第3話 ヒーロー・怪人事情
「先日は、二日連続で思わぬ不覚を取ったが、今日こそはこの北見村を自然に戻してやる! 倍に増やした猪戦闘員たちよ! この白菜畑の白菜をすべて食い散らかしてしまうのだ!」
「「「「「「「「「「ブヒィーーー!」」」」」」」」」」
「せっかく収穫を迎えた白菜になんてことを! 去年は生育不良で高値だったのが、ようやく相場が元に戻りつつあるのに!」
「あなたたちは、また白菜の価格を高騰させてみんなを苦しめるというの? 酷い! 酷いわ!」
「あーーーはっはっ! 愉快愉快! お前らの悲しみの声こそが、ビューティー総統閣下の喜びとなるのだ!」
今日も北見村にある白菜畑において、とある善良な夫婦の悲鳴が木霊する。
怪人により虐げられている彼らに、果たして救いはあるのか?
「待てい!」
「何者だ?」
先日に続き、猪戦闘員たちに白菜畑を荒らすように命じた悪の組織宇宙自然保護同盟四天王の一人猪マックス・新太郎が声の方を向くと、そこには今日もあの男が立っていた。
先日、先々日と、自分を倒したあの赤い男が。
この北見村において唯一活動している、豊穣戦隊ファーマーマンのリーダートマレッドその人であった。
「都内の電機メーカーを円満に定年退職し、ご両親が残した白菜畑で一から農業を始めた夫、スーパーでパートをしながら二人のお子さんを育て上げ、今は夫の農作業を手伝う妻。そんな高田夫妻が丹精込めて育て上げた白菜を台無しにしようとする怪人め! このトマレッドが許さないぞ!」
白菜畑を見下ろせる小さな丘の上に、デビュー三日目の豊穣戦隊ファーマーマンのトマレッドが今日も決めポーズを取っていた。
勿論今日もたった一人でだ。
妙に白菜農家高田順三・良子夫妻について詳しいようだが、同じ村の住民なので当然、これが村社会の現実なのだ。
「なんだ、また一人かよ……」
猪マックス・新太郎は、今日も一人しかいない自称戦隊ヒーローを見てため息をついた。
「『お役人が、臨機応変に人を増やすなどあり得ない!』と、瞳子さんが言ってたからな。お前こそ、戦闘員は猪で人間なんていないじゃないか!」
「俺様は猪の怪人だからいいんだよ! わずかな期間で先日の倍の猪戦闘員たちを用意した俺様に比べてお前は……」
せめてもう一人くらい連れて来い。
そうでないと興ざめじゃないかと、猪マックス・新太郎はトマレッドに文句を言った。
「俺一人でも、お前たちなんてイチコロだ。昨日一昨日と、滅茶滅茶弱かった癖に……」
「あれは油断があったからだ! 今日こそは……行け! 猪戦闘員たちよ!」
「「「「「「「「「「ブヒィーーー!」」」」」」」」」」
先日に続き今日も、猪戦闘員たちが一斉にトマレッドに襲いかかった。
だが……。
「トマレッドパンチ! トマレッドキック!」
トマレッドがただ殴る、蹴るしただけで、猪戦闘員たちはすべて沈黙してしまった。
その時間わずか数秒、あっという間の出来事である。
「相変わらず無駄に強いな……しかし! もうちょっと気の利いた攻撃ないのか? ただ殴って蹴るだけじゃないか! ヒーローらしい武器や必殺技はないのか?」
いくつかの悪の組織を渡り歩いた猪マックス・新太郎からすると、ただ殴る蹴るだけのトマレッドに大いに不満があった。
お互いに、必殺技などを繰り出してこその怪人とヒーローだと思っていたからだ。
「武器? 必殺技?」
「そうだ!」
「俺もほしいと思うけど、瞳子さんが予算不足だって」
「結局、行き着く先はそこかよ!」
猪マックス・新太郎は、この世の世知辛さに思わず頭を抱えてしまう。
世の中、所詮は金なのかと。
そこは否定しないが、せめてヒーローの武器くらいは揃えてほしいと願わずにいられなかった。
「今年の予算だと、ヘルメットとスーツ一式で精一杯なんだと」
「まあ、ヘルメットとスーツは高いからな」
怪人と戦うための装備だし、変身機能をつけるとかなり高額な品となってしまう。
現在では、ヒーロー体質があるのにヒーローにならない者も増えており、その理由の一つに高額なスーツ代という問題もあったのだ。
「俺のスーツ代は農林水産省が予算を出してくれたけど、独自にやっているヒーローなんてスーツ代は自前だからな。安いけど性能が怪しい○○○○製とか、中古スーツに手を出す奴もいるみたいだけど、俺は仮にも農林水産省のヒーローだからなぁ……農林水産省のヒーローが外国製のスーツってのもなぁ……TPPとかの問題もあって、安価な外国産はJAや国内の農家や漁業関係者を刺激するからって理由で国産の高級オーダーメイドスーツにしたら、高くついて武器に手が回らなかった……って瞳子さんが言ってた」
「そうか……」
これは、武器は期待できないなと猪マックス・新太郎は思った。
同時に、戦隊ヒーローなのにメンバーが一人しか揃えられない時点でおかしなことでもないのかと。
「あれ?」
「どうした? 猪」
「そのヘルメット、どこかで見た記憶が……ああっ! 思い出した!」
随分と前の話だが、猪マックス・新太郎が怪人デビューしたばかりの頃だったと思う。
彼は、弘樹が被っているヘルメットの元の持ち主を思い出した。
「それ新品じゃないぞ。もう十年以上も前のことだ。速攻で潰れた戦隊ヒーローが使っていたのと同じヘルメットだ」
「ええっ! 新品じゃないないのかよ! そりゃないぜ、瞳子さん!」
瞳子に騙された!
中古ヘルメットを新品だと言って被らされた弘樹は、彼女に対して怒りを爆発させた。
「名前は忘れたが、その戦隊ヒーローはすぐに潰れてしまったから、新古品扱いなんだと思う」
世の中には、少ない資金で戦隊ヒーローを立ち上げる者も多い。
そんな人たちに対し、潰れた戦隊ヒーローなどの装備品を安く販売する業者は存在した。
なお、そういう業者は悪の組織に向けても同じ商売をしており、よく戦っている戦隊ヒーローのメンバーと悪の組織の怪人がそういう店舗で鉢合わせをしてしまい、お互いに気まずくなるケースもたまに散見された。
今はネット通販が使えるので、そういう事例は減っているそうだが。
「すぐに潰れたって……猪が倒したのか?」
お前、もの凄く弱いのに……と、彼に連勝した弘樹は思わなくもなかった。
「お前、失礼なことを考えているな……俺様はお前が思っているほど弱くないんだ! 現に当時はその戦隊ヒーローに対しかなり優勢だったからな。だが、その戦隊ヒーローは悪の組織に潰されたわけじゃないぞ」
「じゃあ、どうして潰れたんだ?」
「資金難でなぁ……ヒーローも怪人も、先立つものがないと辛いよなぁ」
資金難で潰れる戦隊ヒーロー。
弘樹は、自分のところは大丈夫かと心配になってしまった。
「このヘルメット、新古品かよ」
「状態はいいみたいだし、昔のヒーローですぐに潰れたところなんて誰も覚えていないから問題ないと思うけどな。デザインが多少古いのは仕方がないか」
「確かに、少しデザインが古いような……」
「ヘルメットやスーツには流行があって、金があるところは定期的に変えるからな」
自分が気がついたのは当時何度も戦っていたからで、一般人でその潰れた戦隊ヒーローを覚えている人間なんてほぼ皆無のはず。
別に新古品のヘルメットでも問題なかろうと、猪・マックス・新太郎は断言した。
新しいヘルメットを手に入れるまで、トマレッドが出現しないと困るという大人の事情も存在したが。
「さすがに、スーツは新品だよな?」
弘樹は、慌ててスーツも中古品ではないのかとチェックを始めた。
詳しく調べたところ、さすがにスーツは新品のようだ。
「下手な中古スーツだと、水虫とかインキンが染るからな」
「マジかよ!」
「そんな話もたまに聞くな。怪人の装備品も中古を使う奴が多くて、まあ廃業した奴が買い取りに出したものなんだが……いい加減な業者だと手入れをしないで売るから、そういうこともあったらしい」
「ゲゲっ!」
「今は、そんな中古業者はほとんどいないから安心しろ」
それにしても、ヒーロー自身は強いのに、色々とツッコミどころばかりだなと、猪マックス・新太郎はため息をついた。
「話を戻そう。ヒーローには必殺技も大切だが、ちゃんとあるのか? 先日は色々とあって、その辺の確認があやふやだった記憶がある」
ヒーローには決められた装備品も重要だが、同じくらい必殺技も重要。
ちゃんと用意しているのかと、猪マックス・新太郎はトマレッドに尋ねた。
「必殺技かぁ……最近は、武器や装備頼りのものが多くないか? うちは用意できないからさぁ」
「そんなことはないだろう! 〇〇ダーキックとか、〇〇ダーパンチとか」
高価な武器や装備に頼らず、必殺技は自分で獲得するものだと、猪マックス・新太郎は弘樹に対し力説した。
「それなら、先日俺が使ったトマレッドショックウェーブがあるだろうが」
「そう! それだよ! 先日猪戦闘員たちには使っておいて、どうして俺様にはグーパンと踵落としなんだよ?」
「トマレッドカカト落としという技名がちゃんとあるぞ」
「技名がヒーローとして問題ありすぎだ! 不良の喧嘩漫画じゃないんだぞ!」
先日、ただのパンチと踵落としで倒されてしまった猪マックス・新太郎からすれば、せめて必殺技は自分に使えよと、弘樹に言いたくて堪らなかったのだ。
あと、『トマレッドカカト落とし』はジャンル違いなので絶対に封印しておけと。
「とにかくだ! ちゃんとした必殺技は、戦闘員にじゃなくて怪人である俺に使えよ! そこはルールをちゃんと守れよ!」
「怒ることか?」
「そこは怒って当然だろうが!」
いくつもの悪の組織を渡り歩いた中堅怪人である自分だからこそ、新人ヒーローであるトマレッドにちゃんと教えてあげなければいけない。
猪マックス・新太郎は、口調を強くして彼に業界のルールを説明した。
そこには、ヒーローも怪人も関係ないというわけだ。
「わかったよ。今日は、猪にそれを使うから」
「わかればいいんだ」
弘樹が年上に敬語を使わなかったり多少無礼ではあるとは感じたが、自分も彼と同じ年くらいの時にはこんな感じだったのを思い出した。
今は駄目でも、そのうち彼が大人になれば必ず理解してくれるであろう。
昔の自分もそれで随分と注意されたが、今はただ厳しく怒ればいい時代でもない。
同時に、そんな風に思えてしまう自分はもう年なのかもしれないと思う猪マックス・新太郎であった。
「では、始めようか」
「任せてくれ……「ヒロく~~~ん!」」
「って! またお前かよ!」
いざ一対一で勝負という時に、再びあの少女が現れた。
トマレッドの中の人である弘樹のお隣さんにして幼馴染の少女、姫野彩実が今日も姿を見せたのだ。
「ヒロ君、今日の夕飯はなににしようか?」
「なんでもいい」
「だから、それは一番困るんだって」
毎日夕食のメニューを考える身にもなってみると、彩実は弘樹に文句を言う。
というか、この会話の流れは先日にも聞いたなと、猪マックス・新太郎は思った。
「俺はアルバイト中だからちょっと待ってろ。すぐに倒すから」
「こら! 俺様との戦いを、夕食前の軽い運動みたいに言うな!」
いくら先日、先々日と連続して瞬殺されてしまったとはいえ、それがこれから戦う怪人に対しての態度かと、猪マックス・新太郎は弘樹に文句を言った。
「だって、お前、弱いじゃないか。そんな昨日今日で急に強くなるわけが……話の筋的に、パワーアップしたのか? あれから改造手術とかを受けて」
トマレッドは、猪マックス・新太郎が悪の組織からパワーアップのため改造手術を受け、その成果を見るため自分に戦いを挑んだのではと思ったのだ。
「いや、うちの組織でそういうことはしないな」
「そうなのか? 強くなるならいいんじゃないか」
悪の組織に所属する怪人だし、一度破れたヒーローに勝つためには改造手術も止む無しではと、弘樹などは思ってしまうのだ。
「昔はそんな話もよくあったけどな。そういう無理な改造手術って、副作用や反動が強いじゃないか」
「そうなのか?」
「なんのリスクもなしに強くなれるものか。そういうものだと思わないか?」
寿命が縮まったり、老後に後遺症に苦しんだり。
昔に改造手術を受けたヒーローや怪人で、老後に悲惨な結末を迎える人は少なくなかったと、猪・マックス・新太郎は弘樹に説明した。
「確かにそうだな」
「世の中、そんなに美味しい話はないというわけさ」
今の時代、いくら怪人でもそういう労働基準法に反する非人道的なことは止めようという流れになっていると、猪マックス・新太郎は説明した。
「警察とか自衛隊が関わるヒーローなどは、そういう酷いことをする悪の組織とは戦わないよう通達も出ているんだぞ」
警察や自衛隊に関わっているヒーローがそういう悪の組織を相手にしてしまうと、向こうもなるべく強い怪人を出そうと無理をしてしまう。
それで悪の組織だけが潰れるのならいいが、世論は無茶をさせたヒーロー側も批判する事例が増えており、『ちゃんとした悪の組織』のみと戦えという通達が業界内で出ていると、猪マックス・新太郎は語った。
「言いたいことはわかるけど、ちゃんとした悪の組織ってのも変な話だな」
「指導、通達はしても、100パーセント守れるわけがない。現場の苦労も知らず、日本のお上ってのは綺麗事が好きだなと、前にあるヒーローが愚痴ってたな。じゃあ、労働法規は守るが、弱い悪の組織と戦って盛り上がらなかったら、それはそれで文句を言う癖にって」
「大変なんだな」
トマレッドは、自分もこれからそんな苦労をするのかなと、思わずにはいられなかった。
「お前もアルバイトで大概だけどな。俺様も聞いたことはあったが、実際にこの目で目の当たりにしたのは初めてだ。パートや派遣のヒーローは何度か戦ったこともあるんだが……世の中、景気の悪い話ばかりだ」
「格差の広がりってやつか? 前に瞳子さんが、そんなことを言っていたが……」
「怪人も同じだけどな」
少数の勝ち組と多数の負け組というヒーローの格差問題が社会問題化してはいるが、さすがの猪マックス・新太郎も、アルバイトのヒーローはどうかと思う。
最低でも、パート待遇にはしておけと思ってしまうのだ。
同時に、自分は正社員なのでよかったとも。
「俺の場合、いつもは高校に通っているから、いわゆる勤労学生の扱いだ。アルバイトでもそう悪くなっていうか……」
「ヒーローは自営も多いからなぁ……労務管理で問題が出やすいのも事実だ。雇われても、普通は拘束時間の問題があってアルバイトにはしないぞ」
「そうなのか?」
「ヒーローと怪人は立場が違う。怪人は好きな時に悪事を働けるだろう? 比較的時間の自由が利くから、短時間しか働かない怪人がアルバイトをするのは、感心はできないがアリではある。ヒーローは、いつくるかわからない怪人の襲来に備えないといけないだろう? まあ、最近は深夜勤務が多いと手当ての問題があったり、若い怪人が嫌がるから、襲撃と戦闘は平日の昼間や夕方が多いけどな。彼女とデートできないから、休日の襲撃は嫌なんだと。最近の若い怪人はどうなっているんだろうな? 俺様にはさっぱり理解できん」
後半は愚痴になってしまったが、猪マックス・新太郎はヒーローと怪人の雇用事情について説明をする。
基本ヒーローは待機時間が長いため、非正規でも常勤が普通というわけだ。
「最近は〇インとかで連絡が取れるから、すぐに駆けつけて稼働時間だけ報酬を貰う雇用形態も徐々に出てきているって、瞳子さんが言ってた」
「ヒーローも世知辛いなぁ……お上が雇用の格差を広げてどうするんだよ」
高い税金を払っているのにそれはないよなと、猪マックス・新太郎は思ってしまう。
「でも、俺はあまり稼ぎすぎると両親の税金が増えて怒られるから、今の状態がいいんだ」
「そうか。勤労学生扱いだものな。あまり稼げないのか」
「そうなんだよ」
「うちは、そういうところはしっかりしているから問題ないけど」
悪の組織は、別途資金稼ぎをしているところも多く、税金をちゃんと払っているところが多かった。
泡沫組織には脱税をするところも多いが、税務署ほど恐ろしいところはない。
脱税が原因で潰れてしまうヒーローや悪の組織は、定期的にニュースになるほどだから。
「待てよ。となると、お前は放課後の時間の方がいいわけだな?」
「瞳子さんが学校と掛け合って、授業中の出動があった場合、公休扱いって話にはなっている」
普段まったく顔を出さないが、最低限そういう仕事はちゃんとやっているのかと、猪マックス・新太郎は瞳子を少し評価した。
「そうか。じゃあ、なるべく平日の午後四時から六時くらいに襲撃するようビューティー総統閣下に言っておくか」
「すまないな」
「学生の本分は勉強だからな」
猪マックス・新太郎、社会経験を積んで中堅怪人だけあって常識的でもあった。
これからつき合いも長くなりそうだし、お互い友好的に戦えるに越したことはないと。
同時に、もしトマレッドがいなくなると、自分達と戦うヒーローがいなくなってしまうという危機感も存在したが。
「怪人は自由でいいな」
「あくまでも、雇用形態の自由があるだけだぞ。考えてもみろ。単独の怪人って少ないだろう? 普通はどこかしら悪の組織に所属するものだ」
ほぼ全員が必ず悪の組織に所属するが、怪人は雇用形態が自由に選べる。
それは怪人には副業を持つ者も多く、必ずしも全員が正社員を望んでいるわけではないからだ。
ただ、一度正社員にしてしまうと解雇が難しいので、最近は派遣怪人に頼る悪の組織も多かった。
実力のある怪人のヘッドハント、フリーランスの怪人もいて、どちらかというと怪人の方が雇用には柔軟性があった。
だが、そういう怪人は組織に対する忠誠心や愛情に欠ける。
人手が足りない時には便利だが、ヒーローとの戦闘が終わるとそそくさと帰宅してしまうので、『なんだかなぁ』と、猪マックス・新太郎などは思わなくもないのだ。
「それって、ヒーローも同じなんじゃないのか?」
「ヒーローと怪人は目標が違うからな。悪の組織は、基本的に世界征服かそれに類する目標がある。いまだ誰も達成していない快挙ゆえに、悪の組織は長期スパンで計画を立てるな」
そのため、資金稼ぎで別の商売をしたり会社を経営するところも多く、資金量は豊富な悪の組織も多い。
あまりなにも考えないで悪の組織を設立し、すぐに潰れてしまうところも多かったが。
この辺は起業に似た部分があると、猪マックス・新太郎が弘樹に説明した。
「資金力が豊富な組織は、実力のある怪人を好待遇で囲うからな。実力のある怪人は引っ張り凧、駄目な怪人はフリーターとさほど変わらない。諦めて堅気の世界に戻る奴も多い」
中堅怪人猪マックス・新太郎は、今まで多くのそんな怪人を見てきたと説明する。
自分がこうして怪人をやっていられるのは、運の要素も強いのだと。
「怪人も大変なんですね」
「そうだな。俺様も若い頃は、下積みで苦労したものだ。実績のない若い怪人は泡沫組織か、評判の悪いブラック悪の組織に入るしかない。そこで根性入れて経験やスキルを得れば、転職で待遇のいい組織に移れるというわけだ。確実にそうなるという保障もなく、厳しい世界だがな」
「じゃあ、猪マックスさんは転職を重ねて中堅怪人になったんだ」
とそこに、興味が増した彩実も会話に加わってきた。
「そうだ。いくつか悪の組織を渡り歩いてな。もうヒーローに潰されてしまって存在しない悪の組織が大半だが。今所属している宇宙自然保護同盟の規模拡大と北見山移転の際にスカウトされたのさ。俺様も決して若いとは言えないし、嫁さんと娘も養わなければいけない。正社員待遇だったから、話に乗ったわけだ」
「えっ! 猪さんは結婚しているんですか?」
「まあ、普通はそういう反応だよな」
「すいません……」
「いや、それで正解なんだ」
猪マックス・新太郎は、勝負の邪魔ばかりしている娘だが、素直に謝る彩実はいい子なのだと思った。
「怪人は将来がわからない商売だから、当然嫁さんの両親にも結婚を反対されたさ。でも、嫁さんは駆け落ちしてでも一緒になってくれるって言ってくれてな。嫁さんの熱意に負けて彼女の両親も最後は認めてくれたし、孫は可愛いみたいでな。そんなわけで、俺様も生活を安定させることを優先したわけだ」
「そうだったんですか。ということは、これからも宇宙自然保護同盟で?」
「今は四天王で戦闘面で支えてるけど、怪人も加齢による力の衰えは防げない。徐々に組織管理の方に重点を置かなければな。幸いにして、弱小ながら悪の組織の運営を手伝っていたから経験はあるんだ。それなりに業界も長いから、横のつながりもある。とはいえ……」
一旦言葉を止め、猪マックス・新太郎はトマレッドに鋭い視線を送る。
「最低でもあと数年、そんなつもりはないがな! トマレッド! 我が力、存分に味わうがいい!」
猪マックス・新太郎は、トマレッドに対して突進を開始する。
先日は命中しなかったが、まともに受ければ全身の骨がバラバラになってしまう、猪マックス・新太郎必殺の突進であった。
「今から聞こえるぞ! 貴様の体中の骨がバラバラになる音をな! はっはっはっはっはっ! 死ねい!」
「トマレッドショックウェーブ!」
「がはっ!」
残念ながら、今回も猪マックス・新太郎の予想どおりとはいかず、彼はトマレッドが蹴りと共に放つ衝撃波によって意識を失ってしまった。
まさに猪突猛進。
話をしている時とは違って、猪マックス・新太郎は戦闘になるとどうしても猪の本能が優先されてしまう。
そのため、どうもトマレッドとは相性が悪い……彼がただ強すぎるだけという説も根強かったが。
続けて、ついでとばかりに倍の十匹を揃えた猪戦闘員たちもショックウェーブの余波で気絶した。
弘樹のパンチとキックから目を覚ましたばかりだったのだが、その直後の不幸であった。
今回も、あっという間に戦闘が終わってしまった。
「猪の言うとおり、ちゃんと必殺技を使ったぞ。さて、今日もこれで終わりだな」
トマレッドは、昨日に続き畑の傍で気を失う猪マックス・新太郎に声をかけてから変身を解いた。
基本的にヒーローは正体を隠すものだが、この北見村においては無意味な行動であった。
なぜなら……。
「弘樹君、すまない。富山のお婆さんの言っていたとおりだったな」
「白菜畑を守ってくれてありがとう。イネさんが、みんなに話していたとおりね」
先日のイネに続き、白菜畑の持ち主である高田夫妻もトマレッドの正体が弘樹であることを知っていた。
その情報源は大根畑を襲撃された富山イネであり、恐るべき田舎の情報拡散力というやつである。
「ねえねえ、ヒロ君。今日の夕食はどうしようか?」
「弘樹君、畑を守ってくれてありがとう」
「お礼に、白菜を持っていってね」
「高田のおじさん、おばさん。ご馳走様です」
「ありがとうございます。ヒロ君、今夜はお鍋にしようか?」
「そうだなぁ……」
高田夫妻から怪人退治のお礼に貰った白菜でなにを作るか、二人で考えていると、やはり先日に続き、軽トラのエンジン音が聞こえてきた。
「おおっ! この前の倍じゃないか」
「大猟、大猟」
気絶した猪戦闘員たちは、地元猟友会のお爺さんたちによって次々と軽トラの荷台に乗せられていく。
猪たちはこれから解体され、ジビエ料理の材料となるのだ。
動物たちが可愛そうなどというお花畑な人間は、都市部には多いが北見村にはほとんどいない。
「北見村の猪肉、ネット販売したら好評でな」
「ちょっと足りなかったから好都合じゃ」
「ヒロ、あとで村役場に駆除報奨金を取りにいけよ」
「今日も帰りにバアさんから肉を貰って帰れよ」
すべての猪を軽トラの荷台に積み込んだ老人たちは、そのまま解体所へと軽トラックを走らせる。
「彩実、ふと思ったんだが」
「なにを?」
「白菜も貰ったから、猪肉とミルフィーユ状に鍋に入れて煮たらどうかな?」
珍しく具体的な料理を提案する弘樹であった。
「そうだね、CMで豚肉のなら見たことあるけど、猪肉でもできるよね」
「だろう?」
「じゃあ、それを作ろうかな。ヒロ君、帰ろう」
「そうだな。高田のオジさん、オバさん。またなにかったら」
「白菜ありがとうございます」
「こちらこそ、助かったよ」
「被害がなくて助かったわ。ありがとうね」
こうして高田夫妻の危機を救ったトマレッドは、彩実が作る夕食を食べるため家路へと急ぐのであった。
宇宙自然保護同盟の怪人を退けることには成功したが、彼らがこれで諦めるとは思わない。
頑張れ、ファーマーマン!
戦え、トマレツド!
例え一人でも、北見村の平和を守るのだ!
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