第30話 から揚げ大戦
「ファーマーマンよ! 今日こそがお前らの最期となるのだ!」
「今日も返り討ちだぜ!」
今日も今日とて、戦隊ヒーローファーマーマンと悪の組織宇宙自然保護同盟との戦いは始まる。
いつ決着がつくかわからない、ヒーローと怪人との戦いはどうして行われるのか?
その理由を説明するのは難しいが、これだけは言える。
この世界において、ヒーローと怪人は戦うものとされているからだ。
「新生四天王の強さを見せてやろう! 前回のようにはいかないぞ」
「だといいな」
シングルマザー怪人レディーバタフライの加入により、宇宙自然保護同盟の戦力は大幅に強化されていた。
前回は不慣れな部分もあって敗北を喫したが、今回は事前に連携訓練も行っている。
五人に増えた四天王が、ファーマーマンに特訓の成果を見せるべく襲いかかった。
「猪、やっぱり四天王なのに五人いるから改名したらどうだ?」
「そんなこと別に珍しくないと、前に言ったではないか。第一、改名には色々と書類上の手続きとか、ニホン鹿やビューティー総統閣下の許可や判子も必要となる。面倒なのだ」
中間管理職としては、なるべくそういった煩雑な作業は避けたい。
いかに悪の組織といえど、組織運営の業からは逃げられず、できるならそれは避けたいというのが本音であった。
「それに、どうせ今日にも一人欠けるかもしれないからな」
猪マックス・新太郎がそう言うと、怪人側のみならず、全員の視線が一斉にニホン鹿ダッシュ・走太へと向かった。
これで二度目だ。
なぜなら、彼は四天王の中で一番戦闘力がないとみられていたからだ。
「なんだ? またも一斉に私を見て……私は死なんぞ! ええいっ! 今日は集団戦だ! 一斉に襲いかかれ!」
仲間からも最初に倒されてしまいそうだと思われているニホン鹿ダッシュ・走太であったが、四天王筆頭でもある彼は、全員で一斉にファーマーマンに襲いかかれと命令を出した。
「一斉に襲いかかれば、それで有利って話でもないけどな」
しょうがないなと思いながら、猪マックス・新太郎は弘樹たちに突進を始めた。
「ですよねぇ……戦術的とは言えない命令ですよ」
「それでも彼は四天王筆頭で、その命令なのよ。翼丸君、二人で空から攻めましょう」
「わかりました。三次元戦闘は飛行型怪人の十八番ですからね」
続けて、鴨フライ・翼丸とレディーバタフライも上空から弘樹たちを襲う。
「私はいつもどおりこの怪力で戦うよ。くーみん、見ていてね」
「クマクマ」
さらに、猪マックス・新太郎に続き、真美も弘樹たちに突進を開始。
「そしてスピードを生かし、この私がファーマーマンの後方から襲うという作戦だ」
最後に、ニホン鹿ダッシュ・走太もそのスピードを生かして弘樹たちの後方に回り込み、これにて四天王による『全包囲作戦』が完成した。
「どうだ? ファーマーマン。いまだメンバーが揃わず、わずか四人ではこの重厚な包囲網からは逃げられまい。今日こそが、お前らの最期の日となるのだ!」
「ふんっ、この程度の包囲」
「舐めてもらっては困るね」
「ウィラチョン! タヨリニシテマスヨ」
「ぱぉーーーん!」
対するファーマーマン側も、弘樹、健司、ジョーの他に、ジョーの愛象であるウィラチョンも参戦、この日の戦いはこれまでにない混戦になるのであった。
「引き分けかぁ……仕方あるまい」
「新生四天王の実力を見せられたのだ。贅沢言うな、ニホン鹿」
「別に文句は言っていないだろうが! これから猪は!」
「まあまあ、二人とも。やはり三次元の動きができる怪人が二人になったのはいいことですよ。連携訓練の成果も出つつありますし。今回は混戦だったので、レディーバタフライさんの毒粉攻撃が使えませんでしたけど。そこは要反省ですかね」
「ヒーロー側が複数で、私が一人ならこれ以上ない有効な戦術なのだけど」
「じゃあ、今度そういう対決を組んでもらわないとですね」
「クマクマ」
「思ったよりも連携がよくなっていたな」
「それでも次は勝てますよ。僕たちも連携訓練はしていますしね。それにしても、ウィラチョンは強いですね」
「ウィラチョン、ゾウノヒーローヨ」
「パォーーーン!」
戦いも終わり、それぞれが今日の戦闘について反省会をしていると、そこに久しぶりに姿を見せた人物がいた。
弘樹の幼馴染にして、彼の将来のお嫁さんを目指している彩実であった。
「ヒロ君、今日はもう終わったの?」
「ああ、向こうも全力だったから引き分けだったな」
「この前は、ヒロ君一人で勝てたのに?」
それは、一人であるトマレッド弘樹に対し、レディーバタフライが毒粉攻撃を使ってしまったからであった。
毒粉による幻覚ですべてが敵に見えた……実際に全員敵だったが……弘樹は毒粉でリミッターが外れた状態となり、容赦なく怪人たちを攻撃してしまったのだ。
今日はそういうことがないように戦っているので、逆に弘樹の戦闘力は落ちているというのが真相であった。
弘樹としても、あまり長時間全力で戦うとダメージがあるし、ファーマーマンの司令である瞳子から『全力を出すな!』と言われていた。
その最大の理由は、弘樹が下手に全力を出すと、宇宙自然保護同盟が壊滅してしまうからだ。
この北見村を活動拠点にする悪の組織など、宇宙自然保護同盟以外に存在しない。
総統である薫子と真美の転入は、若い人が流出しやすい北見村に希望をもたらし、その結果瞳子は村役場から『宇宙自然保護同盟を潰すなど言語道断! お互いに共生できる敵対関係を!』と無茶な命令を出されていたのだ。
瞳子の直接の上司である農林水産省からも、『宇宙自然保護同盟がなくなると予算を出せなくなるかも』と言われ、瞳子は弘樹たちに『宇宙自然保護同盟を完全打倒しないように』と命令を出していたりした。
『つまりだ。上手く戦ってお互いに共存しましょうということだ』
『戦隊ヒーローの司令が言っていいセリフじゃないな』
『実際問題、宇宙自然保護同盟がなくなると、僕たちも失業かもしれませんし』
『ソレコマリマス』
そんな経緯があり、双方は『お互いに共存できる敵対関係』を守りつつ、盛り上がる戦いを目指していたわけだ。
「大変なんだね」
「それで、なにか用事か? 彩実」
「実はね。近所の大山さんが鶏を締めてね。お肉をおすそ分けしてくれたの。それで、ヒロ君はなにを食べたいかなって」
近所に鶏を飼っていて、それを自分で締める家がある。
北見村では、そう珍しくない光景ではあった。
「そうだなぁ……から揚げなんていいんじゃないか」
「今日は珍しくいいアイデアだね」
「珍しくは余計だっての」
「だって、いつもヒロ君は『なんでもいい』か『じゃあカレーで』じゃない」
「から揚げ、美味しそう」
「真美ちゃんも一緒に夕食をとればいいよ。瀬戸内さんにも伝えておいてね」
「ありがとう、彩実ちゃん。本部アジトに戻ったら、薫子ちゃんにも伝えておくね」
薫子と真美は、姫野家の隣にある空き家を借りて生活しており、時おり姫野家で夕食をとることもあった。
逆に彩実たちも、薫子から招待を受けて食事やスイーツなどをご馳走になることもあった。
北見村は田舎なので、このようなご近所つき合いも大切というわけだ。
決して、ヒーロー側と怪人側が慣れ合っているわけではない。
「から揚げいいな」
「そうだね。カラっと揚がったから揚げにレモン汁をかけてから……」
「いや、から揚げにレモン汁をかけるのは駄目だろう」
今日の夕食はから揚げということで意見が一致した弘樹と彩実であったが、から揚げにレモン汁をかけるかどうかで意見の相違が発生してしまった。
「ヒロ君、から揚げは揚げ物だから、レモン汁でから揚げの脂っこさを抑えるためだよ」
「脂っこいからから揚げは美味しいんだろうが。それに、せっかく外側がパリっと揚がっているから揚げにレモン汁なんてかけたら、外側の衣のパリッと感が失われるじゃないか」
「そのくらいでから揚げの外側のパリッと感は失なわれないよ」
「から揚げにレモン汁をかけると酸っぱくなるじゃん。から揚げは酢の物じゃないんだから、レモン汁はかける必要ないって。そうだ! この前、大皿で出たから揚げに彩実が勝手にレモン汁をかけたよな。あれは駄目だろう」
この世の中には、から揚げにレモン汁がかかっているのを苦手とする弘樹のような人たちもいる。
そういう層に対しての配慮が足りないのではないかと、弘樹は彩実に苦言を呈した。
「私は、その方が美味しいと思って」
「俺は、から揚げにレモン汁をかけられるのは苦手なんだって。自分の分だけ小皿で取ってからレモン汁をかければいいだろうが」
「そんな言い方酷いよ! ヒロ君!」
から揚げにレモン汁をかけるかどうか、それを巡って普段は仲がいい弘樹と彩実の関係に皹が入ろうとしていた。
逆に言うと、から揚げとはそれだけ多くの日本人に愛されている食べ物とも言えた。
「弘樹君、いつも彩実ちゃんに食事を作ってもらっているのにそんな言い方ないよ! 私は、から揚げにレモン汁は必須だと思うな」
「真美ちゃん」
ここで、友達である彩実を救うべく、真美が彼女の側に立って緊急参戦した。
真美も、から揚げにはレモン汁派であった。
「から揚げをそのまま食べ続けるとクドイもの! から揚げにレモン汁は必須だよ!」
熊の怪人である真美は、下手な男性よりもよく食べる。
そんな彼女からすれば、から揚げを美味しく食べ続けるためにレモン汁は必須であった。
いわゆる味変的な理由なので、必ずしも彩実とまったく同意見というわけではなかったが。
「クマクマ!」
「えっ? くーみん、また?」
ところが、くーみんはから揚げにレモン汁はいらない派であった。
前回のアジフライ同様、真美の意見に意を唱え、弘樹の側に参戦する。
「お前ら、食べ物の話になるとよく割れるな……トマレッドと彩実ちゃんもだけど……」
実は、根源のところで相性が悪いんじゃないのかと、猪マックス・新太郎は弘樹たちに言ったあと、自分はから揚げにレモン汁はかけない派だと宣言した。
「猪さんこそ! 奥さんはどうなの?」
「うちのカミさんは……レモン汁はかけるな」
「ほら」
そういえば、新婚時代にそれで大喧嘩になったのを猪マックス・新太郎は思い出した。
それを口に出すほど、彼は迂闊ではなかったが。
「とにかく! 俺様はから揚げにレモン汁はかけない派だな」
猪マックス・新太郎は、弘樹たちの側に立った。
「またですか……僕はレモン汁はかけますから」
「なんだと!」
「と言われましても、僕の個人的な嗜好の問題なので」
「そうだな。私もレモン汁はかけるな」
鴨フライ・翼丸とニホン鹿ダッシュ・走太もから揚げにレモン汁をかける派に立ち、これで四対三と、から揚げにはレモン汁をかける派が有利になった。
「健司! お前はどうなんだ?」
「僕もレモン汁はかけるかな」
それほど体が強くない健司は、脂っこい食べ物だと食が進まない。
そのため、から揚げにはレモン汁は必須であった。
「私もそうね。康ちゃんは嫌がるから、お皿は別にするけど」
レディーバタフライも、から揚げにはレモン汁をかける派であった。
彼女の息子である康太はまだ小さく、酸っぱいものが苦手なので、から揚げの時には皿を別にする配慮はしていたが。
「から揚げにレモン汁をかける派ではあるが、さすがはお母さん、ちゃんと配慮している。誰かさんとは大違いだな」
「……ううっ……」
弘樹がレディーバタフライの優しさを褒めたので、彩実の機嫌は急降下してしまった。
「次からそうすれば大丈夫よ。私だって夫が生きていた頃に、それで喧嘩したことがあるもの」
「そうなんですか」
レディーバタフライのアドバイスを聞き、彩実の機嫌は再び元に戻った。
結局、健司とレディーバタフライもから揚げにはレモン汁をかける派側に立ち、から揚げにレモン汁をかけない派が圧倒的に不利になってしまった。
「これがマズイぞ! ジョーはどうなんだ?」
「ワタシデスカ?」
「から揚げ、食べたことあるよな?」
「トウゼンデス。ワタシ、ニホンニナンドカリョコウニキテ、カラアゲモタベマシタ。レモンジルイラナイデス」
「おおっ! 味方が増えたぞ!」
ジョーがから揚げにレモン汁をかけない派に参戦し、弘樹は安堵の表情を浮かべた。
これで、どうにかから揚げにレモン汁をかける派と戦えると。
「パォーーーン!」
「ウィラチョンモ、カラアゲニハレモンジルカケマセン」
「えっ、ウィラチョンってから揚げ食べていいのか?」
象に人間の食べ物ってよくないんじゃぁ……弘樹は、ウィラチョンの健康を案じてしまった。
「ウィラチョンハ、ヒーロートクセイノアルゾウデス。ショウカキモツヨイノデ、ニンゲンノタベモノダイジョウブデス。アト、ウィラチョンハグルメデスカラ」
「ぱぉーーーん!」
「ならいいんだ。心強い味方だぜ」
ジョーとウィラチョンは、から揚げにレモン汁はかけない派に加わった。
これで六対五。
双方の勢力比はほぼ拮抗し、これにより双方の戦いは避け得ないものとなった。
「第二弾だ! こんちくしょう!」
「受けて立つよ! ヒロ君!」
弘樹の宣言により、またもヒーローと怪人の枠を飛び越えて、双方譲れないものがある者たち同士の戦いが始まる。
「から揚げは、レモン汁をかけた方がサッパリ食べられるから!」
「そうだ! 私はから揚げを一杯食べたいんだ!」
「最初の一個はいいけど、脂っこくてクドくなるからね。僕は胃腸もそんなに強くないから」
「から揚げにレモン汁、これこそ至高の組み合わせですよ。それがわからない猪は……」
「僕もこの件に関しては、ニホン鹿さんと同意見ですね」
「レモン汁なしだと、味が単調になるものね。康ちゃんも大きくなればわかってくれるはず」
「「「「「から揚げには、レモン汁をかけるものジャァーーー!」」」」」
「せっかくパリッとした衣にレモン汁をかけたら、衣がへなっとなるだろうが!」
「クマクマ(別にレモン汁なんてかけなくても一杯食べられる)!」
「脂っこいって、から揚げとはそれを含めての美味しさだろうが! うちのカミさんみたいなことを言うな!」
「レモンジルノスッパサガ、カアラゲノイイトコロヲコロシテシマイマス! レモンジル、イリマセン!」
「パォーーーン!」
「ウィラチョンモ、オナジイケンデス」
「「「「「から揚げにレモン汁なんていらないジャァーーー(クマクマ)(ぱぉーーーん)!」」」」」
元々は味方同士であった者たちであったが、から揚げにレモン汁をかけるかどうかという、真の解答を出すのが難しい問題により、仲違いをして戦うことになってしまった。
なんという業の深さであろうか。
そこに、人間も、ヒーローも、怪人も関係ないというわけだ。
弘樹、くーみん、猪マックス・新太郎、ジョー、ウィラチョンは、から揚げにレモン汁をかけない戦隊『から揚げにレモン汁なんていらないジャー』に。
彩実、真美、鴨フライ・翼丸、ニホン鹿ダッシュ・走太、健司、レディーバタフライは、から揚げにレモン汁をかける戦隊『から揚げには、レモン汁をかけるものジャー』にと。
双方は激しく火花を散らすことになる。
「大体、から揚げってそんなに脂っこいか?」
「ソウデスヨ、キット、フルイアブラヲツカッテイルカラデス」
ちゃんといい油を使い、その油をずっと使わなければ、から揚げが脂っこいなんてあり得ないと、弘樹とジョーは主張した。
「そうだよな。第一、から揚げが脂っこかったら、天ぷらとかフライはどうなるんだ? 天ぷらにレモン汁なんてかけないだろう」
猪マックス・新太郎も、から揚げにレモン汁など必要ないと強く主張する。
「そんなことはないと思うな。トンカツだって、レモンの輪切りがつくことが多いもの」
「そうだよね。レモン汁を少しかけたくらいで衣のパリッと感がなくなるなんてあり得ないもの!」
彩実と真美は、トンカツにだってレモン汁をかけるのだから、から揚げにレモン汁をかけてもおかしくはないし、それで美味しくなくなるなんてあり得ないと言い返した。
「クマクマ!」
「ううっ……くーみんは『トンカツにカラシはありだけど、自分はレモンの輪切りなんて使わない。あれは邪道だって。レモンの酸味がトンカツの美味しさを壊すから。そんなに味変したかったら、小鉢でも頼めばいい』って」
「パォーーーン!」
「ウィラチョンモ、トンカツニレモンジルモアワナイッテ。カラアゲニシテモ、イマフウノカレーフウミノカラアゲナラ、『レモンジルハヨケイニアワナイデショウ』トイッテマス」
真美はくーみんの、ジョーはウィラチョンの意見を通訳した。
「大体だ。そんなに脂っこいのが嫌なら、から揚げじゃなくて、蒸し鶏か、今流行の塩コウジ焼きでも食べればよかろう」
「猪さん、それとこれとは話が別ですよ。僕たちはから揚げを食べたいのですから」
「鴨の言うとおりだ。から揚げだって、最近は甘辛いヤンニョムチキンにしたり、甘酢あんをかけたり、下ろしポン酢を乗せて食べたりと、色々とアレンジがあるじゃないか。どうしてレモン汁ばかり目の仇にされるのか理解できないな」
「ううっ! それは……」
鴨フライ・翼丸からの反発と、ニホン鹿ダッシュ・走太からの理論整然とした反論に、珍しく猪マックス・新太郎はたじろいでしまう。
「ふと思ったのだけど。レモン汁の酸っぱさが嫌って、まるでうちの康ちゃんみたいね」
ここで、レディーバタフライが爆弾発言をした。
から揚げにレモン汁を容認できない人たちは、酸っぱいものが嫌という、子供のような味覚の持ち主ではないのかと。
「から揚げの味と合わさってそこまで酸っぱくないのだから、なにもそこまでレモン汁を嫌わなくても……。単に酸っぱいものが嫌なだけじゃない。子供よね」
「レディー、それはあんまりな言い方だろう! いくらつき合いが長いとはいえ」
「そうは言うけれど、『酸っぱいの嫌い』って言ううちの康ちゃんとなにが違うのよ?」
「いくつになっても、人の味の好みなんてそれぞれだろうに。それに俺は、酸っぱいものが嫌いじゃないぞ。から揚げにレモン汁は合わないと言っているだけだ」
「そうだ! 何味でも、美味しくなければ意味がないじゃないか」
「トムヤムクンスッパイケド、オイシイヨ。ソレヘンケン」
「タイの人なら、レモングラスを使うじゃないの。どうしてから揚げにレモン汁は駄目なの?」
「レモングラストレモン! ゼンゼンチガイマスヨ!」
「同じような味でしょう?」
「リョウホウ、チャントタベタコトガナイデショウ? ソレモヘンケンデス!」
から揚げに、レモン汁をかけるかかけないか?
双方譲れない意見が続き、いつの間にか空が暗くなってきた。
最初の対決よりも時間をかけているような気がしなくもないが、それを気にしている者は一人もいない。
なぜなら、対決なんていつでもできるが、から揚げにレモン汁をかけるかかけないかは、今ここで決着をつけなければいけないような気がしていたからだ。
そう、人間にも、ヒーローにも、怪人にも。
他人に譲れないものがあるのだから。
「あなたたちは、いつまで戦っているのです? そろそろ終業の時間ですわよ」
「弘樹、うちは金がないんだ。長時間の、それも夜間の戦闘は避けてくれ」
とそこに、配下の怪人たちがなかなかアジトに戻ってこないことを心配した薫子が、弘樹たちの前に姿を見せた。
同時に、これ以上の人件費の無駄遣いはまかりならんと、瞳子も一緒に姿を見せた。
「なにをして……またしょうもないことで揉めて二つに割れたのですか?」
薫子は、以前アジフライにはショウユかソースかで揉めたの時と同じように、なにか食べ物のことで揉めているのかと尋ねた。
「薫子ちゃん、さすが」
「真美、正規の戦闘ではない、そういう争いではお給料は発生しないと、何度も言ったではないですか」
宇宙自然保護同盟は、悪の組織の中では福利厚生がとてもいい。
だが、無駄な残業に金を出すほど甘くはないと、総統である薫子は言い切った。
「弘樹、正規の戦闘以外では時給は発生しないからな」
「うーーーん。この厳しさ。宇宙自然保護同盟の方に入りたくなるぜ」
たまに、宇宙自然保護同盟の好待遇ぶりが羨ましくなる弘樹であった。
できれば転職したいなと、思わずにいられないのだ。
「ヒロキ、ヒーローハアクノソシキニハイレマセンヨ」
「冗談だよ」
「冗談に聞こえないなぁ……」
実は、ジョーと健司もそう思ったことが何度かあったのだが。
「それで、今日はなんだ?」
「あのですね。から揚げにレモン汁をかけるかどうかです。ちなみに僕は、レモン汁はかける派です」
健司は、自分の意見と合わせて、今の状況を瞳子に説明した。
「レモン汁か? かけないが」
そんな面倒なことはゴメンだと、瞳子は言った。
「から揚げの脂っこさなど、酒で流せば問題ない」
「(発想がおっさん……)」
レモン汁などかけなくても、から揚げは酒と楽しめば問題ない。
間違ってはいないのかもしれないが、それは結婚前の若い女性としてどうなんだろうと弘樹は思ってしまった。
「またですか?」
「だって、薫子ちゃん! これはとても大切な話だよ」
から揚げにレモン汁をかけるかどうか、真美の問いに薫子は前回と同じではないかと尋ねた。
「真美、なにを言うかと思えば……いいですか? 私が食べるから揚げは、特選された地鶏を私の専属料理人である千堂が丁寧に作りますので」
同じから揚げでも、薫子が食べるから揚げは普通のものとは違うような気がしてくる人樹たちであった。
「そして、から揚げにはやはり千堂手作りのタルタルソースですわ」
「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」
から揚げにはタルタルソース。
薫子の発言を聞いた弘樹たち全員が目を丸くさせた。
同時にこの場に来たばかりの瞳子ですら、『信じられない!』といった表情を浮かべている。
「瀬戸内、お前は『タルタルソースラー』なのか?」
「弘樹さん、なんです? そのタルタルソースラーとは」
「『マヨラー』みたいものかな。なんにでもタルタルソースだから」
「なんにでもではありませんわよ! たまたま前回のアジフライと被っただけですわ!」
人を味音痴みたいに言うなと、薫子は弘樹に対し強く抗議した。
「でも瀬戸内さん、タルタルソースだと、から揚げの味がわからなくなってしまうよ」
「姫野さん、千堂はから揚げとアジフライに使うタルタルソースの材料配分をちゃんと変えていますので、そんなことはありませんわ」
「セレブだねぇ……」
使用する料理によって手作りタルタルソースの配合を変える。
そのセレブぶりに、健司は感心してしまった。
「第一、あなたがたもから揚げにマヨネーズとかかけることがあるでしょうが!」
それと同じことだと、薫子は言い放った。
「タルタルソースにも酸味はありますので、別にレモン汁なんて必要ありませんわ」
「カオルコ、カラアゲニタルタルソースハヘンデスヨ。エビフライナラトモカク」
「別におかしくありませんわよ」
「おかしいですよ。から揚げにタルタルソースって、二重にクドイじゃないですか。やはりレモン汁が……」
「総統閣下、から揚げにタルタルソースは、ダイエットの観点からしても……」
「私、ちゃんと毎日決められた栄養バランスとカロリーを守っていますわよ」
部下である鴨フライ・翼丸とレディーバタフライからもから揚げにタルタルソースを否定されてしまうが、薫子は一人でもから揚げにタルタルソースを譲らなかった。
「それではご飯のおかずになってしまうな。酒のツマミとしては、やはりなにもつけない方が……」
「瞳子さんは、いい加減お酒を制限した方がいいですよ」
「彩実、私は酒しか楽しみがないんだ」
「そんな寂しい人生、嫌ぁーーー!」
誰もが自分の信念を譲らず、さらにどんどん話が脱線して収集がつかなくなってくる。
このまま夜まで言い争いが続くと思われたその時、弘樹たちの下に助っ人が現れた。
「なんだ? また弘樹たちか」
「駐在さん、こんにちは」
「もう少しで、こんばんはだろうが。この村は夜は暗くなるんだ。そろそろ家に帰りなさい」
「「「「「「「「「「「「わかりました」」」」」」」」」」」」
駐在さんに早く家に帰るようにと言われた弘樹たちは、それぞれ帰宅するのであった。
なお、この争いに参加した全員の夕食がから揚げだったのは、決して偶然ではないと思う。
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