第37話 愛の魔法騎士マジカルナイトベータ
「えーーーっ、本日の定例会議ですが、議題は『宇宙自然保護同盟への対策について』です」
北見村役場内にある会議室内において、村役場の職員、村議会議員、地区長や村の有力者たちが集まり、最近北見村で活動する悪の組織『宇宙自然保護同盟』についての対策が協議された。
彼らをこれからどう扱うか。
大分遅いような気もするが、それは所詮お役所仕事なので仕方がないというわけだ。
会議への参加者を見ると年寄りも多く、基本的に年寄りは対策が遅くなる傾向があるので仕方がないとも言える。
「田畑の被害は無視できないだろう。あいつら、猪とか鹿とかを従えて暴れるから」
「しかし、豊穣戦隊ファーマーマンがいるから、最近ではほとんど被害もないぞ」
「そうなのか?」
「逆に、害獣被害は減っています」
「減っている? 相手は野生動物なのだから、ファーマーマン側もすべてに対処できないだろう。宇宙自然保護同盟の襲撃と、害獣被害は別物じゃないか。それなのに、どうして被害が減るんだ?」
若い村役場の職員から報告を聞いた村議会議員の一人が、どうしてそういうことになっているのか事情を訪ねた。
「宇宙自然保護同盟の怪人たちは、害獣である猪、ニホン鹿、鴨などを統率しているわけでして。これまでのように、個々でそれぞれ勝手に田畑を荒さなくなりました。怪人たちは野生動物を従えるために餌を与えておりますから」
宇宙自然保護同盟がこの村に本部アジトを置いてから、腹を空かせて農作物を食い荒らす害獣が減り、農作物の被害は激減していた。
若い村役場の職員は、村の農作物被害を現したグラフを会議の参加者に資料として配った。
「それと、戦闘員になった猪やニホン鹿がファーマーマンと戦う度に倒されてるので、適度に間引きされているという結果にもなっていますので。倒された害獣の肉を、インターネット販売やふるさと納税に使って、村人の収入も、村の税収も少しよくなっています」
ヒーローと怪人との対決で戦闘員たちが倒されるのはいつもの光景であり、北見村も倒された戦闘員(害獣)を有効活用しているわけだ。
「つまり、宇宙自然保護同盟のおかげで、北見村の農作物への害獣被害は減っていると?」
「そうなります。もう一つ。若い人たちの流出がなかなか止まらないこの北見村ですが、なんと北見高校に二名の女子生徒が転入してきました」
「それは朗報だな」
北見村から出て行く若者はいても、引っ越してくる若者など滅多にいないのだから。
老齢の村議会議員は、久々に聞くいい出来事であると笑顔を浮かべた。
若い人が村に移住してきた。
これ以上に嬉しいことはないのだから。
「その二名ですが、宇宙自然保護同盟の関係者です。村の空き家を借りて住んでいます」
「宇宙自然保護同盟か……」
「もう一人、タイからの留学生だそうですが、北見高校に転入してきました。彼は、ファーマーマンの関係者だそうで」
「留学生だろうとなんだろうと、若い人が来てくれるのはいいことだな。となると、宇宙自然保護同盟には末永くこの北見村で活動してもらわないとな」
「そうですね」
普通、悪の組織に末永く居てほしいなどという自治体はないのだが、それだけ北見村の過疎化が深刻だとも言えた。
被害がなく、むしろ利益しかないので悪く思われていないというのもあったが。
「ところで、宇宙自然保護同盟は大丈夫なのかな?」
「大丈夫かと言いますと?」
「彼らには、豊穣戦隊ファーマーマンというライバルがいるではないか。もし将来、両者の決着がつけば……」
宇宙自然保護同盟は、なくなってしまうかもしれない。
いや、ヒーローに倒された悪の組織とは消滅してしまうのがこの世の常である。
もしそうなれば、再び農作物に対する害獣被害が増加し、若い人たちが村を出て行ってしまう。
村議会議員からすれば、これ以上の悪夢は存在しなかった。
そのことに比べれば、北見村に悪の組織が根を張りつつあることなど、逆に好ましいとさえ思えるのだから。
「つまり、ファーマーマンと宇宙自然保護同盟が上手く共存できるよう、我ら北見村が手を貸すべきというわけだな?」
「はい。現状では、宇宙自然保護同盟に出て行かれてしまうと不利益の方が大きいです」
「なるほど。ちなみに、それを防ぐ策はあるのかな?」
「あります」
「ほほう、なにかね?」
宇宙自然保護同盟が、末永くこの北見村で活動できるようになるための対策。
村議会議員は嬉しそうに、若い村役場の職員に尋ねた。
「ファーマーマン側の戦力強化を抑えるべきです」
「なるほど。ヒーロー側が弱ければ、宇宙自然保護同盟を完全壊滅とはいかないな」
ヒーローは怪人を倒すものだが、北見村では倒されてしまうと困る。
そこで、村役場の職員はファーマーマンへの支援を増やさないことを提案した。
「増やさない? 減らすのではなくてか?」
「逆に言いますと、ファーマーマンが倒されてしまうのも駄目なのです。あそこも、北見村の人口増に貢献していますので」
ファーマーマンの司令である栗原瞳子は、本来村の外の人間である。
しかも若い女性なので、出て行かれると困ってしまうという事情もあった。
「確か、農林水産省の職員だったな」
「ファーマーマン自体が、農林水産省の害獣駆除予算を流用して作られた戦隊ヒーローなので。ファーマーマンが倒されてしまえば、次のヒーローが来る保証もありません。お役所の特徴として、一度立てた予算を削減するのには抵抗があるわけですが、今の予算規模で次のヒーローの成り手がいるかどうかという現実があります」
はっきり言って、ファーマーマンほど低予算で活動しているヒーローはそういない。
フリーのヒーローなら存在するが、ファーマーマンは曲がりなりにもお上が関わっていて税金が投入されているヒーローであり、そんなヒーローがここまで低予算なのは珍しいと村役場の職員は語った。
「わざわざこの北見村まで来ないよな」
「そういうことです。例の留学生を除けば、ファーマーマンのメンバーはこの村の住民ですし」
「つまり、両者が上手く共存できるよう、村が補助金などをコントロールしながら臨機応変に対応するというわけか」
「そうですね。彼らは対決で助っ人を呼ぶこともあり、現状観光資源などないに等しいこの村において、貴重な来客でもあります」
「その問題もあったな」
「宇宙自然保護同盟の本部アジトは北見山の山中にありますが、アジトの建設では農閑期の村民たちにいい仕事ができました。建設需要には届きませんが、アジトの維持には定期的な修繕なども必要ですし、それで仕事を得られる村民たちも多いはずです」
宇宙自然保護同盟が、北見山の山中にかなり金をかけた本部アジトを建設したのは周知の事実であった。
普通、悪の組織の本部アジトの位置は秘密なのだが、北見村の場合、本部アジトの建設を請け負ったのが村の建設会社なので情報は駄々洩れだったのだ。
以前弘樹が、すぐに攫われた彩実を救いに行けたのには、そんな事情があったりした。
とはいえ、現状で宇宙自然保護同盟側も本部アジトの位置が知れて困るということもなかった。
人数すら揃えられないファーマーマンが悪の組織の本拠地に直接乗り込むなど、現状では不可能だったからだ。
「増えつつある空き家の利用率も上がっていますからね」
「それもあったな」
弘樹と彩実の家の隣にある空き家を借りている薫子と真美。
同じく、村の屋敷を借りているジョー。
他にも、ファーマーマンが助っ人ヒーローたちに宿舎として空き家を提供することもあった。
先日のキラキラファイブなどがそうだ。
わずか一泊とはいえ、空き家の持ち主としてはありがたいことであった。
なぜなら、家とは人が住まないとすぐに傷んでしまうからだ。
「今後、北見村としましては、助っ人怪人が宿泊する家屋の提供も、宇宙自然保護同盟側に行おうと思っています。これまではアジトに泊まっていたようですが、あそこは山の中なので。宇宙自然保護同盟で正規雇用の怪人たちも、宿直以外では通勤していると聞きました」
悪の組織の怪人たちが、本部アジトに通勤している。
危機管理に関わる重要な情報が役所に漏れていいのかという疑問は……この北見村ではあまり意味のないものであった。
例え、宇宙自然保護同盟の本部アジトに夜中宿直の怪人しかいなかったとしても、ファーマーマン側もその状況を利用できなかったからだ。
弘樹たちは高校生なので夜中のアルバイトには大きな制限があり、そもそも予算不足なので時給が割増しになる夜中の出撃に、ファーマーマン司令である瞳子がいい顔をしなかったからだ。
「正規の怪人たちもです。若く、家庭を持っている者もいます。彼らは隣町に住んでいて、車で通勤しているそうです」
「どうにかこの村に移住してほしいな」
「空き家を格安で貸すなどの補助を村では検討しています」
「そうだな。そうすれば子供も増える。いいことではないか」
北見村を自然に戻そうとしている悪の組織の怪人の子供なんだが……という常識論は、過疎化の悩む北見村の住民の前では無力であった。
現状、宇宙自然保護同盟から受けた被害がないのだから問題になるはずがない。
「ではその方向で進めます」
「議会の方は任せろ」
村議会でも長老である議員は、議会で確実に条例案を通すと約束した。
行政と議会の馴れ合い……どうせ過疎化が深刻な村なのでオール与党のような状態であるし、村の人口を増やす政策に反対する議員はいないので、この件に関しては馴れ合いでも問題ないとも言えたのだが。
「なんにしても、豊穣戦隊ファーマーマンと、宇宙自然保護同盟。末永く共存してほしいものだな」
「ファーマーマンには、少額ながらも村の方から補助金を出しているので、司令である栗原さんには村の意向として伝えておきます」
「そうだな。議員の方から言うと、ちょっと強いかもしれないからな。強圧的と見られるやもしれぬ」
「そうですね。最近はマスコミもうるさいですから」
こうして会議は終わり、北見村の総意としてファーマーマンと宇宙自然保護同盟の存続維持が決定されたのであった。
別にそんなことを話し合わなくても、どちらかがどちらかを潰せる状態ではないとも言えたのであったが。
「なあ、弘樹。また転入生だとよ」
「またか? 瀬戸内のところは景気いいよなぁ」
「ヒロ君、どんな人が来るんだろうね? 男子かな? 女子かな?」
「ツヨイカイジンダトイイネ」
「でもさぁ、今はマズくないか?」
「ケンジノコトデスカ?」
「最近休まずに調子よかったんだけどなぁ……こちらが人数が減って、向こうは増えるわけだから」
「ヒロ君がいれば大丈夫だと思うな。健司君の件は揺り戻しみたいなものだよね。昔もあったじゃない」
「そういえばそうだったな。調子のいい時期が続くと、そのあと長期間駄目になるという」
「ケンジ、タイヘンネ」
「あいつは体が弱いからなぁ」
「弘樹、転入生の話からズレてるぞ」
弘樹たちがいつもどおり登校すると、教室内ではクラスメイトたちが転入生の話題で盛り上がっていた。
弘樹たちにも話が振られたが、やはりこの北見村に転入してくる高校生というのはあり得ない存在であり、今回も宇宙自然保護同盟の怪人なんだろうなと思ってしまう。
なにしろ、この北見村には農業や畜産以外碌な産業がないので、『お父さんの仕事の都合で……』なんてことはまずなかったからだ。
「弘樹さん、勝手に勘違いなさっているようですが、私たちは人を呼び寄せてなどいませんわ」
「そうなのか?」
「私が違うと言うのだから間違いありませんわよ」
「そうだよね。宇宙自然保護同盟は薫子ちゃんがトップなんだから、新しい怪人を知らないって、まずあり得ないもの。ねえ? くーみん」
「クマクマ」
「ソコハ、ユダンサセテトカ?」
「そうか。『新しい怪人はいません』と言っておいて、対決時にいきなり繰り出す戦術か」
「ジョーさん、彩実さん。私たちはそんな卑怯な真似はしませんわよ」
悪の組織だから卑怯でも構わないのでは?
クラスメイトたちはそう思ったが、それを口に出すことはなかった。
薫子と真美は怪人ではあったが、今ではこの学校に馴染んでいたからだ。
「逆ではないのですか? ファーマーマンの新しいメンバーの方では?」
「俺、聞いてないけど。ジョーと彩実も聞いてないだろう?」
「シラナイデスネ」
「私も、瞳子さんからそういう話は聞いてないな」
「彩実が聞いていないなら、新しいヒーローじゃないのかな?」
彩実はヒーロー体質ではないが、ファーマーマン司令本部要員という名目で瞳子の面倒を見ている。
実は、一番ファーマーマンの機密に触れる人物であり……それでいいのかという意見もなくばないが、ファーマーマンの機密など別に漏れても問題ないという感じで無視されていた……その彼女が知らなければ、新しいヒーローではないのであろうと、真美も感じていたのだ。
「じゃあ、本当に転入生なのか。珍しいな!」
今の世に、普通にこの北見村に転入してくるなんて。
どんな奇特な人物なのだろうと、弘樹などは思ってしまうのだ。
「えらい言われようですわね」
「そのくらい、この北見村は田舎ってことだね」
「HRを始めるぞぉーーー!」
クラスの全員が謎の転入生について話をしていると、そこに担任の佐藤が入ってきた。
早速いつものようにHRを始めるが、彼はその前に噂になっていた転入生の話を始めた。
「もう知っていると思うし、いきなりだが、転入生が来たので紹介する。桃木」
「はい」
佐藤先生が呼ぶと、ドアが開いて一人の少女が教室に入ってきた。
「「「「「おおっ!」」」」」
「可愛いじゃないか!」
「また女子か。いいことだな」
転入生は女子であった。
その可憐な容姿と、腰まで伸ばした茶色の髪、モデル並のスタイルの良さに、教室中の男子が色めき立った。
「人気だな、転入生」
「カオルコトマミヨリ、キボウアルカラカナ?」
留学生であるジョーを除き、このところ続いている転入生は美少女ばかりであったが、薫子は怪人体質で宇宙自然保護同盟の総統閣下であり、この北見村でも知らない人はいない瀬戸内コーポレーショントップの一人娘。
真美も、宇宙自然保護同盟では有数の戦闘力を持つ怪人であった。
ある程度仲良くなれても、この二人とつき合えると考える男子生徒はほとんどいなかった。
ところが、桃木という美少女転入生なら『もしかしたら』という可能性があり、男子は喜んでいるわけだ。
弘樹とジョーを除いて。
「ジョーは興味ないのか?」
「ワタシ? ワタシ、コンヤクシャイルカラ」
「さすがだぜ……」
ジョーは、タイでも有数の財閥の時期当主である。
そういう家に生まれた者の宿命としてすでに婚約者が存在し、彼は転入生に興味を持たなかった。
「ヒロキハドウネ?」
「俺? 別に興味はないかな?」
別に弘樹が女の子に興味がないというわけでもなく、彩実をそこまで意識しているというわけでも、実は薫子や真美に密かに惚れているというわけでもなかった。
ただ、本当に興味を引かなかっただけなのだ。
「確かに、凄く綺麗なんだけどな……」
説明しにくいが、確かに外見は整っているのだが、中身が足りないというか。
本来の美少女が持っている、オーラのようなものが不足しているというか。
容姿のレベルはそれほど違わないはずなのに、薫子、真美、彩実よりも魅力を感じないのだ。
他の男子たちは大喜びなので、多分、自分だけが感じている感覚なのであろう。
弘樹はそう思っていた。
「自己紹介してくれ」
「桃木桃代です。東京から、父の仕事の都合でこの北見村に引っ越して来ました。よろしくお願いします」
「よろしく!」
「村の案内は、この田代に!」
「お前! 抜け駆けすんなよ!」
男子たちは、転入生である桃木桃代という美少女に大喜びであった。
逆に弘樹は、その様子を見れば見るほど彼女に興味がなくなっていくのを感じていた。
その理由はわからないままであったが。
「うーーーん、大人気だな」
「桃木さん、綺麗だものね」
「そうだな。客観的に見て」
四人目の転入生は初日からクラスで大人気となった。
授業の合間には、多くの男子生徒に囲まれて質問攻めにされている。
「桃木さん、お父さんの仕事の都合って聞いたけど」
「在宅でできる仕事で。お父さんは喘息持ちだから、空気がいいところに引っ越そうって」
「そうなんだ」
大半の男子生徒たちは、興味深そうに桃木桃代の話を興味深そうに聞いていた。
別に話の内容なんてなんでもよく、『あいつらはただ、美少女とお話をしたいだけだよなぁ……』などと思ってしまう弘樹であったが。
「なんか、どっかで聞いたような話だな」
「デジャブデスカ?」
弘樹の視線は、同じように体が弱いので空気が綺麗な北見村に引っ越してきたという設定を用いた薫子に向いた。
勿論それは薫子がファーマンの懐に入り込むために用いた嘘であり、今ではもうとっくに嘘だとクラスメイトたちにもバレていたが。
「実は、怪人だったりな」
「弘樹さんも疑り深いですわね。私が違うと言っているのですから、それはあり得ませんわよ」
薫子は、実は桃木桃代が怪人であり、宇宙自然保護同盟が密かに転入させたという弘樹の説を改めて否定した。
「第一、いくらうちが瀬戸内コーポレーションの節税用悪の組織だとしても、相手というものがあるのです。そんなに怪人の数を増やしませんわよ」
「ファーマーマン、人数が揃わないものね」
「予算がないからな」
「うちだって、毎年の予算というものがありますから」
戦っているファーマーマンがこの様なので、宇宙自然保護同盟としても野放図に戦力比を広げる真似はしないと薫子は断言した。
「なら、桃木桃代は普通の転入生か……」
「お父様が在宅のお仕事と仰っていたので、北見村に引っ越しても問題ないのでは?」
「そうかなぁ」
ここで弘樹たちの話は一旦終わったが、彼はやはり桃木桃代の存在にどこか違和感を覚えてしまうのであった。
「よろしくね」
「突然ですまないが、なんとファーマーマンに紅一点が新規加入したぞ」
「本当に突然だな」
「へえ、桃木さんってヒーローだったんだ」
放課後、弘樹と彩実が司令本部に顔を出すと、そこにはなんとあの転入生桃木桃代の姿があった。
なおジョーは、今日は対決もないし、用事があるというのでこの場にはいない。
「桃木は、ヒーローだったのか」
「正確に言うと違うがな」
「どういうことです? 瞳子さん」
「それはね、姫野さん。私は元魔法少女なのよ」
「「魔法少女!」」
魔法少女とは、やはり高度成長期より世界中で活動するようになったヒーローの一種であった。
全員が女性で、しかもほぼが少女であり、大抵は二十になると引退してしまう。
魔法を駆使して、怪人ではなく、悪の妖精、怪物、怪異などと戦う。
素質はヒーローと似ているが、最大の差はやはり魔法を駆使する点にあった。
ヒーロー・怪人からすると、魔法少女が戦う悪の妖精、怪物、怪異の類は観測が難しく、そこはちゃんと住み分けがなされていた。
ヒーローと魔法少女。
人間の能力を超越しているのは同じだが、戦う敵が違っていて、双方の交流がほとんどないというわけだ。
「魔法少女って、怪人と戦えるのか?」
「それは大丈夫みたいだ。実は、過去にも転職した例は無視できない数あると聞いた」
ヒーローの紅一点が魔法少女に転職し、またその逆のケースも存在すると、瞳子は弘樹たちに語った。
「ヒーロー側も魔法少女側も公にしていないのだ。要は、どの業界でも転職者にいい感情を抱かないのは同じなのでな。特に日本は終身雇用が続き、業界の上の連中はそういう時代を生きた老害ばかりなのでな」
「瞳子さん、今、サラっと日本ヒーロー協会の上層部をディスったよね?」
ヒーロー業界の上層部を老害扱いする瞳子に対し、弘樹は驚きを隠せなかった。
同時に、度胸があるなとも。
「あいつらは頭が固すぎて、農林水産省と同じだからな」
これもジェネレーションギャップというか、世代間闘争というか、日本人の国民性なのか。
若い瞳子は、古い考えを頑なに変えない上の老人たちをまったく評価していないようだ。
「桃木さんは元魔法少女だけど、瞳子さんのスカウトでヒーローになったってことだね。でも、どうして転職を?」
「私は、スカウトを受けてから北見村に来たわけじゃないの。元々都内で魔法少女として活動していたのだけど、色々とあって解散してしまったわけ。その直後、お父さんの喘息が悪化したのでこの村に引っ越すことになって。私もちょうど魔法少女業を休んでいたし、一旦人生をリセットするのもいいかなって」
事情があって一時魔法少女業をやめていた桃木桃代だが、彼女がこの村に引っ越してくるという情報を掴んだ瞳子が、ファーマーマンの紅一点としてスカウトしたということらしい。
「瞳子さん、よくそんな情報を掴めたな」
「仕事のうちだ」
普段ほとんど司令本部から出ないくせに、ちゃんと桃木桃代の情報を掴んでスカウトし、ファーマーマンの四人目として確保している。
瞳子の優秀さに、弘樹は今さらながら気がついたような気がした。
元々東大法学部主席で、キャリア官僚の瞳子だ。
優秀ではないわけがないのだが、普段のグータラぶりを見ていると、みんなそれを忘れてしまうのだ。
「魔法少女も解散するんだな」
「その辺は、ヒーローや悪の組織と同じよ。むしろ魔法少女の方が厳しいかも」
桃代の話によると、魔法少女には大きな欠点があるという。
「この世界の害を成す怪異、化け物、悪の魔法使い、妖精や精霊。怪人ほど多くないのよね。それでも昔は魔法少女って数が少なかったから、競争になることもなかったの」
魔法少女の業界は、敵の少なさからヒーローと怪人ほど業界が大きくなかった。
それなのに、近年では魔法少女ばかり増えてしまい、敵がいなくて仕事がない魔法少女が続出。
せっかく魔法少女になっても、廃業する者があとを絶たないのだという。
「ヒーローと怪人の業界も厳しいって聞くけど、パイが大きい分魔法少女よりはマシって感じね。加えて、若干業界がおかしな方向に進んでいるってのあるし……」
「おかしな方向?」
「敵が少ないってことは戦闘が少ないってことで、戦い一本で食べられる魔法少女は極少数のみ。魔法少女って、見た目がいい人が多いでしょう? アイドルとかモデル業兼任みたいな?」
戦いの合間に、コンサートで歌って踊り、イベントにファンを呼び、スポンサー企業から報酬を貰って商品を宣伝したりと。
兼業で芸能活動をする者が増えているのだと、桃代は説明した。
「そうなのか?」
「副業の方が報酬がいいから、完全にアイドル化している魔法少女たちもいるくらいなの」
「それでいいのか?」
魔法少女なんだからちゃんと敵を倒せよと、弘樹は思ってしまった。
「勿論、そういう連中にそっぽを向いて戦闘オンリーの硬派な魔法少女たちもいるわ。でも、そういう魔法少女が効率よく敵を倒していると、ますます仕事にあぶれた魔法少女たちが副業に走って。副業の華やかさに憧れて魔法少女になる子まで出てきて。完全な悪循環よね」
「それで魔法少女をやめたのか」
「私がいた魔法少女は三人グループだったんだけど、人が複数いれば揉めることもあるわよ。上手く行っていなかったから揉めたというのもあるし……」
「そうなのか……」
色々と複雑な事情がありそうなので、弘樹はこれ以上桃代に質問をするのをやめた。
もしかしたら将来、ファーマーマンにも同じようなことが起こるかもしれないと思ったからだ。
「桃木さんは、魔法少女に未練はないの?」
「ないわけないじゃない。でも、この村にいる間くらいはヒーローを経験してみるのもいいかなって。ここで魔法少女をやっても、敵がいないじゃない」
「敵はいるけどな」
宇宙自然保護同盟という、すでに大分この村の住民と馴染んでいる怪人たちがなと、弘樹は心の中で思った。
「魔法少女からすれば、怪人は敵って認識じゃないのよね。まれに邪妖精と共謀して怪人が悪事を働き、ヒーローと協力してってコラボもあるけど。ヒーロー同士、魔法少女同士のコラボと比べれば極少数なのよ。お互い、なるべく縄張りを犯さないようにするって理由もあるらしいけど」
怪人退治に魔法少女が参入すれば、その分ヒーローの仕事がなくなってしまう。
当然その逆もあり得るので、お互いになるべく縄張り争いは避ける傾向にあった。
それを双方が共存するための大切な決まりと思うか、岩盤規制と見るかは、その人によるわけだが。
「そんなわけで桃木は、長ければ高校卒業までファーマーマンに参加してくることになった。ヒーローの経験はないそうなので、しっかりフォローを頼むぞ」
「いいけど。俺、そこまで経験豊富じゃないけど」
自分も新人ヒーローで、まだ新人の面倒を見るようなベテランじゃないと思わなくもなかったが、瞳子からの命令なので弘樹はそれを了承した。
「そこでだ。三日後に、桃木のデビュー戦を行う。宇宙自然保護同盟の方には連絡しておくので、ちゃんと準備しておいてくれ」
「わかった。よろしくな、桃木」
「こちらこそ。新天地で心機一転、頑張らないとね」
こうしてファーマーマンに紅一点桃木桃代が加わり、これで合計四名。
五名のヒーローたちが揃う一歩寸前となり、瞳子も弘樹も気分が高揚してくるのを自覚するのであった。
「なんじゃあ? 今日はえらく嬉しそうじゃの。猪は」
「わかるか、婆さん。なんと、ついにファーマーマンに四人目、紅一点が加わるのだ」
「今度越してきたお嬢さんだべか」
「おうよ。まさかビューティー総統閣下のクラスに転入してきた子が、ファーマーマンの一員になるとはな。とにもかくにも目出度い話ではないか」
「ちょっと前まではヒロちゃんだけだったのにな」
「隔世の感だな。俺様も暴れ甲斐があるってものさ」
今日も今日とて、北見村におうて怪人のせいで泣かされようとしている者が……いなかった。
この村で六十年以上も大根を作り続けている大根農家富山イネ(七十八歳、未亡人)は、すでに顔見知りとなった猪・マックス・新太郎と世間話に興じていた。
完全な馴れ合い……いや、これは古き伝統を残す北見村において、新参者である宇宙自然保護同盟が活動するために必要な人間関係の構築というわけだ。
それに、やはり怪人はヒーローと戦うことに一番拘る存在であった。
戦いの時の高揚感に比べたら、婆さんが耕す畑を荒らすとか荒さないとかは、大した問題ではないというわけだ。
「そういや、畑を荒らさねえんだか?」
「聞け、婆さん。俺は怪人だ。怪人とは基本的に悪の存在。それも、なるべく派手に悪事を働いてこそ。戦いの前にちょっと畑を荒らすよりも、ヒーローを倒し、瀕死のヒーローが悔しがるその目前で、大々的に畑を荒らした方が面白いではないか」
「なるほど、鬼畜だべなぁ」
「だろう? それに新人ヒーローの存在だ。ここで張りきらずにいつ張り切るというのだ。それにしても不幸な新人だ。デビュー戦で、俺様に全身の骨を砕かれて死ぬとはな」
「なるほどなぁ」
「じゃあ、そろそろ始めるか。あーーーはっは! 今日は増員した猪戦闘員たちが、お前の畑の大根を全部食い荒らしてやるぜ」
「なんて酷い怪人だべ! おめえには人の心がねえんだか?」
「怪人にそんなものはないなぁ。猪戦闘員たちよ! やってしまえ!」
「「「「「「「「「ブヒィーーー!」」」」」」」」」
「待ぇーーーい!」
猪・マックス・新太郎が引き攣れてきた猪戦闘員たちが畑に植わった大根を食い荒らそうとしたその時、彼らの耳に強き正義の意志が篭った声が聞こえてくる。
「何奴だ?」
猪・マックス・新太郎たちが声がした方を見ると、そこには真っ赤なスーツを着たあの男が立っていた。
「トマレッド!」
続けて、赤いスーツの男の隣に紫色のスーツを着た男も姿を現す。
「ナスパープル!」
そしてついに、猪・マックス・新太郎がビューティー総統から聞いていた新人が、紫色のスーツ着た男の反対側に姿を見せる。
「闇より出でし邪妖精よ! あなたなんてこのマジカルピンクが許さないんだから! 愛の魔法騎士マジカルナイトベータ!」
「「「……」」」
ファーマーマンに新人ヒーローが、それも紅一点が入ると聞いていたのに、猪・マックス・新太郎も、同じファーマーマンであるはずの弘樹とジョーですら、戦隊ヒーローとは統一性の欠片もない新人の格好と自己紹介に、声も出せず唖然としていた。
他にもおかしな点があるが、とにかく今は新人ヒーローとして入ったはずの四人目……現時点で三人目だが……その人物は……転入生桃木桃代のことだが……ヒラヒラが目立つピンク色のドレスと部分鎧が組み合わさった風な衣装に、やはりピンク色を主体とした槍を持っていた。
もし世間の人たちにその人物の正体を訪ねたら、大半の人はこう答えるであろう。
『この人は魔法少女であり、決して戦隊ヒーローではない』と。
「あれ? どうかしたの? 私、ちゃんと登場のポーズ決まっているでしょう? さあ! かかってきなさい! 邪妖精たち!」
「俺様は怪人であって、邪妖精じゃないから」
それだけは先に言わせてもらうと、猪・マックス・新太郎は言った。
『というか、邪妖精ってなんだよ?』という疑問が浮かんでくるばかりだ。
「邪妖精とは、この世界の人たちの心を支配しようとする、別の世界に住む邪悪なる存在。私たち愛の魔法騎士マジカルナイトベータは、異世界の愛の女神『ララファーマ様』から、邪妖精を倒すためこの力を授かったのよ」
「そういう設定か?」
「事実よ! そうでなきゃ魔法少女になれないじゃないの!」
設定という単語を出してしまった猪・マックス・新太郎に対し、桃代は空気読めよと激怒した。
その辺のファンタジー設定を、まがりなりにも似たような業界にいる怪人が信じないなんて、それはどうなんだというわけだ。
それと今さらだが、戦隊ヒーローとは統一性の欠片もない新人の正体は桃木桃代であった。
「でも、解散したんだよな?」
「そこが、魔法少女の苦しい懐事情なのよ」
その異世界の愛の女神ララファーマ様からすれば、安全保障上の理由から愛の魔法騎士マジカルナイトベータだけに邪妖精の退治を頼まないはずだ。
念には念を入れ、いくつかの魔法少女たちに力を与えて対処する。
それが、確実な対策というものであろう。
「それに、他の世界の妖精とか女神様に力を与えられた魔法少女でも、邪妖精を倒せるのよね……私たちも、他の魔法少女の敵とか倒せたりするし」
「それってつまり?」
「もう邪妖精は全滅しました。あのラブキュアの連中! ちょっとばかり子供たちに人気があるからって、盛った猫みたいにいきり立って、私たちの邪妖精まで倒してしまうなんて!」
「……」
『全滅したってのなら、どうして自分たちのことを邪妖精って呼んだんだよ?』と、猪・マックス・新太郎は思わずにいられなかった。
それと、桃代の口汚い罵りは、精神衛生上の都合から聞かなかったことにする彼であった。
「終わったことは仕方がないから、他の魔法少女たちの獲物を狙ってみたんだけど、競争率が激しいのよ。そうしたら、マジカルブルーとマジカルイエローが、アイドル活動もしようって言い出して。私はそういうのは邪道だと思うし、嫌だから断ったの。そうしたら向こうは二人だけでやるって言い出して、私が抜けたってわけ」
「「「……」」」
仕事に対する方向性の違い。
まるでアイドルグループやロックバンドの解散理由みたいだなと、弘樹たちは思った。
「なるほど。事情はよく理解できた。じゃあ、久しぶりに始めるか。まったく、このところは順調だったのに……」
自分は怪人であるが、否、怪人だからこそ許せないこともあるのだと、猪・マックス・新太郎は弘樹たちに対し説教を始めた。
「その前に、ダイホワイトはどうした?」
「健司は体調が悪いってさ」
「体調かぁ……仕方がないか……」
新人がデビューする大切な日なのに休んでしまう。
猪・マックス・新太郎としても、健司に言いたいことはあったが、相手は病人なのでそれは言わないようにしようと決意した。
それよりも他に、絶対言わなければいけないことがあるからというのもあったが。
「新人のマジカルピンクか。念のために確認しておくが、今日はコラボではないよな?」
桃代は、戦隊ヒーローとは似ても似つかない格好と自己紹介をした。
もしかしたら話の行き違いがあって、桃代は魔法少女としてファーマーマンに助っ人に入っただけかもしれないからだ。
もしそうだとしたら、猪・マックス・新太郎としても彼女を怒るのは筋違いだと思っていたからだ。
「いいえ、私はファーマーマンの四人目よ!」
「だったら、スーツを着ろ!」
統一性のない格好をしているのに、その間違いに気がつかない桃代に対し、猪・マックス・新太郎は遠慮なく彼女を叱ることにした。
「なによ! 怪人のあなたには関係ないでしょう!」
「あるに決まっているだろうが! 俺は怪人だぞ! コラボならまだ許せるが、魔法少女の格好をしたヒーローとなんて戦えるか!」
「ベテランぽいのに、融通が利かないで我儘なのね」
「お前に言われたくないわ!」
猪・マックス・新太郎のツッコミに対し、弘樹とジョーも賛同の意味を込めて首を縦に振った。
桃代も頑なにスーツを着ないという点では頑固であったからだ。
「おい! トマレッド! お前はリーダーだろうが!」
「言っても聞かないんだからしょうがないだろうが。ああ、ちなみにスーツがないとかじゃないからな。桃木が着ないだけだ」
「カノジョ、ジブンノガヲトオシマシタ。ワタシハオカシイトオモイマセン」
「あぁーーー! これからだお前らは!」
リーダーなのに、新人の間違いを指摘できない弘樹。
日本人でないからなのか?
新人の言い分を、個性的だと認めてしまうジョー。
そんな二人に対し、猪・マックス・新太郎は声を荒げてしまう。
「ちょうど桃木桃代なんておあつらえな名前ではないか。ピンク色のスーツを着せて、素直に〇〇ピンクと名乗ればいいではないか」
「だから、俺は名ばかりリーダだから無理なんだって。桃木が好き勝手しても、その処罰は瞳子さんの職責なわけ。俺なんて、前も言ったけどバイトリーダーみたいなものなんだから」
「オカシイデスカ? コセイテキデイイトオモイマス」
「お前は静かにしていろ。話がややこしくなるから」
桃代の魔法少女姿を個性的でいいというジョーに対し、猪・マックス・新太郎は静かにするように命じた。
「ソウイウノヨクナイデスヨ! センタイヒーローモ、マンネリナノハタシカナノデ、コウイウココロミモヒツヨウデショウ!」
「だぁーーー! ならコラボでいいだろうが! ファーマーマンに入ったんなら、ちゃんと衣装を統一しろよ!」
猪・マックス・新太郎は、ジョーの考え方がおかしいと強く反論した。
戦隊ヒーローに入った以上は、ちゃんとルールに従ってスーツ姿に統一しろ。
なんでも、自由とか個性的と言えばいいってものではないのだと。
「えーーーっ、私、そんなダサいスーツ姿は嫌よ」
「お前、実は性格悪いだろう?」
見た目は美少女なのに、我儘放題で性格も最悪だ。
猪・マックス・新太郎は、桃代を全面的にこき下ろした。
「私は自分に正直なの」
「それが、性格悪いってんだ」
決められたルールを守らず、さらに間違いを認めず開き直っているのだから。
「だって、私の加入ってあくまでも短期のものよ。一応私の高校卒業までって話だけど、もしかしたらお父さんの体調がよくなって、私の卒業前にまたここから引っ越すかもしれないもの。瞳子さんも、自由にやっていいって」
「あの司令、どうしようもないな……」
どうしてあんないい加減な女が戦隊ヒーローの司令なのだと、猪・マックス・新太郎は思わずにいられなかった。
瞳子としても、人数を集めるために贅沢言っていられないという事情があるのだが。
「私は魔法少女を辞めたけど、まったく未練がないってわけでもない。だから私は、たとえ戦隊ヒーローに所属しても、決して自分が魔法騎士マジカルナイトベータのマジカルピンクであることをやめないわ!」
「だからぁ! それはお前の心の中でだけ思ってろ! 衣装と自己紹介は統一しろよ!」
心の中でならどう思おうと構わないが、たとえ繋ぎでもファーマーマンに所属した以上、〇〇ピンクと名乗って戦え。
猪・マックス・新太郎はベテラン怪人の義務として、桃代に戦隊ヒーローの常識というか、ある意味人としての道を説いた。
「赤川君、この猪、うるさいわよ」
「よかれと思って言っているんだ。うるさいけど」
「まだそんな年ってわけでもないのに、まるで老害よね」
「言いたい放題だな……」
猪・マックス・新太郎は思った。
薫子によると、桃代は転入初日からクラスメイトである男子たちに大人気だったらしいが、素の性格はかなり悪いようだと。
「チョットイイデスカ?」
「なんだ? ナスパープル」
「オタガイニヒケナイモノガアル。ナラバ、タタカッテケッチャクツケレバイイデス」
「なるほどなぁ」
猪・マックス・新太郎は、桃代にスーツを着て戦隊ヒーロー風の名を名乗ってほしい。
逆に桃代は、今の魔法少女風の衣装を着続けたいし、名乗りも変えたくない。
それならば、二人が一対一で戦って勝った方の自由にすればいいのだと。
「いいアイデアだな」
「オノレノガヲトオスニハ、チカラモヒツヨウデス」
弘樹も、ジョーの意見に賛成した。
「で? どうする?」
「ふん、決まっているだろうが。新人と俺様が一対一で戦う。絵になるじゃないか」
同時に猪・マックス・新太郎が勝てば、桃代も戦隊ヒーロー風のスーツを着て、〇〇ピンクを名乗るようになる。
そうすれば、ファーマーマンも四人となってあと一人で五人揃う。
猪・マックス・新太郎としては、ジョーの提案を断る理由がなかった。
「桃木はどうだ?」
「構わないわ。この若年性老害にわからせてあげるわ」
桃代も、ジョーからの提案を了承した。
あと、やはり桃代は性格が悪いかもしれないと、弘樹とジョーも思ってしまった。
別に彼女でもないので、どうでもいいと思っているが。
「では、勝負開始だ」
弘樹の合図で、猪・マックス・新太郎と桃代による一対一の戦いが始まる。
「ふふふっ、魔法騎士マジカルナイトベータなんて名前の魔法少女、聞いたこともないな。よほどマイナーなのであろう」
これでも猪・マックス・新太は、宇宙自然保護同盟に入る前は関東圏であちこちの悪の組織を渡り歩いていたので、有名な魔法少女たちのデータは頭に入っていた。
今も、宇宙自然保護同盟の幹部としての責務として、最新の魔法少女についてもデータは頭に入れてあった。
そんな彼であったが、魔法騎士マジカルナイトベータなどという魔法少女は知らず、つまりマイナーで弱い魔法少女なのだと分析していたのだ。
「大体、魔法騎士マジカルナイトベータのベータってなんだよ? アルファがいるのか?」
「いないみたい。ララファーマ様がノリで? ほら、昔パート1がないのにパート2がある歌もあったじゃない。それと同じノリなのよ。きっと」
「いい加減な女神様だな」
「そんな細かいことを気にして、小さな猪ね。怪人としての器が小さいわ」
「お前に言われたくないけどな……」
お前はその美しい容姿とは正反対で、性格に難があるじゃないか。
猪・マックス・新太郎は、心の中で桃代を批判した。
「口だけは達者なようだが、果たしてこの俺様に勝てるかな?」
「聞いたわよ。あなた、連敗続きじゃないの」
「お前以外のファーマーマンのメンバーにはな! だが、俺様もこれまで遊んでいたわけではない。さらにパワーを増した俺様の突進を食らい、体中の骨がバラバラになるといいわ! 食らえ! 新必殺技! 『ボアアトミックアタック!』」
新必殺技とは言うが、要はこれまでどおりただ敵に突進し、そのパワーで相手の体の骨をバラバラに砕く技であった。
ただ、その突進スピードとパワーはこれまでとはけた違いであった。
弘樹とジョーは、パワーアップした猪・マックス・新太郎に対し驚きの表情を浮かべる。
「特訓の成果だ! しかし残念だな! 新人がデビュー初日でリタイアとはな! 今度はもっと口の汚くない、紅一点に相応しいメンバーを揃えるのだな」
「言いたい放題ね! この猪が! 見せてあげるわ! マジカルランス!」
猪・マックス・新太郎から散々な言われようの桃代であったが、彼女は冷静に精神を集中し、持っている槍を静かに構えた。
「魔力全開! 邪妖精におしおきよ! マジカルピンクフルバースト!」
マジカルピンクこと桃代は、一旦魔法で空中に浮いて猪・マックス・新太郎の突進をかわしてから、持っている槍を高速で回転させ始める。
「どうやっているんだ?」
「サア?」
腰の横に構えた槍を、片腕のみで高速回転させるという常識外れな構えに、弘樹とジョーはその仕組みがわからず首を傾げてしまう。
槍の回転速度はどんどん上昇していき、同時に桃代の体をピンク色のオーラが覆い始める。
「どうやら、ピンク色のオーラは桃木の魔力らしいな」
「スゴイパワーネ」
弘樹もジョーも魔力に対する知識はなかったが、そのピンク色のオーラを纏う桃代がとてつもない戦闘力を秘めているのは理解できた。
「覚悟なさい! マジカルランスアタァーーーック!」
「なっ! そんなバカな!」
そしてついに、高速で回転する槍の先からピンク色の奔流が噴き出し、それが猪・マックス・新太郎を包み込んで、彼を数十メートル上空へと吹き飛ばしてしまう。
そのまま上空から地面へと自由落下した猪・マックス・新太郎は、大根畑に頭から突っ込み、まるで某八つ墓村のような状態になってしまった。
「むっ、無念……」
「おーーーい、猪! 死んでないよな?」
「もの凄い生命力ね。さすがは邪妖精」
「ジャヨウセイジャナイデスヨ。カイジンデスヨ」
「なんでもいいじゃない。じゃあ、私の勝ちだから衣装も名乗りもこのままね」
「そういう条件だから仕方がないな」
「キョウハ、コレデオワリ」
単独で猪・マックス・新太郎を撃破した桃代は、そのまま魔法騎士マジカルナイトベータのマジカルピンクとして活動することになった。
まったく統一性はないが、これでファーマーマンは四人揃った。
あと一人で五名が揃うという期待と共に、弘樹たちは帰路へとつくのであった。
頑張れファーマーマン。
強いぞ、ファーマーマン。
明日の希望に向かって突き進むのだ。
「……猪、生きているだか?」
「ううっ……俺様は邪妖精じゃない……」
「おめえさんも大変だな。大根持って帰るか?」
「すまない……」
襲った畑の持ち主であるお婆さんにまで同情され、お土産の大根を貰って帰る猪・マックス・新太郎。
こうして、彼にはもう一人天敵が増えたのであった。
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