第24話 三人目は留学生
「弘樹君、おはよう」
「よう、健司じゃないか。お前、結局ここ数日戦いに参加しなかったな。結果的にあいつらの全裸を見ないでよかったんだけど」
「男性の裸はいただけないね」
「お前、実は仮病だったとかじゃないよな? 念のために聞くけど」
「まさか。僕は本当に具合が悪かったんだよ」
「まあいいけどよ……俺が全然前に出られないし、あの連中との共闘は二度とゴメンだぜ」
四人の変態兄弟と、カネヤマ粒子に関する騒動がすべて終わった翌日、弘樹がいつものように登校すると、そこには元気な健司が待ち構えていた。
全裸マンたちがいないくなった途端に元気になる。
弘樹は一瞬仮病を疑ったが、健司はそれを笑顔で否定した。
「健司君は体が弱いからしょうがないよ」
「今度はちゃんと戦いに出るから」
「とはいえ、それは向こうの都合もあるからな。なあ、瀬戸内」
弘樹は、近くの席にいる薫子と真美に声をかけた。
「本当に、とんでもない目に遭いましたわ」
全裸マンから頭の上に〇ンコと〇ンタマを載せられ、以降は配下の怪人たちに任せて一切の関わりを断っていた薫子が愚痴を零した。
さらに真美の暴露から、見かけとは違ってまったく男性と接点がなく免疫も低いことを弘樹と彩実に暴露されてしまったのも痛い。
もっとも弘樹と彩実は、そんな彼女のことを『スーパーお嬢様だから不思議ではない』くらいにしか思っていなかったが。
「助っ人ヒーローと怪人を呼んで、私たちが動けなくなるのは本末転倒だよね。普通は、人数が増えたなりの活躍してもらわないと、助っ人を呼ぶ意味ないし。ねえ、くーみん」
「クマ」
「『経費の無駄』ってくーみんも言ってるよ」
「ある意味、盛り上がったんじゃねえ?」
「弘樹さん、あの方々だけが勝手に盛り上がっていただけではないですか」
「俺の出番なかったからなぁ……」
「ファーマーマンが助っ人ヒーローを呼んで、ファーマーマンがまったく目立たない。あの人たちには、色々と問題がありすぎですわ」
真美とくーみんから見ても、あの変態四兄弟は最悪という他はないようだ。
当然弘樹と薫子も同意見であった。
「あの変態さんたちも暫く来ないでしょうが、とにかく調子を狂わされましたわ。助っ人怪人への依頼とスケジュール調整はまだ終わっていないので、数日はお休みにしますわ」
心の休養も兼ねて、薫子は、あと数日宇宙自然保護同盟はお休みだと宣言した。
「瀬戸内はいいけど、猪たちはどうするんだ?」
まさかサボらせるわけにいかないだろうと、弘樹は薫子に問い質した。
彼の本音としては、アルバイト代がほしいのでもっと活動してほしかったからなのだが。
「弘樹さんは現場で戦うだけでしょうが、悪の組織には運営というお仕事もあるのですよ。ああ見えてみなさん、戦っている時以外にも書類仕事などがあるのです」
「そんなのあるのか!」
初めて聞いたと、弘樹は半ば感心していた。
「あの……ヒーロー側にもあるのですが……」
そんなの初めて聞いたと、弘樹は驚きを隠せなかった。
ヒーローにも、書類仕事があったなんて……と。
「そうなのか?」
「ヒロ君、普段は瞳子さんがやっているんだよ」
「あの人がか!」
弘樹が普段見る瞳子は、常に予算がないと言いつつ、自分は毎日彩実が作る料理をツマミに晩酌を欠かさない、掃除や片づけもできない、駄目な女というイメージしかなかったからだ。
「ヒロ君、瞳子さんは天才だから、その手の仕事も早いんだよ」
やはり、東大主席は伊達ではないというわけだ。
彩実は司令本部でアルバイトをしているので、弘樹が出撃している間に瞳子が嫌々書類仕事をしていのを目撃していた。
嫌々なのに書類を裁くスピードが驚異的なのも、彩実からすれば驚きであったが。
「人間、一つくらい取柄があるんだな」
「瞳子さん、えらい言われようだなぁ……」
酷い言われようであったが、全裸マン騒動で酷い目に遭った弘樹からすれば……それ以前にあった色々なことも加えると、このくらい言っても罰は当たらないという感覚であった。
「確かに、彼女のせいで私も酷い目に遭いましたから。そのくらい言われても仕方がないのでは?」
「だよな? 瀬戸内」
そもそも、最初に瞳子が全裸マンなんて呼ばなければ、薫子が酷い目に遭うこともなく、連鎖で他三人の変態たちがこの北見村に来ることもなかった。
自分は間違っているかと、薫子は彩実に問い質した。
「結果を見ると、仕方がないのかな?」
戦いの場にいなかった……察して、あえて行かなかった疑惑あり。別に行く義務もないけど……彩実から見ても、あんな助っ人ヒーローはあり得ないと思っていたからだ。
だが、宇宙自然保護同盟側も変態全裸怪人を二人も呼んでいる。
ほぼ同罪なのでは? とも思っていたわけだが、この北見村という狭い社会において、あえてそれを言って波風立てるのもどうかなと思い、もうここにいない全裸マンたちのみを批判していた。
それがこの村にいける賢い生き方というわけだ。
「おーーーい! そろそろホームルームだぞ。着席しろ」
教室に入ってきた担任の佐藤が、お喋りなどで席を立っていたクラスメイトたちに着席を命令した。
「今日は白木もいるから、これで全員だな」
「先生、ちょっと手抜きすぎじゃないですか?」
「見ればわかるからな。そうだ! くーみん」
「クマ!」
「くーみんも出席と」
いつの間にか佐藤は、自分の授業をよく聞いてくれ、さらに試験で結果を出すくーみんの出欠を取るようになっていた。
例え正式な生徒ではなくても、担任の佐藤だけはくーみんをこのクラスの一員だと認めたかったのだ。
「くーみん、今日も元気だね」
「クマ!」
「元気でよろしい」
間違いなく、佐藤はこのクラスの生徒たちの中で一番くーみんを可愛がっていた。
弘樹たちからすれば、そこにツッコミを入れても無駄なので気にしないようにしていたが。
「そうだ! 実はこのクラスというか学校に留学生が来ることになってな」
「突然だな」
「そうなんだよ。急に出た話でな」
佐藤がそう言うと、彼も含めてクラスメイトたちの視線が一斉に薫子に向かった。
二度あることは三度ある。
真美のように、また怪人でも呼び寄せたのではないかと思ったからだ。
ちなみに、薫子が悪の組織の首領であることについて、大半のクラスメイトたちがどうでもいいと思っていた。
こんな田舎に転入してまでご苦労さんという気持ちと、年寄り連中は若い人が増えて喜んでいるからな、くらいの感想だったのだ。
ある意味、田舎的な大らかさとも言える。
「私は知りませんわよ」
「瀬戸内さん。留学生ってことは外国からだよね? じゃあ、期待の外国人助っ人だね」
「彩実さん、そんなプロ野球の助っ人外国人選手ではないのですから。というか、私は手配しておりませんわ」
薫子は、留学生と自分には一切関係がないと断言した。
「私も今朝校長から聞いたんだが、留学生はタイから来たそうだ。日本の大学への進学を目指していて、日本語の習得を目指しての来日だそうだ。ジョー、入っていいぞ」
佐藤の呼び声のあと、ドアが開いて一人の男子生徒が教室に入ってきた。
身長は百九十センチ以上あり、肌は浅黒く、とても精悍な顔つきをしている。
少し細身だが、その体はかなり鍛えられているようで、弘樹はまるでヒョウのようなイメージを感じた。
同時に、『こいつはデキるな!』とも。
思わぬイケメンタイ男子の登場に、クラスの女子たちは歓声をあげた。
「パッチャラ・シリラック、ガホンミョウデスガ、タイジンハニックネームデヨブコトオオイデス。『ジョー』トヨンデクダサイ」
少しつたないが、『ジョー』と呼んでくれと自己紹介した転入生の日本語はかなり上手だった。
「ジョーは、まだ日本語の読み書きが苦手だそうだ。時間があったら教えてやってくれよ」
「「「「「はいっ!」」」」」
ジョーはイケメンなので、クラスの女子の大半は目にハートマークを浮かべながら佐藤の頼みを聞き入れた。
「いつの世も、どこの国でも、イケメンは得だな」
これが生まれながらの格差なのかと、顔は普通寄りの弘樹は思った。
「ところで、瀬戸内はさっきから静かだが、相手がイケメンで臆したか?」
「弘樹さんはなにを仰るのかと思えば……ジョーさん、お久しぶりですわね」
「オオッ! カオルコサン! コンナトコロデアエルトハオモイマセンデシタヨ」
「なんだよ。やっぱり知り合いじゃねえか」
弘樹は、やっぱりジョーも怪人なんじゃないかと薫子に愚痴った。
「弘樹さんは勘違いしておられるようですが、ジョーさんの実家はタイでも有名な企業グループのオーナー一族で、彼はその跡継ぎですから」
怪人同士だからではなく、薫子の実家瀬戸内コーポレーションと、ジョーの実家シリラックグループの縁で知り合いなのだと、彼女は弘樹たちに説明した。
「金持ち同士の仲か」
弘樹は思った。
お金とは、そうやって一部の連中にのみ集まるのだと。
「玉の輿、私、頑張ろう」
「私も」
「イケメンで金持ち。素晴らしいわ」
その話を聞いたクラスの女子たちは、ジョーとの玉の輿婚を目指してますますその野心を燃やしていた。
「(無理に決まってるのに)」
確かにイケメンではあるが、男性としてのジョーに興味がない真美は、彼女たちを醒めた目で見ていた。
彼女も薫子と行動を共にすることが多いため、ジョーほどの金持ちなら婚約者くらいいて当たり前なのを知っていたからだ。
「というわけで、ジョーと仲良くしてくれな」
「ミナサン、ヨロシクオネガイシマス」
こうして、弘樹のクラスに新たにタイから来た留学生ジョーが加わったのであった。
「オーーーッ! ニホンチャ、ニガイケドウマイデス。アヤミサン、アリガト」
「どういたしまして。熱くない?」
「ダイジョウブデスヨ」
「なあ、瞳子さん」
「どうだ? 今度はちゃんとした正規のヒーローを雇い入れることに成功したぞ。実は、ジョーの家系もヒーロー家系だそうだ」
「オジイチャン、タイノユウメイナヒーローダッタ。インタイゴ、ショウバイハジメマシタ」
今日は戦いがなかったが、瞳子に呼び出されたので弘樹と彩実が司令本部に向かうと、そこには今朝転入してきたタイからの留学生ジョーが畳の上に座っていた。
さらに彼は、彩実が淹れたお茶を美味しそうに飲んでいる。
弘樹はなぜ彼がここにと思ったが、瞳子が彼をファーマーマンの三人目として雇うと言ったので、どこか納得していた。
今日、弘樹が初めてジョーと出会った時、彼を見て油断ならない奴だと瞬時にわかってしまったからだ。
「ヒーローなら、これで三人目で大歓迎だ」
「そうだね。ちょっと遅れてゴメンね。家からこれ持ってきたから」
今日は体調もいいらしく、健司もちゃんと司令本部にやってきた。
家から持ってきたドラ焼きを持ってだ。
「ジョーは、どら焼きは初めてかな?」
「ナンドカタベタコトアリマス。ニホンデ」
ジョーの実家は大金持ちなので、日本にも何度か観光で来たことがあり、その時にどら焼きを食べたのだと彼は語った。
「瀬戸内とも面識あったからな。ジョーは」
「パーティーデアッタヨ」
「パーティーとか、ブルジョワよね」
「彩実さん、今はセレブって言うんだよ」
その言い方は古臭いと、健司が彩実に指摘した。
「どちらでも縁がないからいいけどね。悪の組織のトップである瀬戸内さんと知り合いのタイ出身のヒーローさんか。世間って意外と狭いのかも」
「カオルコサントハシリアイダケド、ショウブハテヲヌカナイヨ」
「そいつは結構。だが、一つ心配があるな」
それは、ファーマーマンが常に予算不足であるという点だ。
例え瞳子がドヤ顔で新人を入れたとしても、実は装備がないので出撃できませんと言われ、補欠扱いかもしれないのだから。
「となると、あの予備のスーツを使うのか?」
予備の一枚目は、試作品ということで無料で貰ったが、協賛企業のロゴが入っている黄色い縦じまのスーツ。
二枚目は、トマレッドの予備スーツだが、まったく同じ赤いスーツ。
そして三枚目は、弘樹が宇宙怪人と戦った時に激しく破れたが、のちに他の布でで補修。
だが、スーツとは色と模様が全然違ったために、猪マックス・新太郎から散々に叱られてしまったボロいスーツである
「というか、あのスーツ。まだ捨ててなかったのかよ」
いくら他に着るスーツがなかったとしても、あれだけは御免蒙る。
予算不足なのはわかったが、いい加減捨ててくれと思う弘樹であった。
「なにを勿体ないことを言う。うちは予算がないんだ。捨てるくらいなら、雑巾に加工する」
「瞳子さんは相変わらず酷いな」
ヒーローにとって大切なスーツを、いくらボロくなったからとはいえ、経費削減のため雑巾にするというのだから。
「シンパイナイヨ。ワタシ、ケンジトオナジク、スーツトソウビジマエ」
「なるほどな」
「納得」
でなきゃ、瞳子が新人を受け入れるわけないかと、弘樹と彩実は思ってしまった。
「装備があるのなら問題ないね」
「じゃあ、早速明日にでも戦うか。ジョーのデビューだぜ」
「楽しみだね」
「ヒロキモ、ケンジモ、イイヒト。アリガトウ」
こうして、ファーマーマンに三人目が加わった。
タイから日本にやってきた期待の外国人助っ人である。
だが、このまま宇宙自然保護同盟が大人しくしているわけがない。
明日には、両者による死闘が繰り広げられるのだ。
「よう、婆さん」
「また猪だが! うちの畑に手を出すなや!」
「それはない」
「どうしてだ?」
「畑などよりも、もっと素晴らしいことがこれからあるからだ」
今日も懲りずに北見村の畑を自然に戻すべく、宇宙自然保護同盟の怪人猪マックス・新太郎が現れたと思ったら、彼も猪戦闘員たちも、嬉しそうになにかを待っていた。
いつもと様子が違う猪マックス・新太郎に、イネがなぜ畑を破壊しないのかと尋ねる。
「いいことだべか?」
「聞いてくれ。あのファーマーマンに三人目が加わったんだぜ」
「ああっ! あの留学生さんだか」
「詳しいな、婆さん」
「田舎の婆の諜報力舐めるでねえ。また空き家を借りて住んでくれるから、うちとしてはありがたいやな。若い人が増えると、村も活気づくべ。留学生さんが借りた家は、うちの近所だべな。日本の大学に入るため、もっと日本語を勉強したくて来たんだと。若いのに感心だべ」
「その留学生が三人目なんだ。ビューティー総統閣下のお知り合いらしいが、手加減の必要なしと言われたからな。楽しみじゃないか」
「それはよかったな」
「というわけで、畑の破壊なんて、ファーマーマンに勝てばいくらでもできるからな。俺様は、ここで現れるファーマーマンを……「待てい!」」
とここで、猪マックス・新太郎が待ちわびた声が聞こえてきた。
猪マックス・新太郎は、ワクワクしながら声の方を向いて次のセリフを口にする。
「何奴だ?」
「トマレッド!」
「ダイホワイト!」
「(くるぞ!)」
遂に、待ちに待った三人目がいよいよ初お目見えだと、猪マックス・新太郎はさらに期待で胸を膨らませた。
「ナスパープル!」
「「「三人揃って! ファーマーマン!」」」
「……」
「あれ? どうしたんだ? 嬉しいだろう? 猪」
弘樹は、自分たちの自己紹介とポーズを見た猪マックス・新太郎が、なぜか静かになってしまったので、感動し過ぎて声も出ないのかと尋ねた。
せっかく三人揃ったんだから、もっと喜べよと発破をかけたのだ。
「嬉しくて声も出ないのですか?」
「……」
「ヒロキ、ケンジ、コノカイジンサン、オトナシイヒトデスカ?」
「そんなことないんだけどなぁ……」
「もしかして、猪さんって、ヒーローの常識に拘るから、ジョーのような外国人ヒーローは反則だと思っているとか?」
「今の世にか? 猪はまだ四十前だぜ。鬼畜米英のジジイでもあるまいし」
戦前世代ってわけでもなんだからと、弘樹は健司に言った。
「そういう人に教育されて保守的なのかもしれないよ」
「イマノ、グローバルナセカイニ、ナンシュウモオクレテイマスネ」
弘樹たちは、猪マックス・新太郎が時代錯誤だと批判し始めた。
同時に悲しいかな、これをジェネレーションギャップというのかもしれないと。
「猪、そういう融通の利かないことを言うなよ」
「違うわ! そんな理由で怒ってないわ!」
猪マックス・新太郎は、全力で弘樹たちの説を否定した。
「じゃあ、なんだよ?」
「ジョーに不満でもあるんですか?」
「ないよ! ヒーローに外人が混じる。いいじゃないか。盛り上がって。外人のヒーローは元々数が少ないし、どうしても出身国での活動が主になる。貴重な戦力だな。そのジョーというやつは」
「オホメニアズカリコウエイデスネ」
「だがな! どうして紫なんだよ? 二人目が定番外しの白で、ようやく三人目に黄色とか緑とか来るかと思ったら、また紫とか扱いが難しい色じゃないか! 赤、白、紫。考えてみろよ! あきらかにバランスがおかしいじゃないか!」
色のバランスが悪すぎると、猪マックス・新太郎は弘樹たちに駄目出しをした。
「そんなことでか?」
「細かすぎません?」
「マイペライヨ」
弘樹たちも、『文句があるのはそこかよ!』と思ったのだが。
「お前らが気にしなさすぎなんだよ!」
と、猪マックス・新太郎はさらに怒鳴るが、やはりジェネレーションギャップは著しいようで、弘樹たちは彼が怒っている理由が理解できなかった。
「どうして紫なんだよ?」
「ジョーが自分で選んだ色だからだな。ジョーの意見は尊重すべきだろう」
「高価な装備を持参してくれましたからね。うちのような貧乏戦隊ヒーローからすれば、色くらい妥協しても全然おかしくないですよ」
『別に、これまで紫色のヒーローがいなかったわけでもないし……』と、弘樹と健司は思っていた。
「そうそう。それに、本人の好みとか個性の問題だからな。装備の形状は統一しているんだからいいじゃないか」
「だからお前は、どうしてそんなにユルイんだよ!」
「おかしいか?」
「お前はリーダーだろうが! そういう言いにくいことをちゃんと仲間に言うのもリーダーの役割だぞ!」
猪マックス・新太郎は、弘樹たちに対しさらに説教を続けた。
ヒーローも怪人も遊びで戦っているわけではなく、例え仲間に嫌われたとしても、リーダーはメンバーに言うべきことは言わねばならないのだと。
「それが言えることもリーダーとして重要なんだ」
「言っても、俺なんてなんの権限もないしな。バイトリーダーレベルだろう? 正直なところ」
別に新人のスーツの色を選べる権限もなく、それに弘樹はあまり細かいことを気にしない性質だし、今風の若者らしくかなり冷めてもいた。
ジョー本人が紫がいいと言うのなら、それでいいじゃないかと思ってしまうのだ。
「他にも、紫のヒーローはいるじゃないか」
「扱いが難しい、決してメインの色じゃないぞ。まあいい。新人に聞こう。どうして紫なんだ?」
「カンタンナコト。ワタシ、ムラサキダイスキダカラ」
ジョーは、自分は紫が好きだからスーツの色も紫色にしたのだと語った。
「ワタシ、ドヨウビノウマレ、ドヨウビハムラサキノヒ」
「土曜日が? 紫の日?」
タイには詳しくない猪マックス・新太郎は、ジョーの言い分に首を傾げた。
「タイデハ、ヨウビニヨッテイロガキマッテイマス。ドヨウビハムラサキ。ワタシ、ドヨウビノウマレ。タイジン、ウマレタヨウビタイセツニシマス。ジインデモ、ジブンノウマレタヨウビニタイオウスルブツゾウニオイノリスル」
「なるほどな」
猪マックス・新太郎は、ジョーの説明に聞き入ってしまう。
その国にはその国なりの事情があるのだと。
「ライニチスルトキニノッタ、タイコウクウモムラサキ。ワタシ、ムラサキダイスキデス」
紫が好きだからスーツの色も紫色なのだと、ジョーは主張した。
「赤、白、紫かぁ……タイからなら、せめて緑とかにならんのか? タイといえば、グリーンカレーだから」
猪マックス・新太郎は、せっかく三人になったのだからと、色のバランスに拘ろうとした。
三人で活動しているヒーローもいるので、三人になった以上はバランスも重要だと思ったからだ。
ファーマーマンがいつ五人になるのか、予算などを考えるとかなり先か、最悪揃わない可能性もあると彼は思っていた。
だからこそ、三人になった今、色のバランスに注意しなければと思ってしまうのだ。
「ソレ、アンイスギデス。ダメダメデス。ニホン、ショウユダカラ、クロニシロ、トオナジレベルノイイブンデス」
紫は譲れないし、タイのヒーローだからグリーンカレーのイメージで緑なんてあり得ないとジョーは反論した。
「そうだよな。グリーンカレーだから緑とかねえよ」
「うち、ファーマーマンですよ。野菜とか果物じゃないと。料理の色なんて統一性に欠けるじゃないですか」
猪マックス・新太郎の意見に、弘樹と健司も駄目出しをした。
確かに紫は、色のバランスに問題があるかもしれないが、ナスをモチーフにしているので、ファーマーマンのコンセプトに合っている。
批判は筋違いであると。
「わかったよ。ナス……この村にもあるな。畑が」
ファーマーマンが農作物をイメージするヒーローである以上、確かに料理はおかしいなと、猪マックス・新太郎は、は己の過ちを認めた。
「ワタシ、ムラサキトイウ、ジブンノキボウハユズレナカッタケド、ナスハダキョウシマシタ。ワタシ、ソンナニイコジジャナイデスヨ」
「……」
いや、紫には異常に拘っているじゃないかと、猪マックス・新太郎は、心の中でジョーにツッコミを入れた。
「とにかく三人揃ったことについては、ファーマーマンも前進したのだと思うことにしよう。それにしても、三人中二人がスーツ自前って……」
どんだけ予算不足なんだよと、猪マックス・新太郎は心の中で思ってしまった。
実は予備のスーツも何着かあるのだが、それはミスマッチで使用できない。
世の中、上手くいかないものである。
「スーツモ、ソウビモジマエデス。ジマエナノデ、アマリアレコレイウノヨクナイトオモイマス」
「俺たちはなにも言ってないぞ。なあ? 健司」
「猪さんが異常に拘るからね」
「俺様のせいってかよ! お前ら、都内で今の状態だと散々に言われるぞ! 俺様なんて、まだ優しい方なんだぞ!」
関東圏の都市部、特に都内では、数多存在するヒーローと怪人がシノギを削っている。
そのため個性を出そうと暴走する新人があとを絶たず、ベテランが彼らに注意するのはよくある光景なのだと、猪マックス・新太郎は語った。
「個性を出そうとするのは悪くないが、それも決められた枠の中でって話なんだ。そこを弁えないと、ヒーローや怪人じゃなくなってしまうからな」
説教はこの辺にして、では勝負を始めようと猪マックス・新太郎は言う。
すると、ジョーは別に準備していたものを取り出した。
「武器か。すげえな」
「さすがはお金持ちだね」
「トクベツセイデスヨ」
「待てい!」
勝負を始めると言ったくせに、猪マックス・新太郎はまたジョーに対し強い口調で注意を再開してしまう。
「ブキダメデスカ? ヒーローセンヨウブキデスヨ」
「武器なら僕も持っているじゃないですか」
「なあ。俺も持ってるし」
「弘樹君のは、ちょっと問題あるかな?」
弘樹がネットオークションで購入した専用の刀は、今も毎日黒い霧を吹き出しながら彼の部屋にあった。
なお、弘樹はその黒い霧を浴びてもなんともなく、別に悪夢も見なかった。
瞳子は、夢の中で落ち武者に追い回されたというのに。
健司は、呪いや霊障にまったく縁がない弘樹を見て、さすがはあのファイナルマンの孫だなと、ある意味感心してもいたのだ。
「お前! あの刀持ってきていないだろうな?」
「猪が持って来るなってうるさいから、部屋に置いたままだよ」
「ならいいんだ」
猪マックス・新太郎としても、ヒーローにやられるからともかく、妖刀の呪いで殺されるのは勘弁してほしいと思っていた。
ヒーローに倒されるのならともかく、自分たち側である悪の側の力で殺されてしまうなど、怪人としては最悪な死に様だからだ。
「ブキデモ、イノシシサンウルサイデスカ?」
「別にうるさくないが、その武器の色はなんなんだよ!」
猪マックス・新太郎が、ジョーの武器に文句を言いたいわけ。
それは、彼が用意した武器が金色輝く巨大なハンマーだったからだ。
「紫のヒーローなんだから、紫色の武器を使え! どうして金色なんだよ?」
紫のヒーローに巨大なハンマー合うのかどうかは置いといて、なぜ色が紫ではなくて金色なんだと、猪マックス・新太郎はジョーを責め立てた。
「タイジン、キンイロモスキヨ。キアイイレテツクラセマシタ」
金持ちであるがゆえに、ジョーが持つ金色の巨大ハンマーの出来は、誰が見ても素晴らしいものであった。
さすがは金持ち、金のかけ方が違うなと。
「使用禁止だぁーーー!」
「ドウシテデスカ?」
「紫のヒーローなんだから、紫色の武器を使えぇーーー!」
そんな子供にでもわかる常識、わざわざ自分に言わせるなと、猪マックス・新太郎はジョーに厳しく注意した。
「ムラサキノヒーローハ、ブキモムラサキデスカ?」
「そうだ」
「デモ、イロガカブリスギテヘンデス。ソレヲカイケツシタノガ、ワタシノ『ゴルディオンハンマー』デス。ソレニソウイウノ、モウジダイサクゴダトオモイマス」
「変えてはいけない伝統があるんだよ!」
ついでに、その武器の名前どこかで聞いたような……とも、猪マックス・新太郎は思うのであった。
「ヒロキ、コノヒトウルサイデス」
「なあ、そうだろう? 俺なんて、デビュー以来ずっと注意されっ放しだぞ」
一体これまで何回注意されたかと、弘樹はそれを思い出しながらジョーの意見に賛同した。
「それは、お前らが全然ルールを守らないからだろうが!」
戦隊ヒーローなのに、人数が揃わない。
スーツ、武器でも問題を起こした。
やっと二人目と三人目が加わったが、彼らも色々と問題がある。
注意するこっちの身にもなれよと、猪マックス・新太郎はさらに言葉を続ける。
「イロノキマリ、マモリスギルト、マンネリニナリマス。ファーマーマンハ、ワタシモクワワッテ、モットグローバルニカツヤクスルノデス」
「いや、うちは北見村だけで精一杯じゃない? 予算の都合上」
「瞳子さんって、基本出不精だからな」
「それもあるね」
色々な問題のせいで……実はほぼ金がないからだが……遠征は難しいのではないかと、この件に関しては、健司がジョーにツッコミを入れた。
ついでに、瞳子はほとんど司令本部に籠っている。
遠征なんて面倒なので、絶対に許可しないであろうと弘樹と健司は思っていた。
「縄張りとかもあるんだろう?」
「その辺、お役人だからね。ファーマーマンって、北見村出張所の所属だから」
北見村の外に出るとなると、色々と面倒があるはずだと、健司はジョーに説明した。
「ザンネンネ、デモワタシノカツヤクデ、コノキタミムラヲインターナショナルニシマス」
「「「……」」」
この過疎が進む村が国際的になる?
それは難しいのではないかと、ジョー以外の三人は思ってしまった。
あまり新人のやる気を削いでも意味がないので、三人とも特になにも言わなかったが。
「とにかくだ! その金色のハンマーは使うな。今回は仕方がないというか、これからどのくらいで解決するのかわからないが、とにかく新しいメンバーが来たとなれば、この俺様が直接手合わせをしてその実力を見てやろう」
指をパキパキと鳴らしながら、猪マックス・新太郎はジョーの前に立つ。
不満がないわけではないが、新しいヒーローと戦える高揚感に彼は浸っていた。
「ヒロキ、ケンジ、ワタシヒトリデヤリマス」
ジョーは弘樹たちの援軍を拒否し、今日は一人で戦うと宣言した。
「まあ、ジョーがそういうのであれば」
「デビュー戦だしね、任せるよ」
弘樹と健司は、猪マックス・新太郎とジョーの戦いには参戦しないことを表明した。
「ふんっ! 新人もトマレッドたちも随分と余裕じゃないか。新人を一人で俺様と戦わせるなんてな。だが、ここで手加減してやる必要性すら感じないぞ。よかろう、俺様の、食らえば全身の骨が粉々になってしまう突進攻撃を受け、現実の厳しさを知るがいい!」
と言いつつも、猪マックス・新太郎はこの状況に内心喜んでいた。
このところ勝率が悪く……悪いというかほぼ勝利したことはないのだが、宇宙自然保護同盟の他の怪人たちも同じなので、あまり問題にはなっていなかった……新人が一人で戦うというのであれば勝利も容易いと思ったからだ。
長年生き残ってきたベテラン怪人なだけあって、猪マックス・新太郎には強かな面も存在していた。
ナスパープルの専用武器ゴルディオンハンマーへ色を理由に駄目出しをしたのも、勿論色の問題もあったが、同時にジョーの戦闘力も落とせるという腹があったからだ。
「イノシシサン、ショウブデス」
「いい度胸をしているじゃないか! この俺様の突進を真正面から受け止めるつもりか? いきなり長期戦線離脱になっても恨み言を言うなよ!」
猪マックス・新太郎は、ジョーに向かって全力て突進を開始した。
例えA級ヒーローだろうが、この突進を食らって無傷の奴なんか……C級なのに約二名いるが、それはあえて気にしないようにする猪マックス・新太郎であった。
「俺様には聞こえるぞ! 新人の全身の骨が粉々に砕ける音がな! あーーーはっは! 死にさらせぇーーーあぁーーー!」
あと数十センチで、自分の突進を食らった新人ヒーローの全身の骨が砕ける。
勝利を確信した猪マックス・新太郎であったが、彼は間違っていた。
確かになにかが砕けるような音が聞こえたのだが、それはジョーの骨が砕ける音ではなく、彼がそのしなやかで長い足から繰り出した、まるで鞭のような蹴りが猪マックス・新太郎の横顔を直撃した男であったからだ。
猪マックス・新太郎は、どうして自分が倒されたのか理解できないまま、今日も畑の脇の斜面に顔から突っ込んだ。
「ううっ……」
今日は辛うじて意識があったが、猪マックス・新太郎はこれで戦闘不能となった。
同時に、どうして自分の巨体とそれを生かした突進が蹴り一発で止められてしまったのだと、頭の中は疑問で一杯の状態であった。
「うわぁ、ジョーって凄いね」
「しなやかな蹴りが、バチンと上手く決まったな。なにかやってたのか?」
「ワタシ、ムエタイノヒーロー・カイジンクラスチャンピオンダッタ」
タイにおいて盛んに行われている、格闘技のムエタイ。
ジョーは、そのヒーロー・怪人特性者の階級において去年までチャンピオンだったと語った。
「それでなんだ。ファーマーマンも戦力強化になってよかった」
「そうだな。猪も満足なんじゃねえ?」
と言いながら、弘樹は斜面に頭から突っ込んだ猪マックス・新太郎の方を見る。
「……ムエタイのチャンピン……先に言ってほしかったなぁ……」
猪マックス・新太郎は、己に身に降りかかる理不尽の連続に、今はただ耐えるしかないと思うであった。
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