第13話 それでもトマレッドは戦う

「どうしてそういうことになるのです? 納得がいきません!」


「別に君に納得してもらう必要はない。日本ヒーロー協会の理事会でそういう風に決まっただけだ。君たちはそれを受け入れればいい」


「左様、この決定に異議を唱えても無駄だ。君たちが、世界一の戦隊ヒーローであるという評価を失いたくなければね」


「それにだ。宇宙怪人など、もうあと数十年は現れないさ」


「地球上の怪人相手なら、君たちが負けることすら想像できないな。だから問題あるまい」


「いいかね? 君たちナイトフィーバーは、これからあと十年は世界最強の戦隊ヒーローでいてもらわなければ困るのだ」


「そうでなければ、世界ヒーロー協会が制定したランク制度の信用度が揺らぐのでね」


「いいかね? 新人のCランクヒーローが、それも一人で宇宙怪人を倒したなどという事実はあってはならないのだよ」






「クソッ! 自己保身ばかりの老人どもめ!」


 ナイトフィーバーのリーダーフィーバーレッド勇人は、秘密裏に日本ヒーロー協会の理事たちに呼ばれ、そこである通達を申しつけられた。

 それは、先日佐城県北見山山中に降下した宇宙怪人を倒したのは、北見村のヒーローであるファーマーマントマレッドでなはく、世界唯一のS級戦隊ヒーローであるナイトフィーバーであると。


 これが公式見解であり、ナイトフィーバーが五人がかりで宇宙怪人に手も足も出なかった事実など存在しないというわけだ。


 ナイトフィーバーは、世界ナンバーワン戦隊ヒーローとしてこれまで数多の功績と、それに付属する名誉を受けてきた。

 勿論それに見合う活躍はしてきたし、自分たちこそが地球で一番強い戦隊ヒーローだという自負もあった。


 それなのに、今回の件で宇宙怪人を倒した弘樹少年の功績をなかったことにされ、まるで物を恵んでもらうかのように宇宙怪人を倒した功績と名誉を与えられるというのだから、人並み以上のプライドを持つレッド勇人としてはいらだちを隠せなかったのだ。


 リーダーであるレッドとして正義心も強い勇人は、この決定に異議を唱えたが、残念ながら日本ヒーロー協会の理事たちには聞き入れてもらえなかった。

 勇人はナイトフィーバーのリーダーゆえに、日本ヒーロー協会の決定に逆らうという選択肢も選べず、悔しさを胸一杯に抱えながら仲間たちの元に戻ってきたというわけだ。


「そういうお前も、世界ナンバーワン戦隊ヒーローの地位を失いたくないから、すごすごと戻って来たわけだ。しかもその鬱憤をヒーロー協会の老人どもでなく俺たちに吠えて。いい御身分だな」


「隼人! 貴様!」


「俺には威勢がいいようだな。その威勢のよさを老人どもに向ける勇気もないくせに」


「っ!」


「二人ともやめろ」


 考えや性格の違いから定期的に衝突するレッド勇人とブルー隼人であったが、今回はすかさずメンバーの調整役グリーン和利が二人を止めに入った。


「今回の件は仕方がない。気持ちはわかるが諦めろ」


「和利さん、なにか事情を知っているのですか?」


「ああ、これでもヒーロー協会の職員に知り合いがいるのでな」


 イエロー太の問いに、和利は冷静な表情のままで答えた。

 グリーン和利はヒーローとしての実力もさることながら、メンバーの中では一番の年長者で、他の戦隊で活躍していた経験もあり、顔も広く、こういう時非常に頼りにされていた。


「どうして協会は、弘樹君の功績をなかったことにしたいのかしら?」


「それは簡単な理由さ。老人どもは、ファイナルマンを怖れているのさ」


 ピンク桃子に答えるように、グリーン和利は裏の事情を説明し始めた。


「ファイナルマンを知らないヒーローはいないよな?」


「彼は最後の伝説との呼び声も高いヒーローだからな。功績も凄い」


「だからさ、勇人。協会の老人たちはそれなりに功績があって協会の理事になっているわけだが、さすがにファイナルマンに比べれば劣る」


 ファイナルマン。

 およそ三十年前、前回日本に飛来した宇宙怪人を倒したヒーローである。

 それも一人で宇宙怪人を倒してしまい、というか彼は一度も複数で戦ったことがなかった。

 相手がどんなに強く、数が多くても、それをただ一人で、しかも圧倒的な強さで倒し、その功績の凄さから最後の伝説(レジェンド)と呼ばれていたほどだ。


「彼は孤高のヒーローだ。協会の理事などというものに興味を持たず、今も引退せずにいると聞く」


 ここ数年動静がわからない点が、余計に理事たちを困惑させ、警戒感を抱かせているのだと和利が説明した。


「彼が理事選、会長選に出ればどうなる?」


「トップ当選だろうな」


「今の会長は、確実にその地位を追われるな」


 日本ヒーロー協会の理事と会長の役職は、一度選挙に落ちてしまうと二度と就任できない。

 会長選に落ちたので普通の理事に戻るというのは不可能であり、落選したら即引退というルールが決まっていた。


「理事もそうだ。一度でも理事選に落ちたらもう出馬できない」


「つまり、ファイナルマンの気が変わって理事選か会長選に出馬したら、即座に職を失う者が出てしまうのだ」


「それと、今回の功績はく奪の件に関連はあるのか?」


「ある、隼人は聞いていないのか。弘樹君は、あのファイナルマン赤川無敵斎のお孫さんだぞ」


「そうだったのか! 勇人、お前大切な情報を黙っていたな!」


「まあ落ち着け、隼人。話が進まないだろう」


「わかった」


 和利は、上手く隼人を宥めた。

 そして話を進める。


「ファイナルマンも、三十年前一人で宇宙怪人を倒した。今回はそのお孫さんである弘樹君が一人で倒してしまった。協会の老人どもは戦々恐々さ」


 もしこの事実が公になってしまえば、それを聞いたファイナルマンが日本ヒーロー協会の理事選か、会長選に出馬するかもしれない。

 理事たちにしても、会長だけ役職を失って終わりという話ではないのだと。


「今の会長や理事たちは、過去の功績よりも、資金力や組織力で今の政権を維持している。カリスマには不足しているわけだ。今のヒーロー業界は、若いヒーローたちの貧困や格差、既得権益にしがみつく老人ヒーローたちの問題もあって改革を望む声が大きい」

 

 もし改革派のヒーローやOBたちが、ファイナルマンを神輿として現体制に戦いを挑んだとしたら?

 それを怖れて弘樹の功績はなかったことにされたのだと、和利は話を締めくくった。


「そんなバカな話があるか! ヒーローが自己保身だと!」


「彼らももう老人で、あとはいかに安定した老後を過ごすかしか興味がないのさ」


「今からでも、宇宙怪人は弘樹君が倒したのだと公表すれば!」


「それはやめておけ」


「しかし、和利さん」


「そんなことは、ファイナルマンも弘樹君も望んでいないさ。それに、弘樹君は北見村唯一のヒーローなんだ。我々にあの村からヒーローを引き剥がす権利などない」


 もし弘樹が宇宙怪人を倒した事実が公になれば、彼は首都圏に出てこなければならないはず。

 そうしたら、あの北見村からヒーローがいなくなってしまうと。


「急いてはことを仕損じる。弘樹君は、ファイナルマンに匹敵するか、それ以上の才能がある。ここで老人たちが姑息な手を使っても、いずれ彼は我々などとは比べものにならないほど輝く存在になるさ」


「だろうな」


 自分の強さにかなりの自信を持つ隼人ですら、弘樹の実力を認めていた。

 いや逆に自分の実力に自信があるからこそ、彼の圧倒的な才能を嫌というほど思い知らされてしまったのだ。


「弘樹君は、いずれその名を世界に轟かすか」


「そういうことだ。彼がそうなるまでの間、我々は彼の功績に恥じない活躍をしなければな」


「それに、このまま負けっぱなしというのも気に入らない。もう一度鍛え直しだな」


「隼人の言うとおりだ」


「そうね、せめて私たち五人であの宇宙怪人を倒せるくらいには強くならないとね」


「ようし! 今日からナイトフィーバーは新しく生まれ変わるぞ!」


「「「「「おおっーーー!」」」


 無残にも宇宙怪人に敗れてしまったナイトフィーバーであったが、彼らは腐ることなく努力を続ける決意をするのであった。


 そしていつか、あの若いヒーローと臆することなく顔を合わせられるようにと。






「あーーーはっは! 今日も畑を荒らしてやるぜ!」


「毎度毎度懲りねえべな! 弘樹に言いつけるぞ!」


「ババア! そこは助けてくれと悲鳴をあげるところだろうが!」






 ここは、佐城県北見村。

 今日も悪を成す怪人により、一人の老婆が悲しみの声?をあげていた。

 懸命に耕した畑を、悪の組織宇宙自然保護同盟の怪人猪マックス・新太郎が、自然に戻すべく破壊しようとしていたからだ。


 人間では歯が立たない怪人と猪戦闘員たちに対し、老婆はただ無力であった……と思う。


「本当に、昨日の今日で毎度毎度同じようなことを……待てい!」


 老婆の悲しみの声に答えるかのように、畑を一望できる丘のに上に今日もあの男が現れた。

 この北見村を自然に戻させまいとする、正義のヒーローが。


「古田の婆っちゃんが懸命に耕した畑を自然に戻そうとする悪党どもめ! このファーマーマンが許さないぞ!」


「出たな! ファーマーマンめ! ……」


 定番のやり取りながら今日も戦闘が始まると思った猪マックス・新太郎であったが、姿を見せた赤いヒーローを見た瞬間、あからさまにやる気が失せたという表情を浮かべた。


「おい! まだ自己紹介前だが、トマレッド。それはさすがに駄目だろう」


 これまで複数の悪の組織を渡り歩き、ヒーローと怪人の常識に詳しい……というかうるさい猪マックス・新太郎は、ヒーローが名乗りをあげる前にその名を呼ぶのは失礼だとは思いつつも、それ以上に許せないことがあったので、彼に駄目出しを行った。


「人数の件なら無理だぞ。そういうのは瞳子さんに言え」


 自分にメンバーを増やす権限はなく、文句があるのなら司令である瞳子に言えと、トマレッド弘樹は猪マックス・新太郎に反論した。


「違う! それも問題だが、今のところは仕方がないと思っているさ。それよりもだ! その格好はなんなんだよ?」


「別に普通の赤いスーツとメット姿じゃないか。どこがおかしいってんだ?」


「おかしいだろうが! それ、この前の宇宙怪人との戦いで壊れたやつを修繕したものだろう?」


「修繕しちゃ悪いのか? うちは装備が壊れてもそんな急に新しいものなんて購入できないんだよ。予算がないからな」


「百歩譲って修繕するのは悪くない。というか、大規模な悪の組織だと、装備品の整備や修繕を行う部署もあるからな。それよりも、もうちょっとなんとかならなかったのかよ! お前はヒーローだろうが!」


 猪マックス・新太郎が許せなかったのは、弘樹が被るトマレッドのメットは誰が見てもわかるくらい雑な修繕をしており、というか、飛び散った破片を集めて接着剤でつけただけのようにしか見えなかった。

 しかもすべての破片を回収できなかったようで、まだ半分だけ右目が見えるところが気になって仕方がなかったのだ。


「せめて、ちゃんと全部顔が隠れるように修繕しろよ!」


「でも、口元とか見えるヒーローもいるじゃないか」


「それは、元からそういう作りのマスクなんだ!」


 そういうマスクは、断じてそんな適当な修繕の結果、そうなったのではない。

 あきらかにそのメットはただ修繕が適当なだけじゃないかと、猪マックス・新太郎は弘樹に強く言い放った。


「マスクは中古でも高いからな。瞳子さんは、頭部を覆うだけなのに高いって言ってた。お祭りの縁日で売っているマスクにしようかなって」


「それをやったら終わりだからな」


 猪マックス・新太郎は、真顔で弘樹に注意をした。

 せめて装備品は正規のものを買えと。

 それができなければ、偽物となにが違うのだと。


「いくら瞳子さんがズボラでも、それはしないと思うけど」


「マスクは……よくはないがいいことにする。それよりもスーツだよ! それはなんなんだよ!」


 マスクはまだ……よくはないが、少なくともスーツよりはマシだと、猪マックス・新太郎は思うことにした。

 そうやって妥協して、怪人も大人になっていくのだと思いながら。

 それよりも、戦隊ヒーローの命であるスーツだ。

 先日の戦いで派手に敗れた部分はすべて別の布をあてがって修繕してあったが、赤い布が足りなかったようで、色々な色や柄の布が宛がってあり、まったく統一性がなかったのだ。

 素材すら統一されておらず、野暮ったい印象をぬぐい切れなかった。


 というか、貧乏臭かった。


「お前はトマレッドなんだから、最低限赤い布で修繕しろよ!」


「赤い布がなかったんだってさ。肌を露出したままってのもどうかと思うから、こっちの方がいいだろう?」


「お前、本当に細かいことを気にしないな!」


「猪が気にしすぎなんだよ。猪なのに」


「そういう問題じゃねえよ!」


 細かい、細かくない以前に、これは常識の問題なのだと、猪マックス・新太郎は強く言い放った。


「あの……すいません」


 とそこに、またも彩実が姿を現した。


「彩実ちゃんが謝る必要はないだろう」


 いつも甲斐甲斐しく幼馴染の面倒を見るとてもいい子である彩実に対し、猪マックス・新太郎は好感すら覚えていた。

 彼女を見ていると、昔の奥さんを思い出すのだ。

 今もいい奥さんだけど、初々しさでは彩実には勝てないなと、思ったりしていているのは秘密であったが。


「実は、瞳子さんからスーツの応急処置を頼まれまして。でも、そんな急に沢山の赤い布とか用意できないから……」


 その場にあった布切れを使ってスーツを修繕したので、スーツの半分以上がまるでモザイク模様のようになってしまったのだと、彩実は説明した。


「すいません、猪さん」


「いや、彩実ちゃんは悪くないだろう。あの瞳子とかいう司令が縫ったのかと思ったんだよ」


「裁縫とか、瞳子さんには無理だから……」


 猪マックス・新太郎は知らなかったが、弘樹と彩実は瞳子に裁縫どころか、最低限の家事もでないのを知っていた。

 きっと彼女にスーツの修繕を任せていたら、もっと悲惨な結果になっていただろう。


「頭はいいのかもしれないが、女性としては残念な司令だな」


「それには賛同するけどよ。これはあくまでも応急処置なんだぜ。さすがにここまで破れたら新しいスーツは来る予定だけど、届くのに時間がかかるんだよ」


 この北見村は特になと、弘樹は言った。

 都心部みたいに注文して翌日に届くなどという贅沢な環境ではないのだと。


「明後日なら問題なかったのによ」


「それは先に言ってくれよ。聞いていれば明後日に出撃したんだよ」


 どうせなら、新しいスーツに新調した弘樹と戦いからなと、猪マックス・新太郎は言った。


「ヒーローと怪人が、個人的に連絡取っていいのか?」


「それは今さらだろう。とにかく、そんなスーツのヒーローとは戦えないな。今日は引き揚げるぞ」


「「「「「ブヒィ!」」」」」


 猪マックス・新太郎は、そんなボロイスーツの奴とは戦えないと、猪戦闘員たちを引き連れてその場から撤退してしまった。


「不戦勝か? 引き分けかな? どっちでもいいけどな」


 結果的に畑に被害がなかったので、弘樹はこれでよしとすることにした。

 ファーマーマンはその名のとおり、北見村の農業を守らなければいけないのだから。


「ヒロちゃん、すまねえな」


「古田の婆っちゃん。俺はなにもしていないけどな」


「被害がないのが一番だべ。お礼に畑のナスを持っていけ」


「すまないな、古田の婆っちゃん」


「ありがとう」


 弘樹と彩実は、古田という名の老婆からお礼にナスを貰って二人で家路につく。

 もうすぐ日は北見山の裏側に完全に落ちてしまい、夜を迎える時間だ。


「ヒロ君、どんな料理にしようか?」


「ナスかぁ……ひき肉を挟んで揚げたやつとか? マーボーナスでもいいな」


「えらい、えらい。今日はちゃんと希望が言えたね。じゃあ、それを作ってあげる」


「そういえば腹減ったな」


「そうだね、早く戻ろうか」


 二人は少し早足で、家族の待つ家へと向かうのであった。




 そのヒーローは、戦隊ヒーローなのに一人しかいない。

 メットは中古で、スーツは安物、マシーンなど持っていなかったが、誰よりも故郷を愛し、凶悪な宇宙怪人からも村を守り切った。

 彼の名前は、赤川弘樹。

 農林水産省佐城県北見村出張所所属の豊穣戦隊ファーマーマンのリーダートマレッドその人であった。


 彼の活躍は、これからも続く。

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