第17話 トマレッドソード

「どうだい? ダイホワイト。いくら君が高く飛べようとも、空を住処とする僕と鴨たちには届かないはずだ」


「……」





 今日も放課後に、ファーマーマンと宇宙自然保護同盟による戦いが行われていた。

 ヒーロー側は、トマレッド弘樹とダイホワイト健司。

 悪の組織側は、猪マックス・新太郎と鴨フライ・翼丸による三次元コンビ(本日、適当に命名)。


 弘樹は猪マックス・新太郎と対峙し、健司は上空にいる鴨フライ・翼丸とその配下である鴨戦闘員たちからの攻撃に対処しかねる状況であった。

 病弱だが戦闘力は高い健司は跳躍力も高かったが、さすがに空を飛べる鴨フライ・翼丸には届かなかったからだ。


 それを察した鴨フライ・翼丸は、健司を挑発し続けた。


「(ダイホワイトについてのデータは熊野さんから聞いたけど、頭が切れるみたいだから下手なことはしないで、このまま猪マックスさんとトマレッドとの一対一の状況を維持した方がいいかな)」


 それに、鴨フライ・翼丸は知っていた。

 初対戦以降、連敗続きの猪マックス・新太郎が今度こそはトマレッドに勝利するのだと、時間が空けば厳しい特訓をしていたことを。

 その真摯な姿勢を見ても、金勘定と書類仕事ばかりなのに威張り腐っている上司ニホン鹿ダッシュ・走太よりも尊敬できるというわけだ。


 鴨フライ・翼丸は、その特訓の成果が出てトマレッドを倒す猪マックス・新太郎の姿に期待し、それを邪魔しそうなダイホワイトをわざと自分の方に引き寄せたのだから。


「(猪マックスさん、勝てればいいけど……)」


 などと考え事をしていたら、攻めあぐねていた健司がなにかを取り出した。

 よく見ると、それは白く塗装されたブーメランであった。


「武器か!」


 まさかの遠距離用武器の登場に、鴨フライ・翼丸は焦った。

 宇宙自然保護同盟も徐々にファーマーマン関連の情報収集で成果を出しつつあり、こう言うと失礼だが、貧乏戦隊ヒーローで人員もなかなか増やせず、ましてや武器など用意できるはずがないという分析結果を聞いていたからだ。


「資金の都合で、君たちに武器はないはず」


「ああ、これは自前で用意したので」


 健司の実家である白木家は、北見村一番の名士で大金持ちである。

 能力は高いが、病弱で他のヒーロー組織なら参加を断られてしまうような健司を受け入れたファーマーマンに対し、装備や寄付金などで協力していた。


 ダイホワイトのスーツとメット。

 さらに、白いブーメランも白木家がスポンサーというわけだ。

 スーツの件は知っていたが、まさか武器まで自前で用意していたとは。

 宇宙自然保護同盟は、まだその情報を掴んでいなかったのだ。


「しかも、かなり品質がいいブーメランじゃないか! ファーマーマンに相応しくないと思わないかい?」


「いいえ、ヒーローに武器は必須でしょう。どんな方法でも、手に入れた方が勝ちなのです。では早速……ダイホワイトブーメラン!」


 健司が白いブーメランを投げると、それは一旦鴨フライ・翼丸の後方へと飛んで行き、彼の後ろでUターンしてからその背中を直撃した。


「そんなぁ……」


 激痛と共に、鴨フライ・翼丸は地面へと落下していく。


「鴨!」


「隙あり!」


 一対一でトマレッドと戦えるよう、ダイホワイトを誘引してもらっていた鴨フライ・翼丸が墜落する様を見て隙ができたしまった猪マックス・新太郎も、弘樹からの一撃を食らって気絶してしまい、今日の対決も宇宙自然保護同盟の敗北で幕を閉じたのであった。





「しかし、健司は専用の武器まで持っていたんだな」


「父さんとお祖父さんに作ってもらったんだ。特注で」


「羨ましいなぁ」


 戦いが終わって司令本部に戻った二人であったが、話題の中心は今日健司が使用した専用のブーメランであった。

 弘樹は健司からブーメランを見せてもらうが、とても出来がよく高価なのは一目瞭然であった。

 専用の武器などない弘樹は、健司が羨ましくなってしまう。


「いいなぁ。ほしいなぁ、武器。俺、ヒーローだものなぁ」


 さり気なく、彩実が淹れたお茶を啜る瞳子に話を振ってみるも、彼女からの返答はいつもどおりであった。


「うちにそんな予算はない」


「でもさ、同じ戦隊ヒーローで、リーダーの赤が武器ナシで、白が専用武器アリっておかしくないですか?」


「そうかな? 他人は他人。自分は自分だ」


「そんな、友達が持っている高価な玩具を買ってほしいと子供から頼まれた時の、母親みたいな言い訳……」


 瞳子のあんまりな返答に対し、弘樹は少し機嫌が悪くなった。


「どうせ弘樹は未成年で、武器で刀剣や銃は使えないんだ。赤がブーメランとか、鈍器を使うとおかしいだろう? 十八になるまで待つんだな」


 予算不足の他にも、十八歳以下には銃刀法に触れる武器の使用許可が出ないのだと、瞳子は弘樹に言い聞かせるように言った。

 ところが、これに弘樹は強く反発する。


「瞳子さん、俺が無知だと思って嘘をついたな」


「そんなことはない」


「いーーーや、嘘だね。日本ヒーロー協会のHPに書いてあったぞ。『未成年ヒーローへの刀剣や銃器の使用特別許可について』って項目が」


 と、ドヤ顔で言う弘樹であったが、実は健司からそのことを教えてもらった事実は隠していた。


「つまり、俺は武器を扱えるわけだ」


「予算ならないぞ」


「バイト代と、ファーマーマンならではの特典だな。害獣駆除報奨金が貯まっているから、これで買いますよ。はははっ、これなら瞳子さんも止めようがないな」


 弘樹はこれまで、かなりの数の猪やニホン鹿を倒し、村役場から害獣駆除報奨金を得ていた。

 彼らはすべて、宇宙自然保護同盟が集めた戦闘員たちの成れの果てである。

 この北見村を自然に戻すため、宇宙自然保護同盟は野生動物を戦闘員にしているが、これまで犠牲ばかり出ている件に対しては、別の悪の組織のことだし、深い闇があるかもしれないので弘樹は気にしないことにした。


 弘樹はこれを使って、自分の武器を購入しようと思い立ったのだ。


「ヒーロー飽和時代だからな。きっといい中古武器があるはず」


 弘樹は、司令本部にあるパソコンを使ってネットオークションサイトを見始めた。

 最近、廃業したり、新しい武器を手に入れたため古い武器がいらなくなり、ここに出品するヒーローや怪人が増えていると聞き、試しに検索してみたのだ。


「沢山あるじゃないか。しかも安いぞ」


 赤いヒーローが使えそうな刀剣の類も多く、弘樹はこれならいい武器が手に入りそうだと喜びを露にした。


「これなんて安いな、三万円か……」


「安いのはやめておけ」


 ここで一言。

 瞳子が弘樹に対し、安い武器は買うなと忠告した。


「安いと駄目なんですか?」


「当たり前だ。偽物だってあるんだからな。ヒーローや怪人が使う装備は特別なので高いんだ」


 人間を遥かに凌駕する能力を持ったヒーローや怪人が、かなり乱雑に扱っても壊れないのは、装備や武器が特別仕様だからであり、安いのには理由があるのだと、瞳子は弘樹に説明した。


「よくある安い武器の多くはとても古い。デザインも時代遅れなので、せっかく購入しても気に入らず、結局使われないケースが多いと聞く」


「せっかく服を買っても、気に入らないと捨てるまでタンスの肥やしになるのと同じですね」


「まあ、そんな感じだ。そういう武器や装備を、またオークションに流して次の犠牲者を探す奴もいるな」


 それと同じようなようなものだと、瞳子は彩実の発言を肯定した。

 さらに再出品し、また他人に、ダサイ、流行遅れの武器や装備をトランプのババみたいに引かせるケースも多く、だから出品数が多いのだとも説明する。


 そんな不良在庫が多数あるのが、ネットオークションのHPなのだと瞳子は言い放った。


「あとは、一見新しいデザインの武器でも、状態が悪くて戦闘中に壊れるものもあるな」


 いくら特別製の武器や装備でも、当然手入れで手を抜けば簡単に品質が劣化したり壊れてしまう。

 組織の規模が大きく、ちゃんとしているヒーローや悪の組織では、当然武器や装備のメンテナンスに手を抜くことはなかった。

 戦闘中に壊れて、ヒーローや怪人が怪我をするのを防ぐためだ。

 もし強度や性能が落ちてしまって使うのが危険な状態になったとしても、間違えて使用されて怪我人が出ないよう、ちゃんと事業ゴミに出して処分も行う。

 ところが小さな組織だと、経費削減のためにいつ壊れるかわからない武器や装備を使い続けたり、最悪なところは繋ぎの資金を得るため、状態が悪い武器や装備などを知りつつ、ネットオークションに出品してしまうところもあった。

 

「そういう品質が怪しい武器や装備は当然安い。だが、一回の戦闘で壊れたら大損だろう?」


「確かに……」


 いくら安くても、一度で壊れてしまうのはなと、弘樹は思ってしまった。


「まだある」


「まだあるの?」


「これが一番性質が悪い。偽物だ。つまり、普通の武器や装備に色とか塗って出品するわけだ」


 安く人間用の武器や装備を仕入れ、それに色を塗ったり、飾りをつけてそれらしく見せて売りつけるのだと、瞳子は説明を続けた。


「元が普通の人間用なのですぐに壊れる。まさに『安物買いの銭失い』だ。酷い品は、観光地で模造刀とか売っているだろう? あれに細工して売っているんだ。そういえば、あの手の模造刀などを弘樹のような年代の男子たちはかなりの確率で購入するな」


「そうですよね。あんなもの買って、そのあとどうするんだって話ですけど」


 彩実も、小学校、中学校の修学旅行の時、男子が竹刀、模造刀、刃が潰れた飾りの手裏剣などを購入しているのを目撃している。

 そして他の女子たちと、『あんな物買って、どうせすぐに飽きて見もしなくなるのに』と話していたのを思い出していた。


「僕、そういう経験ないけど」


「健司は、修学旅行に参加したことないじゃないか」


「そういえばそうだったね」


 健司は定期的に体調が悪くなるうえに、修学旅行などの大切な行事の時に限ってよく休む運の悪い男であったからだ。

 ただ実家が金持ちのため、毎年海外旅行に行っているから、弘樹たちも健司にあまり同情はしていなかったが。


「つまり、ネットオークションなどで武器を購入するなというわけだ。そして、これが現実だ」


 瞳子は、ネット通販をしているヒーロー・怪人専用装備と武器ショップのHPを開いた。

 時代のニーズに備えてネット通販はしてるが、ここはまともなショップだと瞳子は断言した。


「この剣が、二百五十万円だ。新品でA級品だとこれでも安い方だな」


「マジで?」


「マジでだ。S級品になると、桁が二つ上がる品もあるからな」


「中古……」


「ちゃんと手入れされていて、状態がよく耐用限界年数を超えていないものはそんなに値段が下がらない。安いということは、それなりの理由があるというわけだ」


 瞳子からのぐうの音も出ない反論に対し、弘樹の頭脳では対抗する術がなかった。


「あーーーあ、駄目かぁ」


 弘樹ががっかりしながら、適当に出品された安価な武器や装備を確認していると、ある刀剣に目が留まった。

 ヒーロー・怪人のどちらでも使える日本刀、その写真から感じる寒気に、弘樹はその刀を無視できなくなってしまった。


「瞳子さん、これは?」


「おかしいな? こんな超一流の工房で作られたヒーロー・怪人用の刀が、こんなに安いわけが……しかも、新品同様だな」


 瞳子は食い入るようにその日本刀の写真を確認し始めるが、どうも偽物や古い品には見えなかった。

 つまり、本物の可能性が高いというわけだ。


「いいねえ。こういう刀って」


「ヒロ君、色は赤くないよ」


「いい品だから問題ないさ。あとで自分で赤く塗ればいいだろう」


「そんな簡単に塗装とかできるの?」


「できるさ。それよりも、五万円は得したな」


「おかしいぞ。その工房のS級の刀は、最低でも二千万円はするはず」


 その安値はおかしい。

 きっとなにかあるはずだと、瞳子は弘樹に注意を促した。

 そうしないと、弘樹が安易に購入してしまうからだ。


「安いからいいじゃん。入札入札っと」


 瞳子の忠告を無視し、弘樹はネットオークションでお買い得の刀を五万円(税込み、送料無料)で購入することに成功するのであった。




「やっと届いたな」


「北見村で翌日配送は無理だものね」


「田舎あるあるだな」


「弘樹君、早速刀を見てみようよ」




 三日後、司令本部に弘樹がネットオークションで落札した刀が届いた。

 早速箱を開けて見てみると、そこには黒を基調とした渋い色合いの日本刀が入っており、弘樹はひと目で気に入ったが……瞳子、彩実、健司の三人は、急ぎその刀から距離を置いた。


 なぜなら、刀の入った箱を開けた瞬間、中から黒いモヤのようなものが噴き出したからだ。

 その黒いモヤの発生源は刀であり、三人は『呪われた刀だ!』と心の中で一斉に叫んだ。


「ヒロ君、その刀を使うの?」


「使うよ。いい刀だよな」


「いい刀ではあるよ……」


 刀には素人である彩実が見ても、その刀は素晴らしい作りであった。

 本来高価な品というもの理解できる。

 しかしながら、その品は全員が目視可能な黒い嫌な感じのモヤが吹き出し続けている、あきらかに呪われた刀であり、さすがの彩実もこの刀を使うと断言した弘樹が理解できなかった。


「あのさぁ……神社でお祓いしてもらってからの方がいいような……」


「そうだね、彩実さんの言うとおりだよ」


 やはりこの刀の怪しさに気がついた……気がつかない人はいないと思うが……健司も、彩実の意見に全面的に賛成した。

 呪われた刀だが、もし村の神社でお祓いできれば、お得な買い物だったと思えるだろうからだ。


「そんなお手軽な手で祓えたら、推定二千万円の刀が五万円になると思うか?」


「「そう言われると確かに……」」


 つまり、あの刀には相当厄介なものが憑いているのだと、瞳子からの指摘で彩実と健司も気がついた。


「この刀、やっぱり赤く塗らないとな。俺はトマレッドだからな。さあ、今から赤く塗ってやるぞ」


 そう言うと、弘樹は事前に用意していた赤いスプレーで、刀身以外の部分を赤く塗り始めた。

 その祟りを微塵も恐れない所業に対し、三人はただ驚くばかりであった。


「あれ? 色がつかないな。黒いモヤが増えてるし」


「「「(刀が怒ってる!)」」」


 三人は、怒った刀の祟りが弘樹に向かわないか心配で一杯だったが、肝心の本人はまったく気にしていなかった。

 平気で素手で刀を持っており、いくら増えた黒いモヤにその身が包まれても何事もなく、刀に赤いスプレーを吹き続けていた。


「色がつかないなぁ……黒いモヤが増えてばかりで」


「「「(これ以上、刀を怒らせるな!)」」」


 三人の心の声も空しく、弘樹はどうにか刀に赤い色を塗ろうと苦戦していた。

 あきらかに怒っているであろう、刀の呪いをものともせず。

 素手で刀を持ってもなんともなく、刀から出る大量の黒いモヤに包まれても何事もないことから、どうやら弘樹は呪いなどへの耐性が異常に強いようだと、三人はそう結論づけた。


「弘樹、そういう素材の刀なのだと思う。別の塗料を探してやるから、今日はもう諦めろ」


「素材のせいか。でも、この赤いスプレーは油性なんだけどなぁ……」


 油性の塗料を大量に拭きつけても、刀は黒いまま。

 いい加減呪いのせいだと気がつけよと、瞳子は弘樹に対し心の中でツッコミを入れた。


「まあいいか。じゃあ、次からはこれを戦いに使おうっと」


「(本当に、この刀を使うの? 宇宙自然保護同盟の怪人さんたちも可哀想に……)」


 元々素手の弘樹にもまったく敵わない宇宙自然保護同盟の怪人たちが、呪われた刀を持ったトマレッドに惨殺されるかもしれない未来を予想し、健司は彼らに対し心から同情した。


「でも弘樹君、まだ特別許可証が出てないよね?」


「そうだったな。瞳子さん、申請書はプリントアウトして必要事項は書いたし、あとは写真を貼って、判子を押して郵送するだけだから」


「やっておこう……」


 やらないわけにはいかないが、瞳子はどうにか特別許可が出るまで期間を伸ばせないかなと考え始めていた。

 あと、ヒーローとはいえ未成年者への武器の使用許可なのに、手続きが簡単すぎるだろうと。

 瞳子は自覚していなかったが、やはり彼女も国家公務員であり、手続きイコール煩雑と考えるのは職業病でもあったのだ。


「次の戦いが楽しみだな。トマレッドが格好良く専用の刀で戦うんだ」


「そうだね……ヒロ君……」


 彩実のみならず、弘樹以外の全員が、次の戦いの場が惨殺現場にならなければいいけどと、真剣に心配し始めるのであった。


「さて、もう家に帰るかな。じゃあ瞳子さん、これ預かってくれ」


 弘樹はそう言うと、刀を部屋の隅の使われていない床の間に置いた。


「弘樹、家に持って帰らないのか?」


 瞳子からすれば、この司令本部という名の古民家に住んでいる以上、そんな呪われた刀と一緒に居たくないというのが心からの本音であった。

 もし呪われたらどうするのだと思ったのだ。


「(これは……先日の復讐か?)」


 瞳子は、先日、薫子からの寄付金とファーマーマンの安定した継続のため、わざと弘樹を負けさせてしまった件に関する復讐かと、本気で疑ってしまったのだ。

 人間、後ろめたい事実があると、他人の行動にも疑いを持つようになるという証拠でもあった。


「特別許可証が出れば家に置くよ。でも、今は法令違反で置けないじゃん」


「そうだったな……なるべくすぐに申請は出しておくから!」


 瞳子は考えを変え、とにかく一秒でも早くこの刀の特別使用許可を出してもらい、不気味な刀を弘樹の家に押し付けようと決意したのであった。





「トマレット!」


「ダイホワイト!」


「二人揃って! 豊穣戦隊ファーマーマン!」





 刀が届いてから三日後、無事に特別使用許可も出たということで、その日の放課後、いつものように戦いが行われようとしていた。

 宇宙自然保護同盟の怪人たち……今日も面子は、猪マックス・新太郎と鴨フライ・翼丸の三次元コンビと、あとは鴨戦闘員たちと猪戦闘員たちであった。

 今日も特に変わった点もなく、戦闘員たちが畑を破壊しようとし、それを弘樹たちが阻止する構図となっている。


「どうした? トマレッド。妙に嬉しそうじゃないか」


 すでに何度も対決した関係であるがゆえ、猪マックス・新太郎は弘樹の機嫌がとてもいいことに気がついた。

 気安く彼に、嬉しそうな顔をしている理由を聞いている。


「わかるか? 猪」


「見ればな。嬉しさが隠し切れないと言った感じだな」


「そうかそうか。聞け! 今日はついに、トマレッド専用の武器が初お披露目なのだ」


「それはいいな」


 猪マックス・新太郎としても、戦っているヒーローが新装備を出してくるのには大賛成であった。

 ヒーロー側が盛り上がれば、当然悪の組織側も盛り上がる。

 このことをビューティー総統に伝えれば、宇宙自然保護同盟側も怪人専用の新しい装備などを用意する可能性が高い。

 双方が盛り上がれば、それだけどちらも知名度が大きく上がる可能性が高いというわけだ。


 つまり、ヒーローの新装備は双方にメリットがあると言えた。


「どんな装備なんだ?」


「刀だぜ。いかにも日本の戦隊ヒーローの赤っぽくていいだろう?」


「それはいいな。今は、我々日本のヒーローも悪の組織も外国からの目を気にしなければいけない。刀なんて、アメリカ人とかには『クールだぜ』って感じでウケるだろう」


「だよな」


 新装備の話で盛り上がる、弘樹と猪マックス・新太郎。

 そんな二人を尻目に、健司はこれから起こるかもしれない惨劇を考えると、少し胃が痛くなってきた。

 同時に、どうしてこんな日に限って体調が万全な、自分を恨みたい気分だ。


「どうかしたの? ダイホワイト」


「多分、そんなにいい結果にならないかなって……」


「まあ、君たちのところだからね」


 随分な言い方だが、鴨フライ・翼丸も宇宙自然保護同盟に来るまではいくつかの悪の組織に所属してヒーローと戦っている。

 ファーマーマンが色々とアレなのはとっくに理解しており、彼も内心では美味しい話なんてそうそうないよなと、半ば悟っていたのだ。


「じゃあ、新しい武器見せちゃう?」


「格好よくやれよ」


「猪も協力しろよ」


「任せとけって! 猪戦闘員たちよ! トマレッドに襲いかかれ!」


「「「「「ブヒィーーー!」」」」」


 弘樹と鴨フライ・翼丸の打ち合わせが終わり、真面目な戦闘シーンに戻った。 

 なかなか畑に手が出せない猪マックス・新太郎は、従えていた猪戦闘員たちによるトマレッドへの飽和攻撃を命令し、それに協力すべく、鴨フライ・翼丸も従えている鴨戦闘員たちに上空からの攻撃を命じた。


「こんなに沢山! 弘樹君!」


 刀のことは置いておいて、多数の敵に一斉に襲撃された弘樹を助けようと、健司が助っ人に向かおうとするも、それを鴨フライ・翼丸が阻止した。


「猪マックスさんに、猪戦闘員たちに、僕の配下の鴨戦闘員たち。さすがのトマレッドも、多勢に無勢だね。君も、僕が阻止すればもうチェックメイトさ」


「弘樹君!」


 健司は、大ピンチに陥ってしまった弘樹に対し悲鳴に近い声をあげてしまう。

 だが、弘樹には秘策があった。

 

「こんなこともあろうかと! 用意しておいてよかったぜ! いくぞ! トマレッドソード!」


 弘樹は、用意していたあの刀を取り出した。

 なお、戦闘開始からまったく見えていなかった刀をどこから取り出したのかとか、そういう細かいことを詮索してはいけないのも、ヒーロー・怪人あるあるなのであった。


「正義の刃の前にひれ伏すがいい!」


 弘樹はこの三日間、刀を取り出した時のセリフや、振り回した時のアクションを懸命に練習していた。

 せっかくの新しい武器なので、少しでも格好良く見せたい。

 弘樹も、年頃の男子というわけだ。


 ところが、宇宙自然保護同盟側の反応は、彼の予想を裏切るものであった。

 赤いヒーローが使うとは思えない、漆黒の暗闇のような色をした刀に、目視できるほどの刀自身から湧き出てくる黒いオーラ。

 誰が見ても呪われているとしか思えない刀に恐れを抱いて、戦闘員たちはおろか、歴戦の猪マックス・新太郎ですら無意識に足を止めてしまった。


「あれ? かかってこいよ! トマレッドソードだぞ!」


 先日からそうだが、弘樹は自分の刀のおかしさにまったく気がついていなかった。

 だから、どうして攻撃の手を止めるのかと、彼は猪マックス・新太郎たちに対し疑問を抱いてしまったのだ。


「おい、トマレッド」


「なんだよ? いいからかかってこいって! 新しい武器だぞ! 刀だし、格好いいじゃないかよ」


 なぜこういう事態になったのか、弘樹はまったく気がついていなかった。

 猪マックス・新太郎は、またかと思いながら彼への説教を始める。


「なあ、どうしてその刀は黒いのだ?」


 いきなり核心に切り込んでも、弘樹はバカなので理解できないであろう。

 猪マックス・新太郎は大人として、少しずつ弘樹に対しその刀のおかしさを説明することにした。


「お前は赤のヒーローだろう? 赤い刀をなら問題ないどころか、それがベストというか、それしかないのがヒーローだ。それなのに、なぜその刀は黒いのだ?」


「それがさ。俺もどうにか色を塗ろうとしたんだぜ」


 瞳子からは、特別な塗料が入手できるまで待てと言われていたが、弘樹は自分なりに色々な方法で刀を赤く塗ろうとはしてした。


「でも、どうやっても赤くならないんだよ。ほら」


 弘樹は油性塗料のスプレーを取り出して刀に吹きつけたが、刀は刀身以外黒いままであった。

 むしろ、彼が刀にスプレーを吹き付ける度に、怒った刀が反撃するかのように黒い霧を噴出させた。

 弘樹以外のみんな、その黒い霧に触れないようにそっと後ろに下がったが、空を飛んでいたので後退できず、黒い霧に触れてしまった鴨戦闘員たちが次々と地面に落下していく。

 鳥類程度なら触れただけで死んでしまう黒い霧に、健司たちは改めて恐怖した。

 同時に、唯一黒い霧に触れてもなんともない弘樹の、異常な耐久性というか、強さというか、図太さには驚くばかりだと。


「僕の鴨戦闘員たちがぁーーー! 弘樹君! おかしいと思わないの? 呪われているから! 間違いなく呪われているから! その刀!」


 この前の戦闘で失った分をようやく補充したばかりだというのに、また多くの部下たちを失った鴨フライ・翼丸は弘樹に強く抗議した。

 まさか、悪の組織に所属する戦闘員たちが呪いで殺されてしまうなんて、想像もできなかったし、ヒーローの攻撃方法としてあり得なかったからだ。

 曲がりなりにもヒーローが、呪われた刀なんて使うなと。


「えっ? これはRPGのマジックソードみたいなものだろう。光の波動みたいなものが出て、正義の勇者っぽくて今の流行にも乗ってそうじゃないか」


「そういう光系のものじゃないから! こんなに黒くて禍々しい霧がヒーロー側に似合うわけないでしょうが!」


 部下を殺されてしまった恨みもあり、今日は鴨フライ・翼丸が強く弘樹にツッコミを入れていた。

 こいつにはちゃんと言っておかなければ気が済まないというわけだ。


「そうかな? 黒って渋くていいと思うんだけどなぁ」


「赤とは言わないけど、ヒーローならもっと明るい色の光が常識だから!」


「そうなのか。となると、やはりどうにかして着色しないとな」


 鴨フライ・翼丸から強く抗議された弘樹はその場に座り込み、赤いスプレーで刀を着色する作業を再開した。

 当然、赤く塗られたくない刀は強く抵抗し、ますます黒い霧を噴出し始める。


 これに触れて死にたくない鴨戦闘員の生き残りと猪戦闘員たちは、一斉に逃げ出してしまった。


「もう今日は仕事にならないな」


「そうですね、猪マックスさん」


「弘樹君、聞く耳持たないから」


 残った猪マックス・新太郎、鴨フライ・翼丸、健司の三人は、弘樹から大分離れた場所で円になって相談を始めた。

 すでに、ヒーローと悪の組織との戦いは自然休戦状態である。


「あの刀、本当にネットオークションで入手したのか?」


「はい。僕も一緒に見ていましたから」


「あの系統の刀は、悪の組織の上位クラスの人間型怪人もよく使うタイプでな。作りも、有名な工房の作のはずだ。俺も似たようなものを何度か見たことがあるからな。ただ、ネットオークションで買えるような代物じゃないし、確かアレは……」


「アレはなんですか? 猪さん」


「絶対にそうとは言えないんだが……」


 この話は、猪マックス・新太郎が怪人になって数年後に聞いた話である。


「あれとよく似た特徴で、同じ工房の刀が双方の業界で噂になったことがあるんだ」


「噂ですか」


「ヒーローも怪人も、勝利に拘るのは同じだ。己の能力を鍛えることも重要だが、高性能な武器があれば強さが余計に上増しされる。是非そういう武器を手に入れたいと思うのが心情だろう?」


「そういう気持ち、わかります」


 ヒーローでも怪人でも使える黒い刀があり、値段は非常に高価だが、その性能は折り紙付き。

 それを使うとヒーローでも怪人でも戦績がウナギ昇りであり、その刀を手に入れたいと願うヒーローと怪人は非常に多かったのだと。

 猪マックス・新太郎は、健司に説明をした。


「僕もその噂は聞いたことがありますけど、現物を見たことがありませんし、お値段も相当なものとかでどうせ手に入れられないですし。実は存在していないんじゃないか、とも思っていましたね」


「現物を見たことがないのは俺も同じでな。本当に噂話だけなんだ」


 鴨フライ・翼丸とも話をしながら、さらに猪マックス・新太郎は話を続ける。


「ところがだ。その刀を所持すると、所有者が不幸なるって噂もあってな。急死したとか、大病や大怪我で引退する羽目になったとか。そんな理由で、所有者が点々としているって。まあ、よくありそうな話なんだが……」


 猪マックス・新太郎の話が終わるのと同時に、三人の視線はまだ刀の塗装に拘っている弘樹へと向かった。

 まだ赤く着色できないようで、彼はスプレーを吹き続けていた。


「素材ってもな。油性で駄目だとどうなるんだ? 水性だともっと駄目だろうに」


 弘樹が赤いスプレーを吹きつける度に、刀は仕返しするかのように黒い霧を大量に噴き出した。

 それが弘樹を覆うのだが、彼はそれがまったく気にならないようで、まるでハエでも追い払うかのようにたまに手で払っていた。


「猪さん、話の筋的に言うと、あの黒い霧に触れるとなにかありますよね?」


「そうだな。鴨戦闘員たちは死んだしな」


 人間は勿論、ヒーローだろうが怪人だろうが、なにかしら悪い影響を受けるはず。

 例の、所有者が不幸に襲われる刀があれだとすれば、弘樹も体調くらいは悪くなっても不思議ではない。

 猪マックス・新太郎は、健司に対しそのように答えた。


「体調が悪くですか……」


「心当たりがあるのか? ダイホワイト」


「ええ……うちの司令の瞳子さんなんですけど……」


 あの刀の特別許可が出るまで、嫌々なのは弘樹以外の誰が見てもあきらかであったが、瞳子が司令本部にあの刀を預かったのだと、健司が説明した。


「司令本部といってもあそこなので、使っていない床の間に置いたそうですけど」


 瞳子は普段その部屋に布団を敷いて寝ているのだが、あの刀がある日は例外なく悪夢を見た。

 彩実と自分にはそのことを教えてくれたのだと、健司が語った。


「毎晩悪夢って……。あの刀、猪マックスさんの言っていた刀ですよね。ほぼ確定じゃないですか。妖刀の類ですよ、きっと」


「瞳子さん、夢の中で一晩中惨殺された血まみれのヒーローと怪人たちに追われたそうです。眠ると必ずその夢を見るので、今日、司令本部から刀が持ち出された途端、気絶するように寝てしまいました」


「いや、それは絶対に呪われているから」


 あの掴みどころがないファーマーマンの司令が寝不足で倒れるレベルの悪夢なんて、ほぼ間違いなくあの刀は呪われていると、鴨フライ・翼丸は断言した。


「あいつ、わからないのか?」


「弘樹君、夢に見ていた自分の武器が手に入ったから、ちょっと周りが見えていないというか、熱病にかかったような感じかなって。僕の忠告を聞かないのは仕方がないにしても、彩実さんが言っても無駄なんです」


 他のことは普通なんですけど……と、健司は弘樹の状況を語った。

 もう一つ、弘樹には刀の呪いがまったく効かないというのもあったが。


「あの子の言うことを聞かないのは重症だな」


 弘樹と彩実の仲をよく知っている猪マックス・新太郎は、打つ手がないとしか思えなかった。


「ヒーローなんだから、せめて武器くらい用意すればよかったのに……」


 瞳子が刀のせいで悪夢にうなされたのは、ある意味自業自得だなと鴨フライ・翼丸は思った。


「人数が少ないから、そこは手を抜かないでほしかったですよね」


 鴨フライ・翼丸の考えに、健司も賛同した。


「状況はわかったが、これからもあんな刀を戦いで使われると困るな。バランスが崩れるし、戦闘の時の空気も悪くなる。戦う時に、そういうく嫌な空気になるのは嫌だよな」


「イメージの問題もありますよね」


 漆黒で、不気味な黒い霧を吹き出す日本刀を用いて戦闘員と怪人に斬りかかるヒーロー。

 人斬りでもあるまいしイメージは最悪だと、猪マックス・新太郎と鴨フライ・翼丸は思った。

 それに襲われる悪の組織側もイメージが悪くなるので、これを是正するのは悪の組織側の義務と言っても過言ではないというわけだ。


「イメージですか?」


「あのな、ダイホワイト。ヒーローと怪人の戦いなのに、ヒーローの方がヒールっぽくて、怪人の方が被害者っぽいのはよくないだろうが」


「怪人は怖れられてナンボですからね。剣豪小説でもないですし。あの刀はいけないでしょう」


 怪人は、恐がられてナンボ。

 その割には、宇宙自然保護同盟は薫子や真美を中心にしっかりこの北見村に溶け込んでいるが、健司はそこは気にしないことにした。

 それよりも今は、あの呪われた刀への対策が先だと。


「でも、弘樹君があの刀を手放すかな? あれ、自前で購入したんですよ」


 戦隊ヒーローなのに一人でアルバイト待遇にも関わらず、ここまで頑張って貯めたお金で購入した初めての武器。

 取り上げるのは難しいのではと、健司は言った。


「罪深い司令だな」


 ヒーローに武器も支給しないのだからと、猪マックス・新太郎は昔に所属していたブラック悪の組織を思い出してしまった。

 そこも、武器が欲しければ自前で用意しろと平気で言い放つところだった。

 さっさと潰れてしまったのは救いであったが。


「でも、取り上げないと、毎回あの刀を持ってきますよ」


 弘樹が可哀想だけど、ここは強引に取り上げるしかないのではと、健司は自分の考えを語った。


「だが、それは俺らの仕事じゃないぞ。そちらの仕事だ」


「実力差から考えて、僕らが取り上げようとすると斬られるでしょうしね」


 ヒーローとしても、怪人に武器を奪われるのを座視するわけがないわけで、宇宙自然保護同盟側が弘樹から刀を奪うのは難しいという判断であった。

 それは、ファーマーマン側の仕事だろうと。


 すでに迷惑をかけられているので宇宙自然保護同盟側が面倒な仕事をしたくないし、また面倒を起こしたファーマーマン側への意趣返しでもあった。


「瞳子さんか、僕か、彩実さんがですか?」


「そういうことになるが、立場的に考えてそれは司令の仕事だな」


「責任者の義務ですね」


 瞳子が最初にケチって弘樹に武器を支給しなかったからこうなったわけで、その責任は取れよという理論は、確かに間違っていないと健司は思った。


「正論ですけど、できるかなぁ……」


「策がなくもないけどね」


「本当ですか?」


 弘樹から、あの不気味な刀を取りあげる方法。

 それがあると聞いた健司は、藁にも縋る思いで鴨フライ・翼丸の策を聞こうとする。


「正確にいうと、弘樹君からあの刀を取りあげるのは難しいと思う。要は、戦いで使用されなければいい。その方策ならあるって話だよ」


「それでもいいので教えてください!」


「そんな方法あるのか」


「ええ、うちも協力する必要がありますけどね」


 鴨フライ・翼丸は、健司と猪マックス・新太郎にその策を伝授した。

 弘樹に聞かれないように……彼は、刀から大量の黒い霧を吹きかけられながら、今も刀の塗装に夢中になっていたので、無駄な配慮であったが。


「その方法なら大丈夫だな。俺がビューティー総統閣下にも報告しておくから、ダイホワイトもファーマーマンの司令に伝えておいてくれ」


「わかりました。じゃあ、今日はこれで」


「部下がみんな逃げてしまったからなぁ。動物はああいうのに敏感だよな」


「僕なんて、鴨戦闘員に犠牲者が出ましたけど……新しい鴨をスカウトしに行かないとなぁ」


 この日の戦闘はこれで終了となり、それぞれにアジトと司令本部へと戻って行く。

 

「あれ? やっぱり赤くならないなぁ……霧ウザいわ」


 三人が引き揚げたあとも、弘樹は刀を赤くしようと、日が暮れるまで刀にスプレーを吹き続けるのであった。




「えーーーっ! トマレッドソードは使用禁止ですか! どうしてです?」




 翌日の放課後、今日も司令本部に出勤した弘樹は、瞳子から例の刀を宇宙自然保護同盟との戦いで使うことを禁じられた。

 半ば怒りながら、瞳子にその理由を尋ねる弘樹であったが、その答えは意外なものであった。


「宇宙自然保護同盟側からの要請だ。弘樹がその刀を使うのであれば、今後我々とは戦わないとな」


「そんな横暴な!」


「横暴か……そうかもしれないが、宇宙自然保護同盟側がそう言うのであれば仕方がないのだ」


「どうしてです?」


「いいか、弘樹。ファーマーマンは、宇宙自然保護同盟があってこそなのだ」


 元々、大昔からの設立計画と、農林水産省の害獣駆除関連の補助金の一部を流用して作られたのがファーマーマンであった。

 そんなとても弱い基盤の上にあるファーマーマンであったが、幸運にも宇宙自然保護同盟という悪の組織が北見村を拠点にしたことにより、予算不足は相変わらずだが、ファーマーマンの廃止議論が上で提案されなくなったのだと、瞳子は説明した。


「いいか、弘樹。ファーマーマンと宇宙自然保護同盟は表裏の関係。双方が戦うからこそ、弘樹のスーツ代やアルバイト代も出ているのだ。わかるな?」


「じゃあ、武器代もくれよ」


「……つまりだな」


「無視かよ!」


 弘樹は、武器代支給の話をスルーした瞳子にツッコミを入れた。


「我々は敵対しつつ、それなりに調和を持って共存しなければいけないのだ。向こうがそう言うのであれば仕方がない。無茶な要請でもないしな」


「俺がずっと素手で戦わなきゃいけないじゃないか」


 人数にも差があるし、健司はいつ体調不良で欠席するかもしれない。

 武器は必要なんじゃないかと、弘樹は瞳子に詰め寄った。


「とはいえ、弘樹よ。これまでお前はずっと素手で戦ってきたわけだが、それほどまでに苦戦したことがあるか? 『ここで武器があれば!』と思えるような場面がだ」


「武器が必要かぁ……」


 弘樹は、ファーマーマンとしてデビューしてからの戦いを順番に思い出していく。


「……別になくてもいいかな」


「だろう? その武器はお前の部屋に飾っておけ」


 こうして、せっかく自分専用の武器を手に入れた弘樹であったが、それが妖刀に近いものであったため、書類上はトマレッド専用の武器『トマレッドソード』として登録されながらも、彼の部屋にずっと飾られることになるのであった。





「なあ、弘樹。一ついいか?」


「なんです? 瞳子さん」


「あの刀を部屋に置いてから、夜になにかあったりしないか?」


「いいえ、別に」


「眠れないとかはないか?」


「いいえ、朝までぐっくりですよ」


「そうか……ならいいんだ……」


 さらに数日後、瞳子は自分の部屋にあの刀を置いてもなんら影響が出ない弘樹に対し、驚くやら呆れるやらといった気持ちにさせられるのであった。

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