第10話 可愛いは正義、四天王全員集合
「うわぁ、のどかな村だなぁ……くーみんも一緒だったらよかったのに」
過疎化が深刻なこと以外は、平和そのものである北見村。
そんな北見村に、トマレッドを襲う新たなる刺客が姿を現した。
その怪人は、宇宙自然保護同盟四天王においては末席ながらも、他の四天王を圧倒する怪力を持つ。
日本における最強の肉食獣『熊』統べる能力を有し、自身の怪力と合わせ、その圧倒的なパワーで打倒トマレッドを目指していた……のだが……。
「おんや、可愛い子だねぇ。どこから来なさったん?」
「こんにちは、お婆ちゃん。私は東京から来たんだ。今度、この村の学校に転入するの」
「それはありがたいね。この村は若い人が少ないからねぇ」
「そうなんだ。とてもいい村なのにね」
「若い人には退屈なのかもねぇ……ああっ! 姫野さんの隣の空き家を借りてくれる人がいるって聞いたけど、お嬢ちゃんだったんだね」
「はい、よろしくお願いします」
「こんなにメンコイ子なら大歓迎だよ。お嬢ちゃんの名前は?」
「熊野真美(クマノ マミ)っていいます。よろしくね、お婆ちゃん」
「よろしくね、真美ちゃん」
身長は百五十センチもない。
まるで小学生のような幼く可愛らしい容姿とショートカットがよく似合う美少女は、ファーストコンタクトで村の老婆から好印象を得ることに成功していた。
だが、それこそが罠。
この村に上手く溶け込み、隙あらばトマレッド打倒を目指す。
狡知に長けた宇宙自然保護同盟四天王最後の一人、熊野真美による北見村潜入工作作戦の開始であった。
「よろしくお願いします。引っ越し蕎麦の代わりに、東京のお菓子ですけど」
「わざわざすいませんね」
「いえ、お気になさらず」
初手からその愛らしい容姿を使用し、村の年寄りたちから好印象を得ることに成功した真美は、これから住む予定の空き家に到着した。
空き家は数年前、高齢であった所有者が死亡してその息子夫婦が相続していたが、彼らは都会で生活を営んでいるため、誰も住まずに放置されていた。
それを宇宙自然保護同盟が、真美の潜入工作作戦用のアジトとして借りたというわけだ。
彼女はまだ学生のため、この北見村にある学校へも通う予定になっている。
こうして徐々にこの村に溶け込み、村人たちから完全に信用されたところでトマレッドの油断を突く。
悪の組織がよく使う、潜入工作作戦の一貫でもあった。
作戦は、上手く行きつつあった。
早速引っ越し蕎麦代わりに、東京のお菓子をお隣にある姫野家に渡し、姫野一家からも好印象を得ることに成功していたからだ。
真美の可愛らしい容姿はこの手の作戦に最適で、宇宙自然保護同盟の適材適所ぶりがよくわかるというものである。
「若い人は大歓迎よ」
「なんでも困ったことがあったら言いなさい」
「ありがとうございます」
幼く可愛らしい容姿をしている真美は保護欲を誘うので、村の年寄り連中や姫野家の大人たちの間で大人気となっていく。
『こんな孫娘がいたら』、『そういえば、都会に住む孫娘は元気であろうか?』。
北見村の年寄りたちは、そんな真美に理想の孫娘を重ねていた。
「明日から学校に通うのかね?」
「はい、お爺さん」
真美は、ハキハキとした声で姫野家の主にして彩実の祖父権一郎の問いに答えた。
「学校は出ていく人はいるけど、入ってくる人は滅多にいなくてね。ありがたいことだ」
北見村の学校では、途中で都市部の学校に転校してしまう生徒が毎年必ずいたが、逆に都市部からこちらに転入してくる生徒など滅多にいなかった。
真美は滅多にいない例外であり、だからこそ過疎化に悩む北見村の住民たちは彼女を心から歓迎した。
まさか、その幼い容姿に内なる野望を秘めているとは知らずに。
「学生さんが外から転入してくるなんて、弘樹君以来かな」
両親の長期海外勤務が決まり、祖父と共にこの村に引っ越してきた隣の赤川弘樹以来だと、権一郎は真美に説明した。
「弘樹君?」
「うちの彩実と同い年で高校生の男の子だが。ほら、あの隣の家に住んでいる男の子だよ。若い者同士、仲良くやってくれ」
権一郎は、姫野邸から見える弘樹の家を指差す。
真美が住む予定である家とは、姫野家を挟んで反対側の隣にあった。
「そうですか(見つけた。彼がトマレッドだね)」
見つけたとはいっても、実は弘樹がヒーローである事実をこの村で知らない人は一人もいない。
さらにいうと、それを隠そうとする人すら一人もおらず、真美は容易に標的の住処を発見することに成功する。
実は、真美が引っ越してきた空き家は、自分の友人兼上司でもある宇宙自然保護同盟の首領が手配したものであり、彼女からは適当に空いていた空き家を借りたと聞いていた。
まさか隣の家に標的が住んでいるとは思わなかったが、これはとんだ怪我の功名というわけだ。
「この村に来たばかりで、しかもここにはコンビニもないからね。今日はうちで夕食を食べていきなさい。うちの彩実と弘樹君に紹介しよう」
「お爺さん、ありがとうございます」
「遠慮しないで、困ったことがあったらいつでも相談しなさい」
「はい」
真美が夕食に招待してくれた権一郎にお礼を言うと、彼はニコニコしながらそれに応えた。
彼女は無事北見村に受け入れられ、その可愛らしい容姿から次第に老人たちのアイドルになっていくのであった。
「珍しいな。こんななにもない過疎の村に」
「ヒロ君、ちゃんとご挨拶しないと」
「そうだったな。俺も姫野家の隣に住んでいる赤川弘樹だ。よろしくな」
弘樹と彩実が家に戻ると、夕食の席に見慣れない女の子が座っていた。
ショートカットに髪がひと房前髪から出ている、とても可愛らしい子だ。
なんでも彼女は転入生であり、隣の空き家に引っ越してきたらしい。
弘樹は自分のことを棚にあげ、この村に引っ越してきた真美を奇特な人扱いしたが、ちゃんと女房役の彩実からフォローが入って挨拶をした。
「熊野真美です。よろしくね」
「私は姫野彩実よ。よろしくね、真美ちゃん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。彩実ちゃん」
彩実はほがらかに挨拶をする真美に好印象を覚え、すぐに名前で呼び合う仲になった。
「熊野、学校は明日から行くのか?」
「うん、そうだよ」
真美は東京にいた時も学生であり、勿論ちゃんと学校に通っていた。
実は怪人としての経験はほとんどなく、この北見村で本格的に怪人デビューしてファーマーマンと戦い始める予定であった。
「そうか。一応学校は村内にあるんだが、この村は広くてな。遅刻しないように注意しろよ」
「弘樹君は大丈夫なの?」
「俺はまあ、高速の自転車運転術があるから」
弘樹の言う高速の自転車運転術というのは、ただ単に原付や二輪車の免許もなく、そもそも二輪車を購入する予算もないので、村内の移動がすべて自転車だからだ。
弘樹のヒーロー特性のおかげで自転車でも車に対抗できるほどのスピードは出せるので、余計に瞳子が二輪車の購入予算を組まなかったという事情もある。
『予算がないのは事実だし、自転車でも車並の速度が出せるのならそれでよかろう』
『でもさぁ、無理させるから自転車もパンクしやすいんだよ』
『ならば、修理した時にはちゃんと領収書を貰ってこい。さすがにそのくらいは出す』
『あのさぁ……曲がりなりにもヒーローなんだから、自転車じゃなくてバイクがほしいなと……』
『そんな予算はない!』
『そんな堂々と言わなくてもいいと思うけどなぁ……』
『正直に、ない袖は振れないと言っただけだ。言葉を偽っても仕方があるまい』
常に、弘樹と瞳子の会話は平行線を辿るのみであった。
「それ面白そう。私も乗せて」
「いや、それは……」
弘樹は、思わず彩実の方を見てしまった。
いつも彼女を自転車に乗せて二人乗りで学校に向かっているので、真美を乗せる場所がないと思ったからだ。
それと、前に同じ高校のクラスメイト(女子)を乗せようとしたら、彩実の機嫌が極端に悪くなり、食事の質が落ちたことがあった。
成長期であり、体が資本のヒーローである弘樹としては、そういう事態は避けたいという考えがあったのだ。
世間ではそれを尻に敷かれているというのだが、弘樹自身はそれに気がついていなかった。
「明日はいいよ」
「いいのか? 彩実」
「ほら、私。明日はちょっと家の手伝いがあるから、お祖父さんに車で送ってもらおうと思っていたの」
姫野家は農家であり、時々彩実も農作業を手伝うことがあった。
ちょうど明日の早朝にも、彼女に手伝ってもらいたい仕事があるそうだ。
「ならいいか。でも、俺は結構スピードを出すぞ。大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
真美は、問題ないと胸を張って答えた。
彼女は怪人なので、見た目は小さくて可愛くても、体は非常に頑丈だからだ。
勿論現時点では、それを真美以外の人間は知らなかったのだが。
「じゃあ、明日は送ってやるよ」
「ありがとう、弘樹君」
そして翌朝、弘樹は真美を自転車の後部座席に乗せ、そのまま村内の学校へと走り出した。
相変わらず車並の速度であったが、真美は特に文句を言うでもなく静かに後部座席に座っていた。
「早いね、弘樹君」
「慣れているからな。じゃあ、ここでいいな?」
「えっ? どうして小学校なの?」
高速で走っていた弘樹が自転車を止めたのは、彼と彩実が通う北見高校ではなく、同じく村内にある北見小学校であった。
真美は、どうして自分が小学校に連れて来られたのか、まったく理解できないでいた。
「弘樹君、私は……」
実は真美は、誰からもそうは思われていなかったが、弘樹たちと同じ高校一年生であった。
「私、ちゃんと制服を着ているから!」
「おう、よく似合ってるな」
当然真美は高校の制服を着ていたのだが、これから通学する北見高校の制服ではなく、都内で通っていた高校の制服だったため、弘樹は制服がある私立小学校の制服だと勝手に勘違いしてしまったのだ。
真美は、これは高校の制服だと説明しようとしたが、弘樹はそれを聞く前に彼女を自転車から降ろしてしまう。
「ちゃんといい子で勉強しろよ。イジメられたら俺に言え。イジメをするようなクソガキなんて、ちょっと〆れば大人しくなるからな」
都会から田舎にきた転校生は、『都会者』だとバカにされてイジメられやすい。
弘樹は昔見たテレビ番組から学習しており、ここは年上らしく、もし真美がイジメられたら守ってやるからなと、あくまでも親切心から真美にそう言った。
「だから、私は小学生じゃぁ……「おっと! 俺が遅刻してしまうな! じゃあな!」」
真美の反論を聞かず、弘樹は彼女を小学校の前に置いてそのまま自転車で走り去ってしまった。
「私、高校生なのにぃーーー!」
残念ながら、弘樹の自転車を漕ぐスピードがあまりに速かったため、真美の抗議の声は彼には届かなかった。
「ううっ……必ずトマレッドを倒してやるんだから!」
真美は、自分を小学生扱いした弘樹に敵意を燃やす。
第一目標の北見村潜入には成功した彼女であったが、トマレッド弘樹が通う高校には、初日から遅刻してしまうのであった。
「おーーーい! 弘樹」
「なんだ? 達也」
「聞いたか? このクラスに転入生が来るんだってよ」
「「ドキ!」」
真美を小学校まで送った弘樹が北見高校の教室に入ると、続けて祖父権一郎から車で送ってもらった彩実も教室に入ってくるが、クラスメイトである中川達也が衝撃的な情報を持ってきた。
なんと、以前に聞いていた転入生が来るのは今日なのだと言う。
「転入生かぁ……」
「ああ、女の子らしいから男子は大喜びだな」
「そうなのか……」
「どうしたんだ? 弘樹」
「いや、なんでもない……」
その幼い容姿から、弘樹も彩実も勝手に彼女を小学生だと思っていたが、まさかあの真美が自分たちと同じ年だったとは……。
ちゃんと確認しておけばよかったと、二人は大いに後悔し始めた。
真美の他に転入生がいるという可能性は、この村の現状を考えるとまずあり得ないので、転入生は真美で間違いないはず。
何事も決めつけはよくない。
二人は気まずさを感じ、一つ大人になったような気がした。
「でもさ、なぜか来ないんだと。寝坊でもしたのかね?」
「……うらぁーーー!」
「うわっ! なんだ?」
それは弘樹が、真美を小学校の前に置き去りにしてしまったのだから来るはずがない。
これはまずいと、彼は勢いよく教室を飛び出し、そのまま全速力で自転車を漕いで真美を迎えに行くのであった。
「……熊野真美です。よろしくお願いします」
ようやく転入生が教室入りして自己紹介を始めたが、やはり真美は弘樹によって小学校に置き去りにされた件で大変怒っており、どこか自己紹介がぎこちなかった。
さらに、弘樹に対し射るような視線を向けていた。
「可愛いわね」
「同じ年とは思えないけど……可愛いなぁ」
「妹にしたいかも」
ただ、そのご機嫌斜めな態度ですら、クラスメイトからすると真美がとても可愛く見える要因らしい。
不機嫌そうに自己紹介をする真美を見て、クラスの男子も女子も顔をほころばせていた。
「妹萌え!」
「あの未成熟な顔、その肢体……素晴らしい」
一部男子生徒に危ない考えをしている者たちがいたが、それはみんな気にしないことにした。
同時に、実害があったら真美を守ろうと固く決意するのであった。
真美は怪人なので自分の身くらい簡単に守れるが、まだその事実をクラスメイトたちは知らない。
「熊野の席は……赤川の隣だな。送ってもらったんだから仲良くな」
仲良くもクソも、そもそも真美が遅刻した原因は弘樹にあるので、二人が仲良くできるかどうかとても怪しい。
その辺の事情がよくわかっていない担任の佐藤は、ホームルームが終わるとフォローもせず教室を出て行ってしまった。
「むむぅーーー」
「すまん、すまん。最初に年を聞いておけばよかったな」
「私、高校生だもん!」
「とてもそうは見えないんだが……」
「どこをどう見ても高校生だよ!」
真美は胸を張って自分は高校生だと宣言したが、残念ながらまったく胸がないので説得力に欠けた。
「見えないって……彩実の弟の健太よりも年下に見えるぜ」
姫野家の長男健太は北見中学校に通う中学生であるが、誰が見ても彼よりも真美の方が年下に見えるであろう。
「むむぅーーー、私は高校生だもん」
真美の機嫌は一向に直らなかった。
「これは俺が悪いのか?」
「ヒロ君、女性にはちゃんと謝った方がいいよ」
「だから謝っているじゃないか」
真美とは反対側の隣の席にいる彩実が、女性の年齢を間違うという無礼を働いた弘樹はもっと真剣に謝るべきだと、彼に忠告した。
「彩実だって、熊野が同い年と思っていなかったじゃないか」
「ギクッ!」
もし彩実がそう思っていたら、弘樹が真美を小学校に送ろうとしたのを止めたはず。
だが彼女は、真美の年齢を間違っていたことに対し言質を取られていない。
真美も彩実に対しては隔意を抱いておらず、彼女の怒りは弘樹一人に向いていた。
「赤川、謝ってしまいなさい」
「そうよ、熊野さんに失礼よ」
「女性の年齢って、デリケートな問題なのよ」
「お前らなぁ……」
弘樹はクラスの女子たちからも、もっと真剣に真美に謝るようにと言われてしまった。
残念ながら、女子たちに彼の味方は一人もいなかった。
「そうだ、弘樹は酷い! 女子の年齢を間違うなんて!」
「熊野さんと隣同士だと! 死ね、弘樹!」
男子も全員が真美の味方にまわり、真美の転入初日、弘樹は散々な目に遭ってしまうのであった。
「私を小学生扱いするなんて、弘樹君は失礼な男なの! でも、そのおかげでトマレッド攻略の下地はできたよ」
「それはよかったな」
「見ててね。私がトマレッドを倒しちゃうから」
放課後、真美は宇宙自然保護同盟の本部に初めて姿を見せた。
四天王最後の一人である真美がようやく到着し、宇宙自然保護同盟の戦力は大幅に強化された。
あとはトマレッドを倒すのみだと、多くの者たちが安堵の表情を浮かべている。
「四天王が全員揃ってよかったですね、猪マックスさん」
「そうだな、鴨」
同じ四天王である猪マックス・新太郎と鴨フライ・翼丸は真美の到着が嬉しそうであったが、四天王の残り一人であるニホン鹿ダッシュ・走太は複雑な心境にあった。
彼女もヘッドハンティング組なので、生え抜き派であるニホン鹿ダッシュ・走太からすれば嫌味の一つも言ってやりたいのだが、実は彼女、宇宙自然保護同盟の総統閣下と友人関係にあったのだ。
中学、高校と同じ学校、同じクラスであった。
そんな真美が、ビューティー総統閣下の命令で北見村の高校に編入してまで本部アジトを活動拠点とした。
ニホン鹿ダッシュ・走太からすれば面白くはないが、彼女の機嫌を損ねるのは、ビューティー総統閣下との関係を考えるとよろしくない。
彼女がいない時には批判もしたが、今はそういうわけにいかないのだ。
「勝算はあるということでいいのかな?」
「大丈夫だよ。私、全力で戦っちゃうから」
「……大丈夫なのか?」
ニホン鹿ダッシュ・走太は、思わず猪マックス・新太郎に聞いてしまった。
「力でいえば、真美は四天王で最強だからな」
「とてもそうは見えんが……」
「どこかの、組織内の事情だけで四天王筆頭になっている誰かさんよりも圧倒的に強いから」
「鴨に言われるほど、私は弱くない!」
暗に鴨フライ・翼丸から弱いと言われたニホン鹿ダッシュ・走太は、彼に対し強く言い返した。
さすがに、鴨の怪人である鴨フライ・翼丸よりは戦闘力は高かったからだ。
その代わり、彼のように飛行能力などの特殊技能は持ち合わせていなかったが。
「喧嘩は駄目だよ。薫子ちゃんに怒られちゃうから」
「「……」」
真美に止められると、二人は言い争うのをやめた。
なぜなら、彼女が口にした『薫子』という名前、それこそが宇宙自然保護同盟の総統の名であったからだ。
「話を戻すが、真美は我らとは違って完全人間型の怪人特性持ちだから、一見普通の人間にしか見えない。だから戦闘力が低いと勘違いする者も多いというわけさ」
怪人にも色々とあり、宇宙自然保護同盟の四天王のうち三人は獣型怪人に分類されている。
その容姿に、受け継いだ特殊能力を持つ動物の外見的な特徴が現れるというわけだ。
一方真美は、見た目が完全に人間であり、その強さも能力がわかりにくかった。
「姓が熊野だから、熊の能力を持つ怪人なんだが」
「苗字は関係あるのか?」
「ある。真美の遠い先祖に熊の特性を持った怪人がいて、そいつが明治維新以後の創氏改名で熊野を名乗ったからだ。熊の力がある一族が原っぱに住んでいたからという理由で、熊野姓を名乗ったわけだ。子孫にはその特性が暫く出なかったが、真美が先祖返りで怪人特性を持ったというわけだ」
ニホン鹿ダッシュ・走太の疑問に対し、猪マックス・新太郎が丁寧に淀みなく答えた。
この辺の知識は、いくつかの悪の組織を渡り歩いている猪マックス・新太郎の方がよく知っていたからだ。
「先祖返りだから、我々のように容姿に動物の特徴が出ないわけか」
「そういうことだ。だが、真美は強いぞ。怪人としての活動は次のトマレッドとの対決がデビュー戦だが、前に俺様が手合わせをしたら、パワーでは全然勝てなかった」
「それほどなのか!」
猪マックス・新太郎は、以前真美の強さを見るために手合わせをしたことがある。
熊の特性を持っている真美は、その華奢な体からは想像がつかないほどの怪力を有し、それは猪マックス・新太郎を上回るほどであった。
「ビューティー総統閣下が、彼女を切り札にするのがよくわかる」
「個人でも強いし、事前に工作までしてきたんだから、今回は勝てるんじゃないかな?」
真美は、その可愛い容姿を利用した。
北見村の大人たちに気に入られて、これが誤算だったが、弘樹に小学生と間違えられた件を上手く利用して校内の人気と支持も得た。
逆に弘樹は、真美を小学生扱いしたことで校内中で非難される始末。
つまり、今の弘樹は孤立しているのだと、猪マックス・新太郎は語った。
「トマレッドは、孤立無援で熊野と戦うわけか。これはいけるのでは?」
「いや、学校内で批判されたくらいで孤立しますか? それにあいつ、一人でも鬼強いからなぁ」
ニホン鹿ダッシュ・走太の楽観論に、鴨フライ・翼丸は釘を刺した。
自分たちは、いつも単独のトマレッドにやられているではないかと。
「見ていてね、みんな。私を小学生扱いした弘樹君を倒しちゃうんだから」
と言い残し、勇んで出撃する真美。
猪マックス・新太郎たちは彼女を見送りながら、確かに彼女が小学生に間違われても仕方がないよなと思ってしまうのであった。
それを口にすると真美の怪力で投げ飛ばされそうなので、全員無言のままであったが。
「よく来たな! トマレッド! 私が倒しちゃうんだから!」
「……」
お決まりの展開は省略して、出撃した弘樹は自分に宣戦布告する真美を見て開いた口が塞がらなかった。
なぜなら、真美は耳がついているフード付きの熊パジャマを着て来て、彼に宣戦布告していたからだ。
その姿を見ると、弘樹はとても彼女が怪人とは思えないのだ。
「頑張れぇーーー! 真美ちゃん!」
「ファイトだよぉーーー! 真美ちゃん!」
「弘樹、負けてやれよ」
「……」
さらに、いつもなら、村人たちは宇宙自然保護同盟の怪人たちに畑を荒らさそうになったり、作物を食べられそうになったり……ほぼ農業被害しかないが……彼らは弘樹に助けを呼ぶのが普通なのに、今日はみんなで集まって真美を応援していた。
「可愛いは正義なのかよ……俺はヒーローなんだけど……」
怪人の方が応援されていて、ヒーローが負けるようにと言われている。
弘樹は、この世の理不尽さを呪った。
「あのさぁ、俺もこの村に来て約十年なのに、どうして昨日来たばかりの熊野よりも扱いが低いんだよ」
真美が怪人であった事実はどうでもよくはないが、それよりも老人たちからの自分の扱いの低さに、これまでの十年はなんだったんだと弘樹は文句を言った。
「田舎は、先住者優先だろうが!」
「十年くらいじゃそんなに変わらないって」
「せめて五十年は住んでいないと余所者扱いだべ」
「なら、可愛い真美ちゃんを応援するのが当たり前だ」
「酷い連中だな……」
だからこの村は過疎になるんだ。
弘樹は心の中で、老人たちに対し悪態を突いた。
「まあいい。ええと……熊野は熊の怪人という扱いでいいのか?」
「そうだよ。私が弘樹君を倒しちゃうんだから」
「頑張れぇーーー! 真美ちゃぁーーーん!」
「ヒロに負けるな!」
「弘樹、負けてやれって」
「……」
可愛らしく弘樹を倒すと宣言する真美に、村の老人たちはメロメロであった。
弘樹に負けてやれと言い出す者が一定数……ほぼ全員と言っても過言ではなかったが……存在した。
「もう外野はいないものとする! 相手が女だからとて、俺は容赦はしない!」
「鬼弘樹!」
「真美ちゃんが可哀想だろぉ!」
「負けてやれって」
「……」
外野の声を無視して、弘樹は真美に殴りかかった。
いつもなら、一発で怪人は沈黙してしまう。
真美も同じはず……と思ったら、弘樹の一撃は彼女の片手のみで止められてしまった。
さらに、真美は弘樹を怪力で押し返していく。
猪マックス・新太郎をも超える怪力ぶりに、弘樹は驚きを隠せなかった。
「熊の怪人だからか!」
「えへん、熊はスピード、頑丈さ、パワーを兼ね備えた地球上でも最強に近い生き物だからね。そのパワーを受け継ぐ私は、弘樹君の攻撃も簡単に止められるんだから」
「凄いな、真美ちゃん」
「可愛いだけじゃないのか、やるなぁ」
「弘樹、負けてやれよ」
「……」
というか、自分が負けたら畑が荒らされるんだぞと、弘樹は老人たちに文句を言ってやりたくなった。
瞳子から言い渡されている就業規則さえなければ……。
ヒーローが一般人に対し強圧的な言動を取るのは、世間からの批判が大きくなるからという理由により禁止となっていた。
怪人ならいいというか、それが怪人なのだが……ヒーローがそういう言動をとれば、すぐにSNS等で拡散され、世間から激しく批判されてしまうからだ。
「今度は私から行くよ」
次は、真美の方が攻撃をしてきた。
熊は人間よりも早く走れ、実はそのスピードも侮れなかった。
真美によるショルダーアタックへの対応が遅れた弘樹は、初めて怪人の攻撃をモロに受け、数メートルほど飛ばされてから、そのまま受け身も取れず地面に叩きつけられてしまう。
「がはっ……やるな、熊野」
「うわぁ、私の一撃をモロに食らってほぼノーダメージなのか」
「まあな。俺は強いからな」
弘樹は、これまでずっと一人で宇宙自然保護同盟の怪人たちと戦ってきたからなと言いながら立ち上がり、スーツについた土を落として呼吸を整えながら、真美に挑発的な視線を送った。
ようやくまともに戦える怪人が出てきたなと、内心嬉しかったのだ。
「猪はまあ許せる弱さだが、鴨はあざといし、ニホン鹿と穴熊は弱いから駄目だろう。宇宙自然保護同盟の怪人連中はよ」
「ううっ……完全に否定できないなぁ……」
真美しても、それなりの強さと経験を兼ね備えた猪マックス・新太郎はともかく、鴨フライ・翼丸は悪の組織の怪人だから策を弄してもおかしくないし、いい人なので文句もないが、大して強くもないのに生え抜きだからという理由で四天王筆頭の地位にあるニホン鹿ダッシュ・走太に隔意がないわけでもなかった。
最初にアジトを訪ねた時、軽く嫌味を言われた恨みもある。
弘樹の発言に、賛同できる部分とできない部分があるというわけだ。
「とにかく、私が弘樹君を倒してしまえば全部解決するからね」
「やれるものならな」
それからの二人は、ほぼ互角の戦いを進めた。
真美が速度と怪力を生かした攻撃を行い、予想外の彼女のスピードに慣れてきた弘樹も猪マックス・新太郎を上回るパワーでそれに対抗する。
攻守を変えて弘樹もパンチやキックを繰り出すが、真美もそれを軽く防いでしまう。
さすがは熊の怪人とでも言うべきか。
周囲で観戦している老人たちも、二人の白熱した戦いに集中し、まったく言葉を発しなくなった。
「(まずいなぁ……これは負けるかも)」
一見すると対等に戦っているように見える二人であったが、内心真美は焦っていた。
確かに表面上は互角に渡り合っているが、真美は自分が弘樹より持久力に劣ることに気がついたからだ。
熊の怪人である真美は、その小柄な体に似合わないスタミナも持ち合わせているが、弘樹はそれ以上であり、長期戦になればなるほど彼女が不利になるのが明らかであった。
「まだまだ行くぞ!」
「私だって」
虚勢を張って弘樹に言い返す真美であったが、すでに限界が訪れつつあった。
そして、ついに弘樹の一撃に耐え切れずその場に膝をついてしまう。
すぐに立ち上がろうにも、これまでの苛烈な戦闘による疲労の蓄積で真美は足が動かなかった。
「なかなかに強かったが、もう限界か」
「……」
「もう言葉すら出ないか。じゃあ、ケリをつけようぜ」
弘樹が真美にトドメを刺そうとした瞬間、これまで静かに勝負を見守っていた老人たちが動いた。
「ヒロ、真美ちゃんが可哀想だろう」
「もう勝負はついたから、ええじゃろうに」
「やめとけって。お前の方が悪役みたいに見えるぞ」
「……俺、これまで結構この村にために頑張ってきたよな?」
それなのに、可愛いという理由だけで怪人であるはずの真美が、ヒーローである自分よりも贔屓されてしまう。
あまりの理不尽さに、今日、弘樹は初めて『ヒーローやめようかな?』と思い始めた。
「とにかくだ! まだ勝負はついていないんだ! 外野の意見など知るか! 行くぞ!」
「ヒロの鬼!」
「この村に来てから、三年もおねしょが治らなかったくせに!」
「肥溜めに五度も落ちたよな!」
「……」
おねしょの件も、肥溜めに落ちた件も昔の話。
そもそも肥溜めに落ちたのは、祖父無敵斎との修行中に発生した不幸な事故だ。
弘樹は老人たちの抗議を無視し、真美にトドメを刺すべく全力で攻撃しようとした。
ところがそこに、新たな参戦者が現れる。
「クマぁーーー!」
「熊?」
突然真美を庇うように一頭の子熊が、弘樹の前に立ち塞がったのだ。
そして、まるでヌイグルミのように可愛らしい子熊がヨタヨタと立ち上がり、真美は攻撃させないぞといった感じで両手を広げる。
見た目、動作、すべてが殺人的に可愛いので、さすがの弘樹も攻撃の手を止めてしまった。
「おおっ、めんこいのぉ」
「真美ちゃん、よかったのぉ」
「お友達かのぉ、」
「ほのぼのしているところ悪いんだけど、熊はいいのかよ。普段、害獣駆除しているのに」
老人たちの間でも、可愛らしい子熊は大人気であった。
子熊でも熊なんだから危ないんじゃぁ……と弘樹は思ったが、現在このフィールドにおいて一番評価が低いのは彼である。
なにを言っても聞き入れてもらえないことが明白なのは、弘樹にも理解できた。
「くーみん、危ないから駄目だよ」
一方真美は、弘樹の前に姿を見せた子熊に対し、危険だからここに来るのは駄目だと注意していた。
子熊が自分を助けに来てくれたことを、彼女はよくないことだと言ったのだ。
「気になるから聞くが、この子熊は?」
「私のお友達の『くーみん』だよ」
「クマッ、クマッ」
「『くーみんです、よろしく』って言っているの」
さすがは熊の怪人と言うだけあって、真美は子熊の言っていることがわかる……ということにしておこうと弘樹は思った。
彼はどうせ熊の言葉なんてわからないし、猪マックス・新太郎たちも動物と会話をしていたから、真美ができないという道理もない。
実は真美がちょっと危ない人で、熊と話せる気になっているだけだとしても、弘樹にはなんの実害もない、というのもあった。
人間も怪人も、深く立ち入ってはいけない部分があるのだから。
「他の熊は? もっと大きな熊を呼ばないと」
「それがね。熊は難しいんだよね」
「お前、熊の怪人だろう?」
熊の怪人なんだから、ちゃんと熊を連れて来い。
他の四天王はできていることなのだから。
と、弘樹は思った。
「従わせるのは簡単なの。でも、この北見村周辺って熊がいないから」
となると、他の地域に生息している熊をここに連れてこなければらない。
だがそうなると、移動させなければならないわけで。
「ちょっと人里に熊が出たら大騒ぎなるでしょう? 移動は難しいんだよ」
「いや、そんなことを悪の組織が気にするのか?」
それを気にしたら、悪の組織じゃないじゃないかと弘樹は思うのだ。
「宇宙自然保護同盟は、今の体制になってからまだそれほど時間も経っていないから、慎重になって当然だと思うな」
人が多い場所で熊が目撃され、新聞やテレビなどで報道などされると、まだ体制が整っていない宇宙自然保護同盟はその対策で苦慮するであろう。
だから熊の移動はさせていないのだと、真美は事情を語った。
「うん、そうだな」
「真美ちゃんの言うとおりだ」
「ヒロはちょっと頭の出来がな……だから理解できないんだろうけど」
「大きなお世話だ!」
弘樹は、話に加わってきた老人たちに文句を言った。
お前らは、一体どちらの味方なんだと。
「それでいよいよ切り札が登場か」
子熊とはいえ、熊の怪人と熊が組んでヒーローと戦う。
いい勝負ができそうだと、弘樹は大いに期待した。
「私は止めたんだけど。くーみん、出てきちゃ駄目だよ」
「クマッ、クマッ!」
「私を心配してくれるのは嬉しいけど、くーみんは戦闘力がないに等しいから」
「子熊だからか?」
「ううん、くーみんはこれでも大人なんだよ」
真美は、くーみんについて説明を始めた。
「私とくーみんが出会ったのは、もう十年も前になるかな」
真美が隔世遺伝で熊の怪人としての力があるとわかった時、彼女は将来に備えて配下にする熊を探しに山中へと入った。
「熊の怪人は、他の動物の怪人と違って相棒を作るんだ」
熊だから一匹でも相当な戦力になるし、あまり多くの熊を従えても行動の自由が失わわれるというのもある。
真美は家族からそれを聞かされ、山中に入ってから気の合う熊を探し続けた。
「そんな時に、くーみんと出会ったの」
くーみんは、突然変異種の熊であった。
熊なのに大きくならず、その代わり異常に頭がよかった。
だが、熊が頭がよくてもあまり意味はない。
母熊も、一向に成長しない我が子をついに捨ててしまった。
「くーみんはお母さんに見放されて、そんな時に私と出会ったの。私も全然背とか伸びなくて同じような境遇だから、出会った瞬間に気が合ったんだ」
それからは、二人は親友と呼んでもおかしくはない関係になった。
熊の怪人を目指す真美に戦闘面では助けにはならなかったが、くーみんは知能の高さを生かして彼女に助言をし、精神的な面でも助けになってくれた。
「だからね、くーみん。今日私は負けちゃったけど、次は勝てるから心配しないでね」
「クマーーーッ! クマッ!」
真美の説得も聞き入れず、くーみんは彼女の前にからどかなかった。
何が何でも、弘樹から彼女を守ろうというのだ。
「体が小さかろうが容赦しないぞ」
「くーみん、私は大丈夫だから」
「クマッ!」
それでも前に立ち塞がるというのであれば、たとえ戦闘力がない小さな熊でも容赦しない。
弘樹がくーみんへの攻撃に転じようとした時、再び老人たちから苦情が連発した。
「もう勝負もついたじゃないか。弘樹の人でなし」
「可哀想だべ、弘樹の冷血漢」
「健気でいい熊じゃねえか。弘樹の殺人鬼」
「なぜ、ヒーローである俺がここまで悪く言われるんだ?」
それは、真美やくーみんと違って弘樹が可愛くないからであろう。
可愛いは正義なのだ。
「それによ、これ以上強行するとヒロが悪役みたいじゃないか」
「うっ! それは確かに……」
少なくとも今の状況では、自分の方が悪役っぽいよなと、弘樹は思ってしまった。
「第一、お前、もう十分に時間は稼いだだろう」
「んだんだ。第一、ヒロは怪人に勝ってボーナスでも出るのか?」
「出ないな」
出るわけがない。
ファーマーマンは常に資金不足で、弘樹も時給制で働くアルバイトヒーローなのだから。
活躍してもボーナスは期待できず、ぶっしゃけ、別に勝とうが負けようがあまり変わりはないとも言えた。
「景気よく倒すなら、いつもの連中でいいべ」
「あいつらなら弱いし、畑を荒そうとするから別に容赦なく倒しても誰も心が痛まないし」
「酷い言いようだな」
悪の怪人なので仕方がないが、こういう時野郎は不利なんだなと弘樹は本能で理解した。
「あーーーあ、なんか興ざめだから帰るわ」
ここで無理して真美とくーみんを倒したところで、村の老人たちからの印象が悪くなるだけ。
ここは田舎で、人間関係は大切だ。
第一、真美とくーみんを倒したところでなにか利益があるわけででもない……。
弘樹はまだ真美を庇うくーみんに背を向け、一人家路へと急ぐのであった。
「お爺さんたち、ありがとう。くーみんもお礼を言わないと」
「クマッ! クマッ!」
「気にするなって、真美ちゃん」
「また弘樹が無茶をしようとしたら、俺らに言えって」
「ワシら、弘樹が寝ションベンしてた頃から知ってるからな」
「弘樹君、寝ションベンなんてしてたんだ」
「ああ、結構いい年までな」
弘樹がいなくなったあと、老人たちから彼の恥ずかしい過去を聞く真美とくーみんであった。
頑張れ! ファーマーマン!
強いぞ! ファーマーマン!
例え、その恥ずかしい過去が怪人に知られてしまったとしても。
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