第4話 新怪人登場

「ふっ、つい数日前にデビューしたC級ヒーローに、これまで様々な悪の組織を渡り歩いた歴戦の猪マックスさんが連敗ですか。これは恐ろしい敵ですな。豊穣戦隊ファーマーマンのリーダートマレッドとは」


「嫌味か! このクソ鹿が!」


「いえいえ、私は本当にそう思ったわけでして」


「……(この野郎! 微塵もそんなことは思っていないくせに!)」


 



 ここは、北見山山中の秘密の場所にある、宇宙自然保護同盟の本部アジト。

 トマレッドに連敗して戻ってきた猪マックス・新太郎に対し、不在のビューティー総統閣下に代わりに留守を守っているニホン鹿の顔をした怪人が、底意地の悪い笑みを浮かべながら、彼に対し嫌味を言い放つ。


それを聞いた猪・マックス・新太郎は、不機嫌さを隠さずに顔を歪めた。


「奴は、ただの新人C級ヒーローとは思えん!」


「あなたにとってはでしょう? ビューティー総統閣下も、見栄えだけ立派な余所者を四天王にするから」


「口先だけのニホン鹿が嫉妬か? 生え抜きの人員だけでは幹部が増員できなかったくせに、ビューティー総統閣下が自ら採用した俺に文句か? お前は、ビューティー総統閣下に怪人を見る目がないと言いたいわけだ」


「そんなことは言っていない!」


「ほう、俺様にはそう言っている風に思えたがな」


「お前の勘違いだ!」


「それは誤解してすまないな」


「クソッ!」


 猪・マックス・新太郎の仕返しに、今度はニホン鹿の怪人が顔を歪ませる。


 顔がニホン鹿である怪人の名は、『ニホン鹿ダッシュ・走太』と言った。

 身長は日本人の平均ほどで痩せ型、彼の特技は誰よりも素早く攻撃することと、日本の山野に多数いるニホン鹿を配下にして戦わせることだ。

 彼は宇宙自然保護同盟設立当初からの生え抜きで、現在四天王筆頭として、留守が多いビューティー総統閣下の代わりに、移転したばかりの本部アジトを守っていた。


「ビューティー総統閣下は、あと一週間ほどこの本部アジトに来れない。それなのに無様に敗北しおって!」


「俺様はお前よりも戦闘力はあるが、それでも負けたんだ。トマレッドは強い!」


 猪マックス・新太郎B級怪人だが、もうすぐA級に手が届くと言われており、実はかなり強い怪人である。

 戦績も経験も豊富で、これまで複数のヒーローたちを倒してきた。

 対峙したヒーローの技量を見抜くのも上手い。

 その実績があったからこそ、宇宙自然保護同盟に幹部として引き抜かれたわけだが、その彼をして、トマレッドは異常に強いと判断したのだ。


「あてにならないな」


「聞く耳持たずか……」


 猪マックス・新太郎とニホン鹿ダッシュ・走太の仲は悪い。

 それは、宇宙自然保護同盟が規模を拡大した時、人材不足を外部からのスカウトで補ったからだ。

 生え抜きから幹部になったニホン鹿ダッシュ・走太からすれば、外様なのにいきなり四天王次席に任じられた猪マックス・新太郎は気に入らない。

 猪マックス・新太郎からすれば、生え抜きだからという理由のみでビューティー総統閣下の代理として留守を守ると称して本部アジトに籠りきり、ヒーローとの戦いを自分や外様の怪人たちばかりに任せきりのニホン鹿ダッシュ・走太が気に入らない。


 悪の組織のみならず、どこの会社や組織でもある生え抜き対外様の争いでもあったというわけだ。


「戦闘員の犠牲も多い。可哀想に、上司が無能だから戦闘員たちはお肉にされてしまった」


「うぐぐ……」


 これまで三回の戦闘で、猪戦闘員十五匹があの世に旅立った。

 トマレッドは気絶させただけで、地元猟友会が解体してお肉にしてしまったのが真実だが、それでも犠牲は犠牲だ。


 ただ北見山も、日本にある他の山地と同じく猪、ニホン鹿などの増殖と食害に悩まされており、戦闘員は比較的簡単に補充することが可能であった。


「とにかく、連敗したあなたは一回休みです。他の四天王を出しましょう」


「好きにすればいいさ。だが誰を出す? お前が出るか? なにしろ四天王筆頭様だからな。余裕でトマレッドを倒すのであろうな」


 今度はこちらの出番とばかり、猪マックス・新太郎はニホン鹿ダッシュ・走太に嫌味を言い放った。

 彼は知っていたのだ。

 ニホン鹿ダッシュ・走太が四天王筆頭なのは、やはり組織設立時からのの生え抜きなのと、どちらかというと戦闘力よりも高い組織運営能力を買われての筆頭就任であるのをだ。

 戦闘力では自分の方が上であると、猪マックス・新太郎は大分前から分析していた。


「……」


「そういえば、ビューティー総統閣下がお越しになられるまでこの本部アジトを離れられませんでしたな。ということは、ビューティー総統閣下がお出ましになられたその時が、トマレッド最後の時というわけですか」


「……『鴨フライ・翼丸』に任せる……」


 鴨フライ・翼丸も、四天王の一人である。

 その名のとおりに野生の鴨を支配下に置き、戦わせることが可能な怪人であった。

 彼もスカウトされた外様幹部であり、ニホン鹿ダッシュ・走太からすれば功績をあげさせてしまうことに抵抗がないわけでもないが、彼は四天王の第三席。

 トマレッド討伐の功績をもって四天王次席の地位を与え、第三席に降格した猪マックス・新太郎と争わせることを意図していた。


 この二人が次席の座を狙って争うようになれば、自分の四天王筆頭の地位も安泰。

 ニホン鹿ダッシュ・走太は、そういう風に考えたわけだ。

 怪人らしくないと言われればそれまでだが、ニホン鹿ダッシュ・走太としても四天王筆頭の地位を外様の怪人に奪われるわけにいかなかった。


 勿論今の地位を失うのも嫌だが、外様怪人に力を与えすぎると、彼らがビューティー総統閣下に対し下剋上を行う可能性もあったからだ。

 悪の組織では、定期的にクーデターが発生するのがすでにお約束となっている。

 自分が四天王筆頭に居続けることで、彼らをけん制する目的もあったのだ。

 決して、プライドや私利私欲のためではなかった。


「いいんじゃないか? ただ、トマレッドは強い。それだけは言っておく」


「お前は地の怪人で、鴨フライ・翼丸は空の怪人だ。トマレッドとやらは、空からの攻撃には弱いかもしれない」


「そんな柔な奴には見えなかったが……試す価値はあるのかな」


「とにかく、トマレッドとやらには鴨フライ・翼丸をつぶける。異存はないな?」


「別にないな。怪人とヒーローは戦うものだ」


 こうしてトマレッドに対し、第二の刺客が放たれることとなるのであった。




「こんなことは言いたくないのですが、ニホン鹿さんも相変わらずですね」


 猪マックス・新太郎が鴨フライ・翼丸にトマレッド討伐命令を伝えに行くと、彼は醒めたような表情を浮かべていた。

 彼も宇宙自然保護同盟の組織拡大に伴い、外部から四天王に抜擢された怪人である。

 外様にいい顔をしない四天王筆頭ニホン鹿ダッシュ・走太に対し、彼もあまりいい感情を抱いていなかった。


「僕は真正面から戦うタイプの怪人じゃないんですけどねぇ……あの人、それがわかっているはずなのに無茶を言うなぁ……」


 鴨フライ・翼丸は飛行可能な怪人であり、一度に数百羽の鴨たちを従え戦わせることが可能であったが、直接の戦闘力でいえばニホン鹿ダッシュ・走太にも劣る。

 元々偵察、奇襲、特殊工作が得意な怪人であり、単独で真正面からヒーローに立ち向かうのは不得手なのだ。


「猪マックスさんがタイマンで勝てないヒーローに、僕が一人で勝てるはずありませんよ」


「トマレッドは、まだ未知数のヒーローだ。奴の言うとおり空からの攻撃には弱いかもしれない。という意見に反論できなくてな」


「試す価値がないわけでもないのか。もしかして、僕を合法的に消そうとしているとか?」


「それはないと思う。我々外様組憎しで判断を誤ったんだろう」


「そうかな? 僕がいなくなれば、穴熊スコップさんが次の四天王でしょう? あの人は生え抜きじゃないですか」


 穴熊スコップ・大地は、宇宙自然保護同盟創設時から所属している怪人であった。

 野生のアマグマを操って戦うのだが、四天王になれるほど強くない。

 ところが、つき合いが長く真面目な彼をニホン鹿ダッシュ・走太は気に入っており、どうにか四天王にしてやりたいと願っていた。

 そんな事情を、鴨フライ・翼丸は知っていたのだ。

 つまり、自分をトマレッドに消させ、その後釜に穴熊スコップを就任させようとしているのではないかと。


「能力よりも勤続年数ですか……悪の組織なんですけどねぇ……ここ」


 バカなんじゃないのかと、鴨フライ・翼丸は悪態をついた。


「我々がいくら怪人でも、日本の組織風土からは逃れられないというわけさ。ビューティー総統閣下は、お前の特殊能力を認めて四天王にしたんだ。いくら四天王筆頭でも、この人事は変えられないさ」


「僕が死ななければですけど。これは作戦を立てないと」


「倒せたらいいがな」


「難しいと思うけどなぁ……」


 鴨フライ・翼丸は、せめてトマレッドに殺されないようにと作戦を立て始めた。




「やめてくれぇーーー! ようやくスクスクと伸びてきたイネがぁーーー!」


 今日も北見村の住民が、怪人によって酷い目に遭わされようとしていた。

 『日本の棚田百選』にも選ばれた棚田を維持している三上善右衛門さん(六十八歳)の叫び声が村中に木霊する。


「あーーーはっはっ! 僕が率いている鴨たちが、その稲を全部食べてしまうぞ。人間は勝手に山を削って田んぼなんて作ってしまう。それをこの僕が正し、不自然な棚田を自然に戻してあげよう」


「やめてくれーーー!」


「待てい!」


 鴨フライ・翼丸が配下の鴨達に稲を全部食べてしまえと命令した瞬間、強い意志を感じさせる声がそれを止めに入る。


「何者だ?」


「三上のオジさんが丹精込めて育てている稲を食い散らかそうとする悪党め! このトマレッドが……って! また同じパターンかよ!」


 さすがにこの短期間で、四回連続同じような悪事を働かれてしまうと、トマレッドも飽きてしまうというものだ。


「仕方がないじゃないか」


「なぜだ?」


「僕たちは宇宙自然保護同盟に所属している。過剰な開発で地球上の生物の生息地を奪う人間に対し、破壊活動で自然を取り戻すのが主目的だからねぇ。やり方は間違っていないじゃないか」


「確かにそうだな……」


 鴨フライ・翼丸の反論に、トマレッドはなにも言い返せなかった。

 宇宙自然保護同盟は人間側から見れば悪の組織だが、地球環境の観点から見れば必ずしもそうではない。

 実際、この手の悪の組織に対し密かに資金援助している市民団体などもあった。


「畑は自然じゃないし、面積も大きいからね。わかりやすい悪事でしょう?」


「それは納得したが、夜中に悪事を働かないのか?」


 トマレッドからすれば、勤労学生である自分が活動しにくい夜中に畑を襲えばいいのにと思ってしまう。


「少なくとも、僕には無理だね」


「どうしてだ?」


「僕は鴨たちを使役して戦う怪人だから、夜目が利かないんだよ」


「ああ……鳥目ね……」


「僕も鴨の怪人である以上、その業からは逃れらないのさ」


 鴨フライ・翼丸もそうだが、彼が率いている鴨たちも夜の暗さは苦手であった。

 鳥目では、夜の活動は難しいというわけだ。


「じゃあ、猪に任せろよ」


「それね。昨日、猪マックスさんから聞かなかった? 夜は超過手当てが高いから、うちの組織、夜間の出撃はなるべくしない方針なんだ。猪マックスさんは奥さんと娘さんがいるし、夜の作戦で失敗すると、経費の無駄だってうるさい人がいるからねぇ……」


 鴨フライ・翼丸がいう『うるさい人』とは、勿論あのニホン鹿ダッシュ・走太のことである。

 彼の脳裏に、嫌味を言う上司の姿が浮かびあがった。


「お前ら、えらくのん気だな……」


「自然相手の商売だから、あまり焦ってもね。そういうことだから、早速始めようか?」


「いいだろう」


「僕の使役する鴨は一羽一羽は弱いけど、数の多さで優位に戦えるんだ。鴨たちよ! トマレッドにあの技を見せてやれ! 必殺『死の羽』!」


「死の羽?」


 鴨フライ・翼丸の合図とともに、数百羽もの鴨たちが、トマレッドの上空で激しく羽ばたきをしながら周回を始める。

 すると、取れた鴨たちの羽から取れた羽毛が真下にいるトマレッドに降り注ぎ、それが彼の体に張り付いてきた。


「なっ! この羽取れないぞ!」


「羽を取れなくするのが僕の妙技なのさ。ほうら、次第に張り付いた羽が君の動きを阻害していく」


「クソっ! 羽なのに重たい! 手足が動かしにくくなってきた!」


「それだけじゃないよ」


「息が!」


 ヘルメットに張り付いた羽が、今度はトマレッドの呼吸を阻害していく。

 このままでは確実に、トマレッドは窒息死してしまうはずだ。


「僕は力技で戦うのが不得手でね。だからこんな奇策を用いるわけだ。窒息死しても悪く思わないでね」


 『死の羽』は多くの鴨たちを従えないと使えない技であり、この時のために苦労して多くの鴨たちを従えておいてよかったと、鴨フライ・翼丸は安堵のため息をつく。

 さらに言えば、これであのうるさいニホン鹿ダッシュ・走太にどやされないで済むなと。


 ところが、それは少し早計であった。


「お前、ガチで戦うのは苦手なのか……わかったような気がする。俺の動きと呼吸を阻害すのはいいアイデアだったな。だが、非力すぎるぜ! 『トマレッドショックウェーブ』!」


 トマレッドが数秒気合を溜めて体から衝撃波を出すと、彼の体に張り付いていた羽はすべて吹き飛ばされてしまった。

 

「バカな! 僕の情報では、ショックウェーブは蹴りから繰り出されるはず!」


「今まで披露していなかったらわからないかもしれないが、衝撃波なら自由に出せるぞ。ほら」


 トマレッドが続けて衝撃波を上空に向けて放出すると、周回して羽をバラ撒いていた鴨たちがバタバタと気絶しながら落ちてきた。


「僕の鴨たちがぁーーー! こらぁ! 鴨は弱いんだぞ!」


「知るか! じゃあ、お前が戦え!」


「あがっ!」


 一瞬で駆け寄ったトマレッドが鴨フライ・翼丸の鳩尾に一発パンチを入れると、それだけで彼は意識を失ってしまった。

 そして残された鴨たちであるが、彼らは鴨フライ・翼丸の命令がないと撤退すらできない。


「悪く思うなよ」


 鴨フライ・翼丸が苦労して集めた鴨たちは、すべてトマレッドにより狩られてしまうのであった。




「あっ、鴨肉とネギだ」


「彩実、今夜は鍋にしようぜ」


「そうだね」


 鴨フライ・翼丸による棚田の稲全滅作戦は、トマレッドの活躍により無事阻止された。

 彼が家に鴨肉とネギを持ち帰ったのは、三度猟友会の方々が気絶した鴨をすべて回収し、また猟友会のお爺さんから帰りに鴨肉を貰いに寄れと言われたからだ。


「そんなに沢山獲れたんだ」


「ちょっと数が多くてひいたけどな。ただ、鴨は狩っても駆除の報奨金が出ないんだよなぁ……」


「次はまた猪さんだといいね」


「それは言えてる」


 鴨は猟友会の人たちがこれから処理し、ジビエ肉として販売したり、ふるさと納税の返礼品にする予定であった。

 そのまま捨ててしまうと勿体ないので、不足する税収を補うために利用させてもらうというわけだ。

 これも、過疎化が進む地方自治体の現実というわけだ。


「このネギは?」


「三上のオジさんから貰った」


 棚田の米はまだ収穫期ではないため、代わりに自家栽培しているネギを貰ったというわけだ。


「鴨が沢山獲れたから、鴨葱?」


「そういう意味なのかな?」


「さあ?」


「鴨、美味しそうだね。ヒロ君はお鍋は何味がいいの?」


「そうだなぁ……猪鍋は味噌だったから、醤油味でよくないか?」


「醤油だね。すぐに作るから」


 こうして今日も、弘樹は姫野家の人たちと温かい夕食を共にするのであった。 

 今回も無事怪人を退けたが、明日はどうなるか神にもわからない。


 油断することなく一人で戦え、トマレッド!

 頑張れ、トマレッド!

 北見村の平和は、君の手にかかっているのだから。

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