第28話 兼業ヒーロー、怪人模様
「出たな、ファーマーマン! 今日こそが、お前らの最期の日となるのだ!」
「やれるものならやってみな!」
「前回のようには行かないぞ! 行け! 宇宙自然保護同盟が誇る最強の四天王よ!」
今日も今日とて、北見村のとある畑の傍で、ファーマーマンと宇宙自然保護同盟との戦いが繰り広げられていた。
今日は全員揃い踏みのファーマーマンに対し、宇宙自然保護同盟も新たに正規採用した女性怪人レディーバタフライを加え、強化された四天王を繰り出す。
「アッ、ウィラチョン!」
「いくらパワーがあっても、攻撃が当たらなければ意味はない! ナスパープル! お前が相棒である象を信頼しているのはわかるが、お前は象に乗っている間、戦力として貢献できていないのだ!」
「ソウイワレルトソウデス!」
ファーマーマンに対抗すべく特訓で速度を上げたニホン鹿ダッシュ・走太は、そのスピードでジョーとウィラチョンを翻弄した。
確かにウィラチョンは強いが、実は彼に乗っている間、ジョーがまったく戦力として貢献できないという事実を突かれ、一人と一匹はニホン鹿ダッシュ・走太一人に翻弄されてしまった。
「ジョー!」
「人の心配をしている場合かな?」
「一ヵ所に留まると、私の毒鱗粉で正気をなくしてしまうわよ」
「くっ! 上空から二人で攻撃されると……」
三人の中ではスピードがあり、技巧派でもある健司であったが、彼も鴨フライ・翼丸とレディーバタフライによる空中コンビネーションによって自分を守るのが精一杯であった。
少しでも隙を見せれば、レディーバタフライの毒鱗粉攻撃によって我を失い、味方を攻撃してしまう。
そうならないために、健司はひたすら二人の攻撃を避け続けながら逃げるしかなかった。
「はははっ! 今日ばかりは、さすがのトマレッドでもどうにもならないようだな」
「今日は勝利しちゃうからね。弘樹君、覚悟!」
「クマクマ」
「わかっているよ、くーみん」
三人の中で一番苦戦しているのは、弘樹かもしれない。
彼は、猪マックス・新太郎、真美のパワーコンビネーションによって大苦戦していたからだ。
これまでは連携が甘く、弘樹はそこを突いて勝利できたのだが、今日はくーみんが適時適切な指示を二人に出しているため、なかなか決定的な一撃を出せずにいた。
むしろ二人の攻勢に晒され、防御に集中しなければいけない状態だ。
「弘樹君! どうする?」
「健司は大丈夫か?」
「僕は持久力がないから、長期戦になるとちょっと辛いかも」
健司は基本的に体が弱いので、戦闘が長引くと不利になってしまう。
今の戦況で健司が撃破されてしまうと、ファーマーマン側が圧倒的に不利になってしまうのだ。
「となると……」
猪マックス・新太郎と真美からの攻撃をかわしながら、弘樹はそれほど優れていない頭を振り絞って懸命に対策を考える。
そして、ある対策に辿り着いた。
「ジョー!」
「ナニ? ヒロキ」
「お前、ウィラチョンから降りて戦えよ。そうすれば、四対五になるから」
「アアッ! ソウネ!」
「じゃあ、そういうことで」
「なっ! トマレッドめ! 余計なことを!」
ジョーはウィラチョンから降り、得意のムエタイでニホン鹿ダッシュ・走太にしなる鞭のような蹴りを入れ、一撃で倒してしまう。
確かに、攻撃は当たらなければ意味はないのだが、当たれば効果を発揮するわけだ。
「ええいっ! ニホン鹿め! 四天王筆頭のくせに!」
最近、スピードを上げて少しはマシになってきたが、やはり戦闘力では他の四天王に劣るニホン鹿ダッシュ・走太に対し、猪マックス・新太郎は悪態をついた。
「レディー、頼むぞ」
「わかったわ。私を毒鱗粉だけの怪人だと思わないことね」
ニホン鹿ダッシュ・走太が戦闘不能になったことにより、戦力の均衡が崩れてしまった。
ジョーとウィラチョンが弘樹に加勢すると、次にやられてしまうのは猪マックス・新太郎と真美のはず。
それを防ぐため、レディーバタフライは標的をジョーに切り替え、上空からの急降下と錐のように鋭い一撃を組み合わせて彼を攻撃し始める。
ジョーは、その攻撃の正確さと予想を超えた威力に脅威を感じ、レディーバタフライとの戦いに集中することを決意した。
これで、弘樹、ウィラチョンVS猪マックス・新太郎、真美の二対二となり、弘樹はピンチを脱することに成功したというわけだ。
「チョウチョ、モットユウガニマウトオモッタ。タイノチョウハソウヨ」
「日本にはこういう危険な蝶もいるのよ。せっかく留学したのだから、それを学ばせてあげる。学んだ知識を生かすことなく死んでしまうかもしれないけど」
「オネエサン、キレイダケドコワイ」
「美しいバラには棘があるって言うでしょう?」
レディーバタフライは、蝶とは思えない速度で急上昇と急降下を繰り返し、数撃に一度、ジョーの体に着実にダメージを与えていた。
ムエタイのチャンピオンで、身のこなしには自信があるジョーであったが、自分に攻撃を当ててくるレディーバタフライの実力に内心感心するしかないほどだ。
「僕も負けていられないかな。同じ飛行型の怪人で、鴨である僕の方が飛行能力には優れているからね」
「受けて立ちますよ」
一対一となった、健司と鴨フライ・翼丸の戦いも佳境を迎え、今日の対決はこれまでにない総力戦へと移行していくのであった。
「ああ、終わった、終わった」
「今日も勝てたね、弘樹君」
「やっぱり、ジョーとウィラチョンの参入が大きいな」
「ヒロキトケンジモツヨイヨ。ネエ? ウィラチョン」
「パォーーーン!」
「ヒロ君! みんな! 今日はうちで夕食を食べて行ってね」
「そういえば腹減ったな。いつもすまないな、彩実」
「よく動いたからお腹減ったね」
「ニホンノリョウリ、タノシミヨ」
「パォーーーン!」
この日の勝負も、ファーマーマンの勝利に終わった。
弘樹たちはお互いの健闘を称え合い、ちょうどそこに彩実が現れて、今日は自分の家で夕食を食べて行けばいいと言ってくる。
激しい戦闘でお腹が空いた彼らが今日の夕食はなんなのだろうと、予想しながら撤収の準備をしていると、またもあの男がクレームを入れてきた。
そう、自称北見村におけるヒーロー・怪人界のコンプライアンス普及委員長。
猪マックス・新太郎その人であった。
「今日の勝負、おかしくないか?」
「どこがだよ。猪」
弘樹は、猪マックス・新太郎の言っていることが理解できなかった。
健司やジョー、ウィラチョンでさえ、意味がわからないといった表情を浮かべていた。
「象は、あくまでも乗り物の扱いだから、俺も渋々だが認めたんだぞ! それなのに、なんで四人目のヒーロー扱いなんだよ!」
どこの世界の戦隊ヒーローが象をメンバーにするんだと、猪マックス・新太郎は強く抗議した。
「いいか? ナスパープルが、象から降りて戦いに参加したところまではいい! だが、そのあとでなにしれっと、象が戦っているんだよ!」
「(細かいなぁ……)」
「細かくなどない!」
ボソっと反論した健司に対してまで、猪マックス・新太郎は目敏く反論していた。
「乗り物に乗ったヒーローが、降りてから戦うのはいい。だが、どこの世界に乗り物がメンバーとして戦うなんて展開があるんだよ」
「しゃあねえだろう。人手不足なんだから」
「そうだよね。ウィラチョンがいるから四人って扱いなのに、いなかったら三人で、そうしたらまた文句を言うんでしょう? 人数が足りないって」
『相変わらず細かいなぁ……』と、健司は少し面倒そうに答えた。
彼としても、猪マックス・新太郎が言っていることが間違っているとは思わない。
だが、それを解決できるのは瞳子だけで、その彼女も予算がないとどうにもできないことも理解しており、つまり現状打つ手がないので、どう対処しようもないというわけだ。
それを知っているはずなのに色々とうるさいので、健司としても猪マックス・新太郎がウザイと思ってしまうわけだ。
「うちは、猪たちほど金がないんだよ。そのうちメンバーも増えるだろうから」
「イイブンハワカリマスケド、ジジョウガアルノデシカタナイデス。ソレヲイウノナラ、アナタタチモヘンデス」
「うちが変? うちはちゃんとやっているじゃないか」
宇宙自然保護同盟はちゃんとした悪の組織であり、ジョーからおかしいと指摘されるような点など一つもないと、猪マックス・新太郎は強く断言した。
「ジャア、キキマス。ドウシテ、シテンノウナノニゴニンイマスカ? ワタシ、ニホンゴナラッタ。ヨニンナラ、シテンノウデイイデスケド、ゴニンナラ、ゴニンシュウトカニカエルベキデス。ワタシ、マチガッテイマスカ?」
「「「「「「……」」」」」」
ジョーからの指摘に対し、五人の怪人たち(くーみんも合わせて六人)は、なにも言い返せなかった。
確かに、彼らは四天王なのに五人いるからだ。
「日本だと、五人なのに四天王なんてよくある話だからだ」
「ドウシテデスカ? カイメイスベキデス」
「それはだな。ほら、いつ一人欠けるかもしれないし……」
すぐに一人欠けて、四人になるかもしれない。
苦し紛れにそう言った猪マックス・新太郎のみならず、他の怪人たちも、彩実を含む弘樹たちの視線も、一斉にニホン鹿ダッシュ・走太へと向いた。
「どうして私を見るのだ?」
「どうしてって……」
誰もが、この中で一番弱いのはニホン鹿ダッシュ・走太だと思っていたからだ。
弱ければ、殉職する可能性が高まるのは事実だと。
「それは、鴨も同じだろうが」
「僕は飛べるので」
最悪、飛んで逃げればいいのだと、鴨フライ・翼丸は語った。
同じスピード重視の怪人でも、二次元の機動しかできないニホン鹿ダッシュ・走太と、三次元の機動ができる彼では、生存率に大きな違いがあるのだと。
「勝手に人を殺すな! それよりも、明後日はお互いが助っ人ヒーローと怪人を呼んで戦う特別戦だ。お互い不備がないようにしなければな」
「それは瞳子さん次第だから、俺たちからはなんとも言えないなぁ……」
「だよね、弘樹君」
「ウチノボス、イツモオカネナイイイマス」
「パォーーーン!」
「不安になる返事だな……しかも、それが事実だという……」
まともな助っ人ヒーローが来るかなんて、それこそ運次第なのだと弘樹たちは半ば投げやりに言った。
悲しきは、予算不足というやつである。
ニホン鹿ダッシュ・走太は、それが現実なのでなにも言い返せない点に大いに不安を感じていた。
四天王筆頭としては、明日の勝負がちゃんと行われてほしいからだ。
「そちらの司令には、ビューティー総統閣下が釘を刺していると思うが……とにかく、明後日だな」
いつの間にか、猪マックス・新太郎やジョーの指摘はなかったことにされたが、それはいつもの光景になりつつある。
なぜなら、そんなことをいちいち気にしていたら、ファーマーマンは成立しないからであった。
「助っ人ヒーロー! チタニウムマン参上! って、あれ?」
「助っ人怪人! マタマビ・郁夫登場! って、糠みそ先生?」
「そういうあなたは、デミグラスラーメン先生ではないですか!」
「いやあ、先日のオフ会ではどうも」
「お互いヒーローと怪人なので、いつか戦いの場で出会うかもってお話でしたけど、まさかこんなすぐに実現するとは。事実は、小説よりも奇ですね」
「私も驚きました。糠みそ先生は、名古屋にお住いと聞きましたが」
「お恥ずかしい話ですけど、私はヒーローとしてはイマイチなので、こういう地方の仕事の依頼も受けているんですよ」
「私も怪人としては微妙なところでして……。静岡住まいですけど、こうして地方の仕事を受けているんですよ」
今回は、予定どおり順調に始まったかに見えた戦いであったが、どうやら助っ人怪人とヒーローは知り合い同士だったようで、二人は戦わずに世間話を始めてしまった。
完全に出鼻を挫かれてしまった双方は、そんな二人をただ見つめるのみであった。
「なあ……」
「あっ! すいません! つい、知り合いに会ってしまったので」
「おい……」
「すいません! すぐに戦いを始めますから」
「いや、まずは説明してくれないかな」
どうしてこういうことになってしまったのか?
そこがハッキリしないとどうにも戦いににくいと、猪マックス・新太郎は二人に説明を求めた。
「実は、私チタニウムマンですが、兼業でライトノベル作家もやっておりまして」
「私マタマビ・郁夫も同じです。チタニウムマンさんは、『糠みそ』っていうちょっと変わったPNなんですけど、『異世界で最強になって、ハーレム作り放題戦記』って作品でもの凄く売れているんですよ。コミカライズもしていますし、今度ドラマCDも発売されるんです」
「マタタビ・郁夫さんも、PNは『デミグラスラーメン』って言ってちょっと変わっているんですけど『アラフィフおじさんが、父性チートで異世界で美少女たちをメロメロに』って作品がもの凄く売れているんです。コミカライズもしていて、今度ドラマCDも発売されるんですよ」
「そうなのか……」
色々と言いたいことがあると言うか、聞いても仕方がないというか。
とにかく、メタリックな全身スーツ姿が格好いいチタニウムマンも、マタタビの怪人で、鴨フライ・翼丸とレディーバタフライとのトリプル空中殺法に期待して助っ人を依頼した怪人マタマビ・郁夫も、兼業で作家をやっていることだけは理解できた猪マックス・新太郎であった。
「なあ、トマレッドたちは知っているか?」
「俺は知らねえ」
元々弘樹は活字を読むと眠くなるタイプで、普段は漫画しか読まない。
小説など、学校の宿題なので嫌々書いた読書感想文を書くために読んだのみであった。
「彩実は?」
「私もラノベの類は読まないわね。健司君は?」
彩実はたまに本を読んでも恋愛物が主流であり、それも友達に勧められたから読んだといった感じで、自ら小説を読むことは少なかった。
「僕はたまに本を読むけど、ラノベの類はあまり読まないかな」
体が弱い健司は家で過ごすことが多いので、比較的本は読む方であったが、ライトノベルはほとんど読まない。
そのため、二人の作品を知らなかった。
「その前に、北見村に本屋はないけどな」
「そうだよね。清瀬のお爺さん、亡くなっちゃったし」
北見村には数年前まで、奥さんを先に亡くしたお爺さんが経営する本屋があったのだが、彼が亡くなり、彼の子供たちは北見村の外で暮らしているため、誰も継がずに潰れてしまったのだ。
それほど儲かっていなかったという理由もある。
今の時代、地方の書店は色々と大変なのだ。
なお、健司は電子書籍と〇マゾンで本を購入しているので、別に本屋がなくても全然困らなかったりする。
「猪はどうよ?」
「娘の絵本とか?」
こう見えて、猪マックス・新太郎はなかなかいいお父さんであった。
娘の欲しがる絵本などは、家がある隣町の本屋などで購入していたが、やはり自分は本など滅多に読まなかった。
怪人としてやっていくのに必要な知識や資格を得るため、それが書かれた専門書を購入するくらいだ。
「とにかく、この二人は兼業で作家もやっていて知り合いってことなわけだな」
「そうです」
ニホン鹿ダッシュ・走太の問いに、デミグラスラーメン……ではなく、マタマビ・郁夫が答えた。
「知り合いか……大丈夫か?」
「それはご心配なく! いくら知り合いでも、私も怪人。ちゃんとヒーローとは戦いますから」
そこはちゃんと公私の区別はつけると、マタマビ・郁夫は断言した。
「私も大丈夫ですから。さあ、戦いましょう」
糠みそ……ではなく、チタニウムマンも公私の区別はちゃんとつけると断言し、再び戦いを始めることにした。
ところが、またしても勝負は中断となってしまう。
突然、誰かのスマホから着信音が流れたからだ。
「あっ! 私です。すいません、勝負中なのであとにしてもらいます……」
着信音は、チタニウムマンのスマホからであった。
彼は電話をしてきた人物を確認したのだが、スマホの画面でそれを確認した途端、突然その場に土下座をしてしまった。
彼以外の全員が、一体どうしたのかと首を傾げてしまう。
「もしもし。あっはい! 異世界で最強になって、ハーレム作り放題戦記第七巻の原稿ですね! 勿論、締め切りには間に合いますとも! はいっ! 絶対に遅れることはありませんです! はい! お任せください! それでは失礼します!」
チタニウムマンは、地面に置いたスマホに綺麗な土下座を決めながら、原稿の締め切りについて担当編集と話をしていた。
締め切りに遅れるなと強く言われているようで、彼はそれはないですと必死に答えている。
『(あのぉ、先生。原稿の締め切りですけど、大丈夫でしょうか? 無理そうなら、少しは伸ばせますけど……)』
「無理なんてことはありません! 命に代えても原稿は仕上げます! 絶対に仕上げます! だから殺さないで!」
『(先生、大げさだなぁ……。間に合いそうならいいんですけどね。では、お願いします)』
せっかく筋肉質でメタリックの全身スーツを着ていて格好いいのに、電話先の担当編集に隙のない土下座をかましている様子を見ると、すべてが台無しだなと思う弘樹たちであった。
少なくとも、これから戦うヒーローには見えなかった。
「ふう……すいません。ライトニング文庫の冴木さんから電話だったもので」
「おう……」
ていうか、それは誰だよと思ってしまったし、他にも小説のタイトルとか、色々とツッコミを入れたくて堪らない猪マックス・新太郎であったが、ライトノベルのことは詳しくないのでそれはやめておこうと思った。
よく知らない分野のことにツッコミを入れるのはよくないと思っていたからだ。
その代わり、ヒーロー、怪人業界については容赦なくツッコミを入れる彼であったが。
「そういえば糠みそ先生は、ライトニング文庫の冴木さんが担当なんですよね。凄いですよ」
「いやあ、凄い方なので、ちょっとプレッシャーですけどね」
「そんなに凄い人なのか?」
「はい。何作も大ヒットシリーズを担当している有名な編集さんですよ」
そのあとも、まるで補足するかのうように、チタニウムマンの担当編集について話をするマタマビ・郁夫であったが、弘樹もライトノベルの業界に詳しくないので、ただ『そうなのか』と頷くことしかできなかった。
未知の業界の凄い人の話なんて、聞かされても反応はこんなものである。
「厳しいんだな」
「業界トップで、いくつもヒット作品を出している人なんです。そんな人だから、色々と厳しいのかもしれませんね。あくまでも噂ですけど、色々とも逸話もあるそうですし、糠みそ先生はヒット作を出していますけど、作家としてはまだ新人に近いですから」
「そういう人って厳しそうだよな」
「らしいですね。私はお会いしたことがないので、実はどんな人かよく知らないんですよね」
スマホに土下座していたからなと、弘樹は見たこともない敏腕編集の恐ろしさを頭の中に思い浮かべた。
とある業界で有名な人が、本人の預かり知らぬところで怖い人だと思われてしまう。
どんなでも業界でもよくある話であった。
本当に怖い人という可能性も否定できないけど。
「私の担当編集さんは、そういうのは全然ないですね。それはありがたいかな」
「過度のプレッシャーがないのはいいですね、チタニウムマンさんの担当編集さんは凄い人だから、作家さんにも厳しいのかな?」
「実際にお会いしてみないとなんとも……と言った感じですけど、私ごときが会える方ではないですしね」
自分の担当編集はそうでもないと、マタマビ・郁夫は弘樹と健司に説明をした。
ついでに、その冴木さんとかいう編集がどんな人なのか、実際に会ったことはないので、よくわからないとも付け加えた。
こうして、本人のあずかり知らぬところで、勝手に様々なイメージが広がっていくのである。
「とにかく、原稿は締め切りに間に合うから問題ないんだろう? じゃあ、勝負を……って! お前、震えているじゃないか!」
猪マックス・新太郎は、チタニウムマンが誰が見てもわかるほど震えているのを見てしまった。
つまり、実は締め切りにまったく間に合いそうにないというわけだ。
たとえ別業界の話でも、わかるは容易にわかってしまう猪マックス・新太郎であった。
「さっき、締め切りを伸ばしてくれって言えばよかったじゃないか」
「言えませんよ! 殺されてしまいます!」
「そうなのか?」
「間に合わなかったら、私は作家として終わりだ!」
さっきの電話、かなり厳しいことを言われていたから、チタニウムマンはスマホに土下座をしていたのか。
と思う猪マックス・新太郎であったが、天の声として、少なくともあの会話内容で土下座をする人間はまずいない。
チタニウムマンの考えすぎ……いや、あの言葉の裏にはなにかがあるはず?
正確な答えは、その編集しかわからなかった。
こうして、敏腕編集の名は良くも悪くも業界外にまで広がっていくのだ。
「チタニウムマン、まずいんじゃないのか? それ」
「確かに、あと三日で十万字は辛いですけど……」
「あの……十万字って、ほぼ文庫一冊分ですよね? 大丈夫ですか?」
健司は本を読むので、一冊の文庫本が大体何文字くらいあるのかを知っていた。
執筆の経験はないが、さすがに文庫一冊分の内容を三日で書くのは難しいのではないかというのは、誰にでもわかるというわけだ。
「こういう時、ただノートパソコンを広げてもどうせ書けません。ここは、戦って気分転換ですよ」
「まあ、お前がそれでいいのなら、我々としても問題ない」
猪マックス・新太郎としても、チタニウムマンが戦いを続行するのであれば、それに文句を言う理由もなかったからだ。
たとえ原稿が間に合わないとしても、それは宇宙自然保護同盟には関係ないという事情もあった。
「では、始めるぞ」
「何度も中断してすいません。いくぞ! チタニウムキィーーーク!」
「くくっ!」
「クマクマ!」
「大丈夫、結構凄い威力だから止めるが大変だったけどね」
戦いは再開され、助っ人ヒーローとして参戦したチタニウムマンは、得意技であるキックをお見舞しようとするが、それを真美が両腕で阻止してしまう。
だが予想以上の威力に、真美も腕が痺れてしまったようだ。
「やるね! えいっ!」
お返しとばかり、今度は真美がチタニウムマンを標的に突進を始める。
すると、今度はチタニウムマンの方が真美の突進を止めてしまった。
双方が全力を出し合って、力比べとなってしまう。
「強いんだな」
「ああ」
宇宙自然保護同盟一の怪力を誇る真美と互角のパワーを発揮するチタニウムマンを見て、弘樹と猪マックス・新太郎は彼の強さに感心した。
同時に、『どうしてライトノベルを書いているんだろう?』とも。
勿論二人とも、それを口に出したりはいないのだが。
「あっ!」
「どうしたの? チタニウムマンさん?」
「すいません! ちょっとタイムです!」
突然、チタニウムマンは真美との力比べを中止し、メモ帳とペンを取り出して色々と書き始めた。
いきなり勝負を中断され、真美はどうしたものかという表情を浮かべている。
「すいません! 作家にはよくあることなんです!」
「えっ? どうしてそれをマタマビ・郁夫が?」
しかも、今のチタニウムマンとマタマビ・郁夫はヒーローと怪人で敵同士ではないかと、真美は彼に問い質した。
「それでも、同じ作家なんです! 糠みそ先生は、現在原稿が危うい状態。ところが、こんな時に無理に執筆をしても、焦りからますますなにも書けないなんてことも多いと聞きます。あっ、私は締め切りを破ってことないですけどね」
チタニウムマンを庇いつつ、サラっと自分は締め切り破ったことない自慢を付け加えるマタマビ・郁夫に対し、真美はちょっとだけイラっとした。
「原稿が書けない時、気分転換を図る作家さんは多いのです。糠みそ先生は、戦いの中で今、とてもいいアイデアを思いついた。それを急ぎメモしないとと、思ったわけです」
「あとでいいじゃん。ねえ、くーみん」
「クマクマ」
「それが、その時にちゃんとメモしておかないと、あとで思い出せないなんてプチ悲劇は、作家あるあるなわけでして……。本当に申し訳ないのですが」
「デミグラスラーメン先生、フォロー助かります」
「いえいえ、同じ作家同士の仁義というやつですよ」
懸命にメモを取りながら、チタニウムマンはマタマビ・郁夫にお礼の言葉を述べていた。
「これでいけるぞ!」
一心不乱にメモ帳にアイデアを書き続けていたチタニウムマンであったが、今度はどこかから取り出したノートパソコンを取り出し、猛スピードでタイピングを始めた。
どうやら執筆を開始したようだと、弘樹たちも気がついた。
今も続いているはずの戦いがどうなるのかは、彼らにもさっぱりわからなかったが。
「おいっ! いくら兼業作家とはいえ、今のお前はヒーローなんだぞ! 勝手に執筆なんてするな! トマレッドも言ってやれ!」
さすがに、勝手に勝負を中断して原稿の執筆を開始するのは問題外だと、猪マックス・新太郎はチタニウムマンに苦言を呈した。
同時に、チタニウムマンに責任がある弘樹に対しても、ちゃんと対応しろと強い言い放つ。
「俺?」
「お前は、ファーマーマンのリーダーだろうが! 共闘しているヒーローの不祥事なんだから、責任を持てよ!」
「そんなことを言われてもなぁ……」
どうせ常に予算不足であるファーマーマンなので、弘樹は助っ人ヒーローに対し最初から過剰な期待をしていなかった。
さらにいうと、司令である瞳子が弘樹たちに相談もなく勝手に決めてしまうので、ファーマーマンの三名と、さらにウィラチョンですら、助っ人ヒーローに関する苦情は彼女に言ってくれという思いがあったのだ。
「猪って、いまだにうちの助っ人ヒーローに期待してるのか? 珍しい奴だな」
「予算の都合で、訳ありしか来ないですからね」
「マイペライヨ」
「パォーーーン!」
弘樹たちは、いまだに助っ人ヒーローとの息詰まる死闘のようなものを期待している猪マックス・新太郎を、まるで珍しい生き物でも見つけたかのような視線で見ていた。
「第一、お前のところの助っ人怪人も駄目駄目じゃないか」
「えっ?」
弘樹にそう言われたので猪マックス・新太郎がマタマビ・郁夫を見ると、彼もノートパソコンを取り出して原稿を執筆していた。
まさしく『いつの間に!』と思わざるを得ない早業であった。
「さすがですね、デミグラスラーメン先生は。業界でも『執筆スピードが、ウサインボルトかデミグラスラーメン先生か?』と言われるだけはある」
「私の場合、糠みそ先生と違って作品を量産しないと作家を続けられないので」
「コンスタントに書けるのも才能ですよ」
「糠みそ先生みたいに大ヒットさせたいですね」
二人は仲良く話をしながら原稿を書き続けていた。
どうやら、今日はもう戦いを再開できない可能性の方が高くなってきたようだ。
「トマレッド、今日はもうやめるか?」
「そうだな」
二人が戦いに復帰できる目途がたたず、さらに共にやる気をなくしてしまったというのもある。
ニホン鹿ダッシュ・走太と弘樹は、いまだ執筆を続ける二人を放置して、全員に解散を告げるのであった。
「今度のヒロイン、おっぱいの大きさどうしようかな?」
「デミグラスラーメン先生って、巨乳スキーですよね?」
「はい! 糠みそ先生は、貧乳教徒ですよね?」
「そこは譲れませんね。あっ、でも! おっぱいは等しく尊いんですよ」
「それは真理ですよねぇ」
ファーマーマンと宇宙自然保護同盟がいなくなった畑の片隅で執筆を続ける二人。
このように、ヒーローも怪人も兼業者が増え続けていたが、兼業というのは、それはそれでとても大変なのである。
なお、チタニウムマンこと糠みそ先生の異世界で最強になって、ハーレム作り放題戦記第七巻の原稿は、締め切りを二日伸ばしてもらってなんとか間に合ったことを伝えておく。
別に、どうでもいいことだけど。
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