第32話 緑のスーツと、バカには見えないスーツ

「いや、もう新しいスーツはいらんし!」


「弘樹がいらなくても、将来のファーマーマンには必要なんだ」


「将来? どうせ新しいメンバーなんて来ないでしょうが。スーツばかり揃えても、人が来ないじゃ意味ないですよ」


「そういう風に決めつけるのはよくないぞ」


「決めつけっていうか……まっとうなヒーローはここに来ないって」




 またも突然、弘樹は瞳子から新しいスーツの性能試験を頼まれた。

 まだ詳しい事情は聞いていないが、どうせまた『無料で提供』というワードに瞳子が引っかかったのであろうと弘樹は思っている。

 常に資金難であるファーマーマンなので、無料で新しいスーツを貰えるとなれば、ありがたいと考えるのが普通だが、弘樹は最近こう思うのだ。


 『スーツばかり揃えても、新しいメンバーが来ないのだから意味がないのでは?』と。


 しかも、見せてもらった新しいスーツは緑色である。

 もしまたこんなのを着て戦ったら、猪マックス・新太郎からなにを言われるか。

 くどいくらいに戦隊ヒーローとしての常識を説かれることは確実で、正直なところ面倒で堪らない。

 瞳子にも、少しは現場の苦労をわかってほしいものだと思う弘樹であった。


「絶対に猪から叱られるんだよなぁ……。瞳子さんが代わりに叱られてくれるのならいいけど」


「それならば問題ない」


「えっ? 本当に瞳子さんが代わりに叱られてくれるとか?」


「いや、それはない。私の策なら、誰も叱られずに済むからな」


「そんな都合のいい策があるのかな?」


 ちょっと疑わしいなと思う弘樹であった。

 とはいえ、瞳子は東大卒のキャリア官僚である。

 自分では想像もつかない策を考えたかもしれない……と思うことにした弘樹であった。


「とにかく、私の作戦どおりにやれば大丈夫だ」


「本当かなぁ……」


 疑わしいなと思いつつも、所詮は立場の弱いアルバイトヒーローの悲しさ。

 弘樹は瞳子の作戦に従い、緑の試作スーツで戦いに挑むのであった。





「あーーーはっはっ! 今日もババアの畑を自然に戻す作業が始まるぜ!」


「おめえも好きだな」


「好きとか嫌いとかじゃねえ! 仕事なんだよ!」





 今日も今日とて……毎度同じなので省略するが、宇宙自然保護同盟の怪人猪マックス・新太郎は、猪戦闘員たちを率いて畑を荒らそうとしていた。

 彼らを発見した畑の持ち主であるお婆さんだが、どうせ直前にファーマーマンが助けに来るとわかっていたので、のん気に怪人であるはずの猪マックス・新太郎に話しかけていた。


 人間、慣れとは恐ろしいものである。


「待つのです!」


「あん? 何者だ?」


 いつもならここで、トマレッドによる威勢のいい声で破壊活動を止められるところなのに、聞き慣れない甲高い声で止められてしまい、猪マックス・新太郎たちは拍子抜けしてしまった。

 いつものトマレッドの声とはまったく違っていたからだ。


「ピーグリーン! 豊穣戦隊ファーマーマン参上!」


「はあ? ピーグリーンだぁ?」


 いつもの赤いスーツのトマレッドではなく、見慣れない緑色のスーツのヒーローが登場し、しかも一人しかいない。 

 これは一体どういうことなのかと、猪マックス・新太郎たちは首を傾げてしまった。


「お前一人か?」


「そうです」


「お前、新人だよな?」


「はい。正確に言うと、あくまでも臨時での参加なので、今日だけの新人ですけど」


「臨時での参加なのか?」


「はい。今日は、トマレッドさんも、ダイホワイトさんも、ナスパープルさんお休みです」


「お前らのところは相変わらずだな……まあ、お前に言ってもわからないだろうけどな」


 正規のメンバー三人がお休みのため、あくまでも臨時で参加していると説明するピーグリーン。

 もはや人数が足りないとか、そういうレベルを超越しているなと思う猪マックス・新太郎であった。


「せめて誰か、事前に連絡してくれればいいのに……」


 知己のトマレッドやダイホワイトなら一人でも構わないが、いきなり新人の、しかも今日だけしか戦いに参加できない臨時メンバーを出すくらいなら、今日の戦いを中止すればいいのに……。

 報連相は社会人の常識だろうと、弘樹たちの非常識さに一人憤る猪マックス・新太郎であった。


「で、お前はピーマンの緑でピーグリーンだと?」


「はい。僕はピーグリーンです」


 緑色なので色合い、戦隊ヒーローのバランス的には悪くないが、ピーグリーンから今日だけの臨時参加だと言われてしまったので評価が難しい。

 しかも、豊穣戦隊なのでモチーフが農作物なのは仕方がないにしても、『ピーグリーンってどうなのよ?』と思ってしまう猪マックス・新太郎たちであった。


 ピーマンのヒーローって……と思わなくもないのだ。


「子供受けしなさそうだな」


「そこは、攻めていく方針で」


 ピーマンを好きな子供は非常に少ない。

 猪マックス・新太郎は、自分の娘もピーマン嫌いで奥さんがどうやって食べさせようか苦労しているのを知っていたので、ピーマンモチーフのヒーローってどうなんだろうと思わなくもなかったのだ。


「そちらがなにを選ぶのかは自由だけどな。そもそもこの村って、ピーマンが特産なのか?」


「さあ?」


「さあって……」


「僕はこの村の住民ではないので」


「そのくらい、事前に調べておいた方がいいぞ」


 そこは臨時参加でも、北見村のヒーローなのだから現地の確認くらいはしておけよと、猪マックス・新太郎はピーグリーンに注意した。

 いくら臨時出撃でも、そういうところで手を抜いてはいけないだろうと。


 一度きりだから手を抜いても構うまい。

 そういう奴は将来伸びないことを、猪マックス・新太郎は誰よりもよく理解していたからだ。


「これだけ広い村なので、どこか一軒くらい栽培しているのでは?」


「そりゃあそうだろうが……」


 そんな『農家が自分で食べる分くらいの栽培量なのに、ピーマンのヒーローを入れるのはどうなのよ?』と思ってしまう猪マックス・新太郎たちであった。


「緑の野菜なら、別にホウレン草とかでよくないか?」


「ホウレン草は、赤い部分があるので」


「そういう細かいところは気を使うんだな」


「キャベツも緑色が薄いし、小松菜とか他の菜っ葉類も微妙じゃないですか」


「はあ……」


 まあ、野菜のヒーローなんて元々微妙なんだが……と思う猪マックス・新太郎であったが、彼は大人だったので、それを言わない分別があった。


「事情は理解した」


「じゃあ、戦いましょう」


「その前に、最後に一つだけいいか?」


「はい。なんですか?」


「トマレッド、どうして今日は他人のフリまでして緑色のスーツなんだ?」


「っ!」


 バレている!

 変装が完全にバレているではないか!

 完璧な作戦じゃなかったのかよ、高級キャリア官僚! 

 と、弘樹は瞳子に対し内心で呪詛の言葉を吐いた。


「僕はピーグリーンだピーーー」


「いや、そんな取って付けたような語尾に『ピーーー』とか、サムイからいらないぞ」


 他人のフリをするためとはいえ、そんな変な語尾をつける戦隊ヒーローがいて堪るかと、猪マックス・新太郎は弘樹にツッコミを入れた。

 そういうイロモノキャラは長持ちしない。

 経験上、猪マックス・新太郎はそれをよく知っていた。


「どうしてバレたんだ?」


「スーツ姿で体型がまるわかりだからだろうな。背格好までまったく同じなうえ、声も適当に変えて喋っているから、トマレッドだとすぐにわかったぞ」


「なら、最初に指摘してくれよ!」


 完全にその正体がバレているのに、暫くピーグリーンのフリをし続けた自分がバカみたいじゃないかと、弘樹は猪マックス・新太郎に逆ギレした。


「また試作品スーツか?」


「無料で貰えるものは貰っておくんだと」


「そもそも、お前のところはスーツよりも人がいないじゃないか」


「まあな」


 弘樹もそれは散々瞳子に対し言っているが、『予算がない』の一言で終わってしまうのだと、猪マックス・新太郎に説明した。


「それにしても、どうしてそんな浅はかな作戦を……お前のところの司令、東大出なんだろう?」


 勉強はできても、仕事はというやつなのか?

 猪マックス・新太郎は、無意識に瞳子への評価を下げていた。


「どうせ試験してもらっても、使わないからタンスの肥やしだろうに……」


「まったく否定できないな」


 他の『まともな』ヒーローは、スーツなど装備のメンテナンスや、保管用の設備が充実しているのだが、いかんせんファーマーマンは金がないので、古民家でタンスの肥やしとなっていた。

 そんなところに何着スーツがあっても、使わなければ意味がないと、猪マックス・新太郎などは思ってしまうのだ。


「それに、虫食いとか大丈夫なのか?」


 金がない零細ヒーローが、安物のスーツをタンス仕舞って放置した結果、虫に食われて穴が開いたという話は猪マックス・新太郎もたまに聞くし、あの瞳子が洋服の保管方法など知っているはずがないと思ってしまうのだ。


「それなら、私が防虫剤を入れているから大丈夫です」


「彩実ちゃんか。なら安心だな」


 猪マックス・新太郎は、今日も顔を出した彩実がスーツの管理をしていると聞いて、安どの表情を浮かべた。

 もし瞳子がスーツの管理を担当していたら、いつか弘樹たちが虫食いスーツで姿を現る未来を予想してしまったからだ。

 他にも色々とあったせいで、猪マックス・新太郎は、瞳子よりも彩実を信用していたくらいなのだから。


「聞いてくださいよ、猪さん。瞳子さんたら、防虫剤も入れずにスーツをタンスに仕舞っていたから、私がやっておきました」


「そんなことだろうと思った。俺様も、スーツに虫食い穴が開いたヒーローとなんて戦いたくないからな。スーツに穴が開いていると、つい気になってしまうし」


 みっともないのもあるが、ついその穴が気になって戦いに集中できないからだと、その理由を述べる猪マックス・新太郎であった。


「そういうのって、気になってしまいますよね」


「だろう? というか、相変わらずトマレッドのところの司令は駄目だな。せっかく新しいスーツを手に入れても、保管も儘ならないようじゃあ意味ないだろう」


 そこはちゃんとしろよと、猪マックス・新太郎は瞳子に対し苦言を呈した。

 残念ながら、ここに彼女はいなかったが。


「まあ仕方がない。少し手合わせして終わらせよう」


 ファーマーマン側の不備による不戦勝でもいいのだが、やはり猪マックス・新太郎は猪の怪人。

 怪人の本能に従い、戦わなければと思ってしまうのだ。


「あーーーはっはっ! 臨時の新人だかなんだか知らんが、俺様の突進を食らって無事だった奴はいねえ! 全身の骨がバラバラになると……はがぁ!」


 ピーグリーンの中身がトマレッドであることをあえてなかったことにし、ピーグリーンへの突進を始めた猪マックス・新太郎であったが、やはり中身はトマレッド。

 彼のカカト落としを食らい、そのまま畑に上半身をのめり込ませて気絶してしまった。


「勝ったけど……猪に悪いことをしたかな?」


 せっかく、ピーグリーンの正体が弘樹であることを無視して戦ってくれたというのに、今日も一撃で倒してしまった。

 弘樹は、猪マックス・新太郎に対しちょっと悪いかなと思ってしまったのだ。


「ヒロ君、正直なところ、新しいスーツってどうなの?」


「普通かな?」


 弘樹の場合、宇宙自然保護同盟の怪人たちに連戦連勝のため、スーツのわずかな性能の差とかがまるでわからなかったのだ。

 トマレッドスーツのチープさから、別にスーツなんて着なくても勝てそうな気がしなくもない弘樹であった。

 高価なスーツも存在するのだが、ファーマーマンにはまったく縁がないという理由も存在していたが。


「そこはちゃんとスーツを着てあげないと、猪さんが可哀想だよ」


 せめて最低限の礼儀は守らないとと、彩実は弘樹に注意してしまう。


「それもそうだな。次からはちゃんと赤いスーツを着るようにしよう」


「でも、瞳子さんがまた試着スーツを手に入れてくるかも」


「面倒だよなぁ……」


 また新しいスーツの試着を頼まれた時、今度はどうやって猪マックス・新太郎の説教をかわすか。

 弘樹は、そんなことを考えながら彩実と共に帰路につくのであった。






「はあ? スーツがない? どうして?」


「貸したからだ」


「今日は出撃の日じゃないか。そんな日にスーツを貸さないでくれよ!」





 緑色の試作スーツの事件から数日後、弘樹が宇宙自然保護同盟との対決に向かおうとしたら、自分のスーツがないことに気がついてしまった。

 瞳子しか司令本部にいなかった頃には自宅に持ち帰って自分で洗濯するか、彩実に洗濯を頼んでいたのだが、今では彼女が司令本部要員として採用されていたため、スーツは司令本部の保管庫(古いタンスの中)に仕舞ってあった。


 それを取り出そうとしたところ、弘樹は古ダンスになにも入っていないことに気がついてしまったのだ。


「今日も、健司もジョーもいないんだぞ。どうするんだよ」


 スーツが自前の健司は今日も体調不良で欠席、ジョーは知り合いに会うとかで朝から北見村にいなかった。

 弘樹一人で戦わなければいけないのに、スーツが一着もないなんて、段々とファーマーマンは酷くなってきたなと思う弘樹であった。


「まあ、聞け」


「事情があるのか?」


「実は、都内で多くのヒーローと怪人たちによる大決戦が行われる予定でな。映画の撮影も兼ねている」


「はあ……」


 最近では、ヒーローと怪人が戦う様子を撮影し、動画配信して副収入を得るヒーローと悪の組織が増えており、今日は一段と派手な大乱戦を撮影する予定なのだと、瞳子は説明した。


「それとファーマーマンになにか関係があるのか?」


 どう逆立ちしても、ファーマーマンがその大乱戦に呼ばれる可能性はゼロだ。

 それと、今日スーツがない件とどう関係があるのだと、弘樹は瞳子に問い質した。


「多くのヒーローが集まるし、白熱した戦いになるのでスーツの予備が必要というわけだ。あくまでも万が一に備えてだが……」


 その予備のスーツだが、本物のスーツでなければヒーローも戦闘力をすべて引き出せない。

 偽物のコスプレ的な衣装というわけにいかず、瞳子がそこに本物のスーツを貸し出したというのが真相であった。


「俺はどうするんだよ? 大体、他のヒーローに一着残らずスーツ貸し出すか? 普通」


 しかも、変なデザインのスーツも混じっている。

 ファーマーマンのイメージが低下するかも……と一瞬だけ思った弘樹だが、考えてみたらこれ以上ファーマーマンのイメージは低下しようがない。

 イメージ云々以前に知名度がゼロに近いからなと、この件であまり怒っても意味はないと思ってしまう弘樹であった。


「貸出し賃がとてもよかったのでな。うちは金がないからな」


 予算不足なのは十分わかったが、だからって金のために常識外れな行動ばかり取る瞳子に対し、弘樹はもうなにも言う気力がなくなっていた。


「健司とジョーが、今日お休みだったのは想定外だったな。弘樹の代わりに出そうと思っていたのに」


 瞳子は、今日本当は弘樹を欠席させる予定だったと臆面もなく言い放った。

 戦隊ヒーローなのに、一人欠席することが前提だったなんて……。

 やはり、ファーマーマンは色々と終わっているなと思ってしまう弘樹であった。


「で、どうするんです? 宇宙自然保護同盟に対決の中止を要請しますか?」


 向こうも、ファーマーマンあっての悪の組織である。

 事情を説明すれば、対決を延期してくれるはず。

 特に、ヒーローの常識にはうるさい猪マックス・新太郎ならば受け入れるはずだと、弘樹は瞳子に意見を述べた。


「前日までなら中止を要請できるが、当日のキャンセルは悪手だな」


「えっ? それはまたどうして?」


「向こうも経費をかけて怪人たちを用意している以上、キャンセル料が必要となるからだ。うちにそんな金はない!」


「でもさぁ……」


 そんな、キャンセル料を払うのが嫌だからという理由で、弘樹一人なうえに、スーツすらない状態で戦わせるなど。

 それはあんまりだと思う弘樹であった。


「手はある!」


「あるのかよ!」


 一人だけなのはなんとか誤魔化せるとしても、スーツなしであの猪マックス・新太郎に苦言を呈されない方法があるとは、到底思えない弘樹であった。


「大丈夫だ。自信を持って戦えばいいのだ。その際に連中を言い含める魔法の言葉を教えてやろう。ちゃんと覚えてくれ」


「行けと言われれば行きますけど、あとで文句を言われても俺は知りませんからね」


「大丈夫だ。大船に乗ったつもりでいてくれ」


「はあ……本当に大丈夫なのかな?」


 弘樹は瞳子から策を伝授され、スーツなしで対決に臨む羽目になってしまうのであった。





「あーーーはっはっ、今日こそはババアの畑を自然に戻してやるぜ……って、おい! 真美!」


「はい?」


「これから対決なんだが……」


「大丈夫だよ、弘樹君たちが出てきたらちゃんと戦うから。お婆ちゃんのオハギ美味しいね、くーみん」


「クマ!」


「気に入ってもらえてよかっただ。たんとお食べ」


「ありがとうお婆ちゃん」


「クマ」


「くーみんも、『美味しいオハギをありがとう』だって」


「どういたしまして」  




 今日も……猪マックス・新太郎と真美とくーみんで村の畑に襲撃をかけたのだが、被害者であるはずの老婆は、手作りのオハギを真美とくーみんに振る舞っていた。

 どうせファーマーマンが負けでもしなければ畑は荒されず、勝負はいつもファーマーマンの勝利か引き分けのため、老婆は宇宙自然保護同盟の怪人たちが出現しても慌てる素振りを見せなくなっていた。


 これを馴れ合いというのか、台本の読み合わせというのかは、正直なところ判断が難しいところだ。


「真美、そういうのは終わってからにしろ」


「でもさぁ、今日は弘樹君一人のはずだよ」


「どうしてそんなことがわかるんだ?」


「だって、学校でクラスメイトに聞いたから」


 真美は、クラスの女子たちからジョーの外出について聞いていた。

 健司に至っては、体調不良で早退している。

 まずこの二人が対決に出てこないであろうことを、彼女は知っていたのだ。


「先に言えよ、それ」


「薫子ちゃんが、私と猪さんだけしか出さないんだから、とっくにわかっているんだと思ったの」


「そういうことか……」


 今のファーマーマンは、象のウィラチョンを入れて四名まで増えている。

 到底、猪マックス・新太郎と真美のみで手に負える相手ではなく、四天王を全員出していない時点で、とっくに欠席者がいることに気がついているのだと思った。

 真美は、猪マックス・新太郎の意に沿う言い訳をしていた。


「今日はヒロちゃんだけなのか」


「婆さん、不安か? 畑が心配だろう?」


「いんや、別に。前からヒロちゃん一人でもなんの問題もねえべ」


 これが田舎の情報拡散力というべきか、老婆は弘樹が尋常でないほど強いのを知っていたので、怪人が二人だけなら問題ないと冷静に計算していた。

 くーみんもいるが、やはり彼は戦力にならないことを老婆は知っていたのだ。


「ヒロちゃんが来れば戦いになるんだから、まずは落ち着いてオハギでも食え、猪」


「なんか拍子抜けするよな」


 とはいいつつも、この北見村で宇宙自然保護同盟が定着できるよう、四天王次席である猪マックス・新太郎は地元に配慮する必要があると、薫子から言われている。

 誘いを断るのはよくないと、彼は婆さんから貰ったオハギを口に入れた。


「やっぱり、手作りのオハギは美味いな」


「だべ?」


「待てぃ!」


 悪の組織の怪人たちと、畑を襲われているはずの老婆が午後のオヤツタイムを堪能していると、突然いつものあの声が響き渡る。


「なに奴?」


 そんなことわざわざ聞くまでもないが、これも決まり、様式美だと、猪マックス・新太郎は声の主に対し何者だと声をかけた。


「この村の畑を破壊する奴は許さないぞ! トマレッド見参!」


「またも出たな! トマレッド! って!」


「えっ? どういうこと?」


「クマ!」


 いつものように名乗りをあげながら登場するトマレッド弘樹であったが、そんな彼の姿を確認した猪マックス・新太郎たちは口を開けながら、その場に立ち尽くしてしまった。

 彼らの予想を遥かに超えた想定外の事態が発生し、脳がそれを処理しきれず、体が動かなくなってしまったのだ。


「どうした? かかってこい!」


「なあ、ちょっといいか?」


「なんだよ?」


 ようやく再起動を果たした猪マックス・新太郎は、弘樹に対し質問をする。


「よもや、こんなことをヒーローに尋ねるとは思わなかったが、スーツはどうした?」


 ヒーローに対し、『お前はどうしてスーツを着ないで普段着姿なのか?』と尋ねる怪人。

 そんな怪人、世界広しと言えども自分だけだろうなと思う猪マックス・新太郎であった。


「弘樹君、見せ方を変えたの?」


 ヒーローの中には、最初は変身しないで登場し、戦闘員たちをある程度倒してから変身するという演出を行うヒーローも存在する。

 真美は、ファーマーマンもその方式に変更したのではないと思ったのだ。


「なにを言っている。俺はちゃんと真っ赤なスーツを、それも新作のスーツを着ているぞ」


「今のお前はTシャツとジーンズ姿で、どう見ても普段の姿じゃないか!」


 それなのに、新作のスーツを着ているだなんて、自分たちをバカにしているのかと、猪マックス・新太郎は弘樹に対し憤りを露にした。


「えっ? まさか猪は、俺のスーツが見えていないのか?」


「見えないというか、スーツなんて着ていないじゃないか」


「ああっ……そうか……猪は……」


「えっ? 急になんだ?」


 猪マックス・新太郎は、弘樹が自分に対し『可哀想に……』と言った表情を向けたので、実はなにか重要な見落としがあるのではないかと、心配になってしまったのだ。


「実は、この新しいスーツだがな。バカには見えないんだ」


「バカには見えない?」


「そうなんだ。バカには見えない。俺は、宇宙自然保護同盟の怪人でこのスーツが見えない奴がいるとは思わなかったんだが、とても残念だ」


「「「……」」」


 と言いながら、猪マックス・新太郎たちに対し、心から可哀想にという表情を向ける弘樹。

 よりにもよって学校では常に赤点をギリギリで避けている弘樹からバカ扱いされてしまったことに、三人のプライドは大いに傷つけられてしまった。


「弘樹君、その新しいスーツ格好いいね」


「だろう?」


「クマ!」


「くーみんも、赤が栄えていいスーツだねって」


「二人とも、ちゃんと見えているじゃないか」


「ええっーーー!」


 自分は弘樹が着ている新しいスーツなんて見ないのに、真美とくーみんは見えると言い始めた。

 猪マックス・新太郎は、実は自分だけがバカで、本当にそのスーツが見えていないのではないかと、徐々に心配になっていた。


「(バカには見えないスーツなど存在するわけが……しかし、絶対に存在しないとは言えないか……トマレッドが嘘をついている可能性も……真美とくーみん……くーみんはともかく、真美はトマレッドレベルと知能にそう差はないはず……実は見えていないのに、見えているフリをしている? 昔にあったな、そんな童話が。王様と仕立て屋の話だったはず。この前娘が絵本で見ていた。だが、絶対にそんなスーツが存在しないという保証も……ええいっ! どっちなんだ!)」


 バカには見えないスーツは実在する、しない。

 猪マックス・新太郎の頭の中では、その存在の有無を巡って様々な意見がせめぎ合い、彼は戦いどことではなくなっていた。


「ヒロちゃん、今日はスーツを着ないだか?」


「こらぁ! バカには見えないスーツなんてやはり存在しないではないか!」


 猪マックス・新太郎の心の迷いは、皮肉にもその畑を破壊しようと老婆の言葉によって解決してい

た。

 嘘をつかれていた彼は、弘樹に対し抗議の声をあげた。


「富山の婆ちゃん、バラすなよ」


「オラア、別になにもバラしてねえぞ」


 弘樹はスーツを着ていないと、ただ正直に言っただけだと老婆は語った。


「真美、くーみん。怪人が同調圧力に屈するなよ!」


「だって、バカには見えないって言うから」


「クマ!」


「くーみんも、『空気読んだだけ』だって言ってるよ」


 見たとおりのまま、トマレッドはスーツを着ていないと言えばいいのに、つい色々と大人の事情でスーツ着ていると言ってしまう。

 娘が見ていた絵本の童話そのものだなと。

 同時に、昔の童話の深さについて実感してしまう猪マックス・新太郎であった。


「(帰りに、娘に違う絵本でも買って帰るかな)トマレッド、どういうことだ?」


 猪マックス・新太郎は弘樹に対し、今日はどうしてスーツを着ていないのかを問い質した。


「主にうちの予算不足と、瞳子さんのせいでかな?」


 弘樹は、瞳子が勝手にスーツを他所に貸し出してしまったのだという事情を説明した。


「お前のところの司令は、定期的にやらかすよな。どこのヒーローが、他のヒーローにスーツを有料で貸し出すよ。報酬に釣られてとか、前代未聞だぞ」


 しかも、対決の日に貸し出してしまうなど。

 実際、あてにしていた健司とジョーはお休みで、弘樹はスーツなしで戦いに臨む羽目になってしまったのだから。


「あれだけ予備のスーツがあっただろうが」


「全部金になるから貸してしまったんだと。どうせ猪は、俺が赤以外のスーツを着ると怒るじゃないか」


「その普段着姿よりはマシだろうが! もはやヒーローですらねえよ! ただの兄ちゃんだよ! しかも、バカには見えないスーツとか、変な誤魔化し方を……。次から次へと、斜め下なことをやってくれるな!」


「俺に言わないで、瞳子さんに言ってくれよ」


 まあ、あの人になにを言っても無駄なんだけど……と内心で思う弘樹であったが。


「スーツすら着ていないんじゃあ、今日の対決は延期だな。明日にでも……」


「それは駄目だよ、猪さん」


「どうしてだ? 真美」


「薫子ちゃんが言うには、一日でも早く宇宙自然保護同盟の『本拠地認定』を得たいんだって。だから、対戦数が大切らしいよ」


「『本拠地認定』って、この村を縄張りにしようとしている他の悪の組織っているか?」


「今はいなくても、将来はわからないからだって」


 詳しく説明すると、『本拠地認定』とは、その悪の組織が主に活動している地域を日本怪人協会に登録する制度である。

 これをすることによって、他の雨後のタケノコのように発足し続ける悪の組織の縄張り荒らしを防げるのであるが、登録するには条件があった。

 その地で活動するヒーローと、決められた数の対決をこなすことであった。


 真美は薫子から、本拠地登録のため勝敗はひとまず置いておいて、対戦数を一つでも増やしてと言われていたのだ。


「ビューティー総統閣下の命令なら仕方がないか……」


 本音を言えば、猪マックス・新太郎本人としては、スーツを着ていないヒーローとなど戦いたくなかった。

 だが、彼も宇宙自然保護同盟の怪人。

 上司であるビューティー総統閣下の命令には逆らえなかった。


 とは言いつつ、実は勝利を稼げると、内心喜んでいたのは秘密であったが。

 猪マックス・新太郎がこれまでこの業界で生き残ってこれたのは、そういう狡い部分もちゃんと持ち合わせていたからなのだから。


 これが大人の世界なのだと思う、猪マックス・新太郎であった。


「俺様としては個人的に思うところがあるのだが、ビューティー総統閣下の命令ならば仕方がない。悪く思うなよ」


「弘樹君、覚悟」


「クマ!」


 今日はスーツを着ていない弘樹に対し、猪マックス・新太郎、真美、くーみんが襲いかかろうとしていて、弘樹はこれまでにない危機に陥っていた。


 果たして、スーツなしでも弘樹は勝てるのか?

 ファーマーマンに最大の危機が訪れようとしていた。





「真美ぃーーー、引き抜いてくれ」


「はぁーーーい。よいしょっと」


「クソぉーーー! トマレッドの奴、スーツなしでなんであんなに強いんだ? あんなヒーローは初めてだぞ」


「まさか負けるとは思わなかったね」


「クマ!」


「くーみんも驚きだって」





 残念なことに、今日も悪の組織宇宙自然保護同盟は、ファーマーマンに敗れてしまった。

 それはいつものこととして、彼らが納得いかなかったのは、今日のファーマーマンはトマレッドのみで、さらに彼はスーツを着ていなかった点にある。


 怪人三人で戦って、スーツなしの戦隊ヒーロー一人に敗れてしまう。

 これ以上の屈辱は、そうはなかったのだから。


「猪さん、今思ったんだけど」


「なにをだ?」


「弘樹君って、別にスーツなんていらないんじゃないかな?」


「あいつがスーツを着ていなかったら、俺様たちはその辺の兄ちゃんに連敗しているという評価に落ち着くがな」


「それはまずいね」


「クマ!」


「くーみんが、『でも、トマレッドがスーツを着たらもっと強いよね?』だって」


「そこは今さらだろう。とにかく特訓だ!」


「「おう(クマ)!」」


 ファーマーマンに勝利するため、さらに厳しい特訓を始めようと心に誓う三人であったが、彼らは気がついていなかった。

 宇宙自然保護同盟が北見村を出て活動すれば、すぐに超一流の悪の組織であると評価されるはずだという事実に。


 頑張れ! 宇宙自然保護同盟!

 頑張れ! 怪人たち!

 豊穣戦隊ファーマーマンを倒すその日まで!

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