第27話 シングルマザー怪人

「あの……実は……」


「えーーーっ! 対決まで、あと一時間くらいしかないんだけど!」


「すいません、突然保育園から連絡がきたので」


「しょうがないなぁ……わかりました。別の人に連絡を取ってみます」


「本当に申し訳ありません」


「子供はねぇ……突然熱を出すこともあるって聞くから……でもねえ……うちだって余裕があるわけじゃないんだよねぇ……」





 これから仕事というところで、女性怪人レディーバタフライに一人息子を預けている保育園から連絡が入った。

 なんでも、午後になったら突然息子が熱を出したのだという。

 急遽仕事をキャンセルしなければいけなくなり、それを悪の組織側に伝えたところ、かなり嫌な顔をされてしまった。


 相手は子供で、突然熱を出すのはよくあること。

 その悪の組織の怪人も子持ちだそうで、理解してくれたが、彼は急遽仕事をキャンセルした彼女の穴埋めをしてくれる助っ人怪人を探さなければいけなくなった。


 色々と言いたいがあるのであろう。

 レディーバタフライも、彼の気持ちは理解できた。

 もし自分が彼の立場だったとしても、きっと相手の助っ人怪人に対し、内心穏やかで腹いられなかっただろうから。


「すいません、それではお先に失礼します」


「お疲れ様です」


 事情が事情なので仕方がないとはいえ、もうこの悪の組織からは助っ人怪人の仕事は来ないかもしれないと、保育園へと向かう途中、レディーバタフライはため息をついた。


「あの子との時間を大切にしようと、フリーになってはみたけれど……」


 レディーバタフライは、結婚して子供が生まれる前は実力のある有名な女性怪人であった。

 所属していた悪の組織でもトップクラスの幹部であり、そこでやはり同じく有名な怪人であった夫と知り合い結婚。

 すぐに一人息子を授かった。

 レディーバタフライは出産のため産休に入ったが、所属していた悪の組織からは『お子さんが大きくなってから復帰すればいい』と言われており、彼女は焦らずに出産と子育てをしていた。


 ところが、そんな彼女を思わぬ人生の落とし穴が襲う。

 夫が急死してしまったのだ。

 さらに続けて、夫が所属していた悪の組織がとある戦隊ヒーローによって潰されてしままった。


 一家の大黒柱を失い、復帰するはずの悪の組織もなくなってしまったレディーバタフライは、幼い息子を保育園に預けて働く決意をする。


 ところが、幼い子供を抱えたシングルマザー怪人に悪の組織は冷たかった。


『小さいお子さんがいるの? じゃあ、夜間や休日・祝日には対応できないよね? バランス的に女性怪人を探してはいるんだけど、できれば独身か、子供がいない人の方がいいな』


『若い女性怪人さんの方が融通が利くんだよねぇ……』


『うち、地方出張とかもあるから、それに対応できない人は難しいですね』


 再就職のための面接で、レディーバタフライはシングルマザー怪人が正規雇用で悪の組織に就職することの難しさを実感することとなった。

 いくつもの面接で落ち続け、とはいえいつまでも求職ばかりしている時間もお金もなく、仕方なしにフリーの怪人を選んだというのも事実だったのだ。


 多少待遇は悪くなるが、時間に余裕が持てる分、息子との時間を作ることはできる。

 それは事実なのだが、今日のように突然熱を出されてしまうと、仕事をキャンセルして保育園に迎えに行かなければらない。


 子供が熱を出したので、向こうもレディーバタフライを責めることはないが、彼らが誰を助っ人怪人として呼ぶのかは、向こうに選択肢がある。


 子供のせいで突然キャンセルされるリスクがあるとなれば、二度と自分を呼んではくれないであろう。

 彼らだって、そんなに余裕があるわけではないのだから。


 一人の怪人としてレディーバタフライの境遇に同情してくれたとしても、彼は悪の組織側の都合で動かなければいけない。

 自分も悪の組織に所属していたレディーバタフライなので、その辺の事情は誰よりも理解できた。


 理解はできたが、時おり思うのだ。

 もし子供なんていなければ、自分は今もどこかの悪の組織で第一線で活躍していたのではないかと。

 確かに夫は愛していたが、彼はもう亡くなって記憶の人になってしまった。


「(あの子は、お義父さんとお義母さんに預けた方がいいのかしら?)」


 最初に結婚すると亡くなった夫の両親に伝えた時、『怪人の嫁などやめておけ!』と彼の両親から反対された。

 彼は怪人だが、いわゆる先祖返りだったので両親は普通の人間だったからだ。

 だからであろう。

 息子が、怪人である彼女と結婚するのに大反対したのだ。

 どうにか結婚はできたが、今度彼の急死後、孫を引き渡すように言われた。


 彼は一人息子だったので、たった一人の孫に執着したというわけだ。

 夫を亡くした直後で心に大きな不安を抱え、母一人子一人では世間の風当たりも強い。


 そう義両親に言われ、レディーバタフライも心が揺れなかったわけがない。

 彼女の両親はすでにこの世になく、実家を頼るわけにいかなかったというのもある。


 それでも、一旦息子を引き渡してしまえば、もう二度と一緒に暮らせないかもしれない。

 そう考えたレディーバタフライは、フリーの怪人をしながら息子を育て始めた。

 フリーの怪人は収入も安定せず、今日のように突然息子が熱を出しても誰か助けてくれるわけではない。


 ふと心の中で、『もし息子がいなければ……』と思ってしまうのだ。


「康太は大丈夫でしょうか?」


「あっ、お母さん。康太君ですけど、少し熱が下がってきたようです。まだ油断できませんけど」


「お母さん?」


 それでも、保育園に到着して息子の顔を見れば、そんなものはすべて一瞬で吹き飛んでしまった。

 

「お母さん、ごめんね。僕、体が弱いから」


「子供はみんなそうなのよ」


 それに、ちゃんと息子は成長している。

 まだ幼いのに、ちゃんと母親の仕事を理解して、その仕事を中止させてしまった件で謝まるのだから。

 そんな息子の姿を見てしまうと、一瞬でもこの子を義両親の元へ預けようなどと考えてしまった自分が嫌になってくる。


「今日は、お母さんもちょうど休みたかったからいいのよ。さあ、おうちに戻りましょう。お熱があるから、アイスクリームでも買って帰りましょう」


「やったーーー! アイスクリームだぁ」


 もうあの悪の組織から仕事は来ないかもしれないけど、それでも息子がいる限り、レディーバタフライは思うのだ。

 怪人の仕事を続けて、この子を育てていこうと。

 そしてこの仕事を続けている間は、この子の父親である夫のことを忘れずに済むはずだと。


 彼女の名は、レディーバタフライ。

 夫を亡くし、その忘れ形見である一人息子を育てるシングルマザー怪人である。





「そうか……もうあいつが死んで三年も経ったのか……。本日は、遠いところを済まないな」


「いいのよ。私はフリーの怪人で、ここは遠いけど実入りも悪くないわ。それにしても。随分と出世したわね」


「俺様は、お前さんの旦那ほど器用じゃないんでな。妻と娘には苦労をかけてしまった」


「でも、あなたは生きてる。それが一番だと思うわよ。宇宙自然保護同盟四天王次席猪マックス・新太郎君」


「君か……新人の頃を思い出すな」





 この日の宇宙自然保護同盟は、猪マックス・新太郎の推薦によりとある助っ人怪人を呼んでいた。

 彼女の名は、レディーバタフライ。

 数多のヒーローに死の舞を見せた、蝶型の神秘的な美しさを持つ女性怪人である。


 そんなレディーバタフライは、現在フリーの怪人として活動しており、ちょうど助っ人怪人を欲していた宇宙自然保護同盟が彼女を雇ったというわけだ。


 彼女を推薦したのは、新人怪人の頃から、彼女と彼女の亡くなった夫と友人関係にある猪マックス・新太郎であった。


「随分と立場が変わってしまったわね」


「そうだな」


 十年以上前、まだ怪人になったばかりの三人は、全員が有名な怪人になろうと心に誓い合った。

 その中で、一番の落ちこぼれは猪マックス・新太郎であった。

 なかなか芽が出ず、いくつもの零細悪の組織で下積みをする日々。

 逆に、レディーバタフライと亡くなった夫は、有名な悪の組織で名を馳せた。

 若い頃からつき合っていた二人は結婚して子供も生まれ、人生は順調なはずだったというのに、突然の夫の急死でレディーバタフライの人生は大きく変わってしまった。


「不器用で、ただ懸命に足掻いていただけの俺様の方がか……あいつが生きていたら、やっぱりお前さんたちの方が凄かったさ」


「かもしれないけど、現実の私は幼い子供を抱えて日々の生活に追われるフリーのシングルマザー怪人よ。今日も、宇宙自然保護同盟の依頼で助っ人怪人として来ている。それよりも、悪いわね。あの子を預かってもらって」


「そのくらいいいさ」


「あなたは男性だからそう気軽に言えるけど、あなたの奥さんは大変なのよ。娘さんもまだ小さいじゃない。あの子の面倒を見てもらっている私が言うことじゃないけど、ちゃんと家に帰ったら奥さんに感謝しないと」


「俺様は、昔から注意されてばかりだな」


 今回は遠方での仕事のため、レディーバタフライは子供を猪マックス・新太郎の奥さんに預かってもらっていた。

 普通こんなことはあり得ないのだが、子供を預かることを快く了承してくれた彼女に対し、レディーバタフライは感謝の気持ちで一杯であった。


「こんな俺様の妻になるような女だからな。変に勘繰りもせず引き受けてくれた。ありがたいことさ」


「それでも、ちゃんと感謝の言葉は伝えなさい。私はもう言えないから」


「忠告には従うさ」


 世の中、いくら男女平等などと言われても、やはりシングルマザーは色々と大変なことが多い。

 そこに手を差し伸べてくれた友人の奥さんに対し、レディーバタフライはただ感謝するしかなかったのだ。

 そしてその恩を返すには、やはり彼女の夫の評価を上げてあげるしかない。


 つまり、助っ人怪人としてファーマーマンに勝利するというわけだ。


「そんなに気張るな。俺様はあいつと違って、負け続きの駄目怪人だからな」


「そうかしら? あなたは順調にキャリアを積み上げているじゃない」


「だが、あいつの実力なら!」


「それでもね。死んだら終わりなのよ。その才能を世間に示すこともできないから。だから、亡くなった夫よりも健康で頑丈なあなたの方が怪人として優れていた。それだけのことなの」


「あいつは、俺様以上に健康で頑丈だったさ。それがガンでなんて……」


 レディーバタフライの夫はその将来を有望視された怪人であったが、若くして進行性のガンで亡くなってしまった。

 その早すぎる死に、彼を知る者たちは悲しんだものだ。

 勿論、彼の友人であった猪マックス・新太郎もだ。


「この話をしていても、亡くなった夫は蘇らないわ。仕事の話をしましょう」


「そうだな」


 今は事情があってフリーだが、レディーバタフライもその強さには定評がある女性怪人であった。

 彼女はプロでもあり、早速二人はこれから戦うファーマーマンについて打ち合わせを始める。


「奴らは強い。とても、こんな田舎にいる戦隊ヒーローとは思えない強さだ」


 なにしろ、あのナイトフィーバーですら瞬殺されてしまった宇宙怪人をリーダーのトマレッドは一人で倒してしまったのだからと、猪マックス・新太郎は説明を続ける。


「ダイホワイトも、体調が悪くなければ強い。ナスパープルもだ。奴が乗っている象も強い」


 先日、猪マックス・新太郎はその象ウィラチョンに一撃で倒されてしまったと、恥を忍んでレディーバタフライに事情を説明した。


「戦隊ヒーローなのに三人しかいないけど、三人とも鬼のように強いわけね。乗っている象も強いと」


「ああ。うちも懸命に建て直しているんだがな。調子のいい時でも引き分けが精々だ。勝利は相当難しいと思う」


「そうね……」


 猪マックス・新太郎から話を聞く限り、ファーマーマンはローカル戦隊ヒーローにしては異常に強く、勝利するのはかなり難しいとレディーバタフライも推測した。


「こちらの戦力は?」


「お前さんと同じく飛行可能な鴨と、パワーは俺以上の真美に、知恵袋のくーみん。スピードはピカ一のニホン鹿と、あとは俺とお前さんだ」


「戦力的には十分なのに、それでも勝てないのは辛いわね」


 様々な悪の組織を知っているレディーバタフライが冷静に分析した結果、宇宙自然保護同盟はかなり強い部類の悪の組織に入る。

 設立してから日が浅いことを考えると、むしろかなり期待できる悪の組織だ。

 それなのに、予算不足でメンバーが揃わない零細戦隊ヒーローに勝利できないのだから、いかにファーマーマンが異常かわかるというわけだ。


「こうなれば、私の『毒鱗粉』で相手を混乱させるしかないわ。物理的な攻撃力ではあっちの方が上でしょうけど、混乱させて同士討ちを狙えばいけるはず」


「そうだな。向こうは予算不足で、この手の攻撃に対抗できる装備が少ないというのも大きい」


 レディーバタフライの必殺技は、その綺麗な羽から飛ばす毒粉であった。

 それを吸いこんでしまうと精神に大きな混乱をもたらし、味方を敵だと勘違いして攻撃してしまったりするのだ。

 彼女はこれまで、この技で多くのヒーローを倒しており、それを知っている猪マックス・新太郎も彼女の作戦の賛成した。


「私は成果を出さなければいけないのよ」


 そう、あの子のためにもと。

 母は強し。

 レディーバタフライは、覚悟を決めて強敵ファーマーマンに挑もうと決意とするのであった。






「豊穣戦隊トマレッド参上!」


「「「「「「……」」」」」」


「どうした? 宇宙自然保護同盟の怪人たち。正義のヒーローが来てやったぞ」





 決戦当日。

 毎度のことなので省略するが、宇宙自然保護同盟の怪人たちが村の畑を自然に戻そうとすると、そこに正義のヒーローが現れたという構図である。

 ところが、実際にヒーローを見ても肝心の怪人たち側の反応は薄かった。


「どうしたよ? 今日も派手に戦おうぜ」


「なあ、トマレッド」


「なんだよ? 猪」


 またイチャモンかと、ファーマーマンのリーダーであるトマレッドは、猪マックス・新太郎の問いに身構えた。


「ファーマーマンは三人に増えたよな?」


「それは、猪たちも確認しただろうが」


 なにを今さらと、弘樹は猪マックス・新太郎の問いに続けて答えた。


「新入りのナスパープルは? 象もいるだろう?」


「なんだよ。猪はこの前、ウィラチョンの参加に反対していたくせに」


「確かに反対はしたが、それはあくまでも俺様の意見であって、もうそうなってしまったら受け入れるに決まっているだろうが! それよりも、もう欠席とはどういうことなんだ?」


 言いたいことがないわけではないが、せっかく三人まで増えたファーマーマンがまた一人きりとはどういうことなのか?

 むしろそちらの方が気になると、猪マックス・新太郎は弘樹に彼らのことを尋ねた。


「そうだよね。今日も、ジョーとウィラチョンが来ると思って楽しみにしていたのに。ねえ、くーみん」


「クマクマ」


 真美とくーみんは、ジョーとウィラチョンがいないと知ってとても残念そうであった。


「熊野、ジョーとウィラチョンは、今日は北見村小学校でお披露目だんだよ」


「お披露目?」


「ほら、ここは田舎で娯楽が少ないだろう?」


 北見村に動物園など存在せず、休日に片道数時間もかけて出かけなければならない。

 動物はいないこともないが、牛や鶏は家畜であるし、猪やニホン鹿、鴨は野生動物か、下手をしたら宇宙自然保護同盟の戦闘員なので触れ合える機会などない。

 そこで、象を飼っているジョーに村役場から依頼があったというわけだ。


 小学校の子供たちを、象に乗せてあげてくれないかと。

 

「今頃ウィラチョンは、北見小学校で子供たちを乗せていると思うぞ」


「えーーーっ! 私もそっちに行きたかった!」


「いや、それはうちの怪人としてどうかと思うよ……」


 象に乗るため、戦いよりも小学校に行く方を優先すればよかったと言い放つ怪人ってどうなんだろうと、鴨フライ・翼丸は思わずツッコミを入れてしまった。


「他の日にするとか、断れよ!」


 ヒーローが怪人との戦いを優先しないでどうするんだよと、猪マックス・新太郎は弘樹に対し激怒した。


「俺に言われてもなぁ……瞳子さんが引き受けてしまったからさぁ」


「またあの司令か!」


「うちも、北見村で活動する以上は、それなりに地元への配慮が必要ってわけだ。って、瞳子さんが言ってた」


 ヒーローである以上、活動している地域での支持というものが必要になる。

 そこで、村の子供たちを象に乗せる仕事を瞳子は快く引き受けている。

 このような配慮も、地方でヒーローが活動するためには必要というわけだ。


 自分が働くわけではないので、安請け合いする傾向はあると、弘樹は思っていたけど。


「まあ、ナスパープルと象は仕方あるまい。それで、ダイホワイトは?」


「健司なら、今日は熱が出てお休み」


「またか! 最近ちょっと出席率がいいと思ったら!」


 この一人メンバーが欠けている一番大切な時に急病かよと、猪マックス・新太郎はダイホワイト健司のタイミングの悪さに腹を立てた。


「健司は体が弱いからしょうがないだろう。まさか無理やり参加させるわけにいかないし」


「こっちは助っ人怪人を呼んでいるんだぞ!」


 さらに、ほぼフルメンバーで必勝の態勢を構築したというのに、ヒーロー側が一人しかないのでは、なんのための助っ人怪人なのか。

 強力な怪人であるレディーバタフライを参戦させるため、彼女の息子を預かってまで戦力強化を図った猪マックス・新太郎からすれば、多少腹を立てても罰は当たらないと思ってしまうのだ。


「まあ、いいではないか」


「どういうことだ? ニホン鹿」


「どうもこうも。我々はファーマーマンに勝利するため、万全の準備を整えた。ファーマーマン側に不首尾があったとしても、それは向こうのミス。我々が気に病むことはないのだ」


「そうですね。これはあきらかに、ファーマーマン側のミスです」


 ニホン鹿ダッシュ・走太と鴨フライ・翼丸は、著しい戦力の不均衡が出てしまったのは、ちゃんと戦力を整えられなかったファーマーマン側のミスであり、そこに自分たちが斟酌する必要はないと断言した。

 つまり、このまま一対六でトマレッドを倒してしまえばいいのだと。


「しかしそれは……」


 さすがにそれは卑怯ではないかと、猪マックス・新太郎は少し躊躇してしまう。


「なにをバカなことを。いいか猪。我々は悪の組織なのだぞ。悪の組織はヒーロを倒すために存在する。そこに卑怯もクソもあるものか」


「そうですね。こちらは戦力の予告までしている以上、それに対抗できる戦力を整えられなかったファーマーマン側のミスだと思います」


「レディーバタフライ!」


「猪マックスさん、これは遊びではないのよ」


「レディーバタフライ殿の言うとおりだな。我々は、いかなる手を用いてもヒーローに勝てばいいのだ。では、決められたとおりにフォーメーションを…行くぞ!」


 ニホン鹿ダッシュ・走太の合図により、双方は戦闘状態に入った。

 今回の、宇宙自然保護同盟の作戦では、助っ人怪人であるレディーバタフライが鍵を握っている。

 彼女はその美しい羽根を羽ばたかせ、上空へと舞い上がる。

 そして、トマレッドの頭上からキラキラと輝く独鱗粉を撒き始めた。


「鴨!」


「了解!」


 続けて、鴨フライ・翼丸が配下の鴨軍団と共に弘樹の上空を旋回し始める。

 それにより発生した竜巻が弘樹を包み込むのと同時に、事前にレディーバタフライがばら撒いた毒鱗粉舞い上がり、彼は毒鱗粉の竜巻に包み込まれた。


「これで、あなたは私の毒鱗粉から逃れられないわ。少しでも吸い込めば、あなたは精神の均衡を失ってバーサーカーと化し、自分以外の者がすべて敵に見えてしまう。そして、味方ですら攻撃してしまうのよ」


「うぉーーーっ!」


 毒鱗粉の竜巻に包まれた弘樹は、大量の毒鱗粉を吸い込み、すでに正常な判断力を失っていた。

 これまで誰も聞いたことがない雄たけびをあげながら、竜巻から脱出しようともがいている。


「無駄よ! あなたは、味方と殺し合って力尽きるのよ」


「おおっ! さすがだな!」


 前から知ってはいたが、やはり実際に目にすると違う。

 どれだけ強力なチームワークを誇っていた戦隊ヒーローであっても、レディーバタフライの毒鱗粉攻撃により、自滅、仲間割れを起こす様を何度も見てきた猪マックス・新太郎は、彼女の実力に改めて畏怖の感情を覚えていた。


「猪、素晴らしい助っ人怪人ではないか」


 ニホン鹿ダッシュ・走太も、珍しくレディーバタフライを連れてきた猪マックス・新太郎を褒めたくらいだ。


「クマクマ」


「えっ? 本当? くーみん」


「クマクマ!」


「それはまずいよねぇ……」


 ただし、一人だけ異論がある人物がいた。

 それはくーみんであり、彼は唯一言葉が通じる真美に自分が感じた懸念を伝えていた。


「せっかくいいところなのに、なんだ? 熊野」


「あのね。今の弘樹君に、毒鱗粉攻撃は無駄どころか駄目なんじゃないかって」


「はあ? 見てみろ。奴は精神の均衡を欠き、あの竜巻から出ようと足掻いているだけではないか」


 もし無事にあの竜巻からから脱出できたとしても、幻覚作用で味方ですら敵に見えてしまう彼では、まともに戦えまい。

 なにを心配する必要があるのかと、ニホン鹿ダッシュ・走太が真美とくーみんを小バカにしたように言う。


「だって、今の弘樹君は一人で味方なんていないから、全員が敵と認識しても不都合はないじゃない。むしろ、バーサーカー化している弘樹君なんて、危険物以外の何者でもない。私たちを容赦なく、力尽きるまで攻撃するってくーみんが」


「クマクマ!」


「「「「えっ?」」」」


 真美とくーみんの指摘に、残りの怪人たち四人の動きが一斉に止まった。


「そういえば、今日は一人なんだよな。つまり、敵と間違えて攻撃する味方もいないわけで……」


「さらに、毒鱗粉のせいでリミッターが外れている状態……鴨さん! 彼を竜巻から出さないで!」


「鴨! 頼むぞ!」


 重大な事実に気がついた猪マックス・新太郎とレディーバタフライは、弘樹の上空で竜巻を発生させている鴨フライ・翼丸に、弘樹を竜巻から出すなと命じた。

 もし今の彼が、竜巻という檻から出てしまえば……。

 とんでもないことになってしまうという事実に、今さら気がついたからだ。


「ええっーーー! 無茶言わないでくださいよ! もう限界ですよ!」


 自分一人ならともかく、鴨戦闘員たちをこれ以上旋回させ続けていたら、目を回していて落ちてしまう。

 そんなことは不可能だと、鴨フライ・翼丸は反論した。


「ううっ……ウガァーーー!」


「猪! なんかトマレッドの様子が変だぞ!」


「いや、これは毒鱗粉の効果で……」


 周囲すべてが敵だと認識し、我を忘れ、リミッターが外れた状態で近くにいる者を攻撃勝とし、そのために竜巻を突破しようとしている。

 その昔、猪マックス・新太郎が見た毒鱗粉攻撃を受けた者そのものであった。


「仲間がいれば、その仲間を攻撃するんだろうけど、今回の場合、弘樹君は独りぼっちだから、一番近くにいるのって私たちだよね?」


「そういうことになるかな」


 真美の問いに、猪マックス・新太郎はそう答えた。


「ということは、レディーバタフライさんの毒鱗粉攻撃はしなかった方がよかったんじゃあ……」


「だろうな」


「だろうじゃないよ! そこは誰か止めないと!」


 それがわかっているのなら他の戦法で戦えばよかったじゃないかと、真美は続けて猪マックス・新太郎とニホン鹿ダッシュ・走太に対し強く抗議した。

 レディーバタフライに言わなかったのは、彼女が二人の許可を得て毒鱗粉攻撃をしたことに気がついているからだ。

 責任者を追及する。

 真美の行動は間違っていなかった。


「クマクマ!」


「『ケースバイケースだろう!』って、くーみんも言ってるよ!」


「猪! お前!」


「ニホン鹿! お前が『せっかくそういう特殊な攻撃ができる助っ人怪人が来るんだから、精々派手にやってもらおうか』って言ったじゃないか! 四天王筆頭のくせに、部下に責任押しつけるな!」


「お前こそ! 次席のくせに!」


「二人とも、そんな醜い内輪揉めをしている場合じゃあ……もう駄目だ!」


 鴨戦闘員たちに限界が訪れ、威力が弱まった竜巻から弘樹が姿を現した。


「敵ぃーーー! 殺すぅーーー!」


「もう言動が、ヒーローのそれじゃないな……」


 恐るべし。

 レディーバタフライの毒鱗粉攻撃だと、猪マックス・新太郎は思った。

 そして同時に、そのリミッターの外れた弘樹から自分たちは容赦なく攻撃を受けてしまうのだと。


「ベっ、別に、いつもどおり戦うだけだ」


「ニホン鹿、足が震えているぞ」


「武者震いだ! こうなれば、全員で戦ってトマレッドに勝てばいいのだ! みんなも、レディーバタフライ殿もいいな?」


 こうして、毒鱗粉攻撃のせいでリミッターが外れ、バーサーカー状態の弘樹と宇宙自然保護同盟との死闘が始まる。

 それから後のことであるが、弘樹による容赦ない攻撃によって、宇宙自然保護同盟は大敗北を喫してしまったことだけ伝えておこうと思う。


 教訓。

 敵を惑わす系の特殊攻撃を、一人きりのヒーローに使ってはならない。




「あら、おかえりなさい。あなた、レディーバタフライさん」


「わざわざ康太を預かってもらってすいません、康太はいい子にしていたでしょうか?」


「ええ、うちの娘と仲良く遊んでいて、もう寝てしまいましたけど。さあ、夕食の支度ができていますよ」



  

 今日の仕事は大敗北で散々な目に遭ってしまったと思うレディーバタフライであったが、息子を預かってもらっていた猪マックス・新太郎の家に戻り、もう寝ている彼の顔を見ていると、バーサーカー化して自分たちをタコ殴りしたヒーローのことなどどうでもよくなってきた。


 今回は作戦ミスであったと宇宙自然保護同盟からも謝られたし、彼女の境遇を聞いたビューティー総統から正式に雇うという話も出たので、もしこれが上手くいけば自分と息子の生活も安定する。

 北見村の隣にあるこの町では、少子高齢化対策として子育て支援もしっかりしており、すぐに保育園も見つかるであろうとの話もあったので、たまには負けてみるのもいいかもしれないと思うレディーバタフライであった。


「まあ、正式に雇っていただけるのですか。よかったですね」


「ビューティー総統は、懐の広いお方だからな」


「やはり、康太をちゃんと育てるには、正式に雇われた方がいいですし、声をかけていただいたので」


「今日はちょっと不運だったが、あいつらが全員揃っている時なら、お前さんの毒鱗粉攻撃は大きな効果を発揮するからな。他の二人も曲者だから、味方同士潰し合ってくれるのなら大歓迎だ」


「そうね、次は頑張らないと」


 レディーバタフライは、友人とその奥さんと夕食をとりながら、明日からも頑張ろうと決意するのであった。


 今は亡き夫の忘れ形見を懸命に育てるレディーバタフライ。

 君は、誰よりも美しい。





「あたた……」


「ヒロ君、大丈夫?」


「全力で戦いすぎて全身が筋肉痛だ。しかも、全然覚えてないし」


「勝ったのか、負けたのかも覚えていないの?」


「それが、目を覚ましたらもう誰もいなくてな。助っ人怪人もいたんだが、結局どうなったんだ?」





 ちょうど同じ頃、帰宅した弘樹は彩実から茶碗にご飯をよそってもらいながら、同じく夕食をとっていた。

 毒鱗粉攻撃のせいで我を忘れたため、弘樹は勝負の内容をまったく覚えていなかった。

 勝ったのか、負けたのかすら覚えておらず、ただ限界以上に体を動かしたため、筋肉痛による痛みが全身を襲っている状態であった。


「勝ったはずなんだが、瞳子さんは覚えていないなら無効勝負だろうって。あの人も、俺一人に戦わせて大概だよな」


「それはちょっと酷いよね」




 結局、弘樹は勝負の内容をまったく覚えていないため、公式記録では宇宙自然保護同盟は負けていないことになってしまう。

 同時に、レディーバタフライの敗北も消滅し、彼女も戦績に傷をつけずに済んだのであった。

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