第35話 意識高い系ヒーロー
「弘樹、今日はアルバイトがある」
「アルバイト? 瞳子さん、俺はすでにアルバイトヒーローだぜ。なにを今さら」
「弘樹の雇用形態の話ではなく、ファーマーマンにアルバイトがあるという話だ」
「アルバイトってなにをするんです?」
「この司令本部にて、これからデビューするヒーローが合宿をする。そこで講師役を務めてもらう」
「俺が? 教えられることなんてないと思うけどなぁ……」
「ヒーローでないと講師になれないのでな。いればいいんだ」
「ぶっちゃけるなぁ……瞳子さん」
今の世は、ヒーロー・怪人戦国時代だと多くの関係者たちから呼ばれるだけあって、次々と新しいヒーローと怪人が誕生しては消えて行った。
デビューして三年以内に廃業するヒーローと悪の組織は、全体の七割にも及ぶ。
まるで飲食店みたいだと言う者も多く、出ては消えてを繰り返すを繰り返すヒーローと怪人に対し切なさを感じる老人もいたが、これも時代の流れなので仕方がないという意見も多かった。
「ちょっと知り合いのツテでな。これからデビューするヒーローたちの面倒を見ると、美味しい副収入があるというわけだ。とはいっても、ここに一泊させて、どのようなヒーローで行くか、経験者である我々の意見も参考にしつつ、最後は宇宙自然保護同盟と軽く戦って終わりという日程だ」
「なにそれ? ヒーローの新人研修みたいなもの?」
「そう捉えてもらっても構わない」
「瞳子さん、ここに彼らは泊まるのですか?」
「そうだが、なにか気になることでもあるのか?」
健司が気になることなど、たった一つしかない。
もしヒーローが五人来たとして、瞳子に食事などの面倒が見れるのかというものであった。
なにしろ彼女は、自他ともに認める『家事能力ゼロ、メシマズ女』なのだから。
「当然、彩実に応援してもらう。収入もあるので、休日と同じ扱いにして時給を上げよう。やってくれるな?」
「はい」
時給アップは魅力的だが、それ以前に彩実としても引き受けるしかなかった。
もし瞳子だけに任せると、せっかく北見村に来てくれたヒーローたちがゴミ屋敷に埋もれたり、インスタントやレトルトの食事ばかり食べさせられてしまうだろう。
ほぼ間違いなくそうなるであろうし、もし鬼の霍乱で彼女が自分で包丁を握ったとしよう。
食中毒でも出されたら、そのヒーローたちが北見村の悪い印象を持ってしまうからだ。
「私は酒盛りでもいいと思うんだが」
「研修だから、酒は駄目ですよ」
「それもそうか。彩実、連中の飯を頼む」
「わかりました」
「弘樹も健司も、彼らがここに来たら、これまでの経験などを話してやれ」
「それはいいけど」
「いいけどなんだ? 弘樹」
「いやさ。いまだ二人の俺たちが、彼らにアドバイスして説得力あるかな?」
「健司も頼むぞ」
「弘樹君の疑問をスルーした!」
こうして、この北見村にあるファーマーマン司令本部に、翌日デビュー前の新人ヒーローたちが研修に訪れることが決まったのであった。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、今日は頼む」
そして翌日の朝、司令本部に五人の男女が姿を見せた。
いかにもフレッシュな新人ヒーロー……には見えなかった。
どうにも、弘樹たちが考える五人組ヒーローのイメージとはかけ離れた存在だったからだ。
正直なところ、あまり人のことは言えなかったが……。
「まずは中にどうぞ」
「お邪魔します」
瞳子の案内で司令本部に入る……古民家の居間に通されただけだが、彼らはこの司令本部を見てもなにも言わなかった。
瞳子以外はなにか言われるのではないかと思っていたので、これは意外だった。
「お茶をどうそ」
「すいません。今日は、我々ラブ&ピースファイブがデビューするにあたり、最後の確認をしたかったのです」
代表して説明するのは、戦隊ヒーローには珍しく女性のリーダーであった。
彼女は、メンバー分のお茶を淹れてくれた彩実にお礼を言いつつ話を続けた。
「リーダーは女性の方なんですね」
「珍しいと仰る方が多いですけど、ラブ&ピースファイブでは私、久我山美紅がリーダーで赤です」
「女性が赤って珍しいから、人気が出るかもしれませんね」
健司は、毎日のように新しいヒーローと悪の組織がデビューしている現状を踏まえ、そういう目立ち方は悪くないと思っていた。
リーダーの赤が男性というのはあくまでも慣習にしかすぎず、ここは思いきって冒険した方がいいかもしれないと思ったからだ。
埋没して目立たないよりもマシというわけだ。
なお、古い組織ほどそういう定番破りは嫌われるので、これも新しいヒーローの利点であると言える。
いつの世も、新しいことをしようとすると老人が邪魔するものなのだ。
「リーダーも含めて、五人中女性が三人ですか」
「私たちの名前は、ラブ&ピースファイブです。愛と平和を愛す戦隊ヒーローであり、その目的のためにあることを思いつきました」
「どんなことをですか?」
彩実は美紅に、そのあることとはなんだと尋ねた。
「勿論、私たちはヒーローなので怪人との戦いも重要ですけど、やはりラブ&ピースファイブはその名のとおり、みんなから愛されないといけないわけで。ですが、それも活動を深めて多くの人たちを助けてからです。その前に必要なこととして、少なくとも人々から嫌われる、抗議されることを防ごうと思いました」
「つまり、ヒーローとしてあるまじき行為は避け、クレームを受けないようにすると」
「今のヒーローは、そういうことにも気をつけませんと」
美紅の説明を彩実の横で聞いた弘樹であったが、残念ながら彼の頭脳では美紅の発言の意図が理解できなかった。
彼は単純なので、そんな難しいことは考えずにヒーローは怪人を倒せばいいのではないかと思ってしまうのだ。
「というわけで、うちは女性が三人なのです。ブルーの青木涼子とグリーンの緑川哲也です」
「「よろしくお願いします」」
美紅から紹介された二人は、弘樹たちに挨拶をする。
だが、彼らの方は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
グリーンと紹介された女性の名が、哲也という男性名であったからだ。
「随分と勇ましいお名前ですね」
「実は、俺は体は女性なんだが、心は男なんだ。本名もよくある女性なんだけど、違和感があるから『哲也』を名乗っている」
「哲也の加入により、ラブ&ピースファイブは本格的に始動したのです。助かりました」
美紅の話は続く。
彼女が言うには、いわゆる戦隊ヒーローには色々と問題があるのだそうだ。
「五人組の戦隊ヒーローにおいて、女性は一人か二人が普通です。この男女比率って、今の世の中に受け入れられますかね? 男女平等なのですから、半々にするのが好ましい」
「「「「はあ……」」」」」
弘樹たちは、正しいような、そうでないような、判断がつかない感じで声を漏らした。
「とはいえ、五人ですからね。半々だと、2.5人とかあり得ないことになります。六人とか四人すればいいのでしょうが、六人だと多すぎますし、四人は不吉です。そこで、哲也なのです」
彼はいわゆる、最近ニュースなどでも流れている、第三の性、自分の性を自由に決める権利にを行使した存在。
体が女性でも心は男性なので、彼が入ればちょうど男女比が半々になって万々歳。
これでみなさまに愛されるラブ&ピースファイブになると、美紅は熱く語った。
「そこまで考えるのですか……」
「失礼ながら、栗原さんは国に属する存在。そういう流れに少し疎いのは仕方がありませんが、これが今の時代の流れなのです」
「なるほど」
美紅の進んでいるというか、ぶっ飛んだというか、それを戦隊ヒーローに適用する意味はあるのかと、さすがの瞳子でも判断に迷ってしまった。
「見た目は女性三人ですけど、これまでの圧倒的男性優位のヒーロー社会を考えるに、むしろこの方が世間の好感を得られるはずです! 女性が多い分には、人権団体からも抗議も来ないですしね」
美紅は、自分の発言に酔っているかのように熱く語った。
健司は、こういう人はヒーローになるよりも、政治活動でもした方がいいような気もしたが、それを口に出すほど愚かではなかった。
あと、後半の言い分は確かに真理な気がする健司であった。
「残りのメンバーですが、まずはピンクの百道大吾(ももちだいご)です」
「よろしくお願いします」
「男性がピンクなのか?」
美紅が紹介したラブ&ピースファイブのピンク百道大吾は、ひと言でいえばイエローがよく似合うとても体格のいい男性であった。
見た感じ、彼の心は女性には見えないし、美紅もなにも言わないので普通の男性なのであろう。
男性なのにピンク。
弘樹たちの中に、さらに疑問が広がっていく。
「戦隊ヒーローって、赤、青、黒、とかが男性で、ピンクが女性ってイメージじゃないですか。そういうのはよくないかなって思うのです」
いわゆる、男の色、女の色というこれまでの固定概念を覆し、ラブ&ピースファイブでは、ピンクは男性にする予定だと美紅は語った。
「だから、ラブ&ピースファイブでは赤、青は女性。ピンクは男性なのです」
これまでの固定概念を覆し、ラブ&ピースファイブは新しい時代の流れに対応したまったく新しい戦隊ヒーローになるのだと、美紅はまたも熱く語った。
「「「「はあ……」」」」
弘樹たちは、正直なところちょっと疲れてきた。
今の世の中、そこまで気にして活動しなければならないのかと。
「(瞳子さん、こいつら大丈夫か?)」
「(ちょっと頭だけで色々と考えすぎな節がありますよね)」
弘樹と健司は、瞳子に小声で自分たちが感じた懸念を伝えた。
「(知らん。すでに研修の費用は貰っているからな。我々は彼らに戦隊ヒーローとしての経験などを伝え、あとは宇宙自然保護同盟との模擬戦闘を終わらせれば、これで契約終了だ)」
「(仕方がないけど、無責任とも言いますね)」
すでに報酬は貰っているし、ちゃんと契約通りに研修さえしてしまえば、そのあとラブ&ピースファイブが戦隊ヒーローとして大成しようと、失敗しようと関係ない。
そう言ってのける瞳子に対し、彩実がチクリと指摘をした。
「(どうせデビューしても、大半のヒーローと悪の組織は消えてしまうのだ。問題あるまい)」
「「「(ぶっちゃけたぁーーー!)」」」
事実とはいえ、平気でタブーを口にする瞳子に三人は驚愕してしまう。
「では、基本的な研修からですね。明日は、模擬戦闘ですが、悪の組織宇宙自然保護同盟との戦いを経験していただきます。ラブ&ピースファイブが戦隊ヒーローとして大成されることを祈ります」
お金の力は恐ろしい。
瞳子は普段とはまるで違う、見事なまでの商売人としての態度に徹し、そんな彼女の態度を見た弘樹たちの顔を引きつらせてしまうのであった。
「よう、トマレッドとダイホワイト」
「あれ? 今日はニホン鹿が出るのか?」
「珍しいですね」
翌日、ラブ&ピースファイブは、研修における最後の仕上げとして宇宙自然保護同盟と模擬戦を行おうとしていた。
これは非公式戦扱いであり、勝敗は記録にカウントされないことになっている。
これからデビューしようとしているヒーローと悪の組織が、すでに活動しているヒーローや悪の組織に胸を借りて戦い、自分たちの強さを確認したり、デビューに向けての課題を洗い出したりするのは、それなりによくあることであった。
今日のラブ&ピースファイブの対戦相手は、宇宙自然保護同盟四天王の筆頭ニホン鹿ダッシュ・走太であった。
弘樹は今日も猪マックス・新太郎が来ると思っていたので、ちょっと意外だなと思いつつ、彼にその理由を訪ねてみた。
「相手はまだデビューしていない素人さんだろう? 猪や熊野のようなパワー系は危険だからな」
デビュー前のヒーローに大怪我を負わせるわけにもいくまい。
相手はまだ素人さんなんだからと、ニホン鹿ダッシュ・走太は語った。
勿論、正式にデビューしたら容赦はしないがなと、一言つけ加えていたが。
「うちも研修費用を貰っているのでな。そう無責任なこともできないからな」
悪の組織とて、こういうアルバイトというか副業はしているのだと。
業界全体の盛り上がりを考えて、時にはそういう配慮も必要であると、ニホン鹿ダッシュ・走太は弘樹に裏の事情を語った。
「つうか俺、そんな研修とか模擬戦闘とかやったことないけどな」
「僕もですね」
「それはあれだ。ファーマーマンに予算がないからだろう。よくある話だ」
そんな、デビュー前に研修だの模擬戦闘だの、受けられるヒーローや怪人の方が珍しいのだと、ニホン鹿ダッシュ・走太は続けて言う。
「私はスピード重視でパワーは低い方だ。同じタイプだが、鴨のように空に逃げられてしまい、素人さんがまったく攻撃を当てられないということもないはず。私が出るのが無難な選択というやつだな」
それと、ニホン鹿ダッシュ・走太もそれなりに経験を積んだ怪人なので、手加減の仕方などにも慣れているというのもあった。
「なんか面倒なのな」
「普通に戦うのに比べればな。じゃあ、始めようか」
いつまでも世間話をしていてもなと、早速模擬戦闘が始まった。
流れはいつもどおりなので省略することにする。
「待てい!」
「うん? なに奴だ?」
「ピースレッド!」
「ピースブルー!」
「ピースイエロー!」
「ピースグリーン!」
「ピースピンク!」
「「「「「五人揃って! ラブ&ピースファイブ!」」」」」」
「昨日ちゃんと練習した成果は出ているね。弘樹君」
「ああ」
健司と弘樹は、昨日、彼らにポージングやセリフなどの指導を行っていた。
二人しかいないファーマーマンであるが、逆に人数が少なくて目立つからこそ、その手の練習はちゃんとやっていたからだ。
「どうやらこの私に倒され、戦績となってくれるヒーローの数が増えるようだな」
「その自信もこれまでだ! 我々、ラブ&ピースファイブの力を思い知るがいい!」
ピースレッド美紅による威勢のいい啖呵と共に、ラブ&ピースファイブの五人は一斉にニホン鹿ダッシュ・走太との戦いを始めるのであった。
「反省会を始めます」
非公式戦で記録にならないとはいえ、ラブ&ピースファイブのデビュー戦は無事に終わった。
彼らは場所を司令本部へと移し、実際に戦ったニホン鹿ダッシュ・走太も招いて、これから反省会が行われる。
ヒーローの後方本部に怪人を招くことの是非については、もう今さらなので気にしてはいけない。
「どうです? ニホン鹿殿」
研修の責任者である瞳子は、ニホン鹿ダッシュ・走太に対しストレートにラブ&ピースファイブの実力について尋ねた。
なぜなら、彼女は現場にいなかったが、ラブ&ピースファイブの面々を見れば一方的に敗北したことがあきらかだからだ。
もうすぐ研修は終わるので、とにかく今は『金返せ!』と言われないよう、ラブ&ピースファイブの面々が納得して帰る方法、これから強くなるにはどうしたらいいか。
などのアドバイスで、研修に金を払ってよかったとラブ&ピースファイブの面々に思わせたかったからだ。
ここでトラブルなどゴメン。
ましてや、ここまで手間と時間をかけて返金などあり得ない。
これが、瞳子の正直な気持ちであった。
「どう繕っても無駄だ。とにかく君たちは弱すぎるのだ。もっと鍛えるなり、新しいメンバーを加えるなり、装備や戦法の改善をしないと、ラブ&ピースファイブは一勝もできないまま解散になってしまうぞ」
ニホン鹿ダッシュ・走太のラブ&ピースファイブに対する印象は、『とにかく弱い!』であった。
「ニホン鹿、意外と強いのな」
「……言いたいことは色々とあるが、トマレッドよ。うちの怪人は、一部を除けばそれなりに強いのだぞ」
熊野真美、猪マックス・新太郎は、普通のA級ヒーローとも互角に渡り合えるか、倒せてしまうほどの実力があった。
四天王筆頭なのに弱いとよく言われるニホン鹿ダッシュ・走太だって、B級ヒーローなら五対一でも互角に戦えるだけの実力はあった。
複数の怪人で組めば、A級ヒーローにだってそう劣るものではないのだ。
「ただお前らがアホみたいに強いだけだ」
そう、C級ヒーローなのに単独で宇宙怪人を倒してしまったり、猪マックス・新太郎を一撃で倒してしまったりと。
弘樹が異常に強すぎるだけという現実があった。
「僕は普通のヒーローですよ」
「嘘つけ!」
病弱で欠席も多いが、健司も戦えれば弘樹にそう劣らない実力の持ち主だ。
たった二人しかいない戦隊ヒーローなのに、宇宙自然保護同盟が苦戦しているのは、二人が異常に強すぎるからという現実が存在していた。
「今日はいないナスパープルもだ」
元ムエタイヒーロー・怪人クラスの世界チャンピオンであるジョーが弱いはずもなく、ウィラチョンも同様に強く、はっきり言って宇宙自然保護同盟の運が悪すぎるだけであった。
「おほんっ、今日はお前たちことはどうでもいいんだ。とにかく、ラブ&ピースファイブは弱すぎる!」
ニホン鹿ダッシュ・走太は、先ほど行われたラブ&ピースファイブとの戦闘について話し始める。
「全員で一斉に襲いかかるとか、そっちは五名いるのだし、それぞれに長所があるのだから、それを生かして時間差で攻撃するとかしないのか? 私のスピードに翻弄されるのみだったではないか。スピードで勝てないのなら、数の優位を生かして、協力して決めた場所に追い込んで攻撃するとか、それなりに工夫するものだ」
『お前ら、ちゃんと連携訓練はしたのか?』と、ニホン鹿ダッシュ・走太は彼女たちに尋ねた。
「我々は平等なので、誰かが誰かに指示を出すなんてないんです」
「みんな平等よね」
「便宜上、美紅がリーダーだけど、誰かが誰かに命令を出したら、それは同じ戦隊ヒーローなのに上下の関係ができてしまうので」
「それはよくないね」
「俺もそう思う」
連携するということは、誰かが誰かに命令を出さなければならない。
それは、ラブ&ピースファイブの趣旨に反すると、五人は順番に述べた。
「いやしかし……」
「男女平等の理念にも反します。男性メンバーの誰かが女性メンバーに命令すれば、その時点で男尊女卑になりますし、逆もまた然りです。ここは、それぞれが個性を生かして戦うべきかと」
「……でも、ヒーローだから勝たなきゃ意味ないだろう。怪人だってヒーローに勝ってナンボの世界だぞ」
拘りについては、他のヒーローの話なので否定はしないが、ヒーローも怪人も勝たなければ生き残れないわけで、そこは勝てるように連携とかを考えろよと、ニホン鹿ダッシュ・走太は半ば説教するように語った。
「まず勝たなければ。そのあとで自分たちなりのコンセプトを強化すればいい。最近、ただ強いだけのヒーローや怪人だと潰れてしまうケースもなくはない。強い以外の個性も必要だが、その前に最低限勝たなければ意味がないぞ」
まずは強くなければと、ニホン鹿ダッシュ・走太はもう一度強く語った。
「でも、そんな強さ一辺倒ばかりってのも、どうかと思うのです。ヒーローが強い以外の売りで生き残ることだって可能なはず」
「無理だよ! まず強いのが前提だ!」
ヒーロ―も怪人も、まず強くなければいけない。
実は、必ずというわけでもないが。
中には、あえて自分よりも強いヒーローや怪人と戦わず、連勝戦績を作り上げて生き残るヒーローや怪人もいなくはないからだ。
それにしても、少なくともラブ&ピースファイブよりは圧倒的に強いと、ニホン鹿ダッシュ・走太は言い切った。
「(栗原司令、もうちょっと考えて研修を受け入れる方がいいと思うが)」
ニホン鹿ダッシュ・走太は、小声で瞳子に苦言を呈した。
いくら予算不足でも、受け入れるヒーローの卵はちゃんと選別した方がいいと。
「もう一つ、ブルーの人。なぜ戦いに参加しない? ひょっとして、君はヒーロー特性がないだろう?」
ニホン鹿ダッシュ・走太は、戦っている時からおかしいと思っていたのだ。
どう観察しても、ブルーピースである青木涼子にヒーロー特性があるとは思えないという事実に。
「どうなんだ?」
「確かに、涼子は普通の人間の女性です。ですが、ヒーローになりたいという気持ちは誰よりもあります! むしろ、下手なヒーローよりもです!」
「はい! 私はヒーローになりたいんです!」
「……」
真剣な表情でヒーローになりたいと、叫ぶように言う涼子に対し、ニホン鹿ダッシュ・走太はは頭を抱えた。
「やる気の問題じゃないから!」
「やる気の問題だと思います!」
「だから! まずはヒーロー・怪人特性がないと駄目なんだよ!」
普通の人間がいくら努力しても、ヒーロー・怪人体質がある者には勝てない。
下手に戦うと、大怪我か最悪死ぬので、人間はヒーロー・怪人になってはいけない不文律があった。
どんなヒーローや怪人でも、人間が同業者になろうとしたら絶対に止めるのが常識なのだ。
「ですが、ラブ&ピースファイブが己を貫くには、涼子の存在が必要なのです!」
「だろうな……」
「ニホン鹿さん、どういうことですか?」
「ヒーロー・怪人体質は、圧倒的に男性に出るからだ」
どうして戦隊ヒーローの女性比率は少ないのか?
別に男女差別が理由ではなく、同じヒーロー・怪人家系に生まれても女性に体質が遺伝する確率が低いからであった。
「男女比を平等にしようとしたら、割を食う戦隊ヒーローは多いだろうな。メンバ―集めの時点で挫けて終わるところも増えるだろう。特に、単独で戦うマン系のヒーローで女性なんてほとんどいないだろう?」
「そう言われるとそうですね」
一応、基地司令要員のため、たまに資料などを見ている彩実は、ヒーロー・怪人業界が圧倒的な男性社会だと気がついていた。
「数が少ないからこそ、紅一点の女性ヒーローは目立つし、人気も出る。怪人もそうだな。女性怪人は少ないからこそ大切にされるし、待遇も悪くない。うちだって、いくら強いとはいえ、新人の熊野がいきなり四天王に入れるなんて普通はあり得ないぞ」
「そうだったのですか」
「ですが、それこそ男女差別では? 女性ヒーローと怪人が伸び伸びと戦える環境こそが大切なはず」
「それは、君が高名なヒーローになってから言ってくれ」
言い合ってもキリがないなと、ニホン鹿ダッシュ・走太は美紅の反論を斬って捨てた。
「男女平等というのなら、この世には圧倒的に女性優位の業界があるぞ」
「女性優位ですか?」
「そうだ、『魔法少女』業界だ」
魔法少女。
それは、魔法が使える少女たちが悪い妖精などと戦う業界であるが、魔法少女は『少女』なので女性しかなれなかった。
これも家系による遺伝があるが、ほとんど男性には出ないと、ニホン鹿ダッシュ・走太は説明する。
「もし、男なのに『俺は魔法少女になりたいんだ!』と言ったとする。君の言い分だと、彼が魔法少女になれないのはおかしいな」
「おかしいですよ! ニホン鹿さん!」
瞳子は、美紅の言い方がまるで『おかしいですよ! ○○○ナさん!』と言っているように聞こえた。
なぜなら彼女は隠れ〇ノタであり、美紅の言動がまるであのキャラみたいだと思っていたからだ。
「魔法少女は、魔力がないとなれないからな。やる気だけで魔法が使えるわけがない。それに、男性の魔力持ちは悪党の方に回るのが常識だ。私は、それが男女不平等だと言っている魔法少女を見たことがないがな。君の考えだと、魔法少女の中にそのことを問題視する者が出るはずだが」
「それは……」
ニホン鹿ダッシュ・走太の問いに、美紅はなにも言い返せないでいた。
「そんなことはどうでもいいのだ。とにかく、君たちは強くならなければデビューすら難しい。以上だ」
そこが一番大切な、基本中の基本なのだと、ニホン鹿ダッシュ・走太は総評を締めくくった。
「そうだな。俺もそう思っていた」
「百道さん?」
ここで、仲間内からニホン鹿ダッシュ・走太はへの賛同者が出たことに、美紅は驚きの声をあげてしまう。
「リーダー、俺は怪人と戦うヒーローになりたいんだ。正直なところ、そんなコンセプトとか考え方とか、今はどうでもいい。強くなってからじゃなければ意味がないという、ニホン鹿さんの意見に賛同する」
「私もだ」
これまでまったく発言しなかったもう一人の男性、ピースイエローの人も百道に賛同した。
二人は、今のままではラブ&ピースファイブのデビューすら覚束なく、正直なところ脱退も視野に入れていると宣言した。
「佐伯さんまでですか?」
「リーダー、ヒーローはまず怪人に勝たないと」
「正直なところ、青木さんは足手纏いだろう。ヒーロー体質じゃないから、これから強くなることも怪人と戦うことも不可能だ」
「佐伯さん! 涼子さんは、誰よりもヒーローになりたい人なのですよ」
ラブ&ピースファイブのメンバー同士による、不毛な言い争いが始まった。
どちらが正しいかといえば、それはピンクピース百道と、イエローピース佐伯の男性二名の方であろう。
誰よりもやる気があるから、男女比が理想形だからという理由だけで、適性がない人を入れたリーダー美紅にメンバー交代を促している。
一方、美紅の方はそれを断固として拒否した。
男性二人が、このままだとブルー涼子の命に関わるからと説得しても、彼女は聞く耳を持たなかったのだ。
「わかった、俺は抜ける!」
「私もです。このままでは、永遠にラブ&ピースファイブはデビューできませんから」
男性二人は席を立ち、司令本部を出てしまう。
最初は予想もできなかったラブ&ピースファイブの分裂劇に、全員が一言も発せずいた。
「私の考えを理解しない仲間は仲間ではありません! そうですよね? 涼子さん」
「はいっ! 私は普通の人間だけど、絶対にヒーローになります!」
「俺も応援するよ。俺を受け入れてくれたのは、美紅だけだからな」
「哲也さん」
「大変な道だと思うけど、頑張ってラブ&ピースファイブをデビューさせるんだ」
「はい!」
「私も頑張ります!」
「涼子、頑張ってヒーローになるんだぞ」
分裂したことにより、ラブ&ピースファイブの絆はさらに深まったようだ。
だからといって、ラブ&ピースファイブが即デビューできるというわけでもなく、結局今回の研修自体は無意味になってしまったが、長い目で見れば……果たしてラブ&ピースファイブは無事にデビューできるのであろうか?
それはまだ、誰にもわからなかった。
「瞳子さん、もうちょっと考えてから研修者を受け入れてくれよ」
「そうだよね。あの人たち、聞く耳持たない感じで研修の意味なさそうだし」
「三人だけで結束したから、三人組でデビューすればいいのにね」
初の研修受け入れが失敗に終わってから数日後、司令本部に集まった弘樹たちは、昨日は散々な目に遭ったと、お茶を飲みながら瞳子に零していた。
彼女は、弘樹たちの話を静かに聞きながらお茶を啜っている。
「昨日の件はすまないとは思うが、ラブ&ピースファイブが収めた研修費用が、この予算不足のファーマーマンを助けているのは事実。それにだ。うちに研修依頼なんてそうそう来ないからな。普通は実績があって、メンバーが五人揃っている戦隊ヒーローに頼むものだ」
瞳子は、たまたま運よくファーマーマンに研修依頼がきたから引き受けただけ。
結果など知らんと言い放ってから、煎餅を齧った。
「そんな無責任な……」
「健司、月謝が高価な塾に行ったからと言って、必ず東大に入れる保証はない。ヒーローの研修だって同じようなものだ。研修を受けたのにヒーローになれなかった。そんな抗議を受けないでよかったな。あの分裂騒動のあとではそれどころではなかったのだろうが。運がよかった」
「酷え話だな」
「本当だね」
「うちは予算がないのだ」
「すいませーーーん! 栗原さん、郵便ですよぉーーー!」
ここでドアが叩かれ、郵便局員が瞳子に手紙があると声をかけてきた。
玄関でそれを受け取り、早速封を開いてい看ると、それは先日ここで研修を受けたラブ&ピースファイブのリーダー美紅からであった。
「手紙ですか?」
「なんだろうな」
早速瞳子は、文字が書かれた便箋を読み始めた。
すると、手紙の中身はこう書かれていた。
「『先日は大変お世話になりました。予想もしなかった分裂劇により、ファーマーマン及びに宇宙自然保護同盟のみな様にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。さて、色々と考えて三人で相談し合った結果、『本当は、私たちはなにをしたかったのか?』という原点に戻ることにしました。その結果、多くの人たちからの支持を受けること。それは様々な価値観を認め合い、同時にそれを持ち合わせることではないかと。つまり、悪の組織を一方的に倒してしまうヒーローでは達成が難しく、そこで私たちは悪の組織を目指すことにしました。つきましては、宇宙自然保護同盟へ研修に伺う予定がありまして、その時には対決をよろしくお願いします』……意味がわからん」
手紙を読み終わった瞳子は、軽く首を捻った。
美紅たちの意図がまったく理解できなかったからだ。
「迷走してるね」
「確固たる信念があるんだか、ないんだか」
「つうか、青い姉ちゃんは、ヒーローになる気は十分だったが、怪人はどうなんだ?」
ラブ&ピースファイブの考えが理解できず、同じく首を傾げる彩実、健司、弘樹の三人。
その後もラブ&ピースファイブは彼らの知らぬところで迷走を続け、今のところなにかになれるのか弘樹たちには予想もつかない状態であった。
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