第7話 司令本部基地と司令

「えーーーっ! 本当にここが北見村出張所なの? 普通の民家にしか見えないけど……」


「そんな大層な建物を建てる予算があったら、俺が一人のわけないからな」


「それはそうだけど……大丈夫なのかな?」


「さあ? 俺が知りたいくらいだぜ」


「……」





 彩実が間違って黒いトレーナーと一緒に洗濯してしまい、トマレッドの『まるで完熟トマトのようなスーツ(瞳子談)』は、赤黒く変色してしまった。

 宇宙自然保護同盟四天王の一人猪マックス・新太郎から対決を断られてしまった弘樹は、新しいスーツを手に入れようと、北見村にある農林水産省佐城支部北見村出張所へと向かった。


 スーツの件で多少罪悪感もあって謝らねばと……実は、弘樹の上司である瞳子が若い女性なので浮気されないように見張る目的もあった……彩実も同行したのだが、初めて見た農林水産省佐城支部北見村出張所はただの民家であった。

 所有者であった老夫婦が老衰で亡くなったあと、都会にいる息子たちが相続したが、彼らは住むつもりもなく放置しているという、過疎の村ではありがちな経歴の空家を格安で買い取っただけなので、基本ただの築四十五年、四DKの古民家でしかない。

 玄関の表札に『農林水産省佐城支部北見村出張所』と書かれていなければ、誰もここが農林水産省の出張所とは思わないであろう。


 ましてや、戦隊ヒーローの司令本部だなんて思うはずがない。


「おーーーい! 瞳子さぁーーーん!」


「えっ? インターホンすらなし?」


 弘樹がドアを叩きながら中にいる瞳子を呼び出したので、彩実は驚いてしまった。

 いくら予算不足でも、呼び鈴くらい玄関ドアの近くに置いておけよと思ったからだ。


「瞳子さぁーーーん! また昼寝しているのかな?」


「勤務中だよね?」


「ここさ、瞳子さん以外は、週に二~三回掃除に来るパートさんしかいないから。パートっても、猪俣のばっちゃんだし」


「一人だから、仕事をサボって寝ていてもいってこともないと思うけど……猪俣のお婆ちゃん、ここでパートしてたんだ」


 わざわざ北見村の外からパートに来る物好きもおらず、清掃パートが弘樹と彩実の顔見知りなのは、やはり田舎の定めとも言えた。


「他には?」


「いないけど」


「そうなんだ……」


 いくら出張所でも本職員一人というのはどうなのかと彩実が思っていると、ようやく玄関のドアが開き、家の中から若い女性が出てきた。

 黒のストレートヘアがよく似合う、いかにもキャリアウーマン風の女性だが、それは顔だけ。

 首から下はツナギの作業着を着ており、しかも少し泥で汚れていた。


「瞳子さん、仕事してたんですか?」


「まあな。私は仕事なんてしたくないし、ここはそんなに仕事もないんだが。上がたまには仕事するフリくらいしろと言うものだから、それっぽく農家を視察してきた。そうしたら、ちょっと汚れてしまってな」


「それ、本来の業務と関係なくないですか?」


「私は農林水産省の職員だろう? 畑を視察するフリをすれば、仕事をしているように見えるじゃないか」


 誰に憚ることなく、堂々と仕事をしているフリをしてきたと言い放つ弘樹の上司。

 しかも、彼女が本物の国家公務員だと聞き、彩実の中の国家公務員像が音を立てて崩れ落ちた。


「瞳子さんの仕事は、ファーマーマン基地と俺の管理でしょう? お仕事ですよ」


「そうか。まあ、中に入れ」


「俺はファーマーマンだから入りますけど……彩実は駄目ですか?」


 弘樹は同行している彩実を瞳子に紹介しながら、彼女も家にあげて大丈夫かと質問した。

 いくら見た目はただの古民家でも、ここはファーマーマンの司令本部基地である。

 機密の問題などもあって、彩実を入れるのは問題があるかなと思ったりしたのだ。


「大丈夫だ。どうせ見られて困るものもないからな。見られて困るようなものが、予算不足で買えないのがファーマーマンなのだから。ところで、その子が前に言っていた弘樹の幼馴染か。可愛い子じゃないか」


「(戦隊ヒーローの司令本部なのに、見られて困るものがないって……それはそれで問題なんじゃあ……)」


 ファーマーマンの基地は、あまりに予算不足すぎて外部の人たちに見られてもなんら困ることはない。

 堂々と答える瞳子に対し、それでいいのかと思う彩実であった。


「始めまして、姫野彩実です」


「あがるといい。お茶は……「私が淹れましょうか?」」


「頼む」


 弘樹と彩実が家にあがるが、誰がどう見ても役場の出張所には見えなかった。

 ましてや、戦隊ヒーローの司令本部基地になど見えるはずがない。

 ただの古い民家で、もう一つ、瞳子は見た目どおり大ざっぱな人物で、部屋の中は散らかり放題、台所には多くの酒瓶が置かれていた。


「瞳子さん……」


「書斎はちゃんとしているぞ。私は家事が苦手なんだ」


 確かに室内には、仕事で使う書類などは散らかっていない。

 これでも国家公務員なので、その辺のケジメはちゃんとつける人物であった。

 その代わり、あきらかに履き古しの下着が未洗濯のまま畳にへばりついているのが見えたので、弘樹と彩実は見えないフリをした。


「猪俣のばっちゃんがいないと、足の踏み場がありませんね」


「彼女による週二回の掃除が生命線なんだ」


 瞳子は、自分で掃除するつもりはないようだ。 

 彩実は彼女を、この前テレビで見た『片づけられない女』そのものだと思った。


「ちょっと片づけますね」


 長年弘樹の面倒を見てきた彩実は、逆に家事が得意であった。

 素早く部屋と台所を片付け、お茶を三人分淹れて出す。


「美味いな」


「瞳子さん、俺と最初に会った時、無理してお茶を淹れて大惨事でしたよね?」


 今まで瞳子が一回もお茶を淹れたことがなかったため、とんでもなく濃くて不味いお茶を飲まされたのを弘樹は思い出した。

 今日は彩実がいてよかったと思うほどだ。


「さて、スーツの問題だったな。弘樹に連絡を受けて確認してみたんだが、納品した業者が不正をしていた。国産の最高級品スーツと偽り、実は○○○○○○製のスーツでな。以前よりも格段に出来がよかったので検査では気がつかれなかったのだが、冷たい水で洗濯すると縮んでしまうそうだ」


「あっ、私。お風呂の残り湯で洗濯したんです」


 だから、彩実が洗濯した時にはスーツが縮まなかった。

 代わりに、一緒に洗った安物の黒トレーナーの色が移ってしまったが。


「業者を突っついたら、予備のスーツ込みで明日届く予定だそうだ。よかったな」


「予備があるのはいいですね」


 これで猪マックス・新太郎から、勝負を拒否されることもあるまいと弘樹は思った。


「スーツの問題はこれで解決した。せっかく来たんだ。なにか他にあれば陳情は受けよう」


「それなら、ファーマーマンの増員……「却下だ! 予算がない!」」

 

 弘樹は一縷の望みをかけて新メンバーのことを話してみたが、またも予算不足が原因で断られてしまった。

 というかこれまで、予算不足以外の理由で断られたことがないのだが。


「戦隊なのに一人は辛いですよ」


「そうか? 戦闘報告を聞く限り、余裕じゃないか」


「これからもそうだという保証もありませんし、宇宙自然保護同盟が対策を立てないはずがないじゃないですか。一度に二ヵ所襲われる可能性もありますし」


 一人では対応できないケースがあるかもしれず、増員は不可欠だと弘樹は強く訴えた。

 全国でも、戦隊なのに一人なんてヒーローは自分だけであろうから、早く仲間がほしいという気持ちも当然存在していたが。


「一度に複数個所、実際に襲われないとな。農林水産省とて、所詮はお上。警察が犯罪が起こって被害が出てからでなければ動かないのと同じだ。実は、ファーマーマンは害獣駆除予算の一部を流用していてな」


 最近、農地、牧場、漁場が害獣により大きな損害を出している。

 それを駆除するための予算を流用しファーマーマンは設立されたのだと、瞳子は説明した。


「たまたま宇宙自然保護同盟が、野生の動物を戦闘員にして田畑を襲う悪の組織だったからいいですけど、害獣駆除予算って……」


 全然予算の使用用途が違うじゃないかと、若い弘樹は思ってしまった。


「なにを言う。我々は宇宙自然保護同盟の出現など予想していなかったのだぞ。それなのに、ファーマーマンは設立された。なぜだと思う?」


「なぜですか?」


「害獣駆除のためだ! この村は面積は広大なのに過疎化が進み、若い者がどんどん減っている。害獣が出ても、猟友会も高齢化が進んで対応が遅い。年寄りである彼らに無理はさせられない以上、お前が縦横無尽に動いて害獣を狩る予定だった」


 元々ヒーロー体質である弘樹は、運動神経が万能というレベルを超えている。

 スーツを着ればさらに能力は上がり、害獣相手なら余裕で無双できてしまうのだ。


「それ、ヒーローの仕事なんですか? 今のところ、その目的は達成されていますけど……」


 宇宙自然保護同盟の怪人が戦闘員として野生の猪や鴨を率いているので、それを倒せば害獣の駆除にはなっている。

 倒した害獣は、抜け目なく猟友会のメンバーによって回収され、解体、精肉されて村の利益になっていた。


「ふるさと納税で猪と鴨の肉が好評だそうだ。最近はジビエブームだからな。その宇宙自然保護同盟の怪人がもっと害獣を連れてくればいいな」


「商売になっていませんか?」


「村役場は、ふるさと納税の旨味を知ってしまった。猟友会は害獣の肉を販売できるし、害獣を駆除すれば村役場から報奨金も出る。弘樹も貰っただろう?」


「はい」


 高校生のアルバイト代としては十分な額であり、今度お休みに彩実と町に映画を見に行く予定であった。

 確かタイトルは、『あんたの名は?』だったはずだ。


「みんなが幸せになる。すると利権構造ができあがってそれが続いていく。人間の業だな。害獣は怪人とは違うが、霞が関の連中はそんな細かいことは気にしない。村人に迷惑をかける存在を予算内で駆除しているのだ。文句など出ないよ」


「お茶のお代わりですか? どうぞ」


 瞳子は、一通り説明してから茶碗に残ったお茶を飲み干し、彩実にお代わりを要求した。

 彩実はすぐにお茶のお代わりを淹れる。


「美味いな。彩実、うちにアルバイトに来ないか? 放課後に基地の臨時職員扱いで」


「いいんですか? 実はアルバイトはしたかったんです」


 北見村に、高校生がアルバイトできそうなコンビニや飲食店は存在しない。

 農作業の手伝いくらいであったが、身内価格なのでどうしても安くなってしまうのだ。

 ちゃんとしたアルバイトなら、彩実はやってみたいと思っていた。


「時給は九百円出そう」


「そんなに貰えるんですか?」

 

 アルバイトの時給を聞いて彩実は目を輝かせた。

 北見村のある佐城県の最低賃金713円を軽く超える高額、大学生でも滅多にお目にかかれない、効率のいいアルバイトであった。


「瞳子さん! 基地臨時職員を雇う予算があって、メンバーの予算がないんですか?」


「ない」


「言い切った!」

 

 再びメンバーの増員を懇願する弘樹に対し、瞳子は冷たく一言で切り捨てた。


「ファーマーマン関連の予算に余裕はない。実は、猪俣さんがギックリ腰になってな。本当は今日ここに来る予定だったんだが、暫くは無理だと連絡が入った。彼女がいないと、部屋は荒れるばかりだ」


「自分で掃除しましょうよ」


 『いい年をした大人なんだから』というセリフを、弘樹はぐっと口の奥に押し込めた。

 彼女の機嫌を損ねて、ファーマーマン増員計画が消えるのを恐れたのだ。

 

「人には、得手不得手がある。私はたまたま家事が不得手だっただけ。これも運命だな。それで、引き受けてくれるかな?」


「いいですよ。放課後なら」


「助かった。今日から頼む」


「今日からって……本当に切羽詰まっていたですね……」


 こうして、彩実も北見村出張所でアルバイトをすることになった。

 一応、ファーマーマン臨時基地職員も兼任だ。

 実はそちらの仕事はほとんどないので、早速彩実は台所で夕食の支度を始めた。 


「あちゃあ……料理の前に掃除しないとなぁ……」


 彩実は、空の酒瓶と洗っていない食器の山で埋もれた台所でアルバイトを開始した。


「主な仕事は、掃除、洗濯、できれば冷蔵庫の中に酒のツマミにもなる料理などを作って入れてもらえると助かる。材料費などはちゃんと私に請求してくれ」


「「(この人、やっぱり駄目な女(ひと)だ……)」」


 自分で家事を一切やりたくないから、瞳子は以前弘樹から聞いていた家事万能な幼馴染をこの家にあげる許可を出した。

 高額の時給で釣り、絶対に雇い入れるつもりだったのであろう。

 瞳子のそんな意図に気がついた二人は、彼女を駄目人間扱いした。

 

「瞳子さん、酒を飲みすぎでは?」


 そして、彩実に酒のツマミにもなる料理を要求するほど、彼女は酒好きであった。

 毎晩酒を飲むので、ツマミにもなる料理を作ってくれと彩実に堂々と言い放つ。

 一応ファーマーマンの臨時基地職員扱いの彩実にさせる仕事ではないなと弘樹は思ったが、どうせ言っても無駄なので黙っていた。


「それで、武器ですよ。武器! 世の中のヒーローは、武器を持っているじゃないですか。剣とか弓とか銃とか」


 今回は増員を諦めたので、せめてなにか武器くらい支給してくれと、弘樹は瞳子にお願いした。


「予算がないのは確かだが、弘樹は武器を持てないぞ」


「持てない? どうしてですか?」


「十八にならないと許可証が出ない。ヒーローの武器は銃刀法の範囲外だが、持ち歩きと使用には許可がいる。これが十八にならないと駄目なのだ。どうせ予算もないから買えないけどな」


「ううっ……」


 せっかくヒーローになったのに武器も持てないなんて、弘樹はガックリと肩を落としてしまう。

 

「じゃあ、ヒーローが乗る専用の乗り物もですか?」


「ヒーローの乗り物は道路交通法が適用されるから、今の弘樹だと原付扱いの乗り物ではないと乗れないな。元々武器よりも圧倒的に高いから買えないけどな」


 そもそも予算不足でメンバーを増やせない戦隊が、専用の乗り物など買えるはずがなかった。

 弘樹も、その現実に気がついてしまう。


「これからも自転車で移動かぁ……」


 ファーマーマンあるある。

 怪人が出現したと連絡が入ると、弘樹は全力で自転車を漕いで現場に直行するのだ。

 ヒーロー体質なので、そのスピードはバイク並に速かったが。


「別に武器なんていらんだろうが。報告書は読んだぞ」


 ファーマーマンのトマレッドは、悪の組織宇宙自然保護同盟の四天王二人と五回戦い、五回ともほぼ一撃で倒している。

 ぶっちゃけ、トマレッドがぶん殴れば大抵の怪人は意識を失うほどのダメージを受けてしまうのだ。

 武器などあっても邪魔なだけ。

 瞳子は、そう結論づけた。


「弘樹は強い。私なりに色々と検証してみたのだが……」


「それで?」


「下手な武器を使うよりも、お前が殴った方が威力があるのだ。よって武器の導入計画はない」


 トマレッド、強すぎるばかりに武器を持たせてもらえない事が、今確定した瞬間であった。





「栗原さん」


「瞳子いいぞ」


「瞳子さん、台所にあった里芋と大根で煮物を作っているですけど、味見してもらえませんか?」


 二人で話をしている間も、彩実は真面目に台所を掃除し料理を作っていた。

 時給九百円が効果絶大だったというわけだ。

 ただ、瞳子の食事を作るのは、ファーマーマン基地臨時職員の仕事ではないと弘樹は今も思っている。


「美味いが、もう少し味を濃くしてくれ。酒に合うように」


「瞳子さん……」


 この人、高血圧とアル中にならなければいいなと弘樹は思った。


「まだ高校生なのに料理が上手で羨ましいことだ。私が男なら、彩実を嫁に貰うんだがな」


「えっーーー! 私はノーマルですから!」

 

 ついでに言うと、弘樹のお嫁さんになりたいと彩実は言いたかったが、さすがにこれは恥ずかしくて言えなかった。


「冗談だ。私もノーマルだからな。家事が万能で、私をグータラさせてくれる男性はこの世にいないかな」


「「あはははっ……」」


 そんなことを言っている限りこの人は永遠に結婚できないなと、弘樹と彩実はほぼ同時に確信するのであった。


「里芋と大根で煮物、ホウレンソウとベーコンのバター炒め、白菜の浅漬け。今日はこれでいいですか?」


「十分だ。これから毎日彩実はアルバイトだからな」


「土日もですか?」


「むしろ、土日は本格的に飲むからな。せめてどちらかは来て二日分飯を作ってくれ!」


 豊穣戦隊ファーマーマン司令栗原瞳子、彼女は自分で料理を作る気などサラサラなかった。

 さらに言うと、土日に仕事をする気もサラサラなく、本格的に飲みたいのでツマミを作ってくれと彩実に頼む始末。

 弘樹は、彩実を連れてきたことをちょっと後悔し始めていた。


「瞳子さんって、自分で料理をした経験は?」


「食材への冒涜になってしまうからな。家に置いてある野菜類も、この村の心優しい住民の方々のお裾分けだ。無駄にはできないと思うのだが、私ではいつも無駄にしてしまうのだ」


 つまり、瞳子はメシマズ女であった。

 弘樹は、余計婚期が遠のくなと心の中だけで思った。


「土日は時給が百円増しだ」


「行きます!」


 彩実も女子高生となり、色々と物入りとなった。

 それを見越して土日の時給アップを約束するあたり、瞳子は悪知恵が回るなと弘樹は思った。


「あのぉ、ご飯くらいは自分で炊いてくださいね」


「……これは、米でできている」


 瞳子は、最近お気に入りの地酒の瓶を二人に見せながら堂々と言い放つ。

 実は彼女、ご飯すら炊けないマシマズ女であり、世間に数多いるメシマズたちの頂点に君臨する女性であった。


「一食分ずつラップに包んで冷凍庫に入れておくので、レンジでチンしてくださいね」


「助かる」


 駄目だこりゃと、彩実はお米を洗い始めた。


「メンバーは増えない。武器もなしですか……確認のために聞いておきますが、ロボットはないですよね?」


 ヒーロー物といえばロボだ。 

 敵も巨大化したり、怪人がロボットを操って戦うケースもあるので、それに対抗するロボットを持つヒーローもいた。

 今の時点では完全に夢だが、弘樹もヒーローになった以上、ロボットがほしいなと思っていたのだ。


「当然無理だが、持つとロボット本体の数倍金がかかるぞ」


「そうなんですか?」


「当たり前だ。ロボットを野ざらしにできるか? 収容する基地と設備に、定期的にメンテナンスも必要だ。壊れたり古くなれば部品を交換しなければいけない。精密機械の高度な専門知識はあるか? 整備を行う整備士への賃金もある」


 古民家を基地だと言い張っている状態ではファーマーマンにロボットを置く格納庫など用意できず、その前に元々ヒーローが使う乗り物やロボットは普段隠さなければならないので、格納庫は地下や普段人が近寄らない場所に建設しなければならず、莫大な建設費用がかかる。

 劣悪な場所に建設された基地や格納庫は頻繁な修繕が必要で、これも経費を増やす要因となる。

 高度な施設は資産価値が上がるので、固定資産税も地味に痛かった。

 加えてもし待望のロボットが持てても、その維持費で莫大な経費がかかり続ける。

 メンバーすら増やせないファーマーマンにロボットなど、夢のまた夢というわけだ。


「私はここが気に入っているからいいが、整備士を募集しても来ないだろうな。宿舎はあるんだが……」


 北見村には人が住んでいない空き家も多く、Uターン、Iターン希望者には、格安で販売したり貸す制度もある。

 実は、この出張所兼基地もその制度で買い取られていた。

 なのでこの村には住む場所が沢山あるのだが、この村に住みたい若い人は滅多にいないというのが現実であった。

 

「ついでにいうと、ヒーローもこの村には来ないだろうな。弘樹はたまたまこの村に住んでいたというわけだ。ファイナルマンが、この村に家を持っていてよかったな」


 ファイナルマンとは、弘樹の祖父で最後の伝説(レジェンド)と呼ばれている最強のヒーローの名であった。

 弘樹の祖父赤川無敵斎(あかがわ むてきさい)……変わった名だが実は本名である……は、第一線を退いてから、小学校に入学する弘樹と共にこの村に住み始めた。

 無敵斎の娘……弘樹の母だが……とその夫である弘樹の父は、頻繁に転勤と海外出張をしなければいけない仕事を夫婦でしており、弘樹が小さい頃は都内を転々としていたが、小学校に上がるのを機にこの村に定住したのだ。


 無敵斎は若くに連れ合いを亡くしており、男二人では家事に不安があったので、この村で育った弘樹の母は幼馴染の姫野祥子……彩実の母親である……に無敵斎と弘樹の面倒を頼んだというわけだ。


 半ば引退して暇な無敵斎は、空いている時間に弘樹を鍛えに鍛えた。

 娘がヒーロー特性を継がなかった分、孫の弘樹に期待したわけだ。


 実際弘樹には才能があり、弘樹が小学校を卒業するまで、無敵斎は弘樹をヒーローとして鍛えた。

 そして弘樹が中学生になるのと同時に、突然『インドで修行してくる』と言って村を出て行き、三年以上も連絡がない。

 弘樹は、あの祖父が死ぬとは微塵も思っていないのでまったく心配していなかった。

 むしろ、自分の祖父に挑むであろう怪人たちの身を案じているくらいだ。


「祖父ちゃん戻って来ないかな? この村のヒーローに向いているよ」

 

 高齢化が進む過疎の村なので、同じ老人である無敵斎がヒーローになればちょうどいいわけだ。


「もしこの村にいれば応援を頼んだであろうな。しかし、いないものは仕方がない」


「ですよねぇ……ヒーローも怪人も余っているのに……」


 ヒーローになれる人は、生まれつき『ヒーロー特性』というものをもっている。

 どんなものかとか、どうやって見分けるのかといえば、見れば子供にでもわかる。

 普通の人間を超越する身体能力を持っているから当然だ。


 怪人も『怪人特性』がなければ怪人になれないのだが、この特性は遺伝しやすい。

 代々ヒーロー、代々怪人の家庭も珍しくなかった。

 ところが、特性を持っていても普通の仕事に就いてしまう者も多い。

 それはヒーロー・怪獣共に、最近は数が増えすぎて本業では生活できないからという理由があった。


「それでも、『こんな田舎まで来たくない!』というヒーローは多いのだ。条件のミスマッチだな。第一、宇宙自然保護同盟がこの近辺を本拠地にするとは驚きだ」


 なにしろ農林水産省は、ファーマーマンを怪人と戦わせる予定ではなかったのだから。

 害獣が相手だから、一人で十分という計画だったのだ。


「もし宇宙自然保護同盟が新しい怪人を繰り出してきたらどうします?」


「そこで弘樹が苦戦すれば追加のメンバーを……駄目だな、予算がない」


「「酷いなぁ……」」


「現実の前に綺麗事は無力なので、嘘はつけないな」


 どうやら、ファーマーマンは暫く一人で活動しなければいけないようだ

 弘樹は、早く自分一人なら苦戦するほど強い怪人が出ないかなと、心から祈るのであった。

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