第11話 ピンチ! ビューティー総統現れる 

「うわぁ、可愛い」


「本当ね。熊野さん、この子の名前はなんて言うの?」


「くーみんだよ」


「くーみん、可愛い」


「私にも撫でさせて」


「クマ?」


「声も可愛いーーー!」





 弘樹と真美による死闘が行われた翌日、彼女が教室に連れてきた熊のくーみんは、クラスの女子たちに大人気となった。 

 交替で頭を撫でたり、お菓子やお弁当のデザートをあげたりして可愛がっている。


「そいつ、怪人の配下だけどな。それに、小さくても熊だ」


「なにかするわけでもないし、可愛いから問題ないと思うな。真美ちゃんが怪人だったとは思わないけど、どうせ放課後に戦うだけでしょう?」


「そう言われると、反論の余地がない……ただ戦うだけっていう言い方は変だと思うけどな。この村の連中には、怪人に対する危機感がねえ!」


 普段は弘樹寄りの彩実ですら、嬉しそうにくーみんに果物を与えながら頭を撫でていた。

 とにかく、可愛いは正義なのだ。


「可愛いわねぇ。くーみん、うちの子にしたいなぁ」


「そいつ、子熊って年齢じゃないぞ」


 熊の十歳超えなので、もうおっさんだろうと、弘樹は彩実に注意した。

 そいつの見た目に騙されてはいけないと。


「それにだ。いつ熊野が学校ジャックを実行するかもしれないじゃないか。油断できないぞ」


 悪の組織が、学校の生徒たちを人質にしてヒーローの動きを縛る。

 定番のシチュエーションであり、真美が密かにそれを狙っているかもしれないと、弘樹は彩実のみならず、のん気にくーみんを可愛がるクラスメイトたちに警告した。


「ぶーーーっだ! 今時の悪の組織は、そんなことしませんよぉーーーだ!」


「本当かどうか、怪しいところだな」


「だって、今学校ジャックをするのって大変なんだよ。色々と許可とか必要だから」


「許可だぁ?」


 なんで学校ジャックに許可がいるんだよと、弘樹は真美に尋ねた。


「だって、それで生徒の学習カリキュラムが遅れるかもしれないからね。PTAとか保護者たちの苦情が凄いから、面倒だからやらないんだよ」


「えっ? 悪の組織にクレーム?」


「するよ。教育熱心な親とかは特に。進学校だと、親が政治家とか、大きな会社の経営者とかだったりするから、わざわざ悪の組織もそんなことしないって」


「そうなのか……」


 最近は、悪の組織も大変なんだなと思う弘樹であった。


「放課後や夜の校内で戦うこともなくはないけど、それだと生徒もいないからあまり意味ないし、その割に許可を取るのが面倒だからね。結局、人気のない広場とか、自然一杯のところになるんだ」


 戦う場所がいくらでもある北見村は、ヒーローと怪人にとっては天国というわけだ。

 その代わりとても交通の便が悪く、人も少ないわけだが。


「同じくバスジャック、電車ジャックとかもやらないかな。勝手にやった結果、鉄道会社に訴えられることもあるしね」


「夢も希望もない話だな」


「今はそういう制約が多いけど、もし宇宙自然保護同盟が世界征服に成功したら、そんなものなくなるから」


 とは言いつつ、当然これまで世界征服に成功した悪の組織は存在しなかった。

 夢は夢というわけだ。


「それに、宇宙自然保護同盟のルールとしては、仕事と私生活は別。今の私は怪人じゃなくて、ただの女子高生だから」


 見た目hがんで判断すると、とてもそうは見えないけどな、と弘樹は心の中で思った。


「赤川、熊野さんは仕事とプライベートは分けると言っているんだ」


「信じなくてどうするよ!」


 高校生には見えないが、真美もかなりの美少女であった。

 背と胸はないけれど、それが逆に素晴らしいと思えるクラスメイトが……何人いるのかは、彼らの名誉のために伏せておこうと思う。


「学校ジャックはないにしてもだ。ペットを学校に連れてきていいのか? ほら、先生が来たぞ」


 もうすぐ朝のホームルームの時間ということもあり、担任の佐藤が入ってくる。

 勝手にペットなんて連れ込んで、叱られるぞと、弘樹は真美に注意した。


「うん? 子熊?」


 担任の佐藤は、一番前の机の上にちょこんと座るくーみんに気がつき、そのまま視線を集中させた。

 暫く見つめ続けた後……。


「この子熊ちゃんは?」


「はーーーい、私の友達のくーみんです」


「そうか、熊野の友達なのか。ええっと、出席を取るぞ」


 佐藤は教室に熊を連れ込んだ真美を注意するでもなく、そのまま出席を取り始めた。


「佐藤先生、それでいいのかよ?」


「赤川か。大人しいから別にいいんじゃないか? この子は……」


「くーみんです」


「そうか。くーみんは、授業の邪魔はしないだろう?」


「この子は頭がいいので、そんなことはしません」


「なら問題ないな」


「なんら疑いなく信じるのかよ!」


「当たり前だ! 熊野は私のクラスの生徒だからな!」


 と、佐藤は言ったものの、弘樹はこの担任が自分の言い分を聞き入れるとは到底思えなかった。

 なぜなら真美が美少女で、弘樹は可愛くもない野郎だったからだ。

 そしてもう一つ、担任である佐藤は独身であった。

 この過疎化が深刻な北見村の学校では出会いも少なく、彼が結婚できる可能性は少ないと言われてる。

 いくら幼い容姿をしている真美とはいえ、若干女性優遇でも仕方がないというわけだ。


「もう時間がないな。欠席は白井だけか?」


「はい」


「白井は体が弱いからなぁ……ところで、今日も転入生が来る予定なんだが、午後からになるそうだ」


「先生、また転校生ですか?」


「ああ、熊野と同じく東京からだそうだ」


 担任は、彩実の質問に答えた。

 またも都内から、この北見村に転入生がやってくるらしい。

 潜入目的であった真美はともかく、いきなり東京からとは、奇特な人だとクラス全員が一斉に思ってしまった。


「女子ですか?」


「そう聞いているな」


「おおっーーー! また女子か! 凄いな!」


 転入生が女子だと、異常にワクワクする男子生徒が現れる。

 喜んだところで、その男子と女子がつき合うようになる可能性は非常に少ないけど。

 転入生あるあるであった。


「午後からなのか」


「今日、都内から車でこの学校まで来るそうだが、道路が混んでいると連絡が入ってな。仕方あるまい」


 みんながどんな転入生が来るのかと心待ちにしていると、昼食が始まると同時に窓際の男子生徒が校内に入ってくる車を発見した。


「すげえ! 高級外車じゃないか!」


 他の生徒たちも窓から転入生が乗っていると思われる車を見たが、その車種は……車には詳しくない弘樹や彩実にはわからなかったが、黒塗りで金持ちが乗っていそうなイメージを受けた。


「あれは、ロールスロイスゴースト!」


「佐藤先生、知っているんですね」


「とても高価なのは知っているさ。同時に俺の給料では買えないこともな……」


 しがない教師には買えない車だと、佐藤は自嘲した。

 ちなみに、彼が普段使っている車は中古の軽である。

 以前は車すら持っていなかったのだが、この村で車がないと不便なので、転勤前に安い中古車を購入したという事情もあった。


「誰か降りてくるぞ!」


 駐車場に止まった車から、一人の女性生徒が降りてきた。

 すでに北見高校の制服を着ているのだが、髪は輝くような金髪を腰まで伸ばし、今時そんな人が本当にいるのかと思ってしまう縦ロールが施されていた。


「外人のお嬢様?」


「ううん、薫子ちゃんは、お母さんがフランス人なんだ」


「熊野、知り合いなのか?」


「そうだよ。同じ学校だったから」


 それなら先に言えよと弘樹は思ったが、考えてみたらほぼ同じ時期に同じく都内から引っ越してきたのに誰も聞かなかったという失態もあり、彼は口を噤んだ。

 なにより、真美と同じ学校の友人ということは、間違いなく宇宙自然保護同盟の関係者であろうと。

 あの金持ちぶりからして、転入生が宇宙自然保護同盟の総統かもしれないと、弘樹は気がついてしまった。


 車から降りた金髪縦ロールの転入生は、校内に入って職員室に挨拶をしてから弘樹たちの教室に佐藤と共に入ってきた。


「みんな、転入生が来たぞ。瀬戸内、自己紹介を」


「はい、わかりましたわ、先生。今日からこの北見高校に転入してきた、瀬戸内・フランソワーズ・薫子と申します。よろしくお願いいたしますわ」


 この生徒数の減少が深刻な田舎の公立高校に、わざわざ都内から真美と共に引っ越してきた大金持ち……あの高級外車を見れば言われなくても一目瞭然……のお嬢様。

 薫子は淀みなく自己紹介を終え、完璧な出来だと自画自賛していたが、クラスメイトたちのまるで怪しげな者でも見るかのような視線に顔を引きつらせてしまった。


「(真美さん、これは?)」


「(うーーーん、私の時はこんなことなかったのに)」


 真美は幼い容姿をしていて警戒感を抱かせないというか、薫子ほどこの北見村で浮きそうな容姿はしていなかったからだ。


「私は、少し喘息の気がありまして。綺麗な空気があるここに引っ越してきたわけです」


 宇宙自然保護同盟の総統閣下であるのを隠すため、薫子は都会の空気は喘息に悪いので、空気が綺麗なここに引っ越していたのだと説明した。

 漫画とかではよくありそうな理由であったが、そういえばそういう人って実際に見たことないよなと、クラスメイトたちは思った。


「あのぉ、ちょっといいかな?」


「はい、ええと……」


「私は、姫野彩実って言うのよろしくね。瀬戸内さん」


「こちらこそ、それで?」


「私はその日いなかったんだけど、真美ちゃんとくーみんは、昨日ヒロ君と戦ったばかりだから、その引っ越し理由はちょっと怪しいかなと」


 真美が怪人である事実など、すべての秘密が存在しないに等しい北見村中に広がっているというか、怪人でも可愛らしい真美は村の老人たちのアイドルであった。

 彼女が怪人かどうかなど、わずか一日でどうでもいいことになっていたのだ。

 なにしろ、彼女と戦った弘樹に対し、今日は負けてやれなどと言うくらいなのだから。


「というわけでだ。瀬戸内! さてはお前! 宇宙自然保護同盟の怪人だな!」


 ビシっと弘樹に指摘されてしまい、この瞬間、薫子の喘息の療養に見せかけた北見村潜入作戦の失敗が確定した。

 すでに真美の正体が割れ、くーみんまでこの教室にいる時点ですべてバレバレで、潜入工作作戦の成功・失敗を語る以前の問題であったが。


「くーみんまでいるんだから気がつけよ」


「真美ぃ! あなたはその正体を隠してこの村に潜入したのではないのですか?」


「私の場合、薫子ちゃんと同じく人間型の怪人特性持ちだけど、一回戦ってしまえば正体がバレて当然だよ。薫子ちゃんの作戦自体が駄目なんだと思う。今日一緒に戦う作戦を私は主張したのに、薫子ちゃんが『こういう時は、真美が先にトマレッドの実力を探るべく、一戦するのが常識ですわ』なんて言うから」


 真美は、容赦なく薫子に作戦がまずかったのだと徹底的に批判した。

 まさに、ぐうの音も出ない状態である。


「ううっ、それを言われてしまいますと……」


 確かに、真美に対しトマレッドに先に一戦しておけと言ってしまった薫子の大失敗であった。


「瀬戸内、やはり怪人だったか。熊野は熊の怪人だったが、瀬戸内はゴージャスだからクジャクの怪人とか?」


「誰がクジャクですか!」


 『なんとなくイメージで』と弘樹は答えようとしたが、薫子の逆上ぶりを見てそれはやめた。

 『クジャクでないとすれば、派手なインコとか?』というのも言わないようにする弘樹であった。

 なぜなら、どうせあとで戦えばわかることなのだからと。


「この瀬戸内本家の一人娘にして、将来瀬戸内コーポレーションを継ぐ身であるこの私が、いち怪人として戦うわけがないでしょうが! いいでしょう! 今、私の宇宙自然保護同盟に所属する怪人の方々を破り続けていい気になっているあなたに教えてさしあげますわ。この私こそが、宇宙自然保護同盟を率いるビューティー総統なのです。今日の放課後、お覚悟なさいませ!」


 薫子は自分が宇宙自然保護同盟の総統だと明かし、弘樹に対し強気な口調と態度で宣戦布告した。

 転入生が悪の組織のトップであった。

 それを知った生徒たちの間に大きな衝撃が……広がらなかった。


「熊野さんとほぼ同時期に転入だものね」


「東京から二人も女子が転入して来る方がおかしい。出て行く奴ばかりなのに」


「私、お婆ちゃんから熊野さんが怪人だって聞いているし、瀬戸内さんもそんな気がしてた」


 田舎の情報拡散能力を侮るなかれである。

 真美が姫野家の隣に引っ越してきた時、もう一人、同じ年の友人も引っ越してくることも。

 昨日の弘樹と真美の戦いも、すでに村中で噂になっていた。

 薫子の正体くらい、容易に想像できる。

 ヒーローである弘樹のライバルが来た、とすぐに理解したわけだ。


「転入初日でバレてしまうなんて……」


「今、薫子ちゃんが堂々と宣言しちゃったから余計に?」


「しまったですわ!」


 真美に己の失態を指摘され、薫子はさらにショックを受けてしまった。


「まあいいですわ。どうせ自ずとわかること。本日の放課後、このビューティー総統自ら出陣して、トマレッドの敗北する様を確認してさしあげましょう」


「やれるものならな」


「自己紹介はこれでいいかな? 瀬戸内、そういうのは家に帰ってからな。赤川もだぞ」


 軽く担任から授業中と校内での戦いに釘を刺され、そのあとは放課後まで普通に学校生活を送るヒーローと悪の組織の首領であった。



「おーーーほっほ! 仕切り直しですわ! これまで宇宙自然保護同盟はトマレッドに苦戦していたようですが、それも今日まで。この私が直接出向けば、人数の揃わない戦隊ヒーローなんてイチコロですわ」


「別に好きで人数が揃わないわけでもないし、俺は鬼強いし、瀬戸内は痴女だしな」


「誰が痴女ですか!」


「瀬戸内が」


 その日の夕方、今日も北見村の畑を荒そうとする……以下略と、それを阻止すべく登場したトマレッドとの戦いが始まろうとしていた。

 ヒーロー側は、相変わらず弘樹一人である。


「確かに、ちょっと瀬戸内さんの格好で外は嫌だなぁ」


 宇宙自然保護同盟のビューティー総統こと薫子の格好を見て、今日も希望する夕飯のメニューを弘樹に聞きに来た彩実はちょっと引いていた。

 ハイレグの黒いレザースーツに、黒いブーツ、そして蝶型のアイマスクと真っ赤なマントと。

 薫子が悪の組織のイメージを誤解しているのか、まるでSMの女王様のような格好をしていたからだ。


「あの姫野さん、どうしてここに?」


「あっ、気にしないで。実はヒロ君に今日の夕食はなににしようかなって聞くのを忘れただけだから。今日は瀬戸内さんも来るから、メニューに悩むのよね」


「そうなのですか? 私はそんなお話は聞いていませんけど……真美?」


 どういうわけか、薫子のあずかり知らないところで今日の夕食を姫野家でご馳走になることが決まっていることに対し、どうしてそういうことになったのかを、一緒に出撃した真美に尋ねた。

 SMの女王様と、熊の着ぐるみを着た少女。

 彩実から見ても、とても悪の組織の構成要員とは思えない組み合わせであった。


「だって、私と薫子ちゃんが住む家、まだ千堂さんが到着していないんだもの。私も薫子ちゃんも料理なんて作れないし、この辺ってお店もほとんどないよ」


 真美の言う『千堂さん』とは、若い頃から瀬戸内家に仕える執事であった。

 この度、真美と薫子の世話をするため北見村に常駐することになったのだが、思いのほか東京で残した仕事が多かったため、到着が明日になってしまうと、真美は彼から連絡を受けていたのだ。


「そうだな。一軒だけ柳川の婆ちゃんが定食屋があるけど、夜は爺さんどもが酒飲んでるし、お前ら東京から来ているから、珍しがられて酒宴に参加させられるぞ」


 夜、若い人がそのお店に食事をとりに行くのは感心しないなと、弘樹は親切心も込めて薫子に忠告した。


「どうしようかなって思ったら、彩実ちゃんが『うちに来ればいいよ』って言ってくれたの。弘樹君もいるけどね」


「なんとも、緊迫感の欠片もない距離感ですわね……」


 今ここで弘樹と勝負をして、それが終わったら一緒に食事をするなんて、と薫子は思ってしまう。 

 とはいえ、彼女にとっても食事とは専属の料理人が作るか、行きつけの高級なレストランなどでとるものである。

 外食も不可能となれば、今夜はお世話になるしかないのかなと薫子は思った。


「ご招待いただきありがとうございます」


「普通の食事しか出ないけどね。お口に合うかどうかわからないけど」


「彩実ちゃん、お料理上手だもんね」


「それは凄いですわね」


 悪の組織の首領ではあるが、元々薫子はお嬢様育ちで料理なんて作ったこともない。

 同じ年なのに、料理が作れる彩実に素直に感心していた。

 そういう素直な部分は、さすがはお嬢様というべきか。

 今なぜか、ボンテージ姿で悪の組織の首領をやっているのだが。


「きっと、弘樹君の奥さんになった時の備えだよね?」


「そっ! そんなことはないから! ヒロ君はただの幼馴染で……」


 彩実は勿論それを目指しているし、もしこれを弘樹に聞かれたら恥ずかしいと思いながらも、向こうも意識してくれたら、それはそれでいいことだなと思いながら彼を見ると、残念ながら弘樹は薫子と一緒にいた猪マックス・新太郎と話をしていた。


「今日は、猪も、鴨も、ニホン鹿もいるのかよ」


「そりゃあ、ついに我らが総統閣下のご披露目だからな」


「こういうのって盛り上がるじゃない」


「ビューティー総統閣下がようやくいらしてくださったのだ。そのお披露目に、我ら四天王が顔を出して当然だろうが」


 ヒーロー物では、よく途中で悪の組織の首領がヒーローたちの前に姿を現し、彼らにその圧倒的な力を見せつけるシーンが定番だ。

 今がそれなのだと、ようやく弘樹も気がついた。


「となると、俺は強い相手と戦えるわけだな」


 猪マックス・新太郎はそこそこ強いが、それでも弘樹には歯が立たない。

 鴨フライ・翼丸やニホン鹿ダッシュ・走太は言うまでもなく、期待の熊野真美も現状では弘樹に勝つのは難しい。 

 くーみんは……元々マスコットみたいなものなので、戦闘面ではまったく貢献できなかった。

 弘樹は、悪の組織の総統である薫子の強さに大いに期待したというわけだ。


「あとは……誰かいたっけ?」


「俺がいるだろうが!」


 同じくビューティー総統に同行していた穴熊スコップ・大地であったが、弱いうえに目立たないので、弘樹はその存在を忘れそうになってしまう。

 それに対し、本人がかなり激高していた。


「悪い、悪い。それじゃあ、これからどうする?」


 まずは、前座というか、真打登場を盛り上げるために四天王や穴熊スコップ・大地が戦うのかと、弘樹は彼らに聞いていた。


「そうだな、いきなりビューティー総統が戦うのもおかしかろう。先に我らがお前を倒してしまうかもしれないが、それでも問題あるまい。俺様の突進をモロに食らって体中の骨がバラバラになるがいいわ!」


 いつものとおり、猪マックス・新太郎が弘樹に突進してくるが、彼も慣れたもの。


「トマレッド、チョップ!」


 すでに彼の突進速度に目が慣れていたため、弘樹は回避もせず、渾身のチョップを脳天に振り下ろして終了した。

 いつものどおり、猪マックス・新太郎はその身を半分地面にめり込ませて気絶してしまう。

 

「相変わらず残酷なほど強いよね」


「クマーーー」


 真美は弘樹の強さを理解しつつ、同時にくーみんと少しずつ後ろに下がり、弘樹との戦い回避しようとした。

 今はどうやっても勝てないので、ここで無駄に敗北することもないと、くーみんからアドバイスを受けたからだ。


「おりゃぁーーー!」


 そして、鴨、鹿、アマグマの順に弘樹によって一撃で倒されてしまう。

 相変わらず骨のない連中だと、弘樹は思った。


「準備運動くらいにはなったかな? さて、瀬戸内ことビューティー総統はどのくらい強いのかな?」


 弘樹は指をバキバキと鳴らしながら、薫子の出方を見守った。

 データがないので、どういう風に彼女が戦うのか知らなかったからだ。

 本当はそういうデータを収集するのが司令である瞳子の仕事なわけだが、弘樹は彼女にそこまで期待していなかった。

 本人の能力よりも、予算がないからというのは重々承知だったからだ。


「事前に報告を聞いていたとはいえ、あり得ない強さですわね」


「だよね、薫子ちゃん」


「クマ」


「あの……真美とくーみんは戦わないのですか?」


 薫子は『あなたたち、私の組織に所属する怪人ですわよね?』という感じで、二人に問い質した。


「あのね、今、対弘樹君用の戦術をくーみんと考えて練習しているから」


「クマ」


「ならいいのですけど……今無策で戦っても勝てないのなら、長期的視野に立って部下を見守るのも上司の役割ですわね」


 薫子は、真美とくーみんが戦わない件を不問とした。

 実は弘樹と戦わないのはくーみんの策で、本当は対策なんてないのだけど、弘樹と戦っても勝てないのは事実なので、それを口実に戦いを回避しただけなのだが。


「まあよろしいですわ。ついに真打登場というわけです」


「盛り上がっていいじゃねえか」


 弘樹はテンシションをあげた。

 ヒーロー物ならよくある、中盤で悪の組織のリーダーが姿を現し、その圧倒的な力を見せつける。

 今がまさにその状況であり、悪の組織のリーダーだから強いはずだと思っていたからだ。


「さあ、来な」


「おーーーほっほ! あなたが粋がっていられるのも今の内だけですわ。すぐに私の力に屈することになるでしょう」


「やれるものならな」


 トマレッドと、ビューティー総統。

 ついに竜虎相撃つという形になった。

 双方が視線で火花を散らしながら対峙し、先にどちらが仕掛けるか、彩実と宇宙自然保護同盟の怪人たちが見守る中、先に動いたのは薫子の方であった。


「私の先制で、あなたの動きを完全に封じてさしあげましょう」


「(どう来る? ビューティー総統)」


 いまだ実力が未知数である薫子に対し、警戒する弘樹が身構えると、彼女は一言だけ大声で叫んだ。

 それは彼女の驚異的な戦闘力を開放するキーワードか、それとも四天王よりも強い僕の召喚呪文か。

 ところが、その一言は弘樹も予想だにしないものであった。


「ファーマーマンの司令、栗原瞳子さん、カモン! ですわ」


「へっ? 瞳子さん?」


 まさかの呼び声に、弘樹は混乱してしまった。

 なぜなら、これまで一回も現場に顔を出したことはないけど、ヒーロー組織の司令なので現場に顔を出す必要はないので別におかしくはないのだが……。

 そんな、いつも司令本部がある古民家で酒を飲むかサボっている印象しかない瞳子が、自分と悪の組織が戦っている現場に顔を出すというのだから。


「ねえ、ヒロ君。これって、人質?」


「そうか! ええいっ! さすがは悪の組織の首領!」


「じゃなくて! ここは『卑怯な!』とかじゃないの?」


「そうだったな」


 弘樹は思った。

 なるほど。

 薫子は悪の組織の首領らしく、ヒーローとは直接戦わず、いきなりトップである瞳子を狙う斬首作戦に打って出たのかと。

 いかにも悪の組織の首領らしいと策作だと感心していたら、彩実からそこは憤るところだと注意されてしまったのだ。


「しかし、これは困ったことになるのか?」


 さすがに司令を人質に取られてしまったら、弘樹としても動きようがない。

 

「いや、待てよ……」


 こういうシチューエーションもたまにあるなと。

 悪の組織から人質に取られた上官や身内が、自分の身はどうなってもいいから戦えと、ヒーローに強く叫ぶ。

 その通りに戦って勝利するも、彼らは悪の組織によって殺されてしまい、ヒーローはその心に深い悲しみを刻みながら誓うのだ。


 必ずや、悪の組織を倒すと。


「わかったよ、瞳子さん。自分の命なんてどうなってもいいから、ビューティー総統に一太刀浴びせろってことですね。新しい司令が来ても、あなたのことは忘れません」


 と言いつつも、弘樹は『新しい司令になったら、時給上がらないかな?』とも思ったのは秘密であった。


「いや、別に奮起する必要はないぞ」


「瞳子さん?」


 そんな弘樹の決意を踏みにじるかのように、瞳子は姿を現した。

 人質に取られている割には、彼女は特に縛られたりもしていないようで、普通に薫子の隣に立っている。


「まさか! あのパターンか!」


 弘樹は、再び深い悲しみに包まれた。

 実は、ヒーロー組織のトップが、悪の組織のスパイだったというシチュエーションではないかと思ったからだ。


「まさか裏切るとは……。瞳子さん、俺は失望したぞ。すぐに倒すからな!」


 ここで瞳子が消えれば、新しい司令の元で時給が上がるかもしれない。

 そんな欲望を心の奥に隠しつつ、ただ裏切った瞳子は許せないと、あくまでも正義の心を理由に弘樹は気合を入れていた。


「だから、勘違いをするな。私は別に、宇宙自然保護同盟と繋がってなどいないぞ」


 瞳子は、自分が悪の組織に裏切ったという弘樹の説を否定した。


「第一、私はファーマーマンの司令である以前に、国家公務員だからな。悪の組織側に裏切るわけがない。弘樹が倒されても、ファーマーマンが解散しても、私の雇用は維持されるのだから」


「それは酷いと思う」


 『俺は使い捨てかよ!』と、弘樹は瞳子の言い分に激怒した。

 同時に、大人の世界の汚さにもだ。


「弘樹こそ、私が死んで代わりの司令が来れば時給が上がるとか期待しているのだろう?」


「ギクッ!」


 いくら普段は仕事をサボっていても、瞳子は東大主席のキャリア官僚である。

 その頭脳は冴えまくっており、弘樹の浅はかな考えなどお見通しであった。

 ただ、その優れた頭脳を使う機会は滅多になかったが。

 特にこの村に来てから。


「とにかくだ。私は裏切っていないぞ。今日は、ちょっと宇宙自然保護同盟のビューティー総統と会合があってな」


「会合?」


「弘樹は知らないのか。ヒーローと悪の組織が、ただ無秩序に戦うと不都合が多いのだ。それを解消するための会合というわけだ」


 そんな裏話、聞きたくなかった。

 弘樹は、またも汚い大人の世界に失望してしまう。


「そこでの決定事項なのだが、今日は負けろ、弘樹」


「はあ? それはどういう?」


「そういう風に話し合いで決まったのだ。このところというか、ファーマーマンと宇宙自然保護同盟の戦いが始まってからというもの、弘樹ばかり勝利しているからな。それは逆に不都合なのだ」


 瞳子は、弘樹に説明を続ける。


「なんとか予算を確保して誕生したファーマーマンであるが、こうも悪の組織に一方的だと、現場の事情をなにも知らぬアホ上層部が、さらなる予算削減を目論むかもしれないのだ」


「というか、今でも俺一人しかいないじゃないですか」


 これ以上どうやって予算を削るんだよと、弘樹は文句を言った。


「弘樹は私がいつもサボっているように見えるかもしれないが、これでもバカな上層部と折衝したりで極たまに忙しいのだ。もし司令が変わったら、お前の時給は確実に下がるからな」


 それも、佐城県の最低賃金に合わせた額になと、瞳子は弘樹に言い放つ。

 ちなみに、佐城県の最低賃金は全国でもワーストに近かった。


「時給を下げられてたまるか!」


 これでもヒーローなのだから、それに見合った給料……今も決して見合ってはいないと思うが、この北見村においては弘樹の時給はかなり高い方だ。

 それを失うのは嫌だと、弘樹は思ってしまった。


「だからだ。今日は負けろ。そうすることによって、ファーマーマンと宇宙自然保護同盟の戦力が拮抗しているかのように思わせ、上が無理な予算削減などを目論まないようにする」


「それって談合ですよね?」


 ヒーローと悪の組織がそんなんでいいのかと、思わず彩実は聞いてしまった。


「彩実、誰でも若ければそう思うであろうが、これもお互いが幸せになるためなのだ」


 北見村にはヒーローの助けが必要な悪の組織が存在するので、今後もファーマーマンの予算削減や、ましてや解散など無謀だと農林水産省の上層部に思わせる。

 同時に、悪の組織である宇宙自然保護同盟も、ヒーローに勝利することでその存在感をアピールするわけだ。


 談合ではあるが、これは双方に利があるのだと。


「もはや、ヒーローと悪の組織の話ではないですよね」


「人間、カスミを食べて生きてはいけないのでな。それにだ。弘樹にも利があるぞ」


「それはなんです?」


「なんと、弘樹の時給が三十円も上がるのだ」


「それは凄いな!」


 時給が、今の九百円から九百三十円に上がる。

 一時間で上手い棒三本分(税抜き)も上がってしまうなんて。

 だが、今までは時給アップの話をすると渋い顔をされてしまったので、どういう風の吹き回しなのだと、弘樹は疑いの目で瞳子を見始めた。


「別にやましいことではない。ただ、ファーマーマンに瀬戸内財閥から寄付があっただけだ」


「寄付? 悪の組織がヒーローに?」


 それはありなのかと、弘樹は思ってしまった。


「誤解なきように言っておきますけど、宇宙自然保護同盟は瀬戸内コーポレーションの子会社ではありますが、本社はまったくこの業界に関わっておりませんので。あくまでも節税のため、ファーマーマンに寄付をさせていただいただけですわ」


 そう、あくまでも宇宙自然保護同盟の親会社が節税でファーマーマンに寄付をしただけだと、薫子は言った。

 勿論そんなわけがないのだが、人間、目の前の金には弱いものだ。


「いや……そうは言うがよ」


 ヒーローに節税目的で寄付する会社ってどうなのよと、思う弘樹であった。


「それを言うのであれば、元々我が瀬戸内本家は怪人特性の家系ですが、宇宙自然保護同盟設立目的の一つに、やはり節税がありましてよ。日本は税金が高いですからね」


 勿論先祖の代から世界征服の野望もあるのだと、薫子は説明をつけ加えた。


「小規模な悪の組織では世界征服も難しかろうと、私の曽祖父が資金を得ようと瀬戸内コーポレーションを築き上げたのですから」


「じゃあ、もうゴールでいいんじゃないかな? 実質世界征服しているようなものだと思うな……」


 世界でも有数の資産を持つ財閥にまで成長したのだから、そんな無理に悪の組織経由で世界征服を目論まなくても……と、彩実はツッコミを入れた。 

 瀬戸内コーポレーションといえば、各国の大物政治家たちですら配慮を欠かさず、薫子の父親である当主は定期的に経済雑誌で記事にされ、毎年世界に影響がある百名にも選ばれている。

 もう実質、経済的には世界征服しているようなものだと、彩実は思ったのだ。


「彩実さんの意見にも一理ありますけど、やはり私の一族の悲願は怪人による世界征服なのです。この北見村から、節税で瀬戸内コーポレーションにも貢献しつつ、真の世界征服を目指しますわよ」


 と、大々的に宣言する薫子であった。

 弘樹も彩実も、『金持ちの考えることはよくわからない』という感想しか出なかったが。


「事情はわかったけどよ。せっかく姿を見せたのに、瀬戸内は戦わないのかよ」


 総統なんだからとても強いのだろうし、『ここは一度その圧倒的な力を見せた方がいいのでは?』と弘樹は思ったのだ。


「おーーーほっほ。弘樹さんがなにを仰るのかと思えば、お若いのに随分と古臭い悪の組織論をお持ちのようですね」


「古臭い?」


「そうではないですか。いいですか、悪の組織も、会社も、軍隊も、お役所も、本質はそんなに変わりませんわ。考えてみてください。軍隊のトップが自ら銃を取って戦いますか? 消防署の署長が自ら火災を消火しますか? 警視総監が自分で泥棒を逮捕しますか? 大企業のトップが自ら工場で物を作ったり、取引先に営業をしたりしますか?」


 組織のトップは、特に宇宙自然保護同盟のように世界征服を目指す悪の組織のトップが、わざわざ直接ヒーローと戦うなど非効率だと、薫子は言い放った。


「悪の組織も同じですわ。総統たる私の役割は、怪人のみなさんが最良のコンディションでヒーローと戦えるよう、環境を整えることです。組織運営と資金の調達が最大の仕事ですわね。というお話を他の悪の組織のリーダーの方にしますと、どういうわけかみなさん反発しますけど……」


 悪の組織のリーダーとは、そんなものではない。

 自分が一番強く、最後には直接ヒーローと最終決戦をするものなのだと。

 だが、それこそが時代遅れなのだと薫子は言う。


「ヒーローと自ら戦う羽目になった時点で、その悪の組織はもう後がないというのに。これだから老害は嫌ですわ。昔のやり方に足を引っ張られているのですから。成功体験から離れられない、というのもおかしいですわね。これまで、世界征服に成功した悪の組織などないのですから。ということで私は、新しい方法で悪の組織を率いているのです」


 怪人の待遇を改善し、自分はあまり現場に出ず、部下がノビノビと戦えるように権限を与える。

 自分は、部下たちのために金を集めるのが主な仕事だと。


「金集めが一番の仕事か」


「当たり前ではないですか。日本人はお金に対してネガティブなイメージを持つ方が多いですけど、お金がなければできないことだらけですわ。世界征服にはお金が必要なのです。そして、それを集めることこそが、宇宙自然保護同盟の総統たる私の仕事ですわ」


「だってさ、瞳子さん。同じ子がつく名前同士さん。向こうは随分と先進的な運営をしているじゃないですか」


 弘樹も完全に薫子の意見に同調したわけではないが、なにをを要求しても『金がない』で済ませてしまう瞳子に対し反感があり、ちょうどいい機会だと彼女に対し嫌味を言い放った。

 

「私は国家公務員なのでな。民間のビューティー総統とは違って、資金集めに縛りが多すぎるのだ。変な金の流れがあると、すぐにマスコミに叩かれる時代だからな」


 嫌な時代になったものだと、瞳子は自嘲的につぶやいた。


「それにだ。私も努力してるのだ。だから負けろと言っている」


「ヒーローが負けることについて、司令たる瞳子さんはなんとも思わないのか?」


「別に」


「「言い切った!」」


 まさかの返答に、弘樹と彩実は同時に声をあげてしまった。


「いいか。今回は我らに寄付をし、自らのポリシーを曲げてまで姿を見せてくれたビューティー総統に対し配慮するだけだ。別に本部が破壊されるわけでもないからな」


「いや、俺はどうなるよ」


 ファーマーマン司令本部とは名ばかりの古い民家が壊されたとしても、どうせ過疎化が深刻で空き家が多い北見村なので、同程度の物件などすぐに見つかる。


 それよりも、わざと負けた自分はどうなるのだと弘樹は瞳子に抗議した。

 もしそれで怪我したらどうするのだと。


「その辺は配慮してくれるさ」


「いやだって、瀬戸内は怪人だろう?」


 自ら戦わないとはいえ、悪の組織のトップを張れる女だ。

 本気で攻撃されてノーダメージはあり得ず、わざと負けるなんて嫌だと弘樹はさらに抵抗した。


「総統なんだから、猪や熊野たちよりも強いに決まっているじゃないか」


「いいえ、そんなことはありませんわ」


「瀬戸内、嘘を言うなよ」


 お前は悪の組織のリーダーじゃないかと、弘樹は薫子に反論した。

 悪の組織のリーダーとは、その組織の中で一番強いのが決まりだと。


「私の一族は、真美と同じように完全な人間型の怪人家系のため、強さは並の怪人程度。真美のように人間型でここまで強い人は、数少ない例外ですから」


「えっ? お前、普通なの?」


「ええ」


「じゃあ、どうしてリーダーができるんだよ」


 悪の組織とは、いわば暴力団に近いものがある。

 配下の怪人たちの中には下剋上を狙う者もおり、それを抑えつける実力が必要だからこそ、リーダーが一番強いケースが大半であった。

 

「とはいえ、それは古い組織のお話ですわ。私の仕事は、配下の怪人さんたちが最良の状態でヒーローと戦えるようにすること。例えば、猪さんが宇宙自然保護同盟を乗っ取ったとします」


「しませんけどね」


 あくまでも例え話だというのに、念のためいつの間にか復活していた猪マックス・新太郎は、組織の乗っ取りを全面否定した。

 そんなことをしても意味がないどころか、害悪でしかないと思っているからだ。


「怪人さんたちへの待遇は急降下し、すぐにみんな辞めてしまうでしょう」


「ですよね、ここより待遇がいい悪の組織ってそうそうないですし」


「今から転職は辛いな」


「私も怪人辞めちゃうかな」


 鴨フライ・翼丸も、ニホン鹿ダッシュ・走太も、真美も、薫子以外の人物が宇宙自然保護同盟のリーダーになるのは嫌だと断言した。

 今の待遇を、ただ強いだけの猪マックス・新太郎が用意できないからだ。

 下剋上をしても宇宙自然保護同盟は消滅してしまうだけだと、いくつもの組織を渡り歩いて苦労してきた彼だからこそ気がついたわけだ。


「つまり! 新しい悪の組織のリーダーである私は戦ってはいけないのです! この私の強み! それはずばり! 瀬戸内コーポレーションというバックと、組織の上に立つために受けたマネジメント教育。そして!」


「そして何だ?」


「お金の力ですわ!」


「「ぶっちゃけた!」」


 ついに言ってしまったよと、弘樹と彩実は驚きの声をあげた。

 確かにそんなことを言いそうな予感はしていたが、まさか本当に言ってしまうなんてと思ったわけだ。


「金の力って……露骨すぎないか?」


「ですが、それは真実ですわ。だからこそ、こういうことも可能なのです」


 弘樹の前に出てきた薫子は、軽く指で彼の胸を突いた。

 彼は訝しがりながら瞳子に視線を送ると、『倒れろ!』と、その目がまるで某〇大フットボールチームのコーチのように物語っていたのだ。


「(ええいっ! これも時給アップのためだ!)」


 デビュー以来続いた不戦敗記録と、時給三十円アップ。

 よく考え……弘樹は深く考えるまでもなく、その場にわざと倒れた。

 人数が揃わないヒーロー戦隊での戦績など、時給アップの前には鼻クソ以下の存在だと気がついたからだ。


「おーーーほっほ! この私が直接出ればこんなものですわ! トマレッド、怖れるに足らずですわ!」


 こうして、トマレッドとビューティー総統による初の直接対決は、圧倒的な強さ(資金力)を誇るビューティー総統の勝利に終わった。

 ビューティー総統のあまりの強さに手も足も出なかったトマレッド。

 果たして彼は、宇宙自然保護同盟を倒すことができるのであろうか?



 頑張れ! トマレッド!

 負けるな! トマレッド!

 北見村の平和を守れるのは君だけなのだから。





「あーーー、腹減った」


「ヒロ君、一杯食べてね」


「わざと負けるのも疲れるな」


「そこは、瞳子さんの命令だから仕方がないよね」






 その日の晩、夕食を食べに姫野家に向かった弘樹であったが、そこには先に薫子、真美、くーみんの姿もあった。

 約束どおり、姫野家に夕食をご馳走になりに来たというわけだ。


「というか、本当に来たんだな」


「招待されましたから。それに、この村には飲食店がありませんので。これでは、怪人のみなさんと慰労会も開けませんわね」


 なくもないのだが、外の話に飢えている老人たちの酒盛りに強制参加させられるだけであった。

 それならやらない方がマシとも言える。


「隣町に出るしかないよね」


「回数が減りますが、仕方がありませんわね」


 薫子と真美の会話を聞いた弘樹は、今まで瞳子がそんな気の利いたことをなんて、一度もしてくれなかったと、物悲しい気分になってしまう。

 むしろ、一切料理ができない彼女のために、アルバイト代を貰った彩実が料理やツマミを作っているくらいなのだから。


「若い人が増えるのは大歓迎よ」


「そうだな。この村は年寄が多いから」


 料理を出している彩実の母彩也子と、祖父の権一郎は新たなる移住者を歓迎した。

 過疎化が深刻な北三村において、若い移住者はとても貴重だったからだ。


「あっ、そうだ。忘れておりました。これは引っ越し蕎麦の代わりですわ」


「すいませんねぇ」


 引っ越し蕎麦代わりの高級お菓子の詰め合わせを受け取った、彩実の祖母ふみが顔を綻ばせる。

 弘樹は『さすがは金持ち、贈り物が高価だ!』と一人感心していた。


「お前らって、二人で住むのか?」


「くーみんもいますわよ」


「熊なんだけどなぁ……」


 とはいえ、くーみんは当然変異種でこれ以上大きくならず、頭もいいので悪さなどするはずもない。

 しかも可愛いとあって、くーみんはクラス女子からも、村のお爺さんお婆さんからも大人気であった。


「あとは、執事の千堂と、調理人も来る予定ですわ」


「マジもんの金持ちなんだな。瀬戸内は」


 執事、調理人、弘樹の中では物語の登場人物でしかなかった。


「というわけでして、トマレッドを倒すまでの期間ですが、よろしくお願いいたしますわ」


「よろしくね」


「クマ」


 こうして、平和だった北見村に悪の組織宇宙自然保護同盟のメンバーが勢ぞろいした。

 果たして、弘樹はビューティー総統の野望を阻止することができるのか。


 頑張れ、ファーマーマン!

 勝つんだ、トマレッド!

 北見村の平和は、君の手にかかっているのだから。




「瀬戸内、お前、庶民の飯とか大丈夫なのか?」


「別に私たちだって、毎日フルコースとか食べていませんわよ。飽きますし。このお料理、美味しいですわね」


「切り干し大根の煮物だよ」


「初めて食べましたわ」


「そういうところは、やっぱりお嬢さんだよね」


「デザートは干し柿だけど大丈夫かしら?」


「食べたことがありませんけど、美味しそうですわね」


 生まれもせいもあってか、薫子自身もあまり細かいことを気にしない性質のようで、すぐ北見村の生活に馴染んでいくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る