気絶した猪マックス・新太郎を見下ろしながら、彩実がトマレッドに質問をする。


「必殺技ねぇ……色々と考えたんだけど、接近して殴った方が早いし、いまいちいいのが思いつかなくてな。また今度ということで」


「そうなんだ。ヒロ君、帰ろうよ」


「その前に……来た!」


「おーーーい! 随分と大きな猪が五頭か。やるじゃないか、ヒロ」


 そこに平均年齢六十八歳、北見村猟友会に所属するハンターたち(普段は農家)が軽トラに乗って姿を見せ、トマレッドが気絶させた猪たちの手足を縛ってから、軽トラの荷台に積み始める。

 彼らも村の住民たちであり、トマレッドこと弘樹の知り合いばかりであった。


「ヒロ、役所に申請しておくから、あとで害獣駆除補償金を受け取れよ」


「ありがとうございまーーーす」


 これでお小遣いが増えると、トマレッドはヘルメットの下で顔をにやけさせた。

 彼がアルバイトヒーローでも不満が少ない理由。

 それは、時給の他に害獣駆除補償金も貰えるからであった。

 今日のデビュー前にも慣らし運動で数匹の害獣を退治しており、害獣駆除補償金がいい小遣いになることに気がついている。

 猟銃や罠を使わない弘樹は、余計な経費を使わず害獣駆除補償金が貰えるので、いい副収入になったのだ。

 もっとも、この北見村にその金を使える店はとても少なかったが。


「いつも世話になっているんだから、彩実ちゃんになにか買ってやれよ」


「男の甲斐性だぞ」


「帰りにうちに寄って、バアさんから猪の肉を貰って帰れよ」


「「ご馳走様です」」


「いいって、ヒロが駆除した猪だからな」


 気絶した猪たちを軽トラに積み終わると、猟友会の老人たちは足早に去って行く。

 これから村営の解体所で猪をお肉にする予定なのだが、なるべく早く血抜きをした方が美味しいお肉になるからと、かなり急いでいた。


「彩実」


「なあに? ヒロ君」


「大根と猪肉だから、角煮でいいんじゃないか? メニュー変更で」


「そうだね。圧力鍋もあるから、すぐに作ってあげるね」


「じゃあ、帰るか。富山のばっちゃん、また怪人が来たら急いで俺を呼んでくれよ」


「助かっただ。ヒロちゃんもこれで一人前のヒーローだなや」


「世の中、上には上がいるって」


 初の怪人退治を無事に終え、トマレッドこと弘樹は幼馴染の彩実と共に家路へとつくのであった。


「ううっ……いくつかの悪の組織で経験を積みB級となり、今では宇宙自然保護同盟の幹部である俺様が、今日デビューした地方のC級ヒーローに瞬殺? そんなバカな……」


 畑の傍で気絶していた猪マックス・新太郎は目を覚すが、トマレッドの信じられない戦闘力を思い出すと、あれは夢だったのではないかと思ってしまった。


「これはなにかの間違いだ。まさか、このまま本部には戻れない。再び北見山で猪を集めて再度勝負をするのだ」


 本日華麗にデビューしたトマレッドを倒すべく、猪マックス・新太郎は再戦の準備に取り掛かるのであった。


 無事にデビュー戦を勝利で飾った豊穣戦隊ファーマーマンであったが、悪の怪人はまだ諦めていないぞ!

 頑張れ、豊穣戦隊ファーマーマン。

 戦え、トマレッド!

 ちゃんとメンバーが全員揃うまで!

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