第36話 宇宙怪人再び

「お待たせいたしました、牛丼大盛になります」


「すいません、お会計を」


「はい、ただいま。牛丼並、サラダ、味噌汁、卵のセットで六百五十円になります。千円のお預かりで、三百五十円のお返しとなります。ありがとうございました」


「シビビ君、もうそろそろ休憩の時間だよ」


「もうそんな時間なんですね、休憩、先にいただきます」


「はい、ご苦労様」






 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、トマレッド弘樹に敗れたあとも地球に残り続けていた。

 彼は、銀河系を股にかける凶悪怪人で、彼に倒されたヒーローはとても多い。

 銀河系辺境の惑星にいるローカルヒーロー一人に拘る必要はないのだが、それはこれまで超一流の宇宙怪人としてやってきた彼のプライドが許さなかった。


 今のままではトマレッドには勝てないと、地球の日本に残留しつつ、苛酷な鍛錬を続けていたのだ。

 そして、人間でも、ヒーローでも、怪人でも。

 生きていくにはお金が必要である。


 当然宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01も同様なのだが、彼は現在某牛丼チェーン店でアルバイトをして日々の糧を得ていた。


 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は強い宇宙怪人なのだから、怪人業をして稼げばいいと思う方々も多いと思うが……それには大きな壁があった。


 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、銀河系で活躍する宇宙怪人のため、日本ヒーロー協会に入会できなかったのだ。

 他の国の怪人協会ならともかく、ここは決まり事に厳しい日本であった。


 民族性は、ヒーローと怪人の特殊性すら容易に超えてしまう。


 日本の杓子定規な、お役人的な決まりにより、怪人活動ができない宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、アルバイトで糊口をしのいでいたわけだ。


 銀河系でも有数の実力を持つ宇宙怪人が、日本の牛丼チェーン店でアルバイトをする。

 色々と思わなくもないが、これもトマレッド弘樹を倒すまでのわずかな間。


 そう思って、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は牛丼屋でアルバイトを続けていた。


「アルバイトの合間に鍛錬を続け、私はさらに実力を上げた。今の私なら、トマレッドも容易に倒せるはず」


 休憩室で賄の牛丼特盛、生卵を食べながら、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01はそろそろトマレッドを倒しに行くことを検討していた。

 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、地球に来て初めて食べた牛丼の味を気に入っており、さらに店長以下の人間関係のよさもあり、牛丼屋でのアルバイトを気に入っていた。

 だが、それとこれとは別の話。

 自分の使命は、偉大な祖父スペースマーダー・ルキル03を倒したファイナルマンの孫であるトマレッドを倒し、自分たちの一族が銀河系で最強だと証明するためなのだから。


「とはいえ、一つ問題があるな……明日はいいのだ。お休みだからな」


 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01にとって唯一の懸念は、アルバイトをしている牛丼屋のシフトであった。

 年中無休二十四時間営業であるこのお店において、連休を取るのは難しい。


 多分店長に言えば休ませてくれると思うが、それをすると彼がその穴埋めに出勤しなければいけないか、誰か別のアルバイトが出勤を増やさなければいけなくなる。


 フリーター、主婦、学生、ダブルワークのサラリーマンなど。

 このお店でアルバイトをしている人たちの境遇は様々で、中にはかなりのハードワークをこなしている者もおり、そんな彼らに穴埋めを頼むのは悪い気がしたのだ。


「まずは、明日の公休日で腕試しをしておこう。その成果を見てから、トマレッド打倒のため、北見村遠征を計画すればいい」


「シビビサン、ヒーロートタタカウノカ?」


「明日にね」


「ガンバッテネ」


 ちょうど出勤してきたベトナムからの留学生グエン君にも応援され、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、早速翌日鍛錬の成果を確認することにした。






「くそっ! またも歯が立たないとは……」


「俺たちも鍛錬を続けていたのに……」


「俺たちが強くなるのと同じ速度かそれ以上で、奴も強くなっているのか……」


「貴様、次はまさか!」


「弘樹君を狙うというの?」





 そして翌日。

 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、日本どころか世界でもトップと称されるナイトフィーバーに戦いを挑み、またも余裕で勝利していた。

 彼の実感ではナイトフィーバーもかなり強くなっていたが、それ以上に自分も強くなっていたというわけだ。 


「頑張ったようですが、まだまだといった感じでしょうか? トマレッドとは当然戦いますよ。あなたたちナイトフィーバーとの戦いは、その前座、前菜みたいなものですから」


「どうして勝てないんだ!」


 またしても、宇宙怪人に手も足も出なかった。

 大ダメージを受けて立ち上がることすらできないフィーバーレッド勇人は、悔しさのあまり地面に拳を打ち続けていた。


「それは、君たちが弱いからだ。考えてもみたまえ。私よりも圧倒的に弱い君たちが、私と同じような鍛錬をして勝てると思っているのかな? だとしたら、能天気にもほどがある」


「「「「「……」」」」」


「まあ、仕上がりが確認できただけでも上出来かな。安心したまえ。今回の対決は非公式なもの。君たちの経歴には傷はつかんよ」


「宇宙怪人……お前はまさか……」


 いまだ大ダメージの影響で立ち上がれない勇人は、気力を普通振り絞って宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01に再び声をかけた。

 

「弘樹君と戦うつもりだな?」


「当たり前ではないか。私はそのためにこの星に残ったのだから」


 日本怪人協会に所属できないため、牛丼チェーン店でアルバイトをしながら鍛錬を続ける羽目になっても宇宙に戻らないのは、ただトマレッドを打倒するため。

 それを達成できなければ、銀河系でも三本の指に入る宇宙怪人という評価も空しいだけ。


 自分は、トマレッドを倒さなければ怪人として前に進めないのだと、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は思っていたのだ。


「これよりは、お前たちとの戦いとは比べものにならないほどの死闘が始まるというわけだ。軟弱なお前たちは指をくわえて見ているのだな」


「「「「「くっ……」」」」」


 対決した怪人から『同じフィールドにも立てない雑魚』と言われ、ナイトフィーバーの面々は地面に突っ伏しながら悔しさで顔を滲ませていた。


「では、またの機会があればいいと思うよ。私としては。強くなれたら相手をしてやろう」


 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は最後にそう言い残すと、倒れ伏したままのナイトフィーバーたちを置いてその場を去って行った。


「準備運動は終わった。あとは、トマレッドを倒すのみ」


 だが、その前に二日間の休暇をどう取ればいいか。

 むしろそちらの方が心配で堪らない、すぐに某牛丼チェーン店でのアルバイト生活に順応してしまった宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01であった。


 今、トマレッド弘樹に最大の危機が訪れようとしていた?






「北見村へのバスが出ている最寄り町まで在来電車を乗り継いで六時間以上。結局お休みは一日しか取れず、早朝、午前のシフトを終えてから家を出たので、すでに北見村へのバス便は終わっていたという。宿泊費は痛いが、これも明日トマレッドと万全の状態で戦うための必要経費だ」





 夕方六時、弘樹たちがたまに買い物に出かける町にあるビジネスホテルの一室において、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は明日の戦いに備えて早く寝ることを決意していた。

 先日の対決で、弘樹により遥か遠方まで殴り飛ばされた宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、北見村から大分離れた都市を生活の拠点にしていた。


 なぜなら、北見村は敵地なので当然として、この町に住んでも時給のいい働き口が存在しなかったからだ。

 時給が安いと遠征資金が貯まりにくいという欠点があり、それなら対決の度に遠征した方が結局は安く済むというのが現実であった。


 長時間の移動で体は疲れるが、自分はまだ若いのだと、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は心の中で奮起してこの場にいたというわけだ。


「明日こそが、トマレッドの命日となるのだ!」


 コンビニで買ったお弁当を食べると、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は明日に備えて早めに就寝するのであった。





 そして翌朝。

 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、北見村へと向かう一時間に一本しかないバスに乗り込んだ。

 ちなみに、早朝のバス便で北見村へと向かう者など一人もいない。

 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、乗客がずっと自分一人のままのバスで北見村に到着する。


「バス代が……往復で二千円とは!」



 バスの運賃が異常に高い。

 田舎あるあるであった。


 現在、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01はフリーターの身である。

 必要経費だとわかってはいたが、往復の交通費と宿泊代は痛かった。


 だが、今日トマレッドを倒せば宇宙に戻れる。

 そうなれば、銀河系を舞台に多くのヒーローを倒して荒稼ぎができるので、そこを気にしても仕方がないと思う宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01であった。


「見えたな」


 前回と同じく、宇宙自然保護同盟の本部アジトを占拠してから宣戦布告すると、時間がかかって帰りのバス便がなくなってしまうかもしれない。

 時間短縮のため。

 要は、トマレッドを倒せばいいのだと、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は一直線でファーマーマンの司令本部がある古民家へと向かった。


 ファーマーマンの司令本部に関しては、別に全然秘密でもないので、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01でも簡単に調べられたというわけだ。

 

「そんな戦隊ヒーローの本部基地なんて前代未聞だけどな」


 もし壊れたら、余っている別の民家に引っ越せばいいや。 

 家賃も安いし。

 という風に司令である瞳子が思っているため、ファーマーマンの本部アジトは誰にでもわかるようになってた。


 宇宙自然保護同盟側も、どうせ破壊しても無駄なのでそんなことはしない。

 前回、宇宙自然保護同盟の本部アジトが一時宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01によって占拠された不幸もあり、ビューティー総統がファーマーマンの司令本部を避難先に指定したという事実は……さすがに馴れ合い過ぎだと批判されるかもしれないので、公的には秘密となっていたが。


 秘密にはなっているが、ファーマーマンの司令本部が、宇宙自然保護同盟の本部アジトにアクシデントがあった場合、緊急避難先になっているのは純然たる事実であった。


 とはいえ、さすがに宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01はその事実を知らなかったのだが。


「ピンポーン!」


「はぁーーーい。あっ! 怪人さんですか?」


 またも宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は知らないが、ようやく設置されたインターホンを彼が鳴らすと、司令本部……古民家の中から髪型がポニーテールの少女が出てきた。

 そして、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01を見るなり驚きの表情を浮かべる。


「(ふっ、恐怖にあまり声も出ないか)トマレッドがいるか? いなくても、お前を人質にすれば、嫌がおうでも出てくるはずだ」


 別にこの少女を人質にし、動けないトマレッドを倒したところで自慢にもならないのでそんなことはしない。

 要は、トマレッドをおびき出す餌となってくれればいいのだ。


 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01が彩実を拘束しようとすると、それに反応したかのように彩実が声を出した。


「アポなしの対決ですか? そういうのはちょっと……」


 彩実は宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01に対し、『それはちょっと常識外れでは?』といったニュアンスの発言をした。


 最近のファーマーマンは、宇宙自然保護同盟及び彼らが呼んだ助っ人怪人たちとしか戦っていない。

 弘樹たちが勤労学生ということもあり、対決の日時は事前に決められていた。


 そこに、突然戦わせろと宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01が現れたのだ。


 彩実から面倒そうな人だと思われて当然というわけだ。


「事前にアポをお願いします」


「そんなバカな話があるか!」


 怪人なんて当然襲ってくるもので、ヒーローもそれに対応できるのが普通。

 それなのにアポを取れとか、常識ハズレも甚だしいと思う宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01であった。


 まあ、ファーマーマンと宇宙自然保護同盟との間ではそれが常識なのであったが。


「ヒロ君、今は忙しいので……」


「そんなバカみたいな話が怪人とヒーローとの間であって堪るか! トマレッドを出せ!」


「無理です!」


「このアマ! お前を誘拐して呼び寄せるぞ!」


 司令本部である古民家の前で、ヒーローと戦いたいから出せと言う宇宙怪人と、それを阻止しようとする基地職員。

 冷静に第三者的な視線で見てこれほどシュールな光景はなかったが。当事者たちは真剣なのでそれに気がつかなかった。 


「彩実、なにをやっているんだ?」


 彩実と宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01が玄関先で騒いでいることに気がついた弘樹は、何事かと姿を現した。


「出たな! トマレッド!」


「ええと……シビレ一号?」


「そんな名前じゃねえよ! 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01だよ!」


 ちょっと似ているけど、そんな名前ではないと、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は弘樹に対し声を大にして激高した。


「なんだよ? 急に」


「再戦だ! 私は、お前を倒して宇宙に戻るのだ」


「あのよ、アポくらいとってくれよ」


「お前は今、暇そうじゃないか」


 どうせ司令本部と称する古民家の居間で寛いでいただけだろうと、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は弘樹に対し文句を言った。


「これが違うんだな。俺は忙しいんだよ」


「信用できるものか。とにかく、私と戦え!」


「だから、俺は忙しいんだよ」


 今度は、弘樹と押し問答を始める宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01であったが、やはりその様子が気になったのか。

 再び古民家の中から、若い一人の男性が顔を出した。


 その若い男性とは誰であろう。

 普段は好青年であるが、ヒーローになると色々と問題が多い金山太郎太その人であった。


「弘樹君、どうかしたのかな?」


「なんか。この宇宙怪人が戦えってさ」


「いいじゃないか、弘樹君。ヒーローは怪人と戦うものだろう?」


「でも、今日は駄目だろう。みんな集まってるし」


「ヒーローが複数揃っているのか?」


「ちょっとした研修でな。だから今日は、お前の相手はしていられないんだよ」


「いいではないか。私は短期間で大幅にパワーアップした。トマレッドも含めて、今日ここにいるヒーローたち全員を血祭りにあげ、宇宙に凱旋する際の手土産としようではないか」


 前回は一対一で敗北してしまったが、今回トマレッドとその他ヒーローたちを全員血祭りにあげてこそ、銀河系でも有数の宇宙怪人である自分の名誉回復に繋がる。

 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、一対複数の対決を所望した。


 そうすることで前回の敗北の汚名を挽回し、新たな自分となれるのだから。


「複数ヒーロー対怪人一人は特番とかでよくあるケースだけど、今日は本当にやめた方がいいって」


「私は怪人だ。ヒーローの忠告など聞くものか。さては、この短期間で強くなった私に怯えているな」


 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、こう考えた。

 自分が短期間で強くなり過ぎたがゆえに、もはや勝利の目がないトマレッドが懸命に対決を止めようとしているのだと。


「そこまで言うのならいいけど、本当に後悔するなよ?」


「後悔? それはトマレッド、君がするものだな」


「ああっ! もう! 知らないからな!」


 こうして、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01バーサストマレッド以下ヒーロー有志連合による対決が始まったのであった。







「はははっ! 地球の惰弱なヒーローたちは、私に怖気づいたようだな! このままこの星を征服するのもいいな」


「待てぃ!」





 いつも同じなので省略するが、まずは北見村を地球征服の第一歩として占拠しようとした宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01に対し、それを阻止する者たちが現れたというシーンなのを最初に説明しておこうと思う。


「なに奴だ?」


「宇宙怪人め! 北見村も地球もお前の手に渡さないぞ! トマレッド見参!」


「ダイホワイト!」


「ナスパープル! ソシテ、ワタシノオトウトウィラチョンモサンセンヨ」


「パォーーーン!」


「「「「豊穣戦隊ファーマーマン参上(パォーーーン!)!」


 まずは、四人?に増えたファーマーマンの揃い踏みであった。


「で、大丈夫か? 宇宙怪人」


「人数が増えたとて、問題はない」


 トマレッドが強くなり、ファーマーマンの人数が増えたとて、自分はもっと強くなっている。

 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、弘樹の心配を一蹴した。


「助っ人もいるんだが……」


「全員、血祭りですよ」


「そうか、本人がそう言うのなら……」


 弘樹は、助っ人ヒーローたちに参戦を促した。

 あとで後悔するなよと、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01に思いながら。


「この世の悪をさらけだす! すべてを如実にさらけ出す! 覆い隠すはみなの敵! いかなる覆いも許さない! 全裸マン参上!」


「ゼンラー!」


「建前ばかりの世の中で! それでもこれはというものを! 隠すことなく晒します! これを隠すは許さない! 丸出しマン!」


「マルダシー! お待たせでござるよ」


「……なあ、トマレッド?」


「だから、後悔するなって言っただろうが! 自分の発言に責任を持てよ!」


 実は、本日は司令本部においてヒーローの研修会が行われていたのだ。

 そんなものをしてなにになるのか? 

 という疑問を弘樹は感じていたが、それを開催した瞳子はこう言い放った。


 『補助金が出るんだ』と。

 よくある税金を無駄遣い……じゅなかった、活用した補助金事業の一環で、最近貧困化するヒーローと怪人の収入が上がるよう、研修を受けさせ、その費用が税金から出るという制度があり、その補助金目当てに、キャリア官僚でそういう情報を掴むのが早い瞳子は、すかさす研修会の開催を申請したわけだ。


 そして、ちょうどその日に宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は弘樹を訪ねてしまったわけだ。


「お前らの格好はどうでもいいが、二人はヒーローじゃなくて怪人じゃないのか?」


「この研修会、ヒーローから怪人に、怪人からヒーローに転職を考えている人という名目で申請を出すと、怪人でも出られるんだよ」


「いかにも、ヒーローと怪人のことなどなにもわかっていない、無知で予算を消化できればいいと思っているお上が作った補助金でござる」


 と、公務員批判を始める二郎太と四郎太であったが、彼らも全裸だったり〇ンコ丸出しなので、連中に言われたくないだろうと思う宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01であった。


「続けて、半蔵レッド!」


「才蔵ブラック!」


「丹波イエロー!」


「段蔵グリーン!」


「千代女ピンク!」


「「「「「五人揃って、忍者戦隊シノビンジャー!」」」」」


「えっ? 声だけ?」


「ああ、そいつら元忍者で人前に姿を現すのが苦手なんだと」


「本当に存在するのか?」


 声だけ聞こえて、姿を現さない戦隊ヒーロー。

 もしかすると実在しないのでは?

 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、弘樹を疑いの目で見始めた。


「別に疑っても構わないけどな。戦うのはお前だ」


 弘樹も、すでに忍者戦隊シノビンジャーの実在証明をすることを完全に放棄していた。

 自分もその姿を見たことがない戦隊ヒーローの実在証明など、絶対に不可能だと思ったからだ。

 最近では、勝手に油断して敗れるがいいとまで思うようになっていた。


「原稿が終わったので! 助っ人ヒーロー! チタニウムマン参上! 新作もよろしくね」


 続けて、兼業作家でもある単独ヒーローチタニウムマンも姿を見せた。

 彼は、糠みそというPNを持つライトノベル作家であり、今デビュー作『異世界で最強になって、ハーレム作り放題戦記』のアニメ化企画が進行中であった。

 新作も売れているらしい。


 その話を聞いた弘樹は、失礼ながらもどうでもいいかなと思ってしまったのだが。


「宇宙怪人め! このチタニウムマンが許さないぞ……あっ、ちょっと失礼」


 チタニウムマンは、まるで条件反射のようにスマホの着信音に反応した。

 

「ははっーーー! ライトニング文庫の冴木様でございますね! 糠みそでございます!」


『先生、アニメ脚本のチェックなんですけど、できれば明日までにお願い……』


「ははっーーー! 命に代えましても!」


「なあ、そいつも実は怪人側か?」


 ヒーローが、着信の入ったスマホに土下座をかますなんて、通話の相手は戦隊ヒーローの司令ではなく、悪の組織の首領なのではないかと、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は思ってしまったのだ。


 まあ、ライトニング文庫の冴島という人物が悪の組織の首領ではないことは弘樹も知っていたが、もう説明するのが面倒なので弘樹はなにも言わなかったのだが。

 こうして、別の業界に伝説の編集の事実かどうかわからない風聞が拡散していくわけだ。


「キラレッド!」


「キラブルー!」


「キライエロー!」


「キラグリーン!」


「キラピンク!」


「「「「「アイドル戦隊! キラキラファイブ!」」」」」


「弱そうだな……」


 と、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01が思うのも無理はない。

 彼らが弱いヒーローなのは事実であり、今日は研修のあと、功績に下駄を履かせるため、宇宙自然保護同盟との対決(プロレス)を行う予定だったからだ。


「早雲レッド!」


「氏綱ブルー!」


「氏康イエロー!」


「氏政グリーン!」


「氏直ピンク!」


「「「「「五人揃って! 北条戦隊ゴダイジャー!」」」」」


 さらに、前回の不始末の詫びをさせるという理由で、瞳子は北条戦隊ゴダイジャーも呼び出していた。

 一応ヒーローなので、研修に参加させれば人数分補助金が出るという、瞳子による策の犠牲者でもあったが。


「随分と人数が多いな」


「不安か?」


「まさか! お前らを皆殺しにして、私は宇宙に凱旋するのだよ!」


 とは言ってみたものの、実は内心心配であった宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01であった。 

 いくらなんでも、人数差が大きいのではないかと。


 とはいえ、今さら引くわけにいかない。

 それに、あきらかに弱そうなヒーローたちも混じっている。

 これなら乱戦に持ち込めば勝機も上がるのではないかと、彼は自信を取り戻そうとしていた。


「さあ、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01による殺戮ショーを始めましょう」


「(弘樹君、こういうの戦隊ヒーローの映画とかでよくあったよね?)」


「(そうだな)」


 健司も弘樹も、子供の頃に見たヒーロー番組を思い出していた。

 特番で複数の人気ヒーローたちが大集結するのだが、敵である怪人は一人であるケースも多く、可哀想にランチェスターの法則により袋叩きにされてしまうのだ。


 子供の頃はそんなに気にらなかったが、今にして思うと多数のヒーローたちに袋叩きにされる怪人が可哀想だと思えるようになった弘樹たちであった。


 そして今、目の前に現実として存在している。

 いくら宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01が強くても、この人数と戦えば袋叩きの運命からは逃れられないだろうと。


「(ジブンデエランダセンタクシデス。カレノイシヲソンチョウシマショウ)」


「(それしかないよな)」


「さあ、誰から血祭りにあげてやりましょうか?」


 こうして弘樹たちヒーロー有志連合と宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01による戦いが始まったわけだが、経過を伝えると可哀想なので結果だけお伝えしようと思う。

 容赦なく弘樹たちによって袋叩きにされた宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、逃げるように本日最後のバスで北見村をあとにしたのであった。







「(ふう……またもやりなおしだな)牛丼、並二丁です」


 そして翌日。

 その日のうちにどうにか自宅アパートに辿り着いた宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、ボロボロの体を引きずって牛丼屋のアルバイトに精を出していた。

 今回かかった経費はフリーターの身には重く、また特訓を続けながらお金を貯めるしかなかったからだ。


 負傷中とはいえ、ここでアルバイトを休んでしまうとアパートの家賃や生活費、次の対決に備えた貯金もできなくなってしまう。


 宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01は、自らの体に鞭を打って働いていた。

 こんなことをしなくても、地球など無視して宇宙怪人としての活動に戻れば、今ほど金に困ることなどないというのに。


 だが、それでは自分が自分でなくなってしまう。

 偉大だったお祖父さんの仇も取れない。

 だから彼は、トマレッド打倒という目標を達成するまで地球を離れないことを決意していたのだ。


「シビビ君、大丈夫?」


「ええ、なんとか」


「怪人さんって大変なんだね。今日の休憩中の賄、肉を大サービスするから頑張ってね」


「ありがとうございます、店長」


「シビビ君はよく働いてくれるからねひ。ヒーローと戦う時はなるべく早めに言ってね。グエン君も、朋美さんも、下川君も、できる限りフォローするからって」


「ありがとうございます」


「今度は勝てるといいね」


「はいっ!」


 日々の生活はちょっと厳しいけど、ここには優しい店長や、同じく異国で学業とアルバイトを頑張っている留学生のグエン君、旦那さんがリストラされてしまったので大変なのに明るい主婦の朋美さん、ちょっととっつきにくいけど、仲良くなればとてもいい人である大学生の下川君など、同じ職場で働く人たちには気のいい人が多い。

 いつトマッドを倒せるかわからないけど、とにかく今はアルバイトと特訓を頑張って、トマレッド打倒の準備を怠らないようにしようと思う、宇宙怪人スペースマーダー・シビビ01であった。

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