第14話 ようやく二人目! その名はダイホワイト
「この前の小テストを返すぞ」
「うわっ! そういえば、そんなのがあったな。うちみたいな高校に小テストなんていらないっての」
「ヒロ君、そんなに自信ないの?」
「あら、とても簡単な試験だったではないですか」
「彩実は成績は普通だし、瀬戸内は都内のお嬢様進学校出身で勉強ができるからいいよな」
宇宙怪人の襲来から数日後、弘樹と彩実はいつもの生活に戻っていた。
いつものように二人は学校に行き、今日は前日に抜き打ちで行われた数学の小テストの答案が戻ってきてきた。
北見村に唯一存在する北見高校は、そんなに偏差値も高くない。
北見村の高校進学希望者を全員受け入れるというコンセプトの学校なので、言うなれば誰でも入れるからだ。
農業が主な産業である北見村に相応しく農業科も存在するが、実は普通科とそんなにカリキュラムが変わるわけでもなく、普通科なのに農業実習があったりして余計に普通教科の授業が少なかった。
試験も全員が落第しないで済むように組まれており、ましてや熱心に小テストを行う先生は滅多にいなかった。
超お嬢様学校から転向してきた薫子などは、この高校のカリキュラムの緩さを自習で補っているほどなのだから。
「点数だが……一位は瀬戸内とくーみんだな。両方百点だ」
「えっ? 熊が?」
薫子の親友にして、宇宙自然保護同盟四天王の一人である真美のペット件親友である熊のくーみん。
いつの間にか彼が小テストを受け、しかも百点を取るなんて誰も想像していなかった。
確かに彼は、いつも真美の隣の席で授業を受けていたが、みんな熊なのでそういう芸をしているのだと思っていたのだ。
「そうだ。くーみんは正式な生徒ではないが、是非自分の授業を受けたいと、熊野の通訳で頼まれてな。今回の試験も希望して受けたんだが……」
数学の担当というか、北見高校ではそんなに先生は置けないので、担任の佐藤が数学も担当している状態だ。
そんな都心部の高校に比べると圧倒的に不利な条件でもちゃんと勉強するくーみんに対し、彼は心から感動していた。
「教師生活十二年! 私はこんなに感動したことはない! 確かにくーみんはここの生徒ではないし、人間ではなく熊だ。だが、くーみんほど学生の本分を弁えた者がいただろうか? 私は決めた! 他の誰が認めなくても、くーみんはこの北見高校の生徒で、私の教え子だ!」
佐藤は感動の涙を流しながら、くーみんに百点の答案用紙を返した。
そして、薫子以外の生徒に冷たい視線を送る。
彼女も成績優秀で百点だったので、佐藤は彼女も褒めたが、他の生徒たちに対しては『お前らは、熊以下の成績で悔しくないのか?』と、目で批判したというわけだ。
「ちゃんと勉強します」
「「「「「……」」」」」
彩実も他の生徒たちも、さすがに熊にテストの点で負けたことに大きなショックを受けていた。
次からはちゃんと勉強しようと決意したのだが、例外が二名ほどいるのはご愛敬というやつだ。
「へへん、俺は三十二点だ。定期試験ならギリギリ赤点回避だな」
「弘樹君は、おバカさんだねぇ」
「熊野、お前は人に言うほど成績優秀なのか?」
「ヒロ君、真美ちゃんは瀬戸内さんと同じ高校に通っていたんだよ」
「超高偏差値のお嬢様学校だったよな、そういえば……」
真美も勉強はできるのかと、弘樹は珍しく彼女に対し敗北感を覚えてしまった。
「あのそれが……」
「クマ」
弘樹が、真美が薫子と同じ学校に通っていたのなら成績優秀なのか……バカ呼ばわりされても言い返せないな……などとと思っていたら、なぜか薫子とくーみんが微妙な表情を浮かべていたのだ。
「ほら、弘樹君よりも点数高いでしょう」
そう言って真美が自慢げに披露した答案には、三十六点の数字が書かれていた。
言うまでもなく、赤点ギリギリで弘樹とそう大差ない点数だ。
「お前もバカじゃないか! 俺のことを言えないだろうが!」
「そんなことないよ! 私は弘樹君よりも四点も高いから。ねえ、くーみん」
「クマ……」
「ほら、くーみんも『そうだ』って言ってるよ」
真美以外の全員が気がついてしまった。
頭のいいくーみんが、友人件飼い主の真美に気を使って『うん』と言っているのを。
そして、本当にくーみんは人間並に賢いのだと、確信するに至ったわけだ。
この教室にいる大半の人間が、くーみんにテストの点で負けている時点でそれは確かなのだが。
「瀬戸内、熊野はおかしくないか? よくお前がいたお嬢様学校に入れたな」
「真美は頑張ればできる子なのです」
薫子が進学校でもあるお嬢様女子高に入ろうと決めた時、真美は『自分もそこに入りたい』と言って真面目に勉強し、遂にそれを成し遂げてしまったのだと。
「いざという時の集中力の凄さは、さすがは怪人というわけですわ」
「そうだな……」
薫子から事情を聞いた弘樹は、内心冷や汗をかいていた。
自分ががいくら集中しても、そんなに学業は振るわないであろうことを理解していたからだ。
「中間試験までに勉強して、赤点は回避してくれよ。先生は補習なんてやりたくないからな。せっかくの夏休みに仕事が増えて面倒だし」
「「「「「ぶっちゃけた!」」」」」
担任である佐藤は、村の外から通勤している。
せっかくの夏休みを補習で潰したくないので、定期試験では赤点を取らないようにと、生徒たちに強く釘を刺していた。
赤点を取るなというのは教育としては間違っていないが、その理由が休みが減るから、さらにそれを公言してしまうのは、教師として色々と間違っているような気がしてならないのだ。
「白木はこの小テストを受けられなかったが、中間試験はちゃんと出席してほしいものだな。テストさえ受けてくれれば、あいつはいつも百点だから問題ないんだが」
「佐藤先生、私も真美も、その白木さんという方を見たことがありませんけど、どういう方なのでしょうか?」
「そうか、熊野が転入してから十日ほどだが、その時から白木は体調不良で休んでいたんだったな。彼は体が弱いから、定期的に休まないといけないんだ。白木に関しては、クラスのみんなの方が詳しいだろう。小さい頃からずっと一緒だからな」
「この村にいれば当然ですよ」
進学で、学校が違うところになってしまう。
なんてことは北見村ではないので、自然とみんな幼馴染みたいな関係になってしまうのだと、弘樹は答えた。
「弘樹さん、白木さんとはどういう方なのですか?」
「誰にも優しいし、いい奴だぜ」
「ヒロ君と違って勉強できるしね」
「あいつは天才だから仕方がないだろう」
弘樹はさらに説明を続ける。
薫子と真美がこれまで一度も見ていないクラスメイト白木とは、フルネームを白木健司(しらきけんじ)と言った。
背はそれほど高くなく、体も細いが、イケメンであり、運動神経抜群で、学業成績も優秀。
将来は、確実に東大に行けるであろうと言われるほどの天才児であった。
「唯一の弱点は、健司は子供の頃から体が弱くてな。テストはいつも百点だけど、よく学校を休むから常に出席日数がギリギリなんだよ」
「それはお可哀想ですわね」
「家も代々の大地主で大金持ち、顔もイケメンなんだけどな。神様もさすがにすべてを与えないってやつか?」
「その白木君は、いつ学校に来るのかな?」
真美は弘樹に、その謎のクラスメイトがいつ顔を出すのか聞いてみた。
「先生、聞いていないんですか?」
「明日からは大丈夫だろうと、お母さんから連絡があった。白木も久しぶりに登校したら、三人も転入生がいて驚くだろうな」
「三人?」
二人じゃないのかよと、弘樹は思ってしまった。
「いつもテストが赤点ギリギリで私をやきもきさせる誰かさんよりも、確かに正式にここの生徒ではないが、真面目に授業を聞いてテストでも結果を出すくーみんは、誰がなんと言おうと私の大切な教え子なのだよ!」
それだけは譲れないと、佐藤は大きな声で弘樹をディスって、くーみんを褒め称えた。
「クマ」
「くーみん、他の誰がどう言おうと、君はこのクラスの生徒だからね」
「クマ」
「赤井は勉強しろ!」
佐藤はくーみんを優しく抱きしめながら、弘樹に対しては厳しい口調と視線を送った。
「とにかくだ。白木は明日来る予定だから、その時に熊野と瀬戸内は挨拶をすればいいさ。くーみんもな」
その日の学校は何事もなく終了し、そして翌日、佐藤の言ったとおり約十日ぶりに白木健司が教室に姿を見せた。
「健司、大丈夫か?」
「弘樹君、心配させてごめんね」
「とにかく無理するなよ。健司は頭いいから、ちょっとくらい欠席が多くても問題なく進級・進学できるだろうし」
「弘樹君、またテストの点で佐藤先生に言われたの?」
「ちゃんと赤点は回避した……ああっ! 佐藤先生、俺ばかり叱ってどうして同じような点数の熊野を叱らないんだよ?」
逆男女差別じゃないかと、弘樹は自分ばかり叱った佐藤に対して憤りを感じてしまった。
小テストでは、真美も三十六点しか取れなかったというのに。
「おはよう、白木君」
「本当だ。僕が休んでいる間に、女子が二人も転入してきたんだね」
「この子が熊野真美で、私は瀬戸内・フランソワーズ・薫子と申します」
「そして、この子がくーみんだよ」
「女子が増えると、このクラスも華やいでいいね。くーみんもよろしく」
「クマ」
白木健司は背は低めながらも顔立ちは整っており、生まれのよさもあってか性格も温和で、女性から好印象を受けやすい人物であった。
さらに実家は代々の地主であり、北見村以外にも不動産を多数所有し、一族で会社をいくつも経営しているため、玉の輿狙いで彼を狙う女子も多いというわけだ。
「僕が言うのもなんだけど、北見村に高校から転入してくる人は珍しいね」
「ああ、こいつら、悪の組織のトップと幹部だから」
弘樹は、学校を欠席していたので薫子と真美の事情を知らない健司に、これまでの経緯を説明した。
「そういえば、弘樹君はついにヒーローデビューしたんだってね。羨ましいなぁ」
「実情は微妙だけどな」
戦隊ヒーローなのに一人だし、時給制だし、司令の瞳子はやる気があるんだかないんだかわからないのだから。
「白木さんは、私たちが怪人だと聞いても驚かないのですね」
「そうだよね。前の学校だと、結構悪し様に言う人もいたから。女の園って怖いよね。私のことをバカって言うし」
「いや、それは事実だろう」
現実問題として、昨日の小テストで三十六点だったじゃないかと、弘樹は真美にツッコミを入れた。
三十二点の弘樹が言うのもどうかと思うが。
「私、弘樹君ほどバカじゃないもん。ねえ、くーみん」
「クマ」
今度はくーみんも、素直に『そうだ』と答えた。
真美の場合、やる気を出せば勉強もできるが、弘樹は生まれつきのバカで修正も難しいと、この数日間で気がついたからだ。
「ああ、瀬戸内さんの疑問だったね。僕の先祖は、この北見村を一から開墾してここまでにした一族なんだよ。つまりこの村に拘りがあるわけだね」
自分が次の当主になるが、将来はとにかくこの北見村がなくならないように、できれば発展できるような環境を整えたいと思っている。
だから、この村に新しい人が来てくれるのなら悪の組織でも大歓迎なのだと、健司は語った。
「私、宇宙自然保護同盟という組織のトップで、この北見村を自然に戻したいと思っているのですが……」
「開発と環境保全の兼ね合いは難しいと思うけど、いつかその辺の折り合いもつけばいいよね」
「……もの凄くクレバーでまっとうな方ですわ。弘樹さんとは正反対」
「本当だ! おバカな弘樹君の友達とは思えないよ!」
「クマ!」
「お前ら、大概失礼だよな」
自分をバカ扱いした三人に対し、弘樹は即座に文句を言った。
「実は、うちの実家は建設会社も持っていて、北見村に宇宙自然保護同盟のアジトを工事しているのは知っていたんだけどね。その情報があったから、予算が降りてファーマーマンも設立されたってわけ」
「なんだ。全部知ってたのか」
さすがは、この村一番の名士で金持ちの家系だと弘樹は思った。
「その件もあって、実は放課後にちょっと弘樹君に用事があるんだよね」
「用事か? 寄付でもしてくれるのか?」
常に予算不足のファーマーマンに健司の実家が寄付をしてくれたら、もしかしたらバイクくらいは……もしそうなったら免許を取りに行かなきゃなと、弘樹は取らぬ皮算用をしていた。
「寄付も少しする話はあるよ」
「それなら大歓迎だ」
予算が増えれば、また時給が上がるかも。
そんな事を考えながら、弘樹は放課後になるのを心待ちにするのであった。
「はあ? 健司がヒーローになるって?」
「うん、実は僕ってヒーロー体質なんだよ」
「確かに、運動神経抜群なのは知っているけど……」
放課後、弘樹、彩実、健司の三人は、ファーマーマンの司令本部……とは言っても普通の古民家だが……そこの居間に集合した。
瞳子は居間のちゃぶ台に突っ伏して寝ており、彩実が起こしてから、彼女は全員分のお茶の準備を始めた。
ヒーロー基地職員の仕事とは思えないが、弘樹はヒーローなのでお茶を淹れるなずもなく……どうせ彼が淹れても不味いので瞳子がいい顔をせず……瞳子の場合、家事能力が壊滅状態なので、彩実に頼るしかなかったのだ。
現状、この司令本部がゴミ屋敷になっていない最大の功労者こそ、彩実その人なのだから。
「でも、健司君は体が弱いから、ヒーローは難しいんじゃないのかな?」
全員分のお茶を淹れた彩実が、健司の分を彼の前に差し出しながらそう聞いた。
「それでもやってみたいんだ。瞳子さんにお願いしたら、二つ返事で了承してくれてね」
「「(寄付金目当てだな……)」」
健司の実家は、この北見村どころか、佐城県でも有数の資産家である。
瞳子の目的は白木家からの寄付金だなと、弘樹と彩実の考えは期せずして一致した。
「健司君がヒーロー体質だなんて、私は初めて聞いたな」
「黙っていたんだ。ほら、弘樹君は体が丈夫だからそれを言っても問題ないじゃない」
ところが健司は、せっかくのヒーロー体質由来の身体能力の高さや、実は見た目以上にあるパワーを病弱なため生かせなかった。
病弱なのにヒーローというのは風聞が悪いと、これまで黙っていたそうだ。
「僕は隔世遺伝でヒーロー体質が出たってのもあるね。この村を開発したヒイお爺さんがそういう体質だったけど、怪人と戦わないで村を開墾していたみたい」
白木家が所有する広大な農地は、機械を使わずに彼が人力でやり遂げたのだと健司は語る。
ヒーロー体質なら不可能は話ではないと、弘樹はその話を信じた。
もし自分なら、そんな面倒なことゴメンだとも思っていたが。
「私事ばかりでヒーローの仕事である怪人との戦いをしなかった祖先の業に対するケジメと聞いている。健司君のお父様とお爺様も賛同してくれてな。私も白木家三代の決意に心打たれたわけだ」
と言うと、瞳子は彩実の入れたお茶を啜ってから、卓上にあった煎餅を齧った。
相変わらず嫁入り前の女性としてどうなんだろうと、弘樹と彩実は思っていたが。
「「(結局は、寄付金目当てだよなぁ……)」」
またも、弘樹と彩実の心の声が一致した。
それでも少しでも状況がよくなればと、二人は反対する気など微塵もなかったが。
「俺としては反対する理由はないな。とにかく、うちは戦隊ヒーローなのに一人しかいないからな」
というか、いつもその件で猪マックス・新太郎から苦情を言われているから、それが少しでも改善するのに反対するわけがない。
弘樹は、健司のファーマーマン参入に賛成の意を示した。
「ありがとう、弘樹君」
「無理するなよ、健司」
「と、ここで無事に仲間内の話し合いが終わったわけだが、もう一方の当事者も必要だな」
「もう一方?」
「ピンポーン!」
他に誰の承認がと思っていたら、司令本部のインターホンが鳴った。
司令本部は元々古民家なので、常識的なヒーロー戦隊の本部のような気の利いた設備など存在しなかった。
北見村は元々田舎で、今でも鍵すらかけない家が多く、限りある予算でようやくインターホンを設置できただけでもマシとも言えよう。
「はーーーい。あれ、瀬戸内さんに、真美ちゃんにくーみんまで」
「おーーーほっほっ! 我ら宇宙自然保護同盟のライバルたるファーマーマンに新しいメンバーが入ると聞いた以上、これは是非とも確認しておきませんと」
「お邪魔します」
「クマ」
先日、宇宙怪人騒動でこの司令本部に匿われた件もあり、三人は勝手知ったる他人の家がごとく玄関をあがり、居間のちゃぶ台に座った。
彩実が三人分のお茶を淹れ、瞳子がバリバリ貪り齧ったので量が減った煎餅も補充する。
「というか、ヒーローの司令本部に悪の組織の首領をあげていいのかって、根本的な問題があるよな」
「よろしいではないですか、弘樹さん。私たちは、いつも外で戦っているのですから」
「そうだよ、この家を破壊するほど私たちも常識外れじゃないもの。ねえ、くーみん」
「クマ」
無作為に村の民家を破壊されなくて済むのはいいが、それも悪の組織としてどうなのかなと、弘樹は思わずにいられなかった。
さらに、こうもヒーローと悪の組織が癒着していいものなのかとも思わなくもないのだ。
「いやな、事前に我らファーマーマンに新しいメンバーが加わる件をビューティー総統に伝えておいた方がいいと思ったのだ」
「そうですわね。新しいメンバーの参入。とても戦いが盛り上がる要素ですから、事前に知っていれば相応の準備もできますし」
「今度の戦いは盛り上がりそうだね、くーみん」
「クマ」
盛り上がるとか盛り上がらないとか、そういう問題じゃないような気もしたが、自分以外誰もその件を指摘しないので、弘樹は静かにしていた。
下手に反論すると、その三倍も言い返されそうな気がしたからだ。
女性ばかりだから。
「猪さんなんて、きっと大喜びしますわ」
「そうなのか? 人数が倍になるんだぞ」
自分一人でも、猪マックス・新太郎はいつも倒されてしまうのに。
ましてや、もう一人健司が加われば、彼はもっと不利になってしまうような気がしてならない弘樹であった。
「あの方は、関東圏を中心にいくつかの悪の組織を渡り歩いた方。当然、ヒーローに負けることもありますし、逆に屈指の実力を持つヒーローたちを倒した経験もある方です」
だからこそ、その経験を買って彼を引き抜いたのだと薫子は語った。
「そんな猪さんですが、このところ予想外のアクシデントで調子を狂わせていますから」
「予想外って、何をだ?」
「弘樹さんのことですわ。ファーマーマンは戦隊ヒーローなのに一人。常に三人や五人のヒーローと戦ってきた彼からすれば、調子が狂って当然ではないですか」
当然油断しないようには努力しているが、やはり実際に一人なのを見ると侮ってしまう。
それは他の怪人たちにも当てはまる兆候で、だからこそ健司の参入を歓迎すると薫子は述べた。
「いつの日か、五人のファーマーマンを最大戦力の宇宙自然保護同盟が全力で戦って倒す。その時の様子を想像するだけで興奮してしまいますわ」
やはり、悪の組織はヒーローを倒してこその存在。
とはいえ、戦隊ヒーローなのに弘樹一人ではやっぱり盛り上がらないのだと、薫子は語った。
「我々としましても、お伝えしようか少し悩んだのですが」
「でしたら、健司さんの詳細な情報をこれ以上聞くのはやめましょう。健司さんはどんな色のヒーローになるのでしょうかね?」
「うーーーん、青ってタイプじゃないよね。黄色にしては顔がよすぎるし。ねえ、弘樹君が黄色になって、健司君を赤にチェンジしたらどうかな?」
「嫌なこった」
「黒とか、緑……戦うのが楽しみだね、くーみん」
「クマ」
「では、明日の放課後に戦いましょうか」
「よろしいですわね、では、やはり最初に戦うのは猪さんでしょうね。彼もこの話を聞けばきっと大喜びで志願するでしょうから」
「こんなんでいいのかって感じもするけどな」
「僕は、弘樹君と一緒に戦うの楽しみだな。明日に備えてちゃんと準備しないとね」
その後、薫子たちは本部アジトに戻り、弘樹たちも明日の戦いに向けて準備を進めるのであった。
「あーーーはっは! 今日は楽しみだな」
「オラの畑になにするだ! って……おめえ、妙に嬉しそうだな」
「聞けよ、婆さん。今日は、あのファーマーマンに新メンバーが参入するのさ」
「それはよかったな」
「だろう? 俺とファーマーマン二人の死闘。本当に楽しみだな」
今日も、悪の組織に畑を荒らされようとしていた老婆の悲鳴が……コダマしなかった。
ファーマーマンの新メンバーに対し一番槍の役割をビューティー総統から仰せつかった猪マックス・新太郎は、畑なんてどうでもよく、とにかく早く戦いたくて仕方がなかったからだ。
昨日は久しぶりに興奮して眠れず、つい奥さんと二人目の子作りをしてしまったほどなのだから。
「婆さん、叫んでくれ」
「叫ぶ?」
どうして畑に被害もないのに叫ぶのだと、老婆は猪マックス・新太郎に問い質した。
「婆さんが叫んで、それを助けようとするうからファーマーマンが現れるんだ。畑を少し破壊してもいいんだが、そのエネルギーも惜しいくらいなんだよ、俺は」
そんなエネルギーがあったら、二人になったファーマーマンとの戦いで使いたい。
だから、適当に悲鳴をあげてヒーローを呼んでくれと、猪マックス・新太郎は老婆に頼んでいた。
「まあええだが……誰かぁーーー! 助けてくんろぉーーー!」
「あーーーはっはっ! こんな田舎にヒーローなど……「待てぃ」」
「何者だ?」
いつも通りのやり取りだが、いよいよ来たなと、猪マックス・新太郎は嬉しさからくる笑顔を隠すのに懸命だった。
「井上の婆っちゃんが懸命に耕した大根畑を破壊しようとする怪人め! このファーマーマンがる許さないぞ! トマレッド! 豊穣戦隊ファーマーマン、見参!」
「……」
「どうした? 猪。かかって来い!」
「……なあ、一つだけ聞いていいか?」
「おう、気になることがあると戦いに集中できないだろうからな」
伊達にこれまで何度も戦っておらず、弘樹は猪マックス・新太郎の性格を理解するに至っていた。
「新メンバーは?」
猪マックス・新太郎は、またも一人しかいないトマレッドを見て、一瞬でやる気が、まるで割れた水風船のように萎んでしまった。
もしかして、あとから新メンバーが現れるパターンかと思ったりもしたが、戦隊ヒーローは最初の紹介が命。
トマレッドしか自己紹介していない以上、今日はもう新しいメンバーは来ないのだと悟ってしまったのだ。
「新メンバーはどうした?」
「それがさ。健司の奴、急に体調を崩してさ。あいつ、体が弱いから」
『急病だから今日は参加できないけど、急病だから仕方がないよな?』と、弘樹は確認の意味も込めて猪マックス・新太郎の質問に答えていた。
「健司なのに病弱で欠席?」
「あいつの親父さんが、健司が丈夫に育ちますようにって健司って名前にしたんだってさ。完全に名前負けだって、健司本人が言ってたけどな。あはは」
「笑い事じゃないぞ」
「あれ?」
弘樹は、今日の猪マックス・新太郎はいつもの彼じゃないと気がつき、半ば本能で笑顔をやめてしまった。
今の彼をこれ以上怒らせてはいけないのだということに、彼は気がついてしまったのだ。
「なあ、トマッレッドよ。俺が今日の戦いをどれだけ楽しみにしていたかわかるか?」
「そんなに楽しみにしてたのか? 増えてもどうせ二人じゃないか。五人にはほど遠いわけで……」
一人と二人ならそんなに変わらないだろうと、弘樹が言う。
彼はあまり細かいことを気にしない性質なのだ。
だから、一人しかいない戦隊ヒーローをやれているとも言えたが。
「それでもだ! 大体考えてもみろ。一人と二人。倍も違うだろうが!」
「だけどさぁ」
「確かにファーマーマンは、俺のこれまでの怪人人生において、かなり特殊な例だ」
戦隊ヒーローなのに一人。
それなら○○マンとかにすればいいのに、なぜか戦隊ヒーローに拘るのだから。
「時間がかかっても、ファーマーマンが五人になると信じるしかないだろうが! そんな中で、ようやく新しいメンバーが増えたとビューティー総統閣下から教えてもらった。いきなり血祭りにあげるのも面白いとな」
「いや……健司は新人だから、ちょっとは配慮しろよ」
「あくまでも言葉の綾で言っただけだろうが! 俺も『早すぎだ!』って叱られるし! ビューティー総統閣下もそれを理解して仰っているんだ! 様式美だよ! 空気読めよ!」
健司の欠席で、猪マックス・新太郎はかなり機嫌が悪かった。
そんないきなり新メンバーを血祭りにあげてしまったら、他の怪人たちから苦情が来るだろうことくらい、中堅怪人である自分が理解できないはずがないだろうと。
「というか、こんな大切な日に休むか? 普通」
『今日はデビュー戦なのに……そこは、少しくらい無理しても出て来いよ!』と、猪マックス・新太郎は一人愚痴った。
「健司って、ちょっと運が悪いんだよ」
「運が悪い?」
「ああ」
弘樹は、この村に引っ越してきた時から健司を知っているが、学校の遠足とか、運動会とか、修学旅行とか。
とにかく大切な行事の日に限って体調を崩してしまうのだと、猪マックス・新太郎に説明した。
「卒業式はちゃんと出るんだけどな。どういうわけか、卒業写真を撮る日は必ず欠席で、卒業アルバムの写真は、いつも丸い切り抜きが右上に表示されるんだよ。待てよ、となると今日の欠席もおかしなことじゃないのか?」
「いや、おかしいだろうが! 第一、どうしてそんな病弱な奴がヒーローなんだよ?」
相手は新人ヒーローなので現時点での強さは気にしないが、せめてちゃんと戦いに参加できるのが最低条件だろうと。
それはヒーロー以前に、この世のすべての仕事をする者の常識なのだと、猪マックス・新太郎は弘樹に滾々と諭した。
これまで一度も欠席せず……その内容は別として……ちゃんと戦いに出ている弘樹に言っても仕方がないのはわかっているが、猪マックス・新太郎としては言わずにいられなかったのだ。
「体調がよければ、健司はかなり強いはずなんだよ」
「病弱の天才かよ……」
そんな設定のヒーロー、あったようなかなったような……。
それでもせめて顔くらいは出せよと、猪マックス・新太郎は思わずにいられなかった。
「どちらにしても、俺たちがいくらああだこうだと言い合っても健司はお休みだし、今日はいつもどおりでいいんじゃないのか?」
早く戦おうぜと、弘樹はせかした。
「今日は戦わないぞ!」
「えっ? いいのか?」
「いいか! 俺はな! 今日をとても楽しみにしていたんだ!」
ヒーローが二人になるので、一人の時とは戦闘スタイルや戦術に差を出さなければならない。
今日に備えて懸命に練習、シミュレーションしてきたというのに、肝心の新人がいなければ戦う気力が失せて当然ではないかと。
「ビューティー総統閣下も楽しみにしておられたのだ。見ろ!」
猪マックス・新太郎が示した大根畑の横に植えられた大木の上には、何と同じ宇宙自然保護同盟の一人鴨フライ・翼丸が所在なさ気に待機していた。
健司が休んだ時点で彼にやることはないが、社会人の常識としてまさかスマホなどで時間を潰すわけにもいかず、とても退屈そうにしていた。
「新人が加わった結果、2対1で苦戦する俺! そこに三次元で動ける鴨が救援に入り、双方が緊迫した戦いを繰り広げる! ビューティー総統閣下も絶賛して尽力してくれた戦術だったのに! お前らはそれを大なしにしたんだぞ!」
これだけ他人に迷惑をかけて。
いくらアルバイトとはいえ、そこのところをどう思っているのか、猪マックス・新太郎は弘樹に強く詰問した。
「それは悪いと思っているから、俺が健司の分も頑張ろうかなと思ってさ」
「それでもお前だけなら一人だろうが! 俺は二人になったファーマーマンと戦いたいんだ! そこのところが解決しなければ、俺は戦わないからな! 撤退だ!」
「ええっーーー! 戦わないのか?」
「俺と戦いたかったら、ちゃんと新人と二人で来るんだな」
そう言い残すと、猪マックス・新太郎は猪戦闘員たちと共にそのまま撤退してしまった。
「ふわぁーーーあ、待ちくたびれたぁ。新人君にお大事にって。じゃあ」
大木の上で待機していた鴨フライ・翼丸も、大きなあくびをしてから、弘樹に挨拶をしてアジトへと戻ってしまうのであった。
こうして、幻の新人デビュー戦は中止となったのである。
「弘樹さん、今日の放課後は大丈夫なのですか?」
「そういうのは、俺に聞かないで健司に聞けよ」
「弘樹さんは、ファーマーマンのリーダーではないですか」
「それはそうなんだけどさぁ……わからないものはわからないんだよ」
数日後、学校の授業が終わるのと同時に薫子が弘樹に尋ねてきた。
今日も健司のデビュー戦が組まれているのだが、まさか今日も体調不良でお休みとか、そういうことにならないか彼女は心配で仕方がなかったのだ。
「最近、猪さんの機嫌が悪いのです。しかもそれは、弘樹さんたちのせいではないですか」
「えっ? 俺のせいなの?」
「健司さんがファーマーマンに加入した以上、リーダーの責任は大きいと思いますわ」
「その前に、加入を許可した瞳子さんの責任の方が重たいと思うぞ。司令なんだから」
「当然、彼女にも抗議はしておりますわ。ただ、どうもあの方はなにを言っても糠に釘と言いますか……上手くかわしてしまうので……」
「東大主席だからな。あの人、結構狡猾な部分があるし」
「ですわね」
ファーマーマンが二人に増える。
嬉しくて懸命にその準備に奔走したというのに、肝心の新人ヒーローが欠席では目も当てられない。
ここまで激怒する猪マックス・新太郎は初めて見たと、薫子は弘樹に語った。
「猪さんは、いくつもの悪の組織を渡り歩いて実績を稼いできた苦労人です。中には酷い待遇の悪の組織もあったそうですが、持ち前のガッツでそれを乗り越えてきました。だから私がスカウトしたわけですが。そんな猪さんがここまで激高するなんて初めてですわ」
「気持ちはわかるけど、体調不良だから仕方がないだろう。無理やり戦わせたら、今度はうちがパワハラ認定されるって」
「弘樹さんの仰るとおりなのですが……」
「瀬戸内さん、今日は体調もいいから参加できると思う。僕のためにごめんね」
「いえ、今日戦えれば、猪さんも満足するでしょうから」
健司から今日は大丈夫だと聞いた薫子は安堵したのだが……。
「って! 急に具合が悪くなったって、そんなのおかしいだろうが!」
その日の放課後、猪マックス・新太郎は不機嫌なままだった。
薫子が健司本人から直接今日は大丈夫だと聞いていたのに、突然体調不良になったという理由で今日も健司が欠席してしまったからだ。
「そういうのって、なくはないだろう?」
「だったら、今日は大丈夫だなんて安請け合いするなよ!」
「その時は大丈夫だったんだって」
「知るか!」
今日も新人と戦えない事実を知った猪マックス・新太郎は、一人盛大に荒れていた。
二回連続の新人デビュー戦の延期。
怪人に対し、こんな酷い仕打ちがあっていいのかといった表情だ。
「ヒロ君、そういえば健司君って子供の頃にさ。遊んでいる途中で具合が悪くなることがよくあったよね?」
「あったな、そんなことが」
弘樹は、自分一人だと猪マックス・新太郎から怒鳴られる一方だと思ったので、緩衝材代わりに彼のウケがいい彩実も連れてきていた。
そして彼女は、そういえば子供の頃によく健司と遊んだが、途中で体調が悪くなってしまい、家に帰ってしまったことが多かったのを思い出していた。
弘樹もそういえばそうだったなと、相槌を打つ。
「難儀な奴だな」
「でも、好きでそういう体質に生れたわけじゃないから仕方ないだろう」
「それはそうなんだが……ええいっ! 今度は大丈夫なんだろうな?」
「多分?」
もし健司本人から大丈夫だと言われても、直前に彼が体調不良にならない保証はない。
弘樹も、自信を持って大丈夫とは言えなかったのだ。
「三度目の正直とも言う! 次は期待しているからな! 撤退だ!」
猪マックス・新太郎は、腹立ちを誤魔化すかのように猪戦闘員たちと共に撤退してしまった。
当然、今日も畑に被害は出なかった。
「次どうなるのか、俺が保証できるわけがないけどな」
「だよね、ヒロ君」
北見山にある本部アジトへ戻って行く猪マックス・新太郎たちを見送りながら、弘樹と彩実はこの業界の面倒臭さを改めて実感するのであった。
「さあ! 仕切り直しだ! ババアの畑を破壊してやれ!」
「「「「「ブヒィーーー!」」」」」
さらに数日後の放課後、今日も山間にある北見村において、か弱き人たちによる悲しみの声が木霊する。
今日こそはと気合を入れた猪マックス・新太郎が、配下の猪戦闘員たちに対し大規模に大根畑の破壊を命じたからだ。
畑の持ち主である老婆は悲鳴をあげるが、ここは田舎。
そう簡単にヒーローが現れるはずもなく……と思ったら。
「待てい!」
自分たちの悪行を制止する力ある声の方を見ると、広大な大根畑を見渡せる丘の上に二人の男が立っていた。
「何者だ?」
猪マックス・新太郎がいつもの仕様で二人……この時点で彼の顔はにやけていたが……に何者とだと問い質すと同時に、どこかからいかにもなBGMが流れてきた。
『これまでのお詫びに、らしくしたのか?』と思った猪マックス・新太郎は続けて笑顔になってしまい、慌ててそれをやめたほどだ。
笑う怪人なんて、らしくないと思ったからだ。
「またも、この北見村において収穫量が多い大根に害を成す悪党ども! 俺たちがお前らを許さないぞ! トマレッド!」
「ダイホワイト!」
「「二人揃って! 豊穣戦隊ファーマーマン!」」
事前にちゃんと練習してのであろう、二人は息の合ったポーズと共に自己紹介とポージングと決めた。
これなら猪マックス・新太郎も文句はあるまいと、二人は満点の出来に自画自賛で満足した。
「……」
が、肝心の猪マックス・新太郎の方は、二人目を紹介した時点でまたも気難しい表情に戻ってしまった。
最初に丘の上にいた時は逆光でよく見えなかったのだが、段々と目が慣れてきたら信じられないものを見てしまったと感じたからだ。
「おい」
「駄目か? ちゃんと二人いるぞ。紹介もポージングも完璧だろう?」
どこか駄目な部分があったかと、弘樹は猪マックス・新太郎に尋ねた。
「僕たち、ちゃんと練習したよね? 弘樹君」
「ああ、健司は覚えがよくて助かるぜ」
「僕、体調不良でよく休むから、勉強でも運動でも早く覚えないと駄目なんだ」
そんな理由だが、なにをしても完璧に人並以上に覚えてしまうから、健司は昔から村中で天才扱いされていた。
「それができる奴ってそういないけどな。で、猪はなにが不満なんだ?」
「その立ち位置で『白』はないだろうが!」
せっかく二人目が来たと思ったら、白はバランスが悪いし、そもそも法則外れだと、猪マックス・新太郎は二人にキレていた。
「白はそこそこいるだろう。別におかしくないぞ」
「そうだよね、健司君」
「いるにはいるが、白は女性担当か、後半に出てくるようなゲストヒーロー、もしくは特殊な立ち位置の六人目とかだろうが! 二番手が白はおかしい!」
ベテラン怪人としてそこは指摘せずにいられないと、猪マックス・新太郎は大声をあげた。
「オーソドックスに青でいいだろうが!」
「でも、僕ってクール系のキャラじゃないですよ。あと、他にも事情があるんです」
「事情? 聞こうではないか」
もしかしたら、なにか特別な理由があるかもしれない。
ただ怒るだけでは大人の対応ではないなと、猪マックス・新太郎は健司の話に耳を傾けた。
「実は、僕のスーツやメットは持ち込なんです。父と祖父が用意してくれて」
「お前、スーツとメットが自前なのかよ」
怪人は自営業みたいなものなので、装備品は自前の者が多かった。
悪の組織によっては怪人の系統が決まっているケースもあり、装備は用意されていることもあったが、大抵の組織は多種多様な怪人を揃えたがる。
組織自身で怪人の装備を準備すると経費がかかるし、組織のコンセプトに従って姿を変える怪人も少なく、だから猪マックス・新太郎を始めとする大半の怪人の装備品は持ち込みだった。
怪人側も修繕費やメンテナンス費用が経費で落ちるので、メリットがないわけでもない。
ところがヒーロー側は、色のバランスやスーツや装備に統一性がないとチグハグな印象を外部から受けてしまう。
全員分の統一したスーツを、戦隊の司令部側が揃えるのが常識であった。
「俺が一人の時に、瞳子さんが安いからって中古のメットを購入してしまってさ」
当然、健司が加入する際には、トマレッドにメットやスーツの形状を合わせなければならない。
ところが、いくら〇フオクや〇ルカリで探しても、同じ形状のメットやスーツが見つからなかったのだ。
「そんなところでメットやスーツを探すな!」
「でも、結構出品してあったぞ。怪人の装備も」
「それは知っているが……」
ヒーローは潰れた組織が一円でも回収しようと使わなくなった装備を出品し、怪人は新しい装備を購入する際の資金にしたり、廃業するので思い切って処分するからであった。
猪マックス・新太郎もネットオークションでそういう商品を見かけたこともあるし、以前一緒に戦っていた怪人が、『廃業するで出品します』と書いて出品していたのを見たことがある。
そんなに甘い世界ではないとわかってはいるが、実際に見てしまうと物悲しくなるのも事実であった。
「安く手には入らないから、瞳子さんは健司の加入を来年にしようかとか言い始めてさ。予算がないからって」
「うちのビューティー総統閣下が寄付したじゃないか」
「それでも全然足りないってさ」
戦隊ヒーローの維持には金がかかるのだと、弘樹はよく瞳子から聞いていた。
『本当に金がないからこそ、お前はアルバイトなのだ』という、説得力のある言葉と共に。
「そうしたら、健司の親父さんとお爺さんが金を出してくれたんだと」
「二人の希望が白なのか?」
「はい」
「……」
スポンサーの意向。
近年のヒーローや怪人が一番逆らえず、そのせいで理不尽な思いをすることもある理由であった。
断ると活動できないし、受け入れれば向こうの変な要望を断れない。
時にそれが原因で世間やSNSで批判されるケースも増えており、世の中『金がないのは首がないのと同じ』なのだと、猪マックス・新太郎は思うわけだ。
「僕の一族は、大根の大規模栽培で財を成したのです」
「だから『ダイホワイト』ね……」
大根をモチーフにしたヒーローなんて前代未聞……町おこし系の戦わないヒーローにはありそうだが……曲がりなりにも、怪人と戦うヒーローとしては初めてではないかと、猪マックス・新太郎は思った。
「別に白でもいいだろう。汚れても洗濯すればいいじゃないか」
「だから、そういう問題じゃないって!」
「ああ、スーツが洗濯中で戦えないことを危惧しているのですか。安心してください。ちゃんと予備のスーツもありますから。オーダーメイドだったので、一度に枚数を頼んだ方がお安いですからね」
結局弘樹と同じデザインのスーツが見つからなかったので、健司のスーツは白で同じデザインにしてくれと、健司の父親と祖父が、有名なスーツ・メット職人に頼んだのだと語った。
「オーダーメイドのスーツもピンキリでな……いい素材を使ったスーツだな……」
スーツは基本的にオーダーメイドなのだが、最近では既製品というか、予算の都合でメーカーが安価に製造したスーツを、予算に応じて購入する新人戦隊ヒーローも増えていた。
安い分、素材や縫製の質に大きな差があるわけだが、確かによく見ると安物スーツを着ている弘樹と、それに合わせてオーダーメイドした健司のスーツとの間には、誰が見てもわかるほどの差があった。
「同じファーマーマンなのにな……」
「猪! それを言ったらお終いだろうが! これでも新品なんだぞ!」
前のスーツは宇宙怪人との戦いでボロボロにされた挙句、彩実がとりあえず色柄違いの布で繕ったためにおかしなことになっていたのは、先日猪マックス・新太郎も目撃していた。
あれから日にちが経ったので弘樹のスーツも新品になっていたが、どうせあのスーツもいまだ捨てずに取っておいてあるんだろうなと、猪マックス・新太郎は思わずにいられなかった。
「布が薄いし、よく見ると毛玉出てるし、国産だけなのが救いなスーツだな。白の方は、布も縫製も一流だ」
これでも怪人歴が長く、色々なヒーローのスーツを見てきたからこそわかるのだと、猪マックス・新太郎は自慢気に語った。
「多少モヤモヤする点もあるが、せっかく二人揃ったのだ。今回も白が欠席するかもしれないので鴨を呼んでいないが、俺様もこれまで遊んでいたわけではない! パワーアップした猪突猛進アタックを受け、全身の骨がバラバラなるがいい!」
赤と白。
紅白饅頭みたいなコンビだが、今回は仕方がない。
戦えればいいのだと、猪マックス・新太郎は特訓により速度を増した突進で二人を跳ね飛ばそうとした。
以前よりもスピードが上がり、さらに回避してもすぐにターンして後方から突進をかけてくる。
口だけでなく、本当に猪マックス・新太郎はパワーアップしたのだと、弘樹は実感した。
「あーーーはっは! パワーアップした俺様の突進に体が掠るだけで、お前らのアバラ骨には皹が入るほどの威力だからな! 何度でも突進を繰り返し、回避に疲れたお前らが徐々にダメージを蓄積させ、ついには直撃を食らって全身の骨がバラバラになるのだ!」
「猪め……多少知恵をつけたか?」
連続突進を回避し続けながら、弘樹はどう反撃に出ようか考えていた。
「弘樹君、ここは僕に任せて」
「大丈夫か? 健司」
今日がデビュー戦だというのに、さすがにちょっと荷が重たいのでは?
弘樹は健司を心配した。
「試してみたい技があるんだ。結構自信があるから」
「そうか……じゃあ、頼もうかな?」
「無駄な相談は終わりか? 今度こそ、お前らの全身の骨はバラバラだ!」
これで何度目になるかわからない突進であったが、弘樹はまだ余裕を持って回避し、では健司はというとかなりギリギリの距離で回避した。
「健司!」
「もう疲れたか? 新人よ! もう一度だ!」
「チャンスだ!」
健司の回避は、これまでのものとは違ってかなり上空まで飛び上がっていた。
体は弱いが身軽な体を利用してかなり高度までジャンプした健司は、上空で華麗に大胆に大回転を決めたあと、続けて弘樹に突進しようとしていた猪マックス・新太郎の脳天に踵落としを決めることに成功した。
猪マックス・新太郎は、連続攻撃のためスピードを早めたことが逆に健司の大技のタイミングと合わさり、不幸な結果となったわけだ。
高い位置からの回転と落下速度も合わさった健司の踵落としには、さすがに猪マックス・新太郎も意識を保てなった。
彼はまたもその場に倒れ込んでしまう。
「やったね」
「器用なものだな」
パワーは自分の方が上だが、技の華麗さと器用さでは健司に勝てないなと、弘樹は彼を大いに見直した。
「俺たちって、結構いいコンビだよな」
「そうだね。あとは、なるべく出撃できればいいんだけど」
「まあ、別に俺一人でもなんとかなるし、出られる時に出ればよくね?」
「一回でも多く出撃できるように頑張るよ、僕」
こうして、豊穣戦隊ファーマーマンに、身の軽さと華麗な空中芸を得意とするダイホワイトこと白木健司が加わった。
体調の関係でそう頻繁に出撃できないかもしれないけど、それでも大切な仲間が加わった意義は大きい。
頑張れ、ファーマーマン。
戦え、ファーマーマン。
北見村の平和は君達の腕にかかっているのだから。
「……フヒッ!(リーダー、妙に嬉しそうじゃねえ?)」
「ブヒッ! (今日は新人と戦えたからな)」
「フビブヒッ(強い奴で嬉しかったんだろうな)」
なお気絶した猪マックス・新太郎は、猪戦闘員たちによってアジトへと運ばれて行ったが、彼は猪戦闘員たちの背中の上で、とても満足そうな笑みを浮かべていた。
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